本部

【東嵐】連動シナリオ

【東嵐】龍城の影に佇む

電気石八生

形態
ショートEX
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 5~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/04/02 16:25

掲示板

オープニング

●カウンター・テロリズム
 謎の組織による香港襲撃と、その一翼を担わされていた邪英。
 そこから救い出された香港警察の刑事は述べた。『この香港で、邪英をテロに投入する実験が行われている』と。しかもその邪英は、HOPE日本支部に所属していた故エージェントの契約英雄だったのだ。
 契約英雄の名はキャサリン・ベック。爆薬を無限生成するという希有な能力を持つ彼女は、謎の組織によって邪英とされ、さらにはHOPE国際会議の爆破テロに投入されようとしている。
 黒社会が開催する地下闘技場摘発から始まった事件の中で、この爆破テロが、それをしかけた組織の真意ではないことも判明した。
 しかし、それでもHOPEはテロを止めなければならなかった。会議を守り、世界を守り、そして邪英化された英雄を救うために。

 今、エージェントたちは、湾岸に接する地下通路――ある製薬会社が希少素材を海から直接搬入するために造ったという搬入路――を進んでいた。
 内は広く、それでいて資材や建材がそこかしこに摘まれていて狭くもあり、薄暗かった。さらに、人工的に除湿しているのか、空気は海に接しているとは思えないほど乾いている。だから。
 チャリっ。固いものがコンクリートをこする小さな音が、耳障りに高く響く。
「!」
 散開したライヴスリンカーたちの隙間を1000発の16ミリ弾が埋め。
「ケアアアアアア!!」
 残りの空間を、甲高い雄叫びが埋め尽くした。

解説

●依頼
 襲い来る敵を全滅させて地下通路を突破、製薬会社の地下施設を破壊してください。

●地下通路
・光源は非常灯のみ。
・コンクリート製で、幅4×長さ200スクエア。
・石ブロックやアルミの板、鉄骨、各種サイズの箱等の遮蔽物多数。自由に使えます。

●敵(アイアンパンク)1~5
・1(生命適性)はオートマチックで突撃してきます。
・2(命中適性)はスナイパーライフルで、物陰に隠れて狙撃してきます。「ブルズアイ×3」を使用。
・3(攻撃適性)はアサルトライフルで奇襲してきます。
・4(防御適性)は16式60mm携行型速射砲で、正面からこちらの行動を阻害。「バレットストーム×4」を使用。
・5(攻撃適性)は体に大量の爆薬を巻きつけ、自爆攻撃をしかけてきます(登場回数は1回のみ)。「備える」、「注意する」程度では回避不能。
・1~4は35パーセントの確率で攻撃後、足元に転がされる手榴弾(爆薬)を投げてきます。
・1~5のどれかに邪英が憑いています。彼女を特定し、そのリンカーを撃破すれば敵の手榴弾攻撃は止まります(ヒントはこの解説中に)。

●地下施設
・機械類が多数あり、洗脳特化型の愚神がいます。実験の首謀者について聞きだせますが、その間に強力なBS攻撃(劣化+封印)をしかけてきます。ただ防御力皆無なので、一撃で撃破できます(情報と安全のどちらを選ぶかになります)。
・機械類も簡単に壊せます。

●備考
・邪英はHOPE所属エージェント(故人)の契約英雄だった「キャサリン・ベック」です。彼女は能力者とともに死ぬことを望み、実行しましたが、マガツヒによって捕えられ、実験体にされました。
・事後、キャサリンは自分を殺してくれるよう頼んできます(手を下さない場合も彼女は消滅します)。
・あなたはキャサリンや契約主である鈴木華と「知り合い」であることも、「見知らぬ元同僚」であることもできます。

リプレイ

●遭遇
「ヤオクェえン(ロックンロール。この場面では一斉射撃の意)!!」
 芸術的とさえ言える手際でマガジンを次々使い捨てながら、アサルトライフルを構えた細身のヴィランが突撃してきた。
「まったく、秘密基地らしいっちゃらしいが……面倒な邪魔がいるな」
 積み重ねられた、足場用と思しき鉄板の影に身を隠し、リィェン・ユー(aa0208)が吐き捨てた。
 面倒なのは逃げ場のない通路の幅と、細身の突撃を援護する大小とりどりの弾丸の雨だ。
『邪魔がいるのなら喰い破るのみじゃ』
 リィェンの内より迷いなく告げたのは彼の契約英雄イン・シェン(aa0208hero001)。
「あぁ、行くぜ。奴らの計画を殺すために」
『悲しき英雄を救うために』
 資材の裏を駆け渡る赤城 龍哉(aa0090)が、内に在る契約英雄のヴァルトラウテ(aa0090hero001)に顔をしかめてみせた。
「後腐れなく締めたはずがこれじゃやりきれねぇな」
『戦士を誇りと魂を汚す行為、私は決してゆるしませんわ』
 龍哉とヴァルトラウテはしばし、名しか知らぬ邪英とその契約主だった少女を思う。
「連中の目論見を叩き潰して、彼女の魂を然るべきところへか」
『彼女の魂に平穏を。そして喜びの野へ送り出しましょう』
 アルミの資材箱の裏に背を預けたギシャ(aa3141)が、手だけを挙げて鷹を飛ばした。
「――敵は5人。16式のでっかい人は支援役? 多分りーだーだね。あと突撃銃で突っ込んできた人の後から、拳銃持ってる人が出てきた……今走り出した。で、なんか着ぶくれたコートの人は待機中? あ、後ろでスナイパーライフル構えてた人が鷹撃墜。みんな注意して。おーばー」
 ライヴス通信機で仲間に敵の情報を伝えたギシャに、内から契約英雄のどらごん(aa3141hero001)が語りかけた。
『次は罠を探すぞ。キャサリンなら、かならずどこかにしかけているはずだ』
「ギシャ、絶対キティ助けるよ! 笑ってるふたりが好きだからね」
 目を輝かせるギシャに、どらごんは重い言葉を返す。
『……覚悟はしておけ。この世界ではもう、あのふたりの笑顔はそろわないんだからな』
 盾を掲げて弾雨をしのぎつつ、2組を追う蝶埜 月世(aa1384)がため息をついた。
「――困ったものね、ダンスィな人たちは」
『今は立ち止まって考え込むときではない。彼らはそれを経験で悟っているのだ』
 彼女の内から、アイザック メイフィールド(aa1384hero001)が静かに応えた。
「だからって、こんな危ないのにつきあわされてたら老けちゃうわ」
『人の老化には段階がある。突然変異や奇病は――』
「んー、そういうことじゃないんだけどね……」
 愚神船との戦いを終えて戻ったその足で地下通路へと踏み込んだ月鏡 由利菜(aa0873)と契約英雄のリーヴスラシル(aa0873hero001)もまた、盾を手に進む。
『ユリナ、敵の初手は奇襲だ。が、ギシャ殿の知らせてくれた拳銃の男の突出に合わせて退くつもりだろう』
「それまでに私たちは遮蔽物と盾を組み合わせて、みなさんを敵の銃撃から守れるよう努めましょう。物陰からの狙撃や跳弾を防がなければ……」
 リーヴスラシルはライヴスを高めて由利菜を包む甲冑を白く輝かせ、
『気負うことはない。私がユリナと共にある』
 月世と由利菜の盾、その隙間から2丁拳銃で撃ち返しながら、八朔 カゲリ(aa0098)は口の端を歪めた。
「少なくとも、あいつらには俺たちを止めようという覚悟があるか」
『ならば覚者(マスター)、どのように対する?』
 内より契約英雄のナラカ(aa0098hero001)が問う。
 カゲリは炎の紅を映す瞳を敵へと巡らせた。
「滅ぼす」
 そのカゲリと並び立ち、狙撃銃を構えるのはライロゥ=ワン(aa3138)である。
『随分と遠距離攻撃が有利な場じゃのう』
 彼の内でのんびりと言う祖狼(aa3138hero001)。
 ライロゥは険しい顔で銃の引き金を引いた。
「術が届く距離にはまだ遠い。銃はあまり得意ではないのだが……」
『弾は当てるだけのものではない。その数によって敵の動きを封じるものでもある。ひとまず我らはその任を果たそうぞ』
 祖狼は早熟なれど未だ若く、経験に乏しいライロゥを落ち着かせようと、意図的に語調をゆるめている。
 それを察したライロゥは、銃を構えたまま息を整えた。
「わかった」
 前衛、中衛から少し離れたルートを遮蔽物に潜みつつ進む進むコルト スティルツ(aa1741)は、クロスボウにつがえた短矢を細身へ撃ち込み、次の矢を装填、構えた。
「あの敵の誰かがキャサリンさんなのですね」
『ギチギチ』
 コルトを包む虫甲の基、契約英雄アルゴス(aa1741hero001)は、表情のない声で短く鳴いた。
 一月前、コルトはギシャと共に、邪英と化す前のキャサリン・ベックを見送った……はずだった。
 思うことはある。油断すればその口からとめどなくあふれ出してしまうだろうほどに。でも。
「俺は迷わない。行くぞアルゴス」
『ギギ、ギチギチギチ!』

●窮地
「ヤオクェンヤオクェンヤオクェン!!」
 細身が、アサルトライフルをフルオートで撃ち続けながら下がった。
 その代わり、オートマチックを両手でまっすぐ構えた丸顔が突っ込んでくる。
「ツーうジぃー(突撃)!!」
 その後ろから、禿頭の巨漢が60mm弾をばらまきながら前進してきた。さらには不定期にスナイパーライフルの狙撃弾とアサルトライフルの高速弾が飛んできて、無防備な丸顔をバックアップする。
「ツージー!!」
「チィビィぃぃぃ(撃ち殺す)!!」
「ヤオクェンヤオクェン!!」
「広東語じゃなく普通話(プートンファ)か。どこからかき集めてきたのやら、だな」
 中国生まれのリィェンが耳を塞ぎながら言う。
 普通話とは多数の地方言語が存在する中国において共通語の役割を果たすものだ。
『生まれは知らぬが、皆同じ色の眼をしておるわ』
 インの言葉に、リィェンのとなりで同じく身を潜めていた龍哉が「ああ」と応え。
「気持ち悪ぃくらいな」
『光のないあの眼……呪術に操られた下僕兵を思い出しますわ』
 ヴァルトラウテのつぶやき。それを由利菜がすくい上げ。
「この通路のどこかに、彼らを操っている者がいるのでしょうか?」
『おそらくは奥にあるという地下施設に。この場にいるならこちらの誰か――魔法耐性の低いドレッドノートを操ろうとするはずだ』
 リーヴスラシルの言葉に一同がうなずいた。
 その中でひとり無言を保つアイザックに月世が声をかける。
「どうかした?」
『……少し考え込んでしまった。すまない。自分でそのときではないと言っておきながら』
 思慮深さはアイザックの特性だ。物事を冷静に見極めて深く考え、答を導き出す。その彼が状況を忘れて思考に溺れるとは。
 しかし、月世はそれを問い詰めなかった。代わりになにげない顔で前を向いたまま。
「なにを考えてたのかは訊かない。けど、いつでも聞くからね」
『罠いっこ解除したよー。ギシャたちもろっくんろーる?』
 ぺたりと伏せたまま爆弾トラップを発見、無事解除したギシャが、通信機ごしに仲間へ告げてきた。
「私がきっかけを作ります。みなさんはその間に」
 由利菜は一歩踏み出したつま先を軸に鋭く回転。ツージーツージーとやかましい丸顔の口元へ盾を打ちつけた。
 その隙に前進する龍哉、リィェン、月世。
 それを迎え撃つべく、丸顔の後ろから巨漢が60mm弾を撃ち込んできた。しかし、その太い右腕に短矢が突き立ち、その連射を断ち切られる。
「ゴォアアアア!」
「いつもの銃とはちがいますけれど……なんとかなりましたわね」
 精神統一に射手の矜持を乗せた攻撃を決め、コルトは虫甲の奥で不敵に笑んだ。
「格上相手と撃ち合えるなんて、いい経験になりそうですわ」
 速射砲と弩弓。空間占有率は比べるまでもない。加えて相手はコルトをはるかに凌ぐ歴戦の銃手だ。しかし。
 銃手の腕とは、自身の射撃だけでは語れない。その場に存在するあらゆるものを使って射線を作り、敵を撃つのが腕であり、強さだ。
 それらの思いを飲み込んで、コルトは平易な声で由利菜を促した。
「弾よけはお任せしますわ。代わりに援護はお任せを」
「お願いします」
『ユリナ。狙撃や奇襲も脅威ではあるが、私はギシャ殿が先ほど述べた、着ぶくれした男の存在が気にかかるのだ。戦闘に参加もせず、なにを見計らっているものか』
 リーヴスラシルの言葉に、由利菜は目線を敵の布陣へ巡らせた。――が、着ぶくれした男の姿は見あたらない。
「今は備えましょう。なにが来ようとも、私たちで止めます」
 音を置き去りにして飛来した狙撃弾をななめに立てた盾で弾き、由利菜は力を込めた目線を前へと向けた。
「月鏡。その覚悟、俺が支えるよ」
 左右一対のPride of foolsを構えたカゲリが横へ跳んだ。宙で横転して敵の銃弾から体をそらし、床へ転がりながら鉛弾を返す。
 唐突に現われた的に、ヴィランの攻撃が集中する。
 カゲリは床へ投げ出した身をもう一度横転させて60mm弾を。
 床に這って動きを止め、狙撃弾を。
 再び転がって高速弾を。
 壁を蹴って逆側へすべり込んでダムダム弾をかわした。
「かわしきったとは言えないな」
 裾を削られたインバネスコートを体に巻きつけ、息をつく。
『しかしながら、目的は果たしたぞ』
 ナラカに促されて前方をうかがい見れば、由利菜が前線へたどりついていた。カゲリが囮として機能した結果である。
「敵に距離を詰めさせたくないんだけどな。味方が距離を詰めなきゃならないのは難しいところだ」
『距離を詰めれば相手もまた距離の利を失うことになる』
「ゼロ距離から撃たれた弾をかわすのは骨が折れるな」
『そうだな。では、どうする?』
「骨が折れても、肉が爆ぜても、俺は引き金を引くだけだ」
 一方ライロゥは前衛に合わせ、足音を殺して前進していた。
『ライ』
 祖狼の短い警告に反応し、頭を下げる。その銀の髪を数本、狙撃弾が引きちぎっていった。
『あの狙撃手、なかなかに腕が立つ』
『ただでさえ厄介な状況だというのニ……!』
 内なる声で吐き捨てたライロゥだったが、静かに息を吐き、体を強ばらせる緊張を抜いた。
『放っておけばここぞというときに狙い撃たれるぞ』
 ライロゥは薄闇を透かし見、スナイパーが隠れていると思しき影をにらむ。
「距離は70メートルというところか。厳しいな。しかし、このままやらせておくわけにはいかない。術が届く距離まで詰める」

 前衛より4メートル後方の壁際に身を潜めるギシャは、距離を詰め切れず後手に回っている前衛の様子をうかがいながら、機を待っていた。
「ほーりーしっと。隠れるところはあるけど、一本道の待ち伏せはきついー」
『すまん。屋内戦を想定した近接武装を指示した俺のミスだ。地下通路の形状を考えれば、遠距離戦装備は必須だった……』
 うなだれるどらごんに、ギシャは解けぬ笑顔を振ってみせ。
「センパイが言ってた。得意な武器だから得物なんだって。ギシャはギシャの得物で思いっきり戦うよ」
 センパイとは鈴木華。邪英と成り果てたキャサリン・ベックの契約主だった少女だ。
 ギシャは華と出逢ったことで銃へ興味を持ち、押しかけ弟子となって――その最期を見届けた。
『わかった。ならチャンスを待て。かならず弾の雨が途切れる瞬間が来る。それまでは突出しないで前衛を支援するぞ』
 ギシャがトランクケースの上からショットガンの銃口を突き出し、撃った。
 と。
 ズムッ!! 地下通路を、濁った爆音と衝撃が揺るがした。
「手榴弾か!?」
 大剣をかざして爆風を避けたリィェンが叫ぶ。
「キャサリンさんの爆薬かと――!」
 鼓膜を痺れさせる衝撃を振り切って、由利菜が答えた。
 ヴィランのひとりが投げた即席の手榴弾。それをギシャの散弾が偶然に撃ち落としたのだ。
『中衛、後衛の被害を抑えるためにも、あの攻撃を止めなければ』
 リーヴスラシルへ、フルンディングをかついで進み出たリィェンが背中越しに。
「まったく厄介だが、どうせ俺たちは接近しなきゃ始まらねぇ。道を拓くとしようか、相棒」
 誘われた龍哉が、白銀のセイクリッドフィストを装着した両手をかるく振り、そのバランスを確かめる。
「消耗戦につきあわされるのはおもしろくねぇからな。よろこんでお供するぜ」
 続くヴィランの銃弾を左右に分かれてかわしたリィェンと龍哉。そのふたりが、飽きずに突撃してきた丸顔を挟むように合流した。そして。
『向かい来る弾には耐えられても、思いがけない跳弾には耐えられません。まずは憂いの元を断ちましょう』
 ヴァルトラウテの言葉を受けた龍哉が、右の一本拳――手の中指、その第2関節を立てた握り拳――で、丸顔の拳銃を握る手を突いた。
「トンッ(痛っ)!」
 末端をえぐられた痛みに、丸顔の突撃が止まる。
「こいつもどうぞ、ってな!」
 さらに龍哉が丸顔の鳩尾へ左の正拳突きを叩き込んだ。前に出した右膝を折り、拳に体重を乗せた古流の技だ。突くのではなく、「つっかえ棒」のようにして相手を迎え討つ拳。
 丸顔は自らの勢いでその体に拳を深く埋め込み、すさまじい速度で尻餅をついた。
『ひとり減らせば隙も広がろう』
 インの言葉に続き、リィェンが丸顔へ大剣で叩き落とした。地に足を叩きつけて得た反動を、全身の筋肉で螺旋を描きながら腕まで通し、攻撃に加える。中国拳法に云う発勁の応用である。
 3連撃を食らってなお立ち上がり、退きにかかる丸顔。
 彼を支援するべく、ヴィランの銃弾が龍哉とリイェンに殺到するが。
「させません!」
 すかさず由利菜がふたりをカバーリングし、守った。さらに。
『ユリナ、手榴弾が来る!』
 リーヴスラシルの警告。
 由利菜は食いしばっていた歯から咄嗟に力を抜き、盾を前へ突きだした。
 かつっ。盾の上で跳ね返り、床に転がった手榴弾が、2秒の間を置いて爆発。
 体を激しく揺さぶる衝撃を小さく開いた口から逃がし、由利菜はすぐに体勢を立てなおした。
「手榴弾を避けるために敵陣へ飛び込むべき、ではありませんね」
『ああ。敵が操られているなら、ためらわずに自爆する可能性が高い。今しばらくは様子を見るしかあるまい』
 またもや飛んできた手榴弾を、由利菜はやわらかな横蹴り――蹴った衝撃で起爆させてしまわぬように。リーヴスラシルの修めたヴァニル騎士戦技の格闘術、その応用である――押し退けて落とした。
『……手榴弾を供給しているのが邪英か。窮地に立たされたな』
 盾をかかげて爆風をかわした月世に、アイザックが言う。
「そうね。でもそれって逆にチャンスじゃない?」
 右目をつぶってみせる月世。
 それだけでアイザックは、彼女の真意を悟る。
『手榴弾を供給している者が邪英か。貴公はいつも私の愚考を軽々と跳び越えていく』
「ほめてくれたって、深夜にサービスさせてあげるくらいしかできないけど」
『深夜……? 貴公、その単語に含められた真意は――』
「あー! しっかり見てないと! 邪英はいったい誰かしらぁー!?」

●起爆
 距離という戦いにおける絶対要素をめぐり、攻防が続く。
 巨漢の16式が旋回し、雹のごとくに60mm弾をばらまいた。
 前衛4人ばかりでなく、中衛、後衛までもがこの銃撃に飲み込まれ、コンクリートの上に転がされる。さらにそこへ。
「ヤオ、クェぇぇえン!」
 細身がフラッシュバンを発射。地下通路の薄闇が白く塗りつぶされた。
「ここで目潰しかよ!?」
 万が一に備えていた龍哉だったが、位置取りが災いした。至近距離から白光を浴びた目がくらみ、その行動を阻害する。
「龍哉!」
 同じくバッドステータスを食らったリィェンが手探りで龍哉の腕に触れ、押した。
「おお!」
 意志を通じ合わせたふたりは、右と左に転がって仲間に道を開ける。その間に、丸顔が踏み込んだ。
「ツぅ、ジぃ」
 血にまみれた顔をへらへらと笑ませ、狙いもつけずに拳銃を撃ちまくる。これでは突撃どころか、特攻だ。
「あの方は――」
『待て、ユリナ! あの男の後ろだ!』
 丸顔の背中から、なにかが剥がれた――不自然に着ぶくれた、小柄な垂れ目の男が。
「デュオマオマオ(いないない)……デュオ(ばぁ)」
 丸顔を後ろから蹴り倒し、垂れ目が走り出す。コートがはだけ、その下に巻きつけた大量の爆薬が露となった。
『ライっ! あの男、自爆する気じゃぞ!』
 祖狼の警告。
「やらせるか――!」
 ライロゥは銃弾に打ちのめされた体を気力で引き起こし、アルマデル奥義書を開く。
「飛ベ……闇夜ノ鳥ヨ……塗リ潰セ!!」
 書より這い出した呪いの闇が垂れ目にまとわりつき、飲み込んだが、垂れ目は闇から転がり出て走り続ける。なにかに追い立てられるかのように、びくびくと。
『覚者、迎撃よりも制圧を』
 ナラカの言葉を受けたカゲリが、16式60mm携行型速射砲を垂れ目に向けて。
「誰かに与えられた覚悟もまた覚悟だろう。差別はしない。区別もな」
 60mm弾が垂れ目の体を打ち据える。しかし、垂れ目は爆薬を巻いた体をかばって走り続ける。
「あの自爆野郎がキティか?」
 弩弓を構えたコルトのつぶやきに、アルゴスが低く鳴いた。
『ギチギチ』
「黙ってろ。キティだろうとそうじゃなかろうと関係ねぇ」
 短矢が垂れ目の腿を貫いた。
 速度を落としながらも、垂れ目はまだ走る。
『月世、このままでは間に合わん』
「だったら度胸で勝負!」
 アイザックに応えた月世が駆け、盾を下からアッパースイング。垂れ目の体を突き上げた。
『貴公の命を散らすに足るものは見つかったか?』
 盾の奥から垂れ目を見据える月世の内から、アイザックが語りかけた。
 垂れ目は目をしばたたかせ。
「デュオマオマオ」
 盾にしがみついた。
「デュオ」
 コートの袖から突きだした導火線に点火。
『月世殿、盾を放して回避を!』
 リーヴスラシルの声に、月世は反射的に盾を手放し、横へ跳んだ。
 盾をつかんだまま下へ落ちた垂れ目を押さえつけ、月世がライヴスシールドを展開した、次の瞬間。
 ズズン!! そこかしこの資材が紙のように吹き飛んでいき、通路を成す分厚いコンクリートに亀裂がはしる。
 その中心で、由利菜は細く息をついた。
「……無事、でしたね」
 攻撃を無効化するライヴスシールドだが、その効果には制限がある。これは賭けだった。
 生命力と意識を失った垂れ目の下から盾を抜き取り、月世へ投げ返すカゲリ。その内から、ナラカが由利菜に賞賛の言葉を贈る。
『研ぎ澄まされし意志と濁りのない覚悟。汝の輝き、魅せてもらったぞ』
 その安堵に紛れて、丸顔がこっそりと顔を上げた。そしていきなり、由利菜へ手榴弾を投擲――
「だむん?」
 ――する直前、ギシャの放った散弾をその手に食らい、起爆した手榴弾によって前腕ごと吹き飛ばされた。
『義手か。なら再起も早いだろう』
 断面をショートさせながら突っ伏す丸顔に、どらごんが言い捨てた。
 その言葉尻を噛みちぎり、敵の銃撃が再開された。
 4から3に減った銃口だが、アサルトライフルと16式の連射、そこに狙撃を混じえた変則攻撃は、先ほどまでと変わらずエージェントたちを押し込んでくる。
「……あーあ。よりにもよってって感じね」
 装備しなおした盾で手榴弾を弾き、月世がため息をついた。
『それでも闇雲に疑うよりは、目ざす先が明白であるほうがいい』
 彼女はアイザックと共に探していたのだ。こうして投げられる手榴弾や、先ほどの自爆攻撃に使われた爆薬の供給源を。敵の攻撃タイミングを計り、不自然な間がないか疑い、目星をつけて注目し……見つけた。
 バレットストームを放った巨漢が左手の中で爆薬を生成し、転がす様を。
「邪英は16式装備のヴィランに憑いてるわ!!」

●撃破
 月世の声を聞いた龍哉が即座に動いた。
「俺らの予想、見事にハズレちまったな」
 となりに並ぶリィェンが、前を向いたまま答える。
「爆薬の供給源としての安定性をとったんだろうさ」
『あの男、正体を知られてなお動じぬな。ふふ、おもしろくなりそうじゃ』
 腰だめに構えた16式をこちらへ向ける巨漢を見、インが艶やかに笑んだ。
 戦いのただ中に在り続けることこそを日常とする『武姫』は、敵と命を削り合う激戦の予感に心を昂ぶらせるのだ。
『我が名と盟約において、折れぬ闘志に勇気の加護を』
 ヴァルトラウテが龍哉へ加護の言葉を贈る。
 戦乙女たる彼女が与える加護は、戦士を死地へ送り出すための儀式ではない。共に死地へ踏み込み、死までもを分かち合う決意を示す誓約だ。
 かくして龍哉とリィェンが、巨漢の放った弾の雨へと突っ込んだ。
「弾の豪雨をかいくぐるとか、気分はハリウッド――いや、香港アクションだな!」
『お爺様に見切りかたは学んだのでしょう? 実践するいい機会ですわ』
「実践こそ最高の修行場だからな!」
 ヴァルトラウテと言葉を交わしつつ、踏み出す足と体の置きどころを目まぐるしく変えながら龍哉は進む。
『さ、そなたも存分に功夫を見せよ』
「どこまで見せられるかな」
 インに苦笑を返したリィェンだが、彼もまた套路(とうろ)――中国拳法における型――を踏み、フルンディングで弾を受け流しながら巨漢へ迫る。
「ヤオクェン!」
 危機と見たか、細身が迎撃に加わってきたが。
「遅ぇよ」
 すべるように踏み込んだ龍哉が巨漢へオーバーハンドフック。重心を前へ傾けて攻撃を強化する、古流と近代格闘技の型を組み合わせた一打である。
「邪魔をするな」
 リィェンが大剣を振りかぶった。円運動を基礎とする八卦掌の歩法、走圏は、同じく円を描く斬撃と相性がいい。防御しようとかざされた銃身を重い刃で巻き込み、巨漢と細身を続けざまに叩き斬った。
 果たして細身は大きく後ずさり。なんとかこらえた巨漢はバレットストームを発動するが。
『ユリナ、今こそ切り札を!』
 リーヴスラシルが由利菜を促した。
「心眼を――開きます!」
 心眼。30秒の間、自らを中心とした半径10メートル内を飛ぶ敵の銃撃を打ち払うスキルである。これこそが由利菜とリーヴスラシルが温存してきた、反撃の狼煙だった。
 優美な装飾が施されたレーヴァテインが、銃弾を斬り落としていく。その剣閃はまさに闇を払う光。音と速さを比べあう程度の銃弾に逃れる術はない。
「行くよ!」
 顎をコンクリートへすりつけるほど低く体を倒し、ギシャが飛びだした。一気に巨漢の脇をすり抜け、由利菜の心眼の及ぶ範囲を抜けたとき。
「ブゥラウガー(逃がさねぇ)!」
 細身のアサルトライフルの銃口がギシャを捕えた、その瞬間。
「移動するなら早くしてくださいまし。そう時間は稼げませんわ」
 コルトのフラッシュバンが炸裂し、細身の目をくらませた。
「さんきゅ!」
 コルトに手を振ったギシャが、再び駆け出した。
「あの龍娘もヒューズと因縁、あるんだったな」
 その背を見送ったコルトは、虫甲の内でふと笑みを漏らす。
 ――笑っちまうよな。あいつも俺も死んじまったヤツに引っぱり回されて、香港まで来ちまった。でもよ。
「キャサリンよりはマシかよ」
 彼女は死を共にしたはずの鈴木華から引きはがされ、邪英に堕とされた。コルトが彼女を正気に引き戻せたとして、その後は――
『ギチギチギチ』
 アルゴスの鳴き声が、コルトを呼び戻した。
「わかってんだよ。選ぶのは俺じゃねぇってな」
 コルトが成すべきは、決着をつけること。そして最後まで見届けることだ。
「ヤオクェン!」
 目をこすりながら、細身が片手でアサルトライフルを構えてフルオート射撃。闇雲な攻撃ではあったが、それでも何割かの高速弾がギシャの背にくくりつけられた禁軍装甲へ降りそそぐ。
 止めきれない衝撃とダメージが、ギシャを押し潰そうとのしかかった。
『足を止めるな! このまま後ろへ回り込むぞ!』
「りょーかい」
 笑んだ口の奥で歯を食いしばり、ギシャは全力で駆ける。
 その気配を頼りに、細身が手榴弾を転がした。偶然の直撃コースへ。
『跳べ!!』
 すべりこむように、ギシャが前転。そして。
「盛レ盛レ……幻想ノ花ヨ……散レ!!」
 ライロゥの放ったブルームフレアが手榴弾を起爆させ、その爆炎と爆風を吹き払った。
「ライロゥもさんきゅ!」
 ギシャがもう一回転して立ち上がる。
 それを追おうとする細身だったが。
「仲間の決意を阻ませるわけにはいかない」
 細身の背中に2丁拳銃を突きつけたカゲリが、続けざまに引き金を引いた。
 左右の銃口から吐き出されたマガジン1本分の鉛弾が、細身の意識をあっけなく刈り取った。
『この戦いにはさまざまな意志と覚悟が行き交っておるな。皆、魅せてくれるものだ』
 ナラカの言葉に、カゲリはうなずいた。
「それだけの因縁があるんだろう」
『私たちも縁で結ばれたわけだ。あの邪英とも、邪英に縁を持つ皆たちとも』
 カゲリは薄く笑み、銃を握る。
「縁あって俺はここに来た。でも、それだけのことだ」
『――元気な娘御じゃ。ワシのような老いぼれは、見ているだけで疲れるわ』
 ライロゥの内で祖狼が苦笑した。ちなみに祖狼の鍛え抜かれた体、大抵の若者ではとても太刀打ちのできないだけの強さを宿している。
「オレたちも駆ける。今こそスナイパーを討つぞ!」
『賭けに勝つため、駆けるか。よし、死中の活を拾いに行こうぞ』
 フラッシュバンの残光を割り、ライロゥは駆けだした。その脚にたぎるワイルドブラッドの血が注ぎ込まれ、瞬時に最高速まで加速する。
「!」
 ダン! ライロゥの右肩に、すさまじい衝撃がはしった。尾を引いて消えゆくはスナイパーライフルの射撃音。狙撃されたのだ。しかし。
「……あと、3歩」
 動かぬ右腕をそのままに、ライロゥは駆けながら左手でアルマデル奥義書を抜き出した。
「這イ出ロ」
 3歩を詰めたライロゥは、太っちょのスナイパーに口の端を吊り上げ、牙を剥いてみせた。
「アイヤ」
 思わず漏らしたスナイパーに、書から這い出した悪魔が襲いかかる。
 悪魔に斬り裂かれながら、それでもスナイパーは引き金を絞った。
 ライロゥの眉間へと飛ぶ狙撃弾。しかし、彼はもうその場にはいない。
『ワイルドブラッドの力、甘く見ぬことじゃな』
 壁を踏み渡るライロゥ。その手には書に替わり、ハウンドドッグが握られている。
「これなら当たるだろう?」
 飛び降りざまにスナイパーを蹴り倒し、その腹を踏みつけたライロゥが、銃口をスナイパーの胸元へ突きつけた。
「悪いが容赦はしない。甘さがもたらす苦さ、オレは嫌というほど学んだからな」
 ライロゥは意識を撃ち飛ばされたスナイパーから冷めた目線を外し、身を翻した。

「そお、れっ!」
 月世は手榴弾を投げつけようとした巨漢の脇に盾を叩きつけ、押し上げた。重心を下げている巨漢を崩すには至らなかったが、仲間に攻撃のきっかけを与える。
「避ける手間がねぇ分、思いっきり行くぜ!」
 あらぬ場所で起爆した手榴弾の爆風を割り、龍哉の銀拳が踊った。
 巨漢は16式の焼けた銃身を振り回し、それを払い退けようとする。
 龍哉はショートアッパーを打って銃身を浮き上がらせ、続けて銃口を肘で払って押し退け、瞬時に腰を落として体を据え、オーガドライブを乗せた縦拳を巨漢の鳩尾へ突き立てた。由利菜の心眼が効力を失うまであと5秒。後のことを考えている時間はない。
「おまえが邪英か。救えるものならそれもいいが……おまえはもう、救いの手が届く場所にはいないんだろう?」
 カゲリが巨漢に歩み寄る。1、2、3、4、5――巨体を穿つ鉛弾を見やりながら、彼は手を止めることなく2丁拳銃の引き金を引き続けた。
「俺はおまえを滅ぼす。その罪と業は、俺が負う」
 カゲリの内に在るナラカはなにも言わなかった。カゲリの意志と覚悟を信じればこそ。
『そちの生き様は潔いが、ちと突き詰めすぎじゃ』
「きみには共に戦う仲間がいる」
 インとリィェンが言い置いて、巨漢へ大剣を打ちつけた。
『心眼が切れる――皆、銃撃に備えろ!』
 リーヴスラシルの指示が飛ぶと同時に、心眼が切れた。
「ゴオオ!!」
 リィェンの攻撃で膝をついた巨漢が、4度めのバレットストームを放った。
 なぎ倒されるエージェントたち。その中で。
「幻想ノ花ヨ、散レ!!」
 拒絶の風をまとったライロゥが、額にかざした火艶呪符より業火を呼び出し、巨漢へ叩きつけた。そして銃弾の雨に飲まれながらも、後ろにかばっていたコルトへ向けて。
「行け! やるべきことがあるんだろう!?」
「――感謝しますわ」
 静けさを取り戻した通路を、虫の姿をしたコルトが進む。
「よぉ。ずいぶんと早い再会になっちまったなぁ」
 コルトの手にはオートマチック。至近距離で取り回すには、弩弓よりも都合がいい。
「出て来いよ、キャサリン」
 コルトがオートマチックを撃つ。
 巨漢が16式を撃ち返す。
 もろに大口径の弾を食らい続けたコルトは膝をつき、しかし、ありったけの力を込めて立ち上がり。
「――おまえがいっしょにいたかったのはそんなヤツかよ!? キティ!!」
 びくり。巨漢の動きが、止まった。
 その首筋に、3方向から銃口が突きつけられる。ソウドオフ・ダブルショットガンの銃口が。
「パーティーはもう、終わりだよ」
 分身とともに引き金を引いたギシャの笑顔に、涙が澄んだ軌跡を描いた。

●追求
 巨漢の背から、白い靄が立ちのぼる。
 それはおぼろげな人型を成し、すぐに崩れてかき消えた。
「あの邪英、消えたわけじゃねぇか。どこに行った?」
 言葉にしたときには、龍哉はすでに走り出していた。
『以前の報告にもあったが、誓約が破られたことで契約が強制的に解除されたのだろう』
 後ろに続く月世の内からアイザックが答えた。
『彼女が何者かに操られているなら、戻る先はひとつ』
 リーヴスラシルの言葉に、リィェンが「ああ」とうなずいて。
「操っている奴がいるんだろう、地下施設だな」
「キティ待ってて。今度は絶対――」
 ギシャのつぶやきを聞きながら、コルトがチョコレートをかじる。虫甲にいくつも空いた風穴からこれ以上命が……決意が流れ出してしまわないように。
『ギギギギ』
「あ? もっと甘いのがいい? おまえが昔なめてた樹液より甘いだろうが。黙っとけアルゴス」

 果たして一行が踏み入った地下施設は、用途の知れない実験機器と収納しきれないケーブルでいっぱいだった。
「――待て」
 一行を制するカゲリ。そしてナラカが言葉を継いだ。
『愚神だ』
「お待ちしておりましたよ、はい」
 身の丈1メートルほど。ディフォルメの効いた恵比寿顔を笑ませた愚神が、一行を揉み手で迎えた。
『最大の注意を。この愚神、まるで気配を感じさせませんでしたわ』
『わらわたちに気を読ませぬとは……間合を取れる者はすぐに体勢を整えよ』
 ヴァルトラウテとインが警告を飛ばす。彼女たちも契約主の龍哉とリィェンも、数多の戦場を渡ってきた一流の戦士だ。その4人が、愚神の接近に気づかなかった。
「わたくしか弱いものでして! 隠れるだけは得意なのでございます」
 愚神は両手を挙げて事務椅子に座り、足をばたつかせてみせた。
「なんでもお話いたします! かわりに命ばかりはお助けを」
 愚神の促しに、月世の内からアイザックが言葉を発する。
『貴公がキャサリン・ベックを操っていたのか?』
「いかにも」
 アイザックは口ごもり、ためらい、悩んだ末、ようやく言葉を紡ぎだした。
『キャサリン・ベックは複数の者と誓約を結んでいた。誓約とは英雄にとって唯一絶対のものであるはずだ。他者の思惑で結ばされるほどに、誓約とはかるいものなのか?』
「誓約の重さとやらは、愚神たるわたくしにはわかりかねますが……心を奪ってさえおけば、誓約を結ばせることはできますな」
 月世とのリンクを解除したアイザックが愚神に詰め寄った。
「――英雄とはなんだ? 我々は本当に、異世界において魂と血肉を備えた生命体だったのか? 我々は何者かの思惑に従わされ、送り込まれているだけの――」
「ずいぶんお悩みのようですが、ならば考えなければいいのですよ。わたくしがお手伝いいたしますのでね!」
 愚神の眼が黒く輝いた。強力な精神攻撃が、アイザックに襲いかかる。
「アイザック!」
 あわやというところで月世がリンクを回復し、抵抗するが――重いバッドステータスを負って崩れ落ちる。
「見守ってるわけにゃいかねぇな!」
 愚神の死角に回っていた龍哉がシャープエッジを投擲した。
「貴様のような下衆は気兼ねなく殺れるから助かるぜ」
 さらにリィェンの烈風波。
「メイフィールドの意志は尊重したかったんだがな」
 カゲリの2丁拳銃の銃撃。
 それらを隠れる間もなくその身に受けた愚神は、あっけなく消滅した。
「……元凶の正体はつかめなかったか」
 月世を助け起こす由利菜を見やり、ため息をつくライロゥ。
 そこへ。
「それは僕が教えてあげるよ」

●龍場の影
 現われたのは、長細いアフリカン。
「初めての子もいるね。僕は「長い戦いの歌」。皆はソングって呼ぶよ」
「おまえの名前は報告書でうんざりするくれぇ見たぜ」
 シャープエッジの切っ先でソングを指し、龍哉が鼻を鳴らす。暗器は隠してこそのものだが、不意を突かせてくれない手練れ相手には意味がない。
「英雄がなにかなんて知らないけどさ。心があるから操られるんじゃないかな?」
 ソングは月世を見下ろしながら、続けて。
「あの愚神だって、邪英に結ばせられる誓約は「敵を全滅させる」とか、「100人爆弾で殺す」くらいだった。英雄の心を支配するのは難しいらしい。人間を操るよりずっと」
『それよりも、そちはなんのためにここにおる?』
 構えるリィェンの集中を崩さぬよう、インが問うた。
「後始末。ボスに言われた役まわりはデウス・エクス・マキナだからね」
 それは古代ギリシアの演劇の中に都合よく現われ、その絶対的な力で物語のもつれを解決してしまう機械じかけの神の名だ。
『神よ、ワシらに教えてくれんか? そなたのボスは誰じゃ?』
 読書を趣味とする祖狼が、皮肉を練り込んだ言葉を発した。
「比良坂清十郎」
 比良坂清十郎。それは最凶最悪と謳われるヴィランズ『マガツヒ』のボスの名だ。
「国際会議を狙ったのはマガツヒか!?」
 ライロゥの燃えたつ視線を、ソングは涼しい顔で受け止める。
「今、香港は大騒ぎだね。マガツヒはその一部を担当してるだけだけど、これからもっと盛り上がるよ。僕もゆっくり見物させてもらうつもりさ」
 歩き出そうとしたソングに、由利菜が剣を突きつけた。
「証拠の隠滅はさせません!」
「僕がするまでもなかった。証拠は全部、君たちが消しちゃったから」
『あの愚神か!』
 リーヴスラシルが思わず声をあげた。
 ある意味で、この機械群はダミー。データのすべては、あの愚神の頭の中にあった……!
 ソングは一行に背を向けた。
「ああ、忘れるところだった。最初に君たちが壊した地下闘技場があるだろう? あそこで屠宰鶏が待ってるってさ。遊んでもいいって子がいたら行ってあげてよ」
「きみは屠宰鶏を守る立場なんじゃなかったか? いいのか、俺たちが彼女を倒しても」
 リィェンの疑問へ、ソングは背中越しに返事を投げた。
「君たちはヴィランを殺せないんだろう? 生きていれば次の機会はあるからね」
 そして、歩み去った。背を向けてさえ、ひとすじ、ひとかけらの隙もなかった。
 一行は、知らぬうちに強ばっていた体から力を抜いた。

 機械群の奥にしつらえられた手術台の上、涙滴型の黒鋼がぽつりと置かれていた。
「センパイの幻想蝶」
 愚神の尋問を仲間に任せ、この場所にたどりついたギシャが駆け寄ると。
 黒鋼を抱きかかえた人型の靄がこちらを向いた。
『……アンタ、ギシャ? コルトまで。ホーリー・シットねぇ』
 虚のような目が細められた。
 ギシャの後ろに立っていたコルトは肩をすくめ、表情の変わらぬ虫顔を傾げてみせた。
「野暮なことは訊きたくねぇけどな。あの後なにがあった?」
 華とともにキャサリンが自爆した、その後のことだ。
『パーティーが終わって、アタシと華の誓約も終わった。それでも、いっしょに逝くつもりだったんだけど』
『死を前に、誓約が解除されていた。そこをマガツヒに狙われたか』
 通信機ごしの情報で、どらごんはすでにマガツヒの関与を知っている。
 しかし靄――キャサリンは「そこじゃないわ」。
『今になって考えたら、アタシたちが出逢ったすぐ後から。華はアタシに隠れて誰かに連絡してた。それで少しずつすり込まれてたのねぇ。死ぬのは誰も見てないところで、アタシと分離してからって』
 それは予想にすぎなかったが、おそらくは正しい。マガツヒは、死を前にしたエージェントと契約した希有な英雄を手に入れるべく、手を重ねていたのだ。
「センパイがギシャたちと戦ったの、そういうことか」
 ギシャの笑顔が歪んだ。怒っていた。絶望していた。でも、それを表わす方法がなかった。だから笑うしかなかった。
「なのにギシャは、大好きなふたりを見送るんだって……」
『結果オーライよぉ。華はアンタたちに送られて逝ったんだから』
 キャサリンは虚の目を閉ざした。靄が薄くなっている。もう、ほとんど見えないほどに。
『アタシも消える。もう1回送ってくれるぅ? 今度こそ、アンタたちの手で』
 オートマチックを手に、コルトがささやいた。
「キティ。今、ミズ・ヒューズに戻してやる」
「センパイとキティ、ふたりでひとつだもんね」
 ギシャが構えたのは苦無だった。それは大好きな人に苦しみのない死をもたらそうという、彼女の身勝手で切ない優しさ。
「またな。今日はそこそこ楽しかったぜ」
「おやすみなさい」
 そして。
『――? 迎えになんか来なくたって、ちゃんと』

「きみたちが送ってくれたか」
 崩れ去った黒鋼の前で立ち尽くすコルトとギシャに、リィェンが静かに声をかけた。
「彼女は今、喜びの野で大切な人と再会しているでしょう」
 ヴァルトラウテに龍哉はひと言「ああ」と返す。
「願わくば、向こうでも契約者となかよくな」
 傍らに立つインが頭を垂れた。
「においがするな。死にゆく者が残していった思いの」
 ナラカの言葉を聞くカゲリ。万物を俯瞰するナラカならぬ彼だが、薄い残り香が感じ取れた気がした。俺は死んだ後に、なにを残せるだろう?
「安らかニ――」
 壁にもたれて瞑想する祖狼から離れ、ライロゥが高く、魂の洗浄と来世の希望を込めた弔いの歌を歌い上げる。
「浄化と安寧ヲ。また会いましょウ」
 ライロゥを見つめていた由利菜が、その傍らに寄り添うリーヴスラシルに言う。
「生きてほしかった。そう思うのは傲慢なのでしょうか?」
「ユリナ……主を失ってなお歪んだ生を強いられる苦痛は、筆舌に尽くし難い。彼女はその生から解き放たれることで、ようやく救われたのだ」
 リーヴスラシルは由利菜の肩をそっと押した。
「彼女のために、祈りを」
 うなずいた由利菜は胸の前で両手を組み、唱える。
「ミズ・ヒューズ。再び蘇るそのときこそ、健やかなる生を……」
 仲間たちの片隅で、アイザックがふと口を開いた。
「――私は恐れていた。英雄とは、この世界の人々のライヴスが生み出した幻影に過ぎぬのではないかと。だからこそ私の記憶はこれほどに曖昧なのではないかと」
「あたしが保証するわ」
 12センチの高みにあるアイザックの頬を、月世の白い指がつねった。
「アイザックはここにいる。心配になったらつねってあげる。あなたが昔のこと思い出すまで、いつでもね」
 アイザックはつねられたまま微笑んで。
「……この痛みが存在の証と、今はそう信じよう」

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
  • 正体不明の仮面ダンサー
    蝶埜 月世aa1384

重体一覧

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • 義の拳客
    リィェン・ユーaa0208
    人間|22才|男性|攻撃
  • 義の拳姫
    イン・シェンaa0208hero001
    英雄|26才|女性|ドレ
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ
  • 正体不明の仮面ダンサー
    蝶埜 月世aa1384
    人間|28才|女性|攻撃
  • 王の導を追いし者
    アイザック メイフィールドaa1384hero001
    英雄|34才|男性|ドレ
  • 木漏れ日落ちる潺のひととき
    コルト スティルツaa1741
    人間|9才|?|命中
  • ギチギチ!
    アルゴスaa1741hero001
    英雄|30才|?|ジャ
  • 焔の弔い
    ライロゥ=ワンaa3138
    獣人|10才|男性|攻撃
  • 希望の調律者
    祖狼aa3138hero001
    英雄|71才|男性|ソフィ
  • ぴゅあパール
    ギシャaa3141
    獣人|10才|女性|命中
  • えんだーグリーン
    どらごんaa3141hero001
    英雄|40才|?|シャド
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