本部

それをセラエノに渡すな

星くもゆき

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
6人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/05/07 19:20

掲示板

オープニング

 香港で巻き起こる闘争にH.O.P.E.は多くのエージェントを動員した。
 しかしエージェントの数は有限、大きく動けば薄みが生じるのは避けられないことである。

 『科学と魔術の融合』そして『真理の解明』を掲げて欧州全域で活動する秘密結社『セラエノ』は、香港の戦いに乗じて密かに動き出す。
 自分たちを妨げるH.O.P.E.が愚神との戦いで手一杯になっている今こそ、『奴ら』を出し抜く好機なのだ。
 真理の解明のために、全てはセラエノが手に入れる。

 そして、ドイツに潜伏しているセラエノ構成員たちのもとに連絡が届く。
「地下から出土……はい、わかりました。すぐに回収致します」

 回収するは、古代の遺物。
 理解も人智も超えるモノ、『オーパーツ』である。

●幻覚に襲われて

 ドイツの某都市では、地下鉄の延伸計画が進んでいた。
 全ては滞りなく進行して、開削により円筒状の地下空間は順調に延びていた。

 そんな中、1人の作業員が現場で不思議な物体を見つける。
「……何だこりゃ?」
 地下の土に埋もれていたそれを簡単に拭うと、奇妙な文様が見えてきた。身にまとう土をあらかた拭い取ると異物の正体がわかった。
 石で出来た円盤のようだ。盤面には奇妙な文様が刻まれているが、読むことは出来ない。
 こいつは大層な歴史的遺物なのではないか。そう思った作業員はそれを持って地上に上がっていく。
「これ、高く売れたりするのか……?」
 地下を出て、外気に触れる。この瞬間は気分が良い。
 これでこの円盤が価値ある物だったとしたら最高だ。
 そんなことを考えて手持ちの円盤に視線を下ろすと、彼は円盤の紋様がうっすらと光りだしているのに気づいた。何故かはわかるはずもない。
 ちょっとした疑念を感じつつも、それほど気にすることでもない、と作業員は気を取り直して顔を上げた。

 目の前に広がるのは、従魔たちが無差別に暴れまわる光景だった。
 殴り、蹴り、噛んで、裂いて、剥がして、潰して、濁った色の血を浴びて踊る。
 彼がついさっきまで存在していた世界ではないような、おぞましいものが繰り広げられる。

「どうなってんだ……いや、とにかくH.O.P.E.に通報を……」
 救援を求めようと考えたところに、背後から誰かがやってくる気配を感じた。自分の後に地下から上がってきた同僚かもしれない。
「待て! 今こっちはヤバ――」
 振り返って、彼の口は止まる。
 近づいてきたのは同僚ではなかった。
 腐臭漂わす、醜悪なモンスター、というべきモノが眼前まで迫ってきていた。その牙が自分の喉を食いちぎろうとしている。
 そう見えた。

「――ああぁあああああぁああーーーーーーーーーーーーーー!!」

 夢中になって、武器に使える物を手近で探し、何か棒状の物を探り当てて掴んだ。
 力いっぱいにモンスターを打つと、それは地に倒れこみ、苦痛に悶えているようだった。
 だが安心するのも束の間、また別の方向から別のモンスターが駆け寄ってきた。向こうも手に何かを持ち、武器として使ってくる。
 死んでたまるか、と作業員は棒を握りこみ、向かってくるモノの胴体に容赦なく打ち込む。


 しかしその場には従魔も異形も存在しない。
 存在するのは人間のみだ。
 互いに怪物と、敵と思い込んで彼らは武器を取って戦う。

 元凶は円盤。オーパーツの力が周囲一帯の人間に恐ろしい幻覚を見せていたのだ。
 人々に幻覚をもたらし、苛烈な暴動を誘発した円盤は、いつの間にか地に捨てられたまま妖しい光を放ち続けていた。

●危険な遺物

 ロンドン、大英図書館地下のH.O.P.E.支部に集められたエージェントたちは、オペレーターから依頼の詳細を聞かされている。
「ドイツでオーパーツによる事件が起きるようです。プリセンサーが観測した情報によりますと、オーパーツは周囲の人々に幻覚を見せる力を持つようで、そのせいでひどい暴動が起きています……。皆さんには今から現場に急行してもらい、元凶のオーパーツを回収してきてもらいたいんです」
 話によれば回収するオーパーツは小さな石の円盤で、幻覚効果はリンカー相手にも幾らかの影響を与える可能性があるとのことだ。
「回収の際にはこれをお使い下さい」
 オペレーターは1枚の革袋をエージェントたちに手渡す。説明によるとその袋もオーパーツであり、円盤を入れれば周囲への影響を遮断できるのだそうだ。これがあるからこその回収命令とも言える。
「現在は危険な状況を生み出してしまっているオーパーツですが、同時に貴重な遺物でもありますので破壊は厳禁でお願いします」
 回収が第一優先というわけである。遺物への造詣が深い者たちが多いロンドン支部では特別おかしいことでもない。遺物は替えが利かないというのがやはり大きいのだ。
「それと、オーパーツを狙ってセラエノが今回の現場に現れることも予知されています。彼らとの戦闘は避けられないと思われますので、どうかお気をつけて」
 セラエノとのオーパーツ争奪戦、というわけだ。
 どちらが遺物を手にするかは、エージェントたちの手にかかっている。
 一刻を争う状況だということを理解すると、一行はドイツへ向かう輸送機へと駆け出していった。

解説

■目標
オーパーツの回収
セラエノに奪われたり、オーパーツを破壊してしまった場合は失敗

■敵
セラエノの構成員×8

うち
ブレイブナイト×1(守るべき誓いを活性化しており、PCをオーパーツに向かわせないつもり)
シャドウルーカー×3(イニシアチブと移動力特化の装備構成。オーパーツを回収するため)
までは予知にて判明済み。

■場所
オーパーツの出土現場付近の地上。夕暮れ時。
スペースは広いが、工事現場であるため遮蔽物が多い。

■オーパーツ
石の円盤。奇妙な紋様が光っているので、現場到着時から在り処はわかる。

■状況
・セラエノもオーパーツを狙っており、PCと同時に現場到着する。
PCが先に回収すれば強奪を図り、セラエノが先に回収すれば逃走を図ります。

・リプレイは現場到着時からスタート。全員、共鳴済みとする。
非共鳴状態ではオーパーツの幻覚効果に抵抗できません。

・オーパーツの影響はリンカーにも及ぶ。
特殊抵抗値が低いほど、アクションやリアクションにマイナス修正が入る。

・オーパーツは渡された革袋に収納すれば無力化することができる。

・争っていた作業員たちは騒ぎの末に現場からいなくなっています。
よってセラエノとの戦闘に巻き込む危険性はありません。

リプレイ

●異物と異国と

 夕暮れの出土現場にエージェントたちがたどり着くと、すでにそこに作業員たちの姿は無く、残土や機材が虚しく放置されている。だが一行の目には、それが何であるかが判然としない。輪郭や色味がぼやけ、残土などであろう、と予想できる程度である。遺物の幻覚効果は彼らにも少なからず作用していた。

「ふむ、確かに幻覚が見えているのう。一体どんな技術が使われているのか、楽しみじゃの」
(「どうでもいいよ。早く終わらせて帰って寝よう」)
 遺物の回収というよりもその効力を堪能を目的とするカグヤ・アトラクア(aa0535)は妖しく口角を吊り上げるが、共鳴中のクー・ナンナ(aa0535hero001)は一切のノータッチを宣言しておく。口出ししなければ助力もしない、それがクーのスタイル。

(「オーパーツって、なんだか心が躍る響きですね」)
「でもそれが周囲に与える影響は恐ろしいものみたいだけどな」
(「未知との遭遇は恐ろしいものです。僕達も心してかからないと!」)
 クーとは対照的にセラフィナ(aa0032hero001)は遺物に関して関心があるようで、真壁 久朗(aa0032)は念のためにその危険性に言及しておく。久朗は今回のセラエノの動きを香港の動乱に乗じた、いわば火事場泥棒と見ており、ヴィランズの犯罪抑止のためにも未然に防がなければならないと考えていた。

(「わたくしにとっては、こちらの世界そのものがオーパーツのようなものですわ」)
「あら、それは愉しいわね」
 プルミエ クルール(aa1660hero001)が属していた世界は、現在世界とはまるで違うものであり、彼女にしてみればこの世界はすべてが新鮮。何がどうなってそうなるのか、まったく興味が尽きない。そんな彼女から見る世界を想像し、CERISIER 白花(aa1660)は淑やかな笑みを浮かべる。
 その微笑みのわずか下、細首には白いマフラーが巻かれてある。長く尾を引くように風になびき、特徴的なシルエットを生んでいる。オーパーツの幻覚に対抗するために着用しているもので、彼女だけでなく仲間のほぼ全員が巻いている。その色と形とで幻覚の中でも味方を判別できるのではないかという考えであり、実際に効果はあった。見た目はオーパーツの影響で変容しているが、首に長い物を着けているということは視認できる。少なくとも仲間を攻撃することは無いだろう。問題点はちょっと暑いことくらいだ。

「人を惑わす秘宝でござるか……早く片づけねばなるまいて。しかして、この袋も秘宝……あいやオーパーツとは、色々あるでござるなぁ」
(「こんなのがセラエノに渡っちゃったら何に使われるか分かんないわ。早いとこ袋にしまっちゃいましょっ!」)
 H.O.P.E.から貸与された革袋をその手に持ちながら、小鉄(aa0213)と稲穂(aa0213hero001)は回収に向けて気を引き締める。
 だが。
「ドイツと言えば……何かあったでござろうか」
(「ソーセージとかかしら? ……って今はそれどころじゃないでしょ」)
「いやしかし遥々ここまで来た故、何かしら旨い物でも……」
(「帰ったら作るから我慢しなさい」)
 小鉄にとっては異国ドイツでの任務とあり、何かしら名物でもたしなむことが出来ないかと考えてしまっている。やはり今ひとつ抜けている相方に対して稲穂はしっかりと釘を刺しておあずけ。

 異国に浮き足立つのは小鉄だけでなく、ドイツを初めて訪れた玖渚 湊(aa3000)も同様であった。
(こうやって海外に行く機会も多いのもエージェントの利点なのかな……ても海外って怖いところ多いけど……)
(「共鳴すれば大丈夫なんじゃなーい?」)
 不安がる湊の意識に、ノイル(aa3000hero001)の間延びした声が響く。だが内容はそのとおりと言えるものであり、湊も頷くしかない。
 そんな少し弱気な彼が何故セラエノに対抗する依頼を引き受けたかと言えば、記録するためである。遺物やセラエノについて記し、後のためにH.O.P.E.に提出する。そうすれば己の『過書の病』を誰かのために役立てられる、そう彼は人知れず考えていた。
(「俺には筒抜けだけどねー」)
「ばっ、茶化すなよ!」
(「まあまあ。がんばってこーよ」)
 すでにオペレーターからセラエノに関する基本的な情報は得ている。自分たちが掲げる『真理の解明』のためならばあらゆる犠牲をいとわない組織。そんな者たちにオーパーツを使われた日にはどれほどの重大事が起きるかわからない。湊は強い覚悟で回収に臨む。

 ドイツを異国と捉える者がいる一方、無意識に祖国と感じている者もいた。ヨハン・リントヴルム(aa1933)である。
「不思議だ……こっちで過ごした記憶なんかほとんどない筈なのに、いざ騒ぎとなると自然と足が動いているんだから」
 彼は幼少の頃に日本で誘拐され、ヴィランズで働くことを強いられて長い時間を日本で過ごした。そのためドイツ語も十全に喋れるわけでなく、生活の基盤もこのドイツではなく日本にある。しかし、ドイツでの事件とあれば、やはり放置はできないのだ。

(幻月との戦いの傷が癒えてない中の依頼になっちゃったな……。崖っぷちだけど何とかしなきゃ)
 桜木 黒絵(aa0722)はセラエノに遺物は渡すまいと怪我を押して出動していた。しかし共鳴して戦闘となれば負荷が大きすぎるし、まして『支配者の言葉』などの高度な技を使ったらその時点で倒れてしまうかもしれない。それは仲間の足を引っ張ることになりかねないという判断から、シウ ベルアート(aa0722hero001)と話し合って、共鳴しない形で動くことを選択した。
(黒絵の怪我で僕たちの戦闘力は皆無。知恵だけでどこまで出来るか分からないけど足掻くしかないか……)

 霧島 侠(aa0782)は黙して語らず、現場を観察していた。遠目に淡い光が見え、それが件のオーパーツであるだろうと推測できる。
 同時に、自分たちとは別の方向から複数の影を視認した。数は8人。
 セラエノ。敵の到来を確認したのと同時に、向こうもこちらを確認。

 この先は争奪戦。どちらが先に回収するか、持ち帰るか、その力を収めるか。

「全速力で駆け抜けるのみでござる」
(「幻覚に惑わされないでね?」)
 静寂を破るように、小鉄が出せる限りの速度で駆け出す。目指すは光。
 幕は切って落とされた。
 エージェントとセラエノ、それぞれが戦場で動き出す。

●掴むのはどちら

 オーパーツを取りに向かうのは小鉄とカグヤ。全力をもって光へとただ走る。横目に同じように全速で移動するセラエノ、突出して駆ける影が3つ。予知されたシャドウルーカーだろう。
「頼んだよ、ピーちゃん!」
 敵を陽動せんと、ヨハンはライヴスの鷹を空高く放つ。鷹での回収と見せかけて対応を迫り、敵の手数を削ぐつもりだ。
「何か飛んだな。鷹か?」
「放っておけ。向こうは3対2だ」
 だがセラエノ側は少しの動揺も見せなかった。もし鷹が回収に向かったとしても、セラエノはそちらに3人投入している。2人と鷹を相手することになっても問題ないという判断である。
「両親と妹が生きる国で! 僕の故郷で! 貴様らの好きにはさせない!」
 セラエノとの本格的戦闘へ向け、ヨハンは死者の書もとい祖父の形見であるグリム童話集を開く。
「とにもかくにも、頭数を減らすことですわ!」
 若き白花の体を駆るプルミエは、SMGリアールの引き金を引く。狙いは予知で判明していないクラスの敵。ブレイブナイトの対応は久朗が買って出ていることを踏まえ、彼女は未判明の敵の数を減らすために動く。オーパーツのせいで敵の姿をしっかりと捕捉することができないが、大体の見当をつけて攻撃を続ける。
 湊は走り出したセラエノに対し、フラッシュバンを見舞って出鼻をくじこうとした。
「閃光弾撃ちます! 視界に気をつけて!」
(「チカッといくからねー」)
 警告を発してから、強烈な閃光を撃ちこむ。しかし敵の出足も速く、光の届かぬ場所にまですでに走り去っていたことで閃光弾は空振りに終わった。
「ダメか……向こうも速いな」
(「まー気を取り直して次次」)
 小鉄とカグヤ、そして敵回収班の合わせて5名は本隊からどんどん遠ざかる。
「行かせん!」
 セラエノのブレイブナイトが、回収する小鉄とカグヤを『守るべき誓い』の範囲に収めようと追いすがる。だがただでさえ速度差がある上に、遠方より飛来する投擲斧をその身に喰らったことで策は阻まれた。体勢を立て直したその敵の前には、白いコートをはためかせて久朗が立ち塞がっている。
「お前の相手は俺だ」
(「みんなの邪魔はさせません!」)
 白き壁に阻まれ、ブレイブナイトは完全に回収班と切り離された。
 侠は円盤に向けて全力で移動してはみたものの、やはり回収班と並んで行くことはできない。
「まあ、急いでも無理なものは無理だ」
 織りこみ済みのことである。自分は遅い。だがそれは敵にとって脅威でないことを意味するもので、積極的に狙われるとは考えなかったし、事実狙われていない。
 続けて、現場に積みあがった残土に上り、マビノギオンで攻撃できる敵を探す。回収に向かう敵に一撃入れてやりたかったが、すでに射程外へと消えていた。ならば増援を送れないように、と彼女は足止め班の中で足の速い者を狙う。射出した魔法剣が敵の腕を斬りつけるが、対してセラエノからも反撃の銃弾がどこかから飛んでくる。
「遠く位置取りしているのがいるな……」
 侠への射線をたどり、遠距離型の敵を見つける湊。恐らくジャックポットだろう。イグニスの放出口をそちらに構える。あれを自由にさせては仲間の動きに支障が出ることは明白、自分はそれの妨害に徹しようと決めていた。
「悪いけど、好きにはさせられないんだよな」
「!」
 敵ジャックポットへ向けてイグニスの業火を放つ。常に射程内に収め、撃ち続け、容易に援護を行わせはしない。
 戦闘の最中、一行はそれぞれに幻覚への対策を試していた。現状、マフラーのおかげもあって戦闘行動に支障はなかったが、視覚情報が判然としないのは気持ちが悪いものだ。だが、体を傷つける、唇を噛む、頬を叩くといったショック療法は軒並み効果が無かった。久朗はクリアレイも試してみたが、幻覚が解けるのは一瞬のみであった。超常の遺物の力は、やはり軽いものでは無かったのだ。
(「みなさん、幻覚など大丈夫でしょうか……?」)
「心配ないとは思うが、背中から刺されないことを祈るしかないな」
 背面を気にしながら、久朗はブレイブナイトの振るう剣を盾で受け止め、反撃。脚へ『ブラッドオペレート』を打ちこんだ。

「あれでは同士討ちも誘えんか……?」
 侠は遠めに敵を観察して、思い至る。敵は自分たちのマフラーと同様に何らかの幻覚対策を施してあるようで、幻覚の影響で敵味方の判別もつかないということはなさそうだった。タイミングを計れば『ライヴスフィールド』での同士討ちも狙えるかと考えていたが、成功は難しそうだ。
 と、その時。背後から侠に接近し、敵が槍を振りかざす。侠が隙だらけだ、と思ったのだろう。
 だが油断していると見せ、その実、誘っていた。
 反応して身をよじり、槍をかわすと、侠は敵の腕を取って投げ飛ばす。投げる先は地下。工事中の線路へ続く穴の中に放りこんだのだ。落下衝撃によるダメージは無いが、一時戦線離脱をさせることはできる。
「迂闊な奴」
 真っ暗な穴底を一瞥し、侠は別の敵へと照準を定める。

●回収、撤退

 一方の回収班は、一歩先んじて遺物の円盤へと近づいていた。
「これで三度目でござったか、セラエノとやらも良く姿を見るようになったでござるな」
(「エジプトにイギリス、そしてドイツ……何処でも現れるなんて、ふっとわーくが軽いって奴かしら?」)
 セラエノとの接触が3回目となる小鉄は、セラエノが動きを活発化させていると感じていた。欧州全域で活動し、オーパーツと聞けば顔を見せる。その行動力には目を見張るものがある。
 だが感慨にふけるのは後だ。
「さて、セラエノとやらと競争の時間でござるな」
 ライブスラスターの出力全開、セラエノを引き離しにかかる。
 同じくカグヤもライブスラスターで一気に体を推進させ、脇目もふらずに円盤の光へと迫る。相変わらず視界に幻覚が移りはするものの、それしきどうということもない、とカグヤは思っていた。幻覚の恐ろしさはそれを幻覚と認識できない時に発揮されるものであって、事前にわかっているならば何でもない。怪しいものに手を出さず、ただ己の役目を全うする。それだけで、済むのだ。
 ぼんやり光る円盤。いち早く到達したカグヤが拾い上げる。そして少し遅れる小鉄のもとに引き返した。革袋は彼が持っている。
「アトラクア殿、これを!」
 小鉄が革袋を手渡す。
「このまま楽しむのも一興じゃが、そうも言ってられんかの」
 広く戦場を支配するオーパーツ、光る円盤を革袋に仕舞いこむと、視界はみるみるクリアになっていく。
「この革袋も興味深いの」
「敵が来るでござるよ!」
 回収し袋に入れる。その間にセラエノの回収班もその場へ届いていた。それぞれの得物がカグヤ目がけ振られるが、カグヤは盾を構え円盤を死守。強固な守備が敵の刃を弾く。
「道を開けるでござる!」
 小鉄が疾風怒濤で3人の一角を崩した隙に、カグヤはすり抜け、そのまま円盤とともに戦域の離脱を図る。

 カグヤが全速で引き返すと、前方に仲間たちが戦っていた。10人が入り乱れるが、構わずに突っこんでいく。
「回収成功、撤退じゃ」
 一声、カグヤが伝える。遺物は手元に。ならば後は持ち帰るだけだ。
「それは我々がいただく!」
 セラエノの面々は、目の色を変えてカグヤを狙い始めた。すんなり帰らせるつもりはない、のは当然だ。
 だが、敵の走り出す出足、そこに一斉に銃弾が飛んだ。プルミエと湊のトリオが追走の勢いを削ぐ。わずか一拍程度であろうとも、カグヤの脚なら充分に奴らを引き離せるだろう。
 カグヤと敵の間に立って、侠とヨハンが魔法書での妨害も試みる。手近な遮蔽物を破壊し、バリケード代わりに利用。カグヤを果敢に追っていたシャドウルーカーたちには抜けられてしまったものの、他の5人は止めてみせた。
「Auf Wiedersehen(サヨナラ)……もう会うこともないだろう……地獄に落ちるまではね」
 自分を見るセラエノに向けて、ヨハンは踵を返しながら言い残す。侠も引き、戦線は下がっていく。
「来い。少しは相手をしてやる」
 殿を務めるのは久朗。大槍を振るい、威嚇する。3人のシャドウルーカーには久朗は追いつけない。ならば目の前の敵を阻もう。


 戦闘に参加できないシウと黒絵は、現場周辺を見て回り、遺物回収後の退路を考えていた。そして仲間からオーパーツ回収の一報を受けるとカグヤに進むべきルートを伝え、更に自分にできる最低限の仕事を果たそうと準備を始める。
 少しして、駆けてくる人影あり。革袋を抱えたカグヤが向かってきて、待機していたシウとすれ違う。そのまま彼女を見送ると、シウはイメージプロジェクターで外見を偽装。セラエノに仲間と思わせて一芝居打ち、離脱のための時間稼ぎを試みる。敵の服装などに寄せたかったが、相手に外見的特徴が特に無かったのでひとまず黒っぽい服装でまとめておく。
 カグヤが通り過ぎて十数秒もした頃、セラエノと思しき連中が3人ほど追走してきた。シウは黒絵を近場の物陰に隠れさせてから、進路に手を振って躍り出る。3人は反応を見せたが、止まったのは1人。他の2人は追跡を続行。できれば3人とも網にかけたかったが、それは仕方がない。
「ご苦労だったね。ボスから伝言だ、あのオーパーツはH.O.P.E.に渡しても良いそうだ。必要なくなった。さぁ、これ以上面倒なことにならないように退散しよう」
 シウの言葉を聞き、男は鼻で笑う。
「そちらこそご苦労様、エージェント」
 言い終わらぬうちに手甲から伸びる爪が走り、シウに迫った。リンカーの攻撃を喰らえば、英雄とて消えかねない。
(これは、まずいかな……)
 眼前に迫る脅威に、シウは一瞬だが覚悟をしてしまう。
「シウお兄さん!」
 黒絵は反射的に物陰から乗り出していた。何もできなくとも、傍観などできようはずもない。
 だが、2人に男の攻撃を防ぐ術は無い。
「させぬでござるよ!」
「なっ……!?」
 爪牙が弾かれ、止まる。地にカラリと落ちる音。苦無。
 カグヤとオーパーツを護衛するため彼女を追っていた小鉄だ。道中、シウの窮地が目に入り、彼は意識するまでもなく苦無を投げこんでいた。
「小鉄さん!」
「危機一髪でござったなぁ桜木殿、ベルアート殿。ここは拙者に任せ、お二人は退避するでござるよ!」
「すまないがそうさせてもらうよ。今の僕たちでは足手まといにしかならないからね、行こう黒絵」
 軽く小鉄に頭を下げ、急いでその場を離れる黒絵とシウ。
 2人をかばうように小鉄が構えるのを見て、男は即座にそっぽを向いて走り出す。
「悪いが、そちらにはさして興味は無い」
 セラエノの目的は依然としてオーパーツ奪取、向かうべきは手負いのリンカーではなく遺物なのだ。
「むっ! 待つでござるよ!」
 走っていった男の背を追おうとする小鉄。
 しかしそこで、通信機に仲間から連絡が入る。一揉めしている間にどうやらカグヤは自力でセラエノ構成員たちを振り切って、離脱することに成功したようだった。それにより遺物の回収は不可能と判断したセラエノは、すぐに現場から撤退したらしい。目的となる異物が無いならばエージェントたちと事を構える理由は無い、ということなのだろう。
(「なら私達もこのまま退散しちゃいましょ。向こうと接触したら面倒が増えちゃうしね」)
「そうでござるな」
 遺物回収の任務は達成した。小鉄は街中に紛れこみ、程なくして仲間たちと合流するのだった

●欧州の帰路

「謎の超技術を楽しむとするかの。セラエノに奪われたと嘘の報告をして盗むにしても、このオーパーツは実用性がなくてつまらんしの」
「そろそろ危険人物として、依頼先で排除されそうだね。幻覚になんかボクは興味ないから、あとは好きにやっちゃって」
 周囲に人のいない安全地帯まで移動すると、カグヤは共鳴を解いた。そして嬉々として革袋の中に手を突っこんで円盤を取り出そうとする。他の面々は渋ったが、カグヤがあまりにも熱望するので致し方なく了承した。前もって覚悟しておけば幻覚を見ても問題はないだろう。
 カグヤは古い円盤を手に持ち、眺める。
「暴動が起きるような幻覚じゃったようじゃが、道具として見るなら認識阻害のかく乱用かの」
 想像するに、人の思い描く恐怖や嫌悪の像を脳から抽出して投影しているのだろうか。
 ということは。
「わらわは蜘蛛が恐ろしい」
 実際は大好きな蜘蛛を、嫌いだと口にすることで言霊として自己暗示。恐怖対象として刷りこんだ場合はどういう反応になるのか、好奇心は止められなかった。
「む、これは……ほぉ……」
 カグヤが見た幻は蜘蛛ではなかった。このオーパーツはもっと、意識の根源的な部分に訴えかけてくる物なのかもしれない。
「面妖な物ばかりでござるな、この秘宝……オーパーツとやらは」
「昔の人が作ったのかしらね? 案外、私達みたいに異世界からきてたりして、なんてね」
 稲穂と会話する小鉄は、植物従魔の幻覚をたっぷりと味わって鬱々として座りこんでいる。
「……ったく、ロンドン支部のお偉いさんは何だってあんな物を求めるのやら、理解に苦しむよ……保管に失敗して何か起きても知らないぞ、僕」
 何かしらの恐怖映像をまともに喰らったヨハンの表情も暗い。何を見たか、は本人たちのみぞ知る。
「皆さんじっくり楽しまれたようですし、そろそろこれをロンドン支部まで届けることにいたしましょうか」
「それがよろしいですわ! 紛失でもしたら大変ですし、白花様の賢明なご判断に感服致しましたわ!」
 プルミエの反応が大仰だが、白花の言うとおり早めに支部に届けるに越したことはないだろう。加えて白花は今依頼の同行者以外には最後まで渡さないことを強く提案した。香港での『蟲』の一件から、彼女は他の支部にも『蟲』が存在する可能性を危惧していたのだ。
「私は異存なし、だ」
「僕も同感だね。それに安全な支部に早いところ帰りたいっていうのもあるかな」
 侠とシウも同調する。特にシウは重体の黒絵が気がかりであるので、安全が確認できるとしても万が一のことを避けたい気持ちで一杯だった。
「なら、もう発つとするか」
 巻いていた白いマフラーを畳みながら、久朗が言った。輸送機に乗ればそれほど遠くもない道程だ。
「あ、僕はここでお暇させてもらうよ。物は回収したんだし、いいよね?」
 皆が歩き出したところで、ヨハンが発した。
「問題はないだろう、な……」
 久朗は少し考えて答えた後、白花の顔を見て対応を委ねた。支部に直接届けるという意向が最も強いのは白花なので、彼女に聞くべきだと思ったからだ。
「後は届けるだけですので、ヨハンさんの自由になさっても良いと思います」
「ありがとう。じゃあ」
 ヨハンの様子から、何か事情があるらしいと感じた白花は何も聞かずに彼を見送る。
 仲間たちから少し離れたところで、ヨハンはぽつりと呟く。
「ちょっと寄り道していこうかな……今から行ったら、会えるかな」
 両親と妹、家族のもとへ。ヨハンは独り、祖国の地を歩いていく。

 その後、彼らはロンドン支部に無事に円盤を送り届けた。湊は事の顛末を記した文書を支部に提出、カグヤはオーパーツの使用感や効果についてまとめたレポートを提出した。特にカグヤは遺物に関する事件や実験に介入できるよう技術者としての自分を売りこみ、ロンドン支部の面々との人脈作りにも余念なく取り組んでいた。遺物に傾倒している感もある彼らとは結構馬が合うかもしれない。

 すべてを終えた後、白花は東京支部に戻る前にフランスへと大きな寄り道をした。その目的はヨハンと同じ、家族のもとへ。戦闘が予想される依頼に珍しく参加したのも、それのため。
 亡き夫の墓参りを済ませると、彼女はようやく欧州を後にしたのだった。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 果てなき欲望
    カグヤ・アトラクアaa0535
  • 龍の算命士
    CERISIER 白花aa1660

重体一覧

参加者

  • 此処から"物語"を紡ぐ
    真壁 久朗aa0032
    機械|24才|男性|防御
  • 告解の聴罪者
    セラフィナaa0032hero001
    英雄|14才|?|バト
  • 忍ばないNINJA
    小鉄aa0213
    機械|24才|男性|回避
  • サポートお姉さん
    稲穂aa0213hero001
    英雄|14才|女性|ドレ
  • 果てなき欲望
    カグヤ・アトラクアaa0535
    機械|24才|女性|生命
  • おうちかえる
    クー・ナンナaa0535hero001
    英雄|12才|男性|バト
  • 病院送りにしてやるぜ
    桜木 黒絵aa0722
    人間|18才|女性|攻撃
  • 魂のボケ
    シウ ベルアートaa0722hero001
    英雄|28才|男性|ソフィ
  • エージェント
    霧島 侠aa0782
    機械|18才|女性|防御



  • 龍の算命士
    CERISIER 白花aa1660
    人間|47才|女性|回避

  • プルミエ クルールaa1660hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • 急所ハンター
    ヨハン・リントヴルムaa1933
    人間|24才|男性|命中



  • 市井のジャーナリスト
    玖渚 湊aa3000
    人間|18才|男性|命中
  • ウマい、ウマすぎる……ッ
    ノイルaa3000hero001
    英雄|26才|男性|ジャ
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