本部

オネェシップを乗っ取り

雪虫

形態
ショートEX
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 4~10人
英雄
10人 / 0~10人
報酬
多め
相談期間
5日
完成日
2016/04/12 17:51

掲示板

オープニング

●依頼
「オネェシップが乗っ取られそうなのよ~ん」
 オネェシップとは。エージェント達の頭から巨大なハテナがぶっ飛んだ。正々堂々という意味か。それとも船という意味か。いやどっちにしても意味が分からないですけども。そんなエージェント達の心の声を察した、訳ではないが、両手を合わせてアンティークドレス姿の金髪ゴリ、もといキャシーが状況を説明する。
「4月4日がオカマの日っていうのは当然ご存じよねん。3月3日が女の子のお祭りで5月5日が男の子のお祭りだからその中間で4月4日がオカマの日なんだけどん、その日にオネェシップで大きなパーティーがあるのよ~ん。それでね、その日に『オネェシップを乗っ取ってパーティーをめちゃくちゃにしてやる』なんて脅迫状を出したフトドキモノが現れたのよ~ん。オネェシップを乗っ取るなんて許せないわ~ん。報酬は弾むらしいから、そのフトドキモノちゃんを捕まえてちょうだい、お願いよ~ん」
 そう言ってキャシーはバチコーンとウインクをした。何故か風が巻き起こった。そしてエージェント達の疑問は終わらなかった。だからオネェシップとは。

●遡る事数日前
「くっそ、オネェシップだと、フザケやがって……」
 暗闇の中で一人の男がちらしを握り締めながら呟いた。若い。顔はそれほど悪くない。だがその表情には溢れんばかりの強い憎しみが揺らめいている。
「あれは去年のクリスマスイブ、俺は彼女のミカにプロポーズをしようとした。給料三か月分の指輪と一緒に……だが、だが! ミカが実は男だったとクリスマスイブにカミングアウト……! うおおおおおオネェ滅べぇぇぇ! 俺の純情返せぇぇぇっ!」
 暗闇の中、という名の男の住まうアパートに怨嗟の声が響き渡った。男は机の上に置いてあった一足の革靴を手に取ると、にやりと歪んだ笑みを浮かべる。
「せいぜいビビってろオネェ共……通りすがりの怪しい商人から買ったこいつでパーティーをめちゃくちゃにしてやるぜ……ハーッハッハッハッ!」

解説

●目標
 不届き者捕獲

●場所
 オネェシップ
 とある富豪オネェが所有する豪華客船。乗組員は全員オネェで顔見知りのため犯人が紛れ込んでいる可能性は考慮不要。参加人数は六百人程、全員いわゆるアブノーマル。脅迫のためホールと更衣室以外は客を通さない/無理に入る者は即捕獲される

 ホール
 楕円形ホールで壁沿いに様々な飲み物や食べ物が並ぶ。立食パーティー形式。ダンスパーティーはホール中央で行われる。天井の高さは8スクエア

●乗船時の注意
 年齢・性別制限なし、女装・男装・着ぐるみ可。乗船前にボディーチェックを行う/PCに関してはキャシーが話をつけている。未成年の飲酒・喫煙NG

●イベント
1.ダンスのお誘い
 一人でいるとダンスの相手に誘われる。話し掛けてくる相手は以下の通り
男装した男性→オネェ
女装した男性→オネェ好きの男性
女装した女性→オナベ
男装した女性→オナベ好きの女性
着ぐるみの男性→オネェ
着ぐるみの女性→オネェとオナベ

2.ダンスパーティー
 曲に合わせて自由に踊るスタイル

3.不届き者出現 

●NPC
 キャシー
 192cmのオネェ。オネェシップの持ち主と知り合い。ダンスは上手い。衣装を貸してくれる

 ガイル&デランジェ
 回避適性/シャドウルーカ―。ダンスはガイル下手/デランジェそれなり。武器:二丁拳銃パルファン。スキル:鷹の目

(以下PL情報)
●敵
 トウジ
 恋人がオネェであった事に傷心中の青年。オネェへの恨みからオネェシップに乗船。ミカには未練たらたらで婚約指輪を手放せずオネェシップに持ち込んでいる。革靴は「何かすごい靴」という認識

 革靴
 イマーゴ級従魔。攻撃力は皆無。トウジに憑いたまま床・壁・天井を縦横無尽に走り回る。トウジは従魔化しておらず革靴の暴走にパニックに陥る

●NPC
 ミカ
 トウジの元恋人。オネェ。傷心を癒すためオネェシップに乗船。トウジの事は今でも好き。互いにオネェシップにいる事は知らない

リプレイ

●出航
 木陰 黎夜(aa0061)とアーテル・V・ノクス(aa0061hero001)は、眼前にそびえ立つ巨大な船を仲良く並んで見上げていた。豪華客船オネェシップ。船名にまでオネェと刻まれたこの船は、外見だけなら至って普通の豪華で巨大な船である。外見だけなら。だがその船に乗り込むのは女装した男性、男装した女性、そしてそれらの人々に熱烈な視線を送る男女……佐藤 咲雪(aa0040)は、こちらは通常装備の面倒そうで気だるげな視線を乗客達へと向けながら、実に覇気のない様子でことりと首を傾げてみせる。
「……オネェ?」
「男性だけど女性の心を持っている人をそう呼ぶみたいね」
 小首を傾げて尋ねる咲雪に、アリス(aa0040hero001)は世間一般的なオネェの定義を口にした。説明された所で咲雪にはいまいちピンと来なかったが、頭に浮かんだ単語を浮かんだそのまま口にしてみる。
「びぃーえる?」
「違うわよ、咲雪。BLはね、両方とも男性同士で心の方も男性同士で同性という高過ぎる壁に時にぶつかり時にものともせず(以下略)」
 つい一秒前までは常人ぽかったはずなのに、「びぃーえる」という単語を聞いた瞬間アリスの両目がギラリと光った。ArICE……正式名称「Artificial Intelligence and Cell a colonia according to Enlister」(人工知性体及び細胞群による協力者)というすごい名称で呼ばれる彼女は、その卓越した技術の結晶を薄い本の棚買いと薄い本の執筆に費やす腐のつく婦女子なのである! 「どうしてそうなった」等と聞いてはならない。咲雪はかなりディープな腐海の住人と化している相棒の地雷を踏んでしまった事に気が付いたが、時すでに遅し。周囲の目も視界に入らずマシンガントークを繰り広げるアリスにこくこくと頷く事しか出来ない。そんなぷち修羅場から少し離れた所では、黎夜がアーテルを見上げまた少し違う質問をしていた。
「オネェシップ……オネェさんが持ってる船ってことで、いいの、かな……」
「そういうことかしらね。ところで黎夜、人が多いけれど大丈夫?」
 過去の出来事から男性恐怖症を患っている黎夜は、それがなくても人見知りで警戒心が強い傾向にある。最近では大分克服しようと頑張ってはいるのだが、それでも一朝一夕で解決するような問題ではない。しかしアーテルの懸念とは裏腹に、黎夜は自分に言い聞かせるように力強く拳を握る。
「……がんばる」
「そう。でも疲れたら無理せずきちんと言うのよ」
「みなさんちゃん、今日は来てくれてありがとね~ん。お客さんがみんな乗り終わったみたいだから、みなさんちゃんもどうぞ中に入ってね~ん」
 薄く笑みを浮かべたアーテルに、アンティークドレスを着た金髪ゴリ、もとい今回の依頼人キャシーがガイル・アードレッド(az0011)とデランジェ・シンドラー(az0011hero001)を伴って近付いてきた。ウェルラス(aa1538hero001)は青い瞳にキャシーの姿を映し込むと、革靴・燕尾服・ヘアピン装備でキャシーの前に姿を現し失礼の無い距離で跪く。
「ミス・キャシー。いつもお美しいですが、今日は更にお美しくていらっしゃる」
「あら、ありがとね~んジェントルちゃん。ジェントルちゃんも王子様みたいで今日は一段と素敵よん」
 そう言ってキャシーはバチコーンとウインクをした。ウェルラスの背後でぶわっと花が舞い上がった。キャシーとパーティーで出会えた事に嬉しい嬉しいが止まらないウェルラスとは対照的に、水落 葵(aa1538)の橙の瞳はドライフルーツのごとく乾いていた。右を見ても左を見てもオネェとオナベの繰り返し。別にそういう方々を否定するつもりは微塵もないが、
「……視線を避難させる場所がねぇ……」
 顔を俯かせ深いため息を吐く葵の前に、男らしいが美麗な手がスッと無言で差し出された。顔を上げると蛇塚 悠理(aa1708)が、沈黙したまま物言いたげに葵の前に立っていた。十人中十人が「イケメン」と評するだろう微笑みをあえて言葉にするのなら、「一蓮托生。運命? いやいや、もしかしたら前世で兄弟だったかもね?」というような所だろうか。葵にとってはこの運命共同体も視線の避難場所を葵から奪う原因の一つだったのだが、連絡先を交換し酒まで酌み交わした仲である。葵は無言で悠理の手を握り返し奇妙な必然を分かち合った。
「まあとりあえず乗って乗って~ん。オネェシップの乗っ取り阻止ももちろん大事なことだけど、せっかくのパーティーですもの、今日はめいっぱい楽しんでくれると嬉しいわ~ん」
 キャシーの言に従い、一同は魔窟、もといオネェシップへと足を進めた。その途中でアーテルが女性用の制服に身を包んだ全身筋肉ムキムキのオネェの一人へ近付いていく。
「すいません、今回同行させて頂くエージェントですが、不届き者が登場した際の避難誘導に手を貸していただけませんか? お客様の人数が多いものですから。もちろん、あなた方も含めて不届き者から守ることを約束します」
「もちろん協力させて頂くわん。このオネェシップを荒らそうなんて不届き者は許せないしねん。こちらこそお願いねん素敵なエージェントさん達。お時間あったらダンスの方もお願いしたい所だわん」
 野太い声でウインクをしてきた乗組員にアーテルは辛うじて笑みを見せ、「ごめんなさい、既に相手がいるもので」と丁重にお断りした。普段は男性恐怖症の黎夜のために女性のような口調で喋り、中性的な外見も相まって女性に間違われる事も少なくないアーテルだが、今回は性別通り男性の格好をしている。もしかしたら船の中でも誘われたりするかもしれない。
 という、乗っ取りとはまた別の方向に一抹の懸念を覚えつつ、一同は魔界、もといオネェシップへと足を踏み入れた。

●レッツパーリ―
 白市 凍土(aa1725)はキラキラとした表情で目の前の光景を眺めていた。中央には着飾ったたくさんの老若男女。壁沿いには色とりどりの料理と飲み物が並んでいる。和洋折衷織り交ぜた豪華なご馳走の数々に、凍土は普段の生活が垣間見える言葉を口にする。
「食費が浮くな」
「たくさん食べてもダイジョウブだね!」
「せっかくだからしっかり食べよう。そして出来ればこっちの方にも……」
「……さすがにそれは止そうよトウ君」
 シエロ シュネー(aa1725hero001)は何処からともなく現れたタッパーをさすがに止めずにはいられなかった。手伝いや依頼を受けて何やかんやと生計を立てて暮らしている凍土にとって、食費の節約は生死に関わる大問題とさえ言える。ゆえに、凍土の気持ちは分かる。分かるがしかし、さすがにタッパー無双はちょっと……凍土はシエロの言に我に返り、心なしか残念そうにタッパーを幻想蝶に仕舞い込んだ。自分の生活区でもある幻想蝶に仕舞われたタッパーをシエロは生温かい目で見送った。
「しかし、豪華な所だと気後れしちゃうな。服、いつもと同じので来ちゃったけどなんか奮発した方が良かったかな」
「衣装借りれるんだってー」
「いつの間に聞いて来たんだよ」
「ふふん、たよって良いんだよ!」
「はいはい、タヨリニナルナー。でもそういう事ならキャシーお姉さんにお願いしよう。ドレスよりスーツが良いな、動きやすそうだし」
「私もスーツかなー。動きやすいのがイチバンだよねー」
「そしてご飯をきちんと食べよう、食べなきゃ損。食べなきゃ損」
(それは主婦の考えだよトウ君)
 シエロはツッコミを小さな胸の内に収めつつ、とりあえず凍土と共にキャシーに服を借りに行った。一方その頃、学生の正装である学校の制服姿でパーティーに参戦した咲雪は、すでに一人黙々と料理の山にありついていた。パスタを口に詰めている最中「そこの制服姿のお嬢さん、僕とダンスでもいかがかな?」と、何やら○塚風の女性に話し掛けられたりもしたのだが、オネェ云々にもダンス云々にも欠片程の興味もない咲雪は「めんどくさい」の一言で○塚集団を一蹴した。ただ、どうも一人でいると面倒らしい事は理解したので、虫よけ対策にアリスを横に連れてはいた。
「……ん、おいしい」
 美味しそうな食事を満足そうに頬張っている咲雪の横で、アリスは周囲の人間に注意深く視線を走らせていた。今回の脅迫状から不届き者はこの場にそぐわない人物である可能性が高い。ゆえにそういう人物を探し出して捕まえよう……というのもあるが、アリスにはそれよりも重要視するものがある。
 薄い本の資料探しである。
 薄い本とは何か。それについての詳細はここでは省かせて頂くが、とりあえずアリスの意図としては資料にする価値のあるかわいい少年やイケメンの情報をここぞとばかりに収集したい。なおおっさんはどうでもいい。とは言っても世の中にはおっさ(省略)の需(省略)、とりあえず現在のアリスのターゲットはかわいい少年そしてイケメン、ついでに不審者の捜索である。青い瞳のナノマシン群体の電脳内にめまぐるしくデータが蓄積され、めまぐるしく薄い本の内容がシミュレートされていく。一体どんなシミュレートがされているのか気にしたりしてはならない。
 そしてそんなアリスのナノマシンの視界をすり抜け、誰もが振り返る美人、と呼ぶには少々あどけない美少女が、膝上丈のドレスを少し持ち上げ、高過ぎないヒールを履き慣れていない様子でたどたどしく走らせていた。目の覚めるような赤いドレスからはなめらかに白い肩が覗き、Bとおぼしき胸のあたりはたっぷりのフリルが飾られている。髪は上品に可愛らしくハーフアップでまとめられ、下ろしている部分はふわふわするように至極丁寧に巻かれている。口元をピンクのルージュでぽってりと彩った美少女はプラチナの髪が特徴的な少年の姿を認めると、外国映画のワンシーンのように燕尾服に突撃した。
「うぇーるーらーすー!」
 半泣きのハスキーボイスで名を呼ばれ、ウェルラスは突撃してきた顔なじみを振り返った。見れば蛇塚 連理(aa1708hero001)が、世に「男の娘」と呼ばれるだろう見事なドレススタイルで自分にしがみついている。
「連理さん、すごく可愛らしいですね」
「ふざけた事言ってないで助けてくれよ! なんでこうイロモノ依頼ばっか受けやがるんだあいつは!?」
「やあウェルラスさん、俺の可愛い連理に何か用かな? 誘いたくなる気持ちも分かるけど連理の相手は俺だからね」
 何処からともなく登場した悠理が後ろから笑顔で連理を抱き締め、一秒後にその顎にアッパーカットが見舞われた。顎にアッパーカットを喰らいながらも崩れない安心安定のイケメン(外見)に、連理は心の底からありったけの呪詛を吐く。
「コロス……いつか絶対コロス……」
「まあまあ連理、押さえて押さえて。不届き者に警戒されないためにもこういう演技は必要だろう?」
 悠理の爽やかなイケメンからもたらされる説得に連理はぐっと押し黙った。とは言っても悠理は不届き者の捕獲はもちろん忘れたりはしないまでも、不届き者が現れるまで全力で楽しむ気でいっぱいなのだが、それを正直に言う理由はないのであえて黙る事にした。
 そしてそこからまた少し離れた所では、目が笑っていないピンクのウサギが雅・マルシア・丹菊(aa1730hero001)にある意味熱い視線を投げ掛けていた。雅はピシッとスーツを着こなし、ポニーテールを揺らしながらアル(aa1730)にパチンとウインクをする。
「ほらアルちゃん、格好良く決まっているかしら?」
 一見すると大柄な美女が男装を楽しんでいるように見えるが、雅はれっきとした元男である。いわゆるオネェさんである。つよいのである。何がなどと聞いてはならない。
「『元男だったあたしは今は女なわけだし、男装してみたいわ!』って気持ちは微妙に分からなくもないけれど、元男なおねぇさんが女になって更に男装とか捻り過ぎじゃん……? いや似合うけどさ! 男装とっても似合うけどさ! もう誰からお誘い来るか分からないよね! 良いんじゃないかな!」
 アルは軽やかなテクノボイスでそう言ったが、目は笑っていなかった。ついでにアルの着ているピンクのウサギのつぶらな瞳も、中の人の心を表すようにハイライトが消え失せていた。
「とは言っても 郷に入っては郷に従え、だよね。もちろん全力で楽しむよ。犯人さんもこの光景見て心境変わるかもしれないし……多分だけど! 誰かに誘われるかなぁ」
 アルがそう呟いた瞬間、「きゃーうさちゃん可愛い~!」と人の波が突撃してきた。あっという間に可愛いものに目がないオネェとオナベに攫われたアルに、雅が右手を伸ばして叫ぶ。
「アルちゃぁぁぁんっ!!!」

 鴉守 暁(aa0306)はもこもこ羊の着ぐるみを着用し、ちょこちょこキョトキョトと周囲に視線を走らせていた。暁のチョイスした羊の着ぐるみは見た目的にも安心安定に可愛らしく、さらに『キグルミらしさ』を出すべく暁がちょこちょこ動いているため「萌えろよ萌えろよ」オーラが四方八方に漂っている。あざといなどと言ってはならない。
「身長的な関係でも似合うでしょー」
「似合うニアウー」
「キャスは男装だねー」
「イエース。ダンスも楽しみデース。喫茶店でお客サンとダンスすることもあったデスヨー」
 そう言ってキャス・ライジングサン(aa0306hero001)は得意げに豊満な胸を張った。普段は小麦色の肌とボンキュボンのナイスバディを惜しげもなく晒すキャスは、元の世界では時には賞金稼ぎ、時には傭兵、時には街の遊撃手、時には喫茶店の店員等様々な姿を変えて荒野を駆けまわっていた、という。178cmの高身長で粋に男装を着こなすキャスは、もこもこ羊姿でちょこちょこ動き回る暁にハートを飛ばしながら視線を落とす。
「小さい子はカワイイデース。そう言えばダンスの方はダイジョウブー? 女の子とダンスもあるかもデスヨー?」
「踊る事には性別は関係ないのよー。社交で踊るのは教養だしー? それよりキャスー、仕事が終わるまではお酒は控えといてねー」
 暁の一言にキャスの全身に衝撃が走った。英雄だから飲まず食わずでも別に死にはしないのだが、お酒大好き英雄のキャスの顔が一瞬で
「(´・ω・`)」
に変化する。
「ソンナー」
「仕事終わったら飲んでいいからーシンデレラでも飲んどけー。脅迫状から推理するに犯人はノンケ、そして特定個人に用があるんじゃないかなー。わざわざオネェシップを指定してきたこと、その目的はパーティーをめちゃくちゃにすること。シージャックしてオネェシップを乗っ取ることじゃない。それならヒトがいない時の方がいい。それでいてオネェを指定してきたんだからオネェの誰かが怨み買ってるんじゃないのかな? 最近性別をカミングアウトしてフラれたとか何かあるんじゃないの?」
 「仕事が終わったら飲んでいい」の一言にキャスはやる気を出そうとしたが、暁の華麗なる推理に一瞬で頭がショートした。決して記憶力が悪い訳ではないのだが難しい事を考えるのは得意ではなく、論より先に身体が出たがるタイプなのである。
「キャシーに心当たりあるか聞きに行こうかー? もしかしたらそのヒトの元恋人が乗ってたりするかもしれないしー。そんなヒト見かけたら注意かなー。何しでかすかは知らないけど」

 ディフェクティオ(aa1997)はフリルのたくさんついた白いシャツに膝丈パンツと黒ベストという、男物とも女物とも取れる上下黒ゴス系スタイルで蘇芳(aa1997hero001)の左腕に座っていた。一見するとイケメン執事とそれに抱きかかえられているどこぞのお坊ちゃんという何やら耽美な絵面だが、ディフェクティオのバイザーには
「((((;゚Д゚))))」
と表示されていた。
「……ひト……ヒと? 多い……」
 ディフェクティオはバイザーの下の病的な色白顔でオネェの大群にビビッていた。その上さりげに人かどうか疑問視していた。もちろんダンスなどスルーである。そして蘇芳の方はと言えば、普段あんまり食べないディフェクティオに色々食べさせる事を第一目標に掲げていた。不審者はついでに捕まえられれば御の字という認識である。ちなみに蘇芳はダンスの誘いを受けた際に「あたし」と返し『お仲間』扱いされてしまい、「一人称が『あたし』だからってカマ扱いすんのはやめておくれでないかい」と内心少々げんなりしていた。噺家に近い江戸っ子喋りでは「あたし」は別に不自然ではないのだが、端正な容貌と長く艶やかな黒髪が誤解を招く原因の一つであったのかもしれない。
「ディ、どれが食いたい?」
 蘇芳はディフェクティオのバイザーを眺めつつ、とりあえず色々盛り合わせた皿をディフェクティオの両手に持たせた。ディフェクティオはとあるヴィランの組織に改造手術を施され、本当の名前と記憶、そして声を失っている。一応外付けの発声装置を通して会話する事は出来るのだが、あからさまな機械音声(某歌唱ソフト的)がお気に召さないらしく、普段はバイザーに顔文字を投影して感情を表現している。蘇芳は左腕だけで器用にディフェクティオを子供抱きしたまま空いている右手でフォークを持ち、ディフェクティオの持つ皿の料理を刺して相棒の口へと放り込んだ。ディフェクティオは口をまぐまぐし、程なくしてバイザーに
「(´・ω・`)」
という顔文字が現れた。
「……」
 良かったのか悪かったのか分からない。とりあえず反応がいいとは言い難いのは確かである。蘇芳は次の料理をディフェクティオにまぐまぐさせ、
「(^∨^)」
という文字が出た所で脳裏にきっちりメモを取った。

「わあ、綺麗なドレス! ありがとうパトリツィア!」
 ヨハン・リントヴルム(aa1933)は己の姿に視線を落とし、童話のお姫様がそうするようにその場でくるくると回ってみせた。丹念に手入れをした磁器のようなすべすべお肌に、星のようにきらめくスパンコールのついた紺色のドレスがとてもよく映えている。そんなヨハン、もとい今はヨハンナの姿を、パトリツィア(aa1933hero001)は何とも形容しがたい複雑な表情で眺めていた。幼少期に古龍幇の末端組織と言われるヴィランズに誘拐され、過酷な幼少期を過ごしてきたヨハンは一時期「仕事」のためにした女装が引き金となり、自分の事を女の子と思い込んでしまった事がある。そんなヨハンに女装をさせるのはパトリツィアとしては色々胸が痛かったのだが、ここまでノリノリな姿を見させられてしまっては少々見方を変えざるを得なくなってくる。ちなみに数あるドレスの中から主人に一番似合うものをと、最後の二択で決めきれず友人の意見を伺ってまで選んできたのも彼女である。
「ご主人様が楽しいのでしたら、私はそれを見守るだけでございます……」
「今日は違うドレスなのでござるなヨハンナ殿」
「いつものディアンドルは元々作業着なので今回は封印したんです。あたし、パーティーって初めて! さくっと解決して、いっぱいダンスして、美味しいもの食べるの! お師匠様にキャシーさん! お誘いありがとうございます。頑張りますから、楽しんでくださいね!」
 そう言ってヨハンナはガイルとキャシーにウインクをし、ノリノリで人の群れへと華麗にダイブしに行った。だが、しばらくしてヨハンナは悲し気な顔をしてパトリツィアの元に戻ってきた。
「ご主……コホン、お嬢様、どうしました?」
「あたし、ダンスって初めてだから自信ないの……」
 そう言ってヨハンナは悲し気に顔を両手で覆った。人の群れにダイブした直後「一緒にダンスでもどうですか」と何人ものイケメンに声を掛けられはしたのだが、ダンスが初めてという事を思い出し全て断らざるを得なかった。そこにドレス姿の雪峰 楓(aa2427)と、何故かキョロキョロしているタキシード姿の桜宮 飛鳥(aa2427hero001)が通り掛かる。
「あら、ヨハンさん、もといヨハンナちゃんどうしました?」
「楓さん、とっても綺麗! 育ちの良さって出るのねえ、お姫様みたい。あ、じゃなかった、実は……」
 ヨハンナはダンスが出来ない事を楓と飛鳥に説明した。すると楓が、何故か目をキラキラさせながら上品な仕草で両手を合わせる。
「では、私と踊りませんか?」
「え、いいんですか?」
「男の娘とかぁ、大好きですからぁ。実はオナベをハンティングするためにドレスにしたんですが、思わぬ掘り出し物ならぬ掘り出し者です。エスコートならお任せですよ。え? 見た目女同士じゃないか? ……何が問題なんでしょうね?」
 そう言って、楓は何故かハァハァした。と書くと何やら怪しさ満載の人のようだが、楓は有名お坊ちゃま・お嬢様大学国文学科卒業の、花嫁修業も完璧、華道、茶道、書道に通じるというもはや2次元にしかいないであろう絶滅危惧種の和風お嬢様なのである。しかし趣味は妄想、頭の中はピンク一色、好みは男装の麗人と男の娘というマニアックすぎる二刀流使いなのである! 「どうしてそうなった」などと聞いてはならない。
 そしてそんな楓の横で、飛鳥は何者かに命を狙われる時代劇の侍のように落ち着かないそぶりを見せていた。「あ、そうそう。飛鳥さんはこれです、これ」と何故かタキシードを渡されてしまい、「……この世界の服装はまだよくわからんのだが、コレは男物ではなかったか?」と思いながら一応着用したのだが、オネェシップに乗る前から妙な視線を感じるのだ。断っておくが飛鳥はイケメンに見えるが美女である。そしてこの船に乗っているのはアブノーマルの住人である。つまりはそういう事である。
「なぜ周囲の女たちの熱い視線が飛んでくる……何だ、この寒気は。なぜか貞操の危機すら感じるぞ。いかん、捕まってはいかん。きっと、いや、絶対、躱し続けるぞ」
「そこのお方、私とダンスをご一緒しませんか!?」
 楓がヨハンナの手を嬉し気に取り、ダンスパートナーが決まったのだと名実共に決まった瞬間、着飾った女性陣が一斉に飛鳥目掛けて突撃してきた。見た目は女性だが目が危ない。飛鳥は鍛錬の賜物をいかんなく発揮し反対側へとダッシュする。
「お待ちになってぇぇぇ!」
「わ、悪いが捕まる訳には……! しかし考えてみれば、不埒物も私のように逃げ回っているかもしれん。逃げつつ注意して周りを見ていようか。何かがいたら楓や周りの者に耳打ちしておく事にしよう」

 スーツ姿で戻ってきた凍土とシエロは料理コーナーへと舞い戻り美味しい食事にありついていた。少し場を離れた隙に追い掛け回されている人間が幾人か増えた気がするが、あまり気にしない事にする。
「襲撃するから怪しいのって考えるときっと分からないと思うんだよな。ソワソワみたいな落ち着かないって人に声かけよう、だってここの雰囲気独特だし」
「この状況に慣れちゃってるトウ君の方が心配なんだけどなー」
「キレーなお姉さんしか居ないよ?」
「じゃあ、あのお兄さんに見えるお姉さんは?」
 さらりと心配ゲージを増やす凍土にシエロは正面を指差した。男物の黒いスーツをピシッと着こなしてはいるが、胸とお尻が実に立派だ。凍土は至極冷静な瞳で男装の女性を上から下まで眺めると、少し悩みつつこう答えた。
「……ギリのラインでおっさん」
「トウ君の基準がワカラナイナー」
「気配と勘、独特の雰囲気ってあるよな」
 凍土はためらいもなくそう答えた。目が本気だ。相棒への生温かい目が止まらないシエロを前に凍土が唐突にぽつりと呟く。
「オネェシップって良い名前だなって思うんだ。宣誓と船、相反する様でバッチリあってる」
(トウ君楽しんでるなー)
「そんな場所だから、メチャクチャになるのも暗い人が居るのもイヤだな」
 少し意外な一言にシエロは目を丸くした。凍土は口をまぐまぐさせながら周囲へと視線を向ける。
「空元気してる人に話しかけよう。ウェルラス見かけたら手伝ってもらおう、オレより話上手いと思うからさ」
「トウ君ハナシ下手だもんね」
「レディース&ジェントルマン、楽しんでくれているかしらん? いよいよお楽しみのダンスの方を始めるわよ~ん」
 オネェ口調のアナウンスに、会場のボルテージが一気に三段階上昇した。それを聞いた凍土が眉間に小さく皺を寄せる。
「ダンスかぁ……踊れないし、お話だけで何とか……ならないか。せめてお姉さんに当たると良いなぁ」
「オニーさんは違うの?」
「全然違う、卵1パック98クレジットと97クレジット位違う」
 それの一体何が違うのか、シエロには解説の仕様がなかった。シエロに出来る事はただ一つ、着々とアブノーマルの世界に馴染みつつある凍土を生暖かく見守る事だけだった。

●レッツダンスタイム
「ミス・キャシー、僕と踊って頂けませんか?」
「キャシーお姉さん……その、身長差とか、あるけど……よかったら、一緒に踊ってくれませんか……?」
 ウェルラスと黎夜は揃ってキャシーへと右手を差し出した。燕尾服姿のウェルラスは152cm、黒基調の男装の黎夜は139cm、対するキャシーは192cmのオネェである。キャシーは少し戸惑いつつ、二人に視線を合わせるために膝を折って屈み込む。
「あたしは別に構わないけど、ジェントルちゃんも黎夜ちゃんも大丈夫? 特に黎夜ちゃんは……」
 詳しい事情までは知らないまでも、黎夜が男性を苦手としている事を知っているキャシーは語尾を濁しつつ黎夜に尋ねた。キャシーがオネェ……心は女性でも性別は男性であることを、黎夜はきちんと認識している。その上でもう一度口を開く。
「分かってる……その上でお誘いしたい……踊ったことがねーけど……それでもいい、なら……」
「……こんなに素敵なお二人に誘ってもらってお断りするだなんてバチが当たってしまうわん。もちろんOKよん。でも残念ながらキャシーお姉さんは一人だけだから、最初は黎夜ちゃんと踊って、次にジェントルちゃんでいいかしらん?」
「もちろん大丈夫です。お断りの返答でも直接頂けただけで嬉しいと思っていましたし、OKを頂けて天にも昇る気持ちです。ミス・キャシーはとても魅力的な人なので、独占なんて不届きなことはもちろんしたりしませんよ」
 キャシーの提案にウェルラスは快く了承した。一方、男子儀礼服「香港」を着用し成り行きをそっと見守っていた葵はふうと息を吐く。
「ウェルが玉砕したら回収しようと思ってたけど、OK貰えたみたいだな……それじゃあ俺も適当に……」
 そっちの気はまるでないが、男女オネエオナベ不問で適当にひっかけようと考えた葵の前を、いつものASSASSIN姿のデランジェが一人で横切った。特に相手もいなさそうな様子のデランジェに葵は片手を挙げて近付く。
「デランジェさん、暇か? 良かったら俺とダンスでもどう?」
「あら、いいわよん。ガイルちゃんが見知らぬオネェさん達に浚われちゃってちょっと困っていた所なのん」
 それは結構な問題じゃないか……と一瞬だけ思ったが、申し訳ないがこれ以上面倒を抱えるのはごめんである。葵は今聞いた事を完全になかった事にした。
「不届き者の件もあるし、何かあった時に備えてウェルとあまり離れないようにしたいんだけど、大丈夫か?」
「ええ、構わなくてよん。以外に真面目ちゃんなのねん」
「仕事の事は忘れてないよ」
 薄く笑ったデランジェにそう返した葵の耳に、ダンスの開始を告げるアナウンスが響き渡った。特に決まっている訳ではなく、曲に合わせて自由に踊るスタイルのようである。葵はデランジェに断って腕を回し曲に合わせてステップを刻む。
「あら、結構情熱的なのねん」
「駄目だったか?」
「いいえ、エスコートはおまかせするわん」

「うっ、うわっ!」
 連理はただでさえ履き慣れていないヒールに悪戦苦闘を極めていた。元々ダンスなど出来ない上に足元は不安定の極み。踊るというよりほとんど悠理にしがみつくような状態である。
「連理……情熱的なのは嬉しいけれど動きにくいね?」
「うるせー! こっちだって好きでやってんじゃ」
「しーっ……連理は今可愛い女の子なんだから、ね?」
 噛み付く連理の唇に悠理は人差し指を立てた。「誰のせいだと……」と心の中で思ったが、確かに騒ぐのは得策ではない。連理は「後で覚えてろよ」と心の中で呟きつつ襲る襲る足を踏み出した。

 楓とダンスをする事になったヨハンナは、連理程とは言わないまでもぎこちなくしか動けない自分に眉を八の字に下げていた。163cmの楓にリードを取ってもらいながら、180cmのヨハンナは悲し気に顔を俯かせる。
「え、えっと、こんな感じでいいの? ごめんなさいね、恥ずかしいでしょう? このガタイじゃあ似合わないものね」
「いえいえ、全然。むしろご馳走様ですという感じで」
 憂いを帯びた女装中の美青年と手を取り合ってダンスを踊る、男の娘好きにはたまらないこのシチュエーションの何処に文句があるというのか。むしろ悲し気に俯く表情の全てをばっちり間近で見られるのだ。垂涎ものの役得である。そんな楓とヨハンナの様子をパトリツィアは料理を摘まみつつ、主と付かず離れずの位置を保ちながら眺めていた。
(材料は何じゃろうか、後でご主人様に作れんもんかのう)
 ヨハンナを見失わないよう注意しながら「これは」という料理を吟味して、ヤのつく自由業口調で首を傾げるパトリツィアに、右目を眼帯で覆った男装の麗人が近付いてきた。もう何度となく声を掛けられたパトリツィアは、話し掛けられる前にと半ば食い気味に口を開く。
「申し訳ありませんがお構いなく。今は料理を堪能していたい気分でございますので」
「あ、いえ、ダンスの誘いじゃなくて、ちょっと一緒にいさせてもらっても構わないかしら?」
 聞き覚えのある声に顔を上げると、アーテルが自分用の料理の皿を右手に立っていた。アーテルはキャシーと踊る黎夜の姿を確認しつつパトリツィアの近くへと立つ。
「ごめんなさいね、一人だとダンスのお誘いが来るから。何度も断るのも申し訳ないし……」
「構いませんよ。私もご主……お嬢様の様子を見つつ不届き者を探しておりますので」
 目的を同じくするパトリツィアに頷きつつ、アーテルは皿の料理を一つ口へと放り込んだ。パトリツィアも料理やパーティーの様子をそれなりに楽しみつつ、乗客の一人一人の挙動に気を配り特に部屋の出入りをしっかりチェックしているのだが、
「一体何処におるんじゃろうか……」

 不届き者は誰にも見つからないよう壁の花を決め込んでいた。会場に入った瞬間顔の濃いオネェに囲まれ半泣きで逃げ出して以降、ずっと目立たないよう壁に同化しこそこそ移動をし続けていた。もしかしたら誰かと一緒にいた方がカモフラージュになるかもしれないとは思ったが、
「演技でもオネェと踊るのなんざ絶対ごめんだ……見てろよオネェ共、このパーティーをめちゃくちゃのグシャグシャのギッタギタにしてやるからな! えーと確かこの靴を……」
 不届き者はいよいよ盛り上がりを見せるパーティーをめちゃくちゃにするべく、革靴を売りつけてきた怪しい商人の言葉通りに革靴のかかとを強く叩いた。瞬間、革靴がまるでレーサーバイクのごとくトップギアで走り出し、不届き者は慌てて声を上げる。
「わ、わああああ! 退いてくれぇぇぇ!」

「た、助かった……」
 オネェとオナベ海から生還を果たしたアルはげっそり顔で息を吐いた。さすがは日々色々な荒波をクロールで泳ぐ方々である。つよいのである。何がなどと聞いてはならない。
「わ、わああああ! 退いてくれぇぇぇ!」
 その時、楽しいパーティーには不釣り合いな悲鳴が人の群れから聞こえてきた。見ればスーツ姿に革靴を履いた男が、足にターボエンジンでもつけたのかと見紛う速度で床を走り回っている。
「いた! アイツだよおねぇさん!」
「さくっと捕まえましょ!」 
 アルはオネェオナベ海からの相棒救出任務を果たした雅と共鳴した。とは言っても見た目的にはピンクのウサギ一体に集約されただけなのだが、ピンクのウサギはハイライトの消え失せた瞳に不届き者の姿を映すと、くねくねと内股で動きながら全力疾走で駆け始める。
「逃がさないわよオニィチャァン!! アタシと一緒に遊ばなぁぁぁい?」
 説明しよう。アルは戦闘時に雅と共鳴すると姿の方はアルのまま、しかし口調は雅の方に引きずられてしまうのだ! 具体的には可憐な少女にオカマが乗り移ったかのように見える。その声に、姿に、振り返った不届き者は戦慄した。見ればぬるっとした微妙なダミ声を出しながら、ピンクのウサギの着ぐるみが妙にくねくねしながら走ってくる。
「ば、化け物!」
 化け物という単語がアルのハートに突き刺さった! アルのハートは5のダメージを受けた! だが、アルはくねくねしながら心のダメージをぐっと堪える。
「着ぐるみだから問題ない。オールオッケー。うん。周り皆こんな感じだし恥ずかしくないしボクだってバレてないし共鳴後もきぐるみの中だし。おねぇさんの言葉遣いとか仕草とかもう全開で良いと思うな!」
 と自己暗示を掛けつつ、アルは不届き者をくねくね内股全力疾走で追い続けた。そこにそれぞれ食事とデータ集積を一時中断した咲雪とアリスも駆け付ける。
「……ん、とりあえず動きを封じないと」
「攻撃は控えるのよ」
 どうも様子のおかしい不審者にアリスは呟き、咲雪はこくりと頷いた。共鳴し全力で殴、らず、俊敏さを活かして懐に飛び込み羽交い絞めにしようと試みる。ふと、自分の年齢の割に大きな胸が押し当てられるのは相手にとって役得かな、と咲雪は思った。制服に包まれたたゆんたゆんの接近に不届き者は色んな意味で悲鳴を上げる。
「う、うわあああ!」
 だが、革靴は急に「くん」と曲がり、咲雪の攻撃とE~Fを回避した。足を止めたアルにキャスと共鳴した暁が近付いてくる。
「犯人さんの足と表情さ、何かおかしくない……?」
『アノ靴、普通じゃないデスネー』
「不正に流れた品か、従魔的なナニカでしょー。どっちみち壊すことに違いはないさー。そう言えばキャシー、最近性別をカミングアウトしてフラれたオネェとか心当たりない?」
「ごめんなさいねん、あたしは心当たりがないわん」
「りょうかーい。お客様に被害がないようにスタッフ方々は小避難よろー」
 暁はその辺にあったケーキ皿を手に持った。右腕を大きく後ろに下げ、不届き者の顔を狙い両目をギラリと光らせる。
「そぉい!」
 びしゃり。ケーキは不届き者の顔ど真ん中に命中した! だが顔を完全にクリームで覆われてなお不届き者の動きは止まらない。
「んー、変化なし。アレただの一般人だねー。銃使ってもいいけどねー、一般人だしーまずいっしょー。包囲して無理矢理止めて靴だけ破壊かなー」
「だ、誰でもいいから助けてくれえええ!」
 
「……アーテル……人酔いしたから……主導権、渡す……」
 アーテルと合流した黎夜は開口一番そう告げた。男性も人の多い所も苦手な黎夜がよく頑張った方である。
「了解。変なことはしないから寝てなさい」
 アーテルは黎夜と共鳴すると禁軍装甲を腕に構え、スタッフ達と協力して乗客の避難誘導に当たった。一方連理と共鳴した悠理、飛鳥と合流した楓、ヨハンナとパトリツィアは揃って不届き者に視線を向ける。
「あれは……?」
『靴……革靴か? あれ。走り回ってるし、あれのせいじゃねーのか?』
「ふむ、なぜかただ走り回るだけのようで、攻撃してこないな。あの男、靴の挙動に驚いているように見える。もしや、ただならぬ靴だと知らずに履いてきただけで、元凶は靴か? だとしたら、動きを止めて靴を引きはがすのが吉だ」
 飛鳥が推理を口にした瞬間、革靴はリンカー達から逃れるように不届き者をくっつけたまま会場の壁を登り始めた。飛鳥の推理を聞いた訳ではなく、恐らく攻撃を完全に避けるための行動だろう。パトリツィアは「ご主人……」と言い掛けてコホンと咳払いをする。
「お嬢様! 共鳴を!」
 ヨハンナはパトリツィアと共鳴すると黒い鱗に覆われた右腕にライヴスの鷹を作り出した。赤に変化した瞳に不届き者の姿を映し、腕を振って鷹を空中へと羽ばたかさせる。
「お願い、ピーちゃん!」
 鷹が革靴に接近し、鉤爪を煌めかせ襲い掛かろうとしたその少し前、壁を走っている不届き者の姿を認めた蘇芳が周囲に声を張り上げた。
「姐さん方、ちぃと場を空けとくれ!」
 蘇芳はフラメアを出現させると穂先にディフェクティオを乗せ、上空にいる不届き者目掛けて相棒を打ち上げた。従魔や愚神、共鳴したリンカーにダメージを与えるには共鳴しなければならないのだが、不届き者自身は一般人、非共鳴状態でも攻撃を加える事は出来る。革靴はピーちゃんの攻撃は回避したが、それは次の行動を制限される事でもあった。動きの止まった不届き者目掛けてディフェクティオが
「∠( ゚д゚)/」
とバイザーに表示しながら飛んでいき、シャンデリアを掴んで空中ブランコの要領で方向転換した後
「ヽ(#゚Д゚)ノ┌┛」
と表示しながら蹴りを入れた。バランスを崩した不届き者に引っ張られ革靴が壁から剥がれ落ちる。
「のおおおお!」
 落下してきた不届き者を、悠理は守るべき誓いを展開させつつ腕を広げて抱き留めた。万一に備え楓が縫止で敵のスキルと移動力を制限し、さらに葵とアルがダブルサンタ捕縛ネットで不届き者を絡めとる。それでもなおわしゃわしゃと動く脚を咲雪が関節をロックして固定した。
「よしよし、動き止まったねー」
『まだ人ならあんたの身体は、傷つけないから……安心して?』 
 暁がスナイパーライフルを、アーテルが死者の書を出現させ不審な靴へと狙いを定めた。革靴が不届き者の足から脱げ空中に解き放たれた瞬間、銃弾と白い羽根のライヴスが革靴を同時に打ち砕いた。
 アルは共鳴を解くと、捕縛ネットで捕らえたままの不届き者へと視線を向けた。不届き者はバツが悪そうにリンカー達から視線を逸らす。
「ねぇ、どうして騒ぎ起こしたのか聞いていい? 船なら何でもよかった? それともこの中の誰かに恨みでもあった?」
「オネェってヤツが嫌いだからだよ……理由なんてそれでいいだろ!?」
「そんなにオネェが嫌いなのかな? それとも別の理由で?」
「変態もいるけど、悪い人ばっかじゃねーぞ?」
「もしかしてこの船に知り合いでも?」
 悠理と連理の問い掛けに、トウジは明らかに表情を変えた。だが、口を開こうとはしない姿にアルが声を張り上げる。
「答えたくないならアレだね。この男に見覚えある方はいらっしゃいませんかー!」
「トウジ……やっぱり、トウジなの?」
 悠理は声のした方に視線を向け、信じられないというように口元を覆う人影に手招きをした。一見すると可愛らしい女性の姿にトウジは驚いて声を上げる。
「ミカ……なんでこんな所に!」
「ふーん、この子が原因か……オネェシップにいるって事は、もしかしてオネェ?」
「か、関係ねえだろ!」
「むきになるのはやっぱ気があったからじゃないのかなー? はよ次の子見つけりゃいいのさー」
「別にいいんじゃないノカナー? 今時同性カップルナンテよくあるヨー?」
 暁が吹っ切れるように促し、キャスは逆に元サヤを勧めるように言葉を掛けた。ちなみに同性カップルを承認しているがキャスは別にレズではない。女の子が好きなだけである。
「そ、そいつは俺を騙していたんだ! 今更元に戻れるかよ!」
「ねぇ、あなた……騙されたって言ったけど、知らないうちは上手くやっていたんでしょう? それならこれからだってお付き合いができるんじゃない? 体が男か女かより、もっと大切なことがあると思うの」
「なるほど、好きな女の子がアレだった腹いせ、と。で、何やら両方とも未練たらたらそうですねぇ。んー……」
 トウジを説得しようとするヨハンナの影で、楓はしばし考え込んだ。そして名案とばかりに手をぽんと打ち、ミカの腕に腕を絡める。
「ははぁ、じゃあ、この子は私が貰っちゃってもいいですか?」
「え?」
「男の方がいいって言うなら、俺も立候補させてもらうぜ。この子浚っていっちゃうぞ?」
 戸惑いを見せたトウジをさらに焚き付けるべく、葵もミカの反対側の腕を取った。それを見てトウジは思わず慌てて声を張り上げる。
「だ、ダメだ、そんな……!」
 トウジは自分の発言に驚いて目を見開いた。それでもまだ踏み切れないらしい男に、アルは最後のダメ押しをする。
「今日一日パーティーに参加してみてどうだった? 男だ女だって考えが、なんだかバカらしくなるお船だったでしょ? 性別なんてカザリみたいなもんだよねぇ。ココにいる人達見て、嫌でもよく分かるんじゃないかな。最終的にはさ、『その人自身』が好きならそれでいいと思うんだ。好きの気持ちに偽りがないならさ、もっと胸張ってなよ。その方がカッコいい」
 アルの言葉にトウジは少し顔を上げた。視界に映るのはリンカー達と、性別など乗り越えて仲良く寄り添う多くの人々。トウジはその光景にようやく意を決すると、懐から指輪の箱を取り出し、目の前のミカへと差し出した。
「これ、プロポーズしようと思って用意して、別れた後もずっと捨てる事が出来なかった……こんな俺でよければ、一緒にいてくれないか……?」
 その言葉に、ミカはトウジに抱き着いた。周りから二人を祝福するように大きな拍手が沸き起こった。

●レッツパーリ―再
「アルさん、今日は雅さんも一緒なんだね。大丈夫?」
 少し心配気な悠理の言葉に、アルは回収した捕縛ネットを幻想蝶に仕舞いつつ辛うじて右手を上げた。自己暗示をかけていたとは言え、やはり精神的ダメージは少々計り知れないものがある。
「うん……大丈夫大丈夫……周りにはバレてない……皆おんなじだから恥ずかしくない……」
「ガイルさんも大丈夫かい?」
「だ、ダイジョウブでござる……」
「木陰くんも、大丈夫、かな……?」
 オネェ海からひっそりと生還を果たしたガイルから、悠理は別の意味で疲れを見せる黎夜へと視線を移した。人酔いしたとアーテルに訴えていた黎夜だったが、今では大分顔色も回復したようだ。
「うん……大丈夫……ありがとう……」
「アーテルさんも一緒だし、あんまり無理をしないようにね。それじゃあ連理、仕事も終わったしもう一度ダンスを……」
「するか変態!」
 連理は抱き着こうとする悠理を見事なストレートで妨害した。まだまだ余力のありそうな一同を視界に収めつつ、アーテルはグラスの中身を静かに喉へと流し込む。
「赤い靴みたいだったな……童話の。最終的に女の子は足を切られたけど、無事ならいいか……」
「アーテル……」
 今は恋人と寄り添っているトウジに呟いたアーテルに、黎夜がおずおずと声を掛けた。先程まで黎夜と踊っていたキャシーを見れば、今はウェルラスとステップを踏んでいる。
「もういいの?」
「うん……独り占めはよくねえし……」
「そう……ねぇ、だったら今度は私と一緒に踊りませんか? なんてね」
「……エスコートは、任せた……」
 思わぬ黎夜からの返事にアーテルは目を瞬かせた。断られる前提の冗談のつもりだったのだが……だが、もちろんアーテルから断る理由はない。アーテルは微笑みながら「任せて頂戴」と頷いた。

「ありがとう楓さん、今日はとっても楽しかった!」
「いえいえ、私の方こそ、今日はとっても楽しい時間をありがとうございました」
 ヨハンナは嬉しそうに楓に今一度おじぎをすると、軽やかな足取りでパトリツィアの元へと駆けていった。楓も相棒を……げっそり気味の飛鳥を捕まえ、妖艶な笑みを浮かべて腕に腕を絡め取る。
「飛鳥さん、一緒に踊りましょう」
「い、今からか?」
「パーティーはまだまだこれからですよ? 絶対に逃がしませんから、覚悟して下さいね。ふふふっ」

「しっちゃかめっちゃかにされて大変だったね」
 シエロの言葉に凍土は少し疲れたような、しかしまんざらでもない顔をしていた。革靴の手入れ方法をトウジに聞いた所「悪いけれどそこまで詳しくない」と断られてしまったのだが、代わりに大量のオネェに「私が教えてあげるわ~ん」と囲まれてしまったのだ。
「でも、おかげで革靴のいい手入れのコツが分かったし、お礼のベルトも喜んでもらえたし。革靴ってカッコいいけど手入れが大変だからな。今後役に立つといいな。それと……」
 凍土は二曲目が終わったタイミングで目当ての二人へと駆けていった。こちらに視線を向けるウェルラスとキャシーに凍土は自分のスマホを見せる。
「キャシーお姉さん、一緒に写真撮っていいですか。ウェルラス、撮るのよろしく。ウェルラスとキャシーお姉さんのも撮ってあげるから」
「あらま。今日のあたしはモテモテね~ん。ふふふ」
「そう言えば、ミズオチのおっさんは?」
 凍土はそこで葵の姿が見えない事に気が付いた。何処かで誰かと踊っているのだろうか。と、ウェルラスが無言で凍土の背後を指差した。すると葵が
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「お願い、あたしの事を浚ってェ~ん!」
「どうも、さっきの『浚っていっちゃうぞ』がオネェさん達のハートを浚っちゃったみたいなんだよね」
 相棒に襲い掛かった不幸をウェルラスは淡々と解説した。葵の悲鳴を耳にしつつ、凍土とシエロが交互に呟く。
「大変なのかな?」
「タイヘンそうだね」

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 魅惑のパイスラ
    佐藤 咲雪aa0040
    機械|15才|女性|回避
  • 貴腐人
    アリスaa0040hero001
    英雄|18才|女性|シャド
  • 薄明を共に歩いて
    木陰 黎夜aa0061
    人間|16才|?|回避
  • 薄明を共に歩いて
    アーテル・V・ノクスaa0061hero001
    英雄|23才|男性|ソフィ
  • ようへいだもの
    鴉守 暁aa0306
    人間|14才|女性|命中
  • 無音の撹乱者
    キャス・ライジングサンaa0306hero001
    英雄|20才|女性|ジャ
  • 実験と禁忌と 
    水落 葵aa1538
    人間|27才|男性|命中
  • シャドウラン
    ウェルラスaa1538hero001
    英雄|12才|男性|ブレ
  • 聖夜の女装男子
    蛇塚 悠理aa1708
    人間|26才|男性|攻撃
  • 聖夜の女装男子
    蛇塚 連理aa1708hero001
    英雄|18才|男性|ブレ
  • エージェント
    白市 凍土aa1725
    人間|14才|男性|生命
  • エージェント
    シエロ シュネーaa1725hero001
    英雄|12才|?|ソフィ
  • 銀光水晶の歌姫
    アルaa1730
    機械|13才|女性|命中
  • プロカメラマン
    雅・マルシア・丹菊aa1730hero001
    英雄|28才|?|シャド
  • 急所ハンター
    ヨハン・リントヴルムaa1933
    人間|24才|男性|命中
  • メイドの矜持
    パトリツィア・リントヴルムaa1933hero001
    英雄|16才|女性|シャド
  • エージェント
    ディフェクティオaa1997
    機械|13才|男性|攻撃
  • エージェント
    蘇芳aa1997hero001
    英雄|28才|男性|ドレ
  • プロの変態
    雪峰 楓aa2427
    人間|24才|女性|攻撃
  • イロコイ朴念仁※
    桜宮 飛鳥aa2427hero001
    英雄|26才|女性|シャド
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