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最終発言2016/03/14 22:27:08 -
相談卓
最終発言2016/03/15 22:55:34
オープニング
●霊石鉱山のその後
太平洋に浮かぶW&H諸島は新発見の霊石鉱山に沸き立っている。開拓にH.O.P.E.エージェントの協力があったことは大々的に報道され、二重の意味で『絶海の孤島』であったこの島々にH.O.P.E.の抑止力が入ることは希望的に見られていた。それと言うのもこの島の統治者が外界からの干渉を嫌っていたからだ。高水準の技術提供と、資源の安定供給がその勝気な姿勢をバックアップしていた。
●Handful of Men Lives Research Organization
通称『HOM研』はW&H諸島で最も大きな島オカラニに拠点を置く研究機関法人。ライヴス技術と愚神及び従魔の研究、さらに周辺の豊富な霊石資源を活かした製品開発を総合的に行っている。
「ようこそ皆さん、W&H諸島へ。私は研究所案内人、気軽にバズガとお呼びください♪ ささ、どうぞ中へ」
南国の日差しにあてられたエージェントたちを、空調の効いた部屋とハイビスカスティー、そしてやたらせくしぃな白衣姿の案内人が歓迎した。席につくなり、彼女は単刀直入に切り出す。
「これまで我々は中立的な技術提供者として、H.O.P.E.、ヴィランズ、あらゆる外界から安全を保障されてきました。しかし先の依頼は必要に迫られてのことで、ああする他なかった。皆さんのお力を借りるのは止むなしだったのです。でも、その代償は大きかった」
状況は動いてしまった。現在のHOM研は、ややH.O.P.E.寄りの組織として世間の目に映っているだろう。
「島内で研究員が殺害されました。最近H.O.P.E.とアジアのヴィランズ間で抗争が激化しているのはご存じですね? おそらく、我々はその煽りを食らったのです。今、あなた方と我々は敵を同じくする同志ということですの。犯人逮捕に協力して頂けませんか?」
エージェントの一人が遺体の確認を申し出ると、案内人は残念そうに既に火葬してしまったことを告げた。
「無残な遺体でしたから、遺族にお見せするために島外で保存するわけにも参りませんでした。この島はリゾートの側面も強いですから医療設備は十分ですが、霊安室は用意がございませんし」
代わりに案内人は現場の詳細な写真をエージェントたちに渡す。被害者の一人の殺害現場は研究区郊外で、鈍器で顔面を砕かれているようだ。
「付近では不審な外国人の目撃情報もありますの。周辺住民には夜間の外出を禁じましたから、今夜その街路は人っ子一人出歩きません……まあ、この諸島には警察署もH.O.P.E.支部もありませんので、警告以上の規制はできないのですが、観光客の歩く場所ではないですし心配ないでしょう。差し支えなければ、早速捜査をお願いします」
応接室を出たエージェントたちは、そこで一人の少女とその母親に出会う。彼女たちを見た案内人は片眉を吊り上げた。
「ねえ、お父さん、どこに行ったか知らない?」
「……同志女史。エリアオレンジに息女を連れ込むことは規則違反ですよ」
「申し訳ございません……娘がどうしても夫に一目会いたいと。あの、夫は……」
「その情報は研究員階層に開示されていません。自宅待機の時間が間もなくなのは分かっていますね?」
「はい……」
とぼとぼと去る二人の後ろ姿を見るエージェント達に、案内人が微笑む。
「悪しからず、混乱を避けるためです。もし下手人を見つけたなら……殺さずに我々にお引渡し下さい。アライブ、オンリィですよ。ホホホ、ご安心ください。何か分かれば必ずお伝えします、同志エージェント諸兄」
こうしてエージェントたちはすぐに目撃情報のあった周辺の警戒に乗り出した。しかし夜まで不審な人物は見当たらず、日付の変わる頃を迎えようとしている。
●深夜
彼らのまだ知らない場所で、家を抜け出してきた少女はふらりと歩を進めた。
「お父さん……」
ワンピース一枚でも汗ばむような夜。首に下げたロケットの中の家族写真には、彼女を肩車する父親も写っている。しかしその男は、どう見てもエージェントたちが追っている殺人事件の被害者男性とは別人だ。少女が曲がろうとする角の先は、今宵誰も近づいてはならないはずの街路だった。
「……」
また別の角を、一人の黒人男性が曲がろうとする。丸眼鏡の奥は優しげな微笑みを形づくり、バックパックを背負っていた。一見すると霊石鉱山の出稼ぎ労働者のようだ。到着したばかりで外出禁止を知らないのか、足取りは迷いない。その手には、現在地から少し離れた場所に印が書き込まれた地図が見える。小さな少女、出稼ぎ労働者らしき男、いずれと早く出会うかはあなた達次第。
解説
概要
HOM研というヴィランズ資本の研究機関から、彼らの自治区内で発生した殺人事件の犯人逮捕を依頼されました。不審者が目撃されている街路周辺を警備し、ヴィランを発見した場合は逮捕してください。
二人の遭遇者
・労働者風の男
●深夜章に登場した男は、微笑を浮かべてPC達へ声を掛けてきます。
「この印の所のホステルに行きたいのですが」
状況が状況なので、その表情に惑わされないようしっかり様子を確認した方がいいでしょう。遭遇時点でPCはそうと判りませんが、男はヴィランです。バックパックには『ハンマー(武器)』『古龍幇関連会社の名刺』が入っていますが、男がその名刺の人物と同一とは限りません。殺害した場合は報酬が貰えないので、やむを得ない状況にならないよう注意してください。
・少女
●深夜章のように、エージェントたちが昼間に研究所で会った少女は父親を捜しています。ヴィランより先に少女を発見しないと襲われてしまうでしょう。遭遇した場合は保護が必要ですが、大人しくして貰うには多少の嘘も必要かもしれません。保護した場合は時間も時間なので家へ送ってあげてください。その際、寝ている母親には内緒にしてあげましょう。
オカラニ島について
・島内は自然豊かですが、一部は整然と区画された近代的研究都市になってます。
・属国らしい町並みで、道幅や一般家屋同士の間隔はかなり広いです。
ヴィランの出没する街路
・被害者の殺害現場からほど近い場所にあり、研究区画の郊外に位置します。
・その街路を挟んで反対側は研究施設が立ち並び、反対側は南国風情溢れる景色が広がっています。
・研究区画は街灯が整備されていますが、この街路は灯りもまばらです。
※●深夜章はPL情報です。
リプレイ
●研究所にて
「以前の調査依頼のせいで、人が殺されちゃったんですか……」
唐沢 九繰(aa1379)は優しい。
いつも溌剌とした彼女の悲しげな呟きに、写真から視線を上げたエミナ・トライアルフォー(aa1379hero001)は思う。
残酷な死者を見るのに耐えないことではない。彼女は、知らない誰かの不可避の死にすら責任を感じてしまう。
エミナはせめてもの慰めにと、手の甲のディスプレイに笑顔を表現した。それで淡々と言葉を紡ぐ唇を覆うことが、彼女が感情を表す唯一の手段。
「協力していなければ、調査の段階で多くの被害者が出ていたでしょう。悔やむべき事ではないと思います」
ドットの羅列が描く緩い弧が、ピ、と直線へ切り替わり。
「ただ……従魔からの被害を防いだことで、人間による被害がでた点はとても悲しいですね」
表情の乏しい英雄は瞬きも少なに唐沢を見つめた。
鉱山開発への加担は、H.O.P.E.による島の監視体制を確立するためにも不可欠のピース。そして今日、罪なき人を手にかけた犯罪者を追う。
「九繰、わたしも同じ気持ちです。でも、前を向きましょう」
彼女たちは、まごうことなき正義の使者だ。唐沢はようやく英雄に笑みを向けた。
「そう、ですね。どうでしょう、写真から何か分かりそうですか?」
「はい。まず、凶器はハンマーのようなものでしょう。傷口の形状から見てかなり大きいです。顔面を一撃ということは、被害者は犯人を怪しまず接近を許してしまったということ。知人の犯行の線も考えられますが、怪しい外国人が目撃されているのなら……」
「バズガさんに聞いたら、その外国人は大柄な黒人らしいって言ってましたね。捜査中は気を抜かないようにしましょう。暗くなる前に、早速行きましょうか!」
唐沢は地図を手に立ち上がる。目撃情報のあった場所には印が付けられており、その不審人物がよく通るであろう街路も分かっていた。
「エミナちゃん、足跡を調べてみませんか?」
「それはもちろん構いませんが……」
「そうですわねぇ、一般道路で往来も多いので、特定は難しいかと」
割り込んできたのは案内人バズガ。
「ホホホ、ご賢察! 以前同様、見事なお手並みですわミス・トライアルフォー。犯人はきっと今夜中に捕まるでしょう。皆さんにお願いして本当に良かった。唐沢様、目的地まで車で送らせましょうか?」
「い、いえ、結構です……」
残念、と肩を竦める案内人に、ヴァイオレット ケンドリック(aa0584)は静やかに。
「……お前たちは、何を考えている?」
「んー。質問の意図をはかりかねますわ」
案内人はわざとらしく眉根を寄せた。ヴァイオレットとて、すべてを語ると思っていたわけはない。
(……まあいい。今はただ、ヴィランとのコネクションを得られることを喜ぶべきか)
(ほう、珍しいの……興奮しておるわ)
誰も気づかないような彼女の微妙な変化に、ノエル メイフィールド(aa0584hero001)だけが気づいている。
「その車、わらわは乗った!」
「あらっミス・アトラクア、振られ女に温情痛み入りますわ~」
「もちろんじゃ、そなたたちとは仲良くしたいのでな」
「ん~。私共としても引き続き貴女にはお手伝い頂きたいと思っておりますの。前回もお世話になりましたしね? では、あちらでお待ちを。すぐ運転手を呼びますわ」
カグヤ・アトラクア(aa0535)は足取りも愉快げに部屋を後にした。
廊下へ出るなり、彼女は白一色の砦のような研究所内を舐めるように観察し。
「ヴィランの非合法研究所か。潜り込んで色々と技術を得る為にも、まずは信頼関係を結びたいのぅ」
「……回りくどいことを平然とやるよねぇ」
その背後からひょこと顔を出すクー・ナンナ(aa0535hero001)。
面倒くさがりなクーにとっては、雇用主のやり方は理解に苦しむ。
「技術というのは一朝一夕で成り立つものではない。何事も地道な地盤作りからじゃ。
幸い顔と名前は覚えてもらっとるようじゃし、次にも研究に携わる機会が得られるかもしれんぞ」
恍惚気味に両手をわきわきさせるカグヤ。小言はあるが、クーも文句を言うつもりは毛頭ない。
「……で、どこ行くの?」
「決まっておろうが、殺人事件といえば現場百遍じゃ」
「ふーん。もう研究所で調べつくしてると思うけど……何かわかるのかなぁ?」
「操り人形ではなく、対等に立って歩む為に――その何かを探すだけじゃ」
「……?」
クーはにたりとわらうカグヤの真意を掴みかね、しばし思案顔。彼女は幻想蝶からライヴスゴーグルやらを出し。
「まあ、街灯や見通し、実際に見ねば気付けぬこともあろう。ライヴス残滓があれば、こいつで分かるしの」
「……そのランタンは何用?」
「捜査が夜間にかかる場合もあるじゃろ」
「相変わらず荷物多いよね」
それもこれも、浮かれたカグヤには聞こえない。
「……巧く言えんのだが、モヤっとする依頼だな」
「あら、緋十郎。何が気掛かりなのか、言って御覧なさいな」
狒村 緋十郎(aa3678)は案内人が車の手配でいなくなった応接室で切り出した。レミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)はまるでその館の主のように向かいにゆったりと掛け、顎で狒村に続きを促す。
「犠牲者は顔面を潰されて、あれだけでは身元不明だろう? それにあの口ぶり……遺体を既に火葬したってのも、俺には証拠隠滅のためとしか思えないんだ。目的は……そうだな、死んだ人間を、別人に摩り替えようとしているとか。研究員が何処かよそへ……例えば古龍幣やらマガツヒやらへ出向しているのを隠すため、とか」
「でも、分かってるでしょう? それは、身内に死者を出してまですることなのかしら?」
「ああ、そうだな。その線は薄そうだわな……正直、俺には奴らの目的がさっぱり読めん」
まあ、と。狒村は本願を思い返した。ここはヴィランズ経営の研究施設。
「裏事情があるのも当然といえば当然か……ある程度は疑いつつも、一先ずは依頼者の思惑通りに動いてやるのが良いのかもしれんな……どのみち、殺人をしでかすヴィランは放ってはおけん」
八朔 カゲリ(aa0098)は隅に立ち、ただ黙って魔法書を手入れする。ナラカ(aa0098hero001)はその様子に満足げに。
「相も変わらず、我が覚者は容赦ないのぅ」
「当然だ。人間とは千差万別、故に否定に意味は無く、故に疑わしきは須らく敵と見る」
彼は他者を“そうしたもの”としか捉えられない。ならば、己が“そうしたもの”と捉えられるのも道理。だからこそ、八朔は常に何者の信頼も必要としない。警備の時分、周辺には外出禁止が布かれている。そこで出会った者、即ち疑わしき。寧ろ遍く可能性を認める事こそ、その人間を対等と看做す事だと踏まえている。
「無論、俺は案内人も信じていない。捕らえた者から凶器を押収し、血痕なりの痕跡を探す。それであっても、その者が犯人とは限らない。どこまでも疑うさ――とは言え、推理は依頼外。過度にはするまい」
が、研究所に対して有利に手が打てる材料は出来る限り残しておきたい。窓の外は、黄昏の南国。
●暗き路
潮風に朽ちた街灯がまばらに照らす道で、彼らは日付を跨いだ。カグヤは僅かに色を変えたアスファルトの上に立つ。周囲は民家……ここで撲殺した場合は、悲鳴が周囲に届くか?
「いや、九繰の言うように油断させ瞬殺できたならば、不可能ではないか。目的は牽制、あるいは警告? じゃが、研究員を一人殺すだけでは見せしめには弱いし、観光地を襲った方が効率もいいな」
「てゆーか死体処分されちゃってるし。そもそも被害者が本物か分からないし。最悪あの写真、捏造かもよ?」
カグヤはクーを見もせずにぶつぶつと。
「では内通者を内々に処分し、別組織との連絡役をわらわ達に捕らえさせ、H.O.P.E.によって事件は一件落着。解決したと見せる流れかの? であればこの依頼、エージェントがどの程度動くかの試金石という可能性も……くふふ、推測というのは楽しいの」
彼女は今少し、探偵ごっこに興じる模様。
「自宅待機が通達されてるってことは、誰かに出会えば基本的には不審者だと思って構わんよな?」
「そうね。とはいえ、いきなり問答無用で襲い掛かる訳にもいかないのでしょう?」
その一本隣の街路で。半日近く歩き回ってやや疲れ気味の狒村に対し、レミアはむしろ益々元気に。
「まあ、もし緋十郎がそうして欲しいなら、わたしは一向に構わないけれど。いつでも吸血鬼の本領発揮して、虐殺、してあげるわよ?」
「……レミア、」
「あはっ、なあに、その顔。本気にしたの?」
夜の支配者たる彼女にとって、今は昼下がりのティーブレイクより快適な時間だ。
「誰かに出会えばその都度しっかり吟味するわ。表情、その奥の眼光、気配、言動、匂い……最終的には直感、よね。怪しいと思ったら、手荷物検査くらいは協力、お願いしても良いのかしら?」
「ああ……構わんだろう」
彼らから少し離れた場所では。
「まだ捕まらんとはな……」
「だが、これ以上被害者を出すわけにはいかない。行くぞアイリス!」
ノエルと警戒中だった防人 正護(aa2336)が呼びかけるも、先ほどまで背後でごねていたはずのアイリス・サキモリ(aa2336hero001)から返事は聞こえず。
「……アイリス?」
振り返ってみたが、彼女の姿はない。
「……あのバカ勝手に離れるなとっ!!」
「おや、あの小娘、迷子かえ?」
「ああ、あいつは見た目は一人前だが、中身はまだ子供で……」
「なるほど、ワシとは正反対か。状況が状況じゃ、捜索を手伝おう」
「恩に着る、ノエル」
「子供が興味を惹かれそうな場所はないし、ここは万一を考え、居て欲しくない場所から優先して探すべきじゃろうな」
「……つまり、唐沢が言っていた、犯人がよく通るはずの路地か?」
「左様」
ノエルと防人は地を蹴った。
『ヴァイオレット、緊急事態じゃ。共鳴なしでは満足に探せん、手伝えい』
「……わかった」
通信を受け、ヴァイオレットは監視のために飛ばしたドローンを回収し、素早くノエルの許へ走った。機器は研究所の好意で貸与されたもので、モニターも一つだけ。探索範囲が絞れないうえに、夜間のため視界の悪さも相まって、不審者はおろかアイリスも捉えることができなかった。ただ、彼女もその技術を過信していたのではない。
(しかしハッキングしようにも、一般家屋の監視カメラでは玄関先しか見えないし、研究区外にカメラの類はまるでない。流石はヴィランズのシマ、治安は恐怖で維持されているようだな。犯罪の抑止は、犯罪で、か……)
では我々に犯人捕縛を依頼したのは何故? 不明点もあり、信頼されているとも分からぬ。ただクライアントの目的を念頭に置くならば、愚直に役割を熟すは必至。ヴァイオレットは通信機に呼びかける。
「九繰、正護の英雄が消えた。おそらく迷子だ。私は動くが、くれぐれも捕縛対象を殺さぬよう頼む」
『了解しました!』
そんな中、アイリスは。
「……ふぇ? ここ、どこじゃ?」
危険な場所を、一人彷徨っていた。
「ジーチャ……?」
呟きは虚空に消え、じっとりとした南国の空気に、服が肌へ纏わりつく。焦燥の余り角から駆け出すと、
「……っ」
「っあ」
そこで彼女はワンピースの少女と衝突した。
「みぎゃー!! や~ら~れ~た~……ぬ?」
「あいたた……」
「ぐぐぐ愚神……ではないか。おおおどかすでない!」
「……お姉さん、誰?」
少女はぶつけたところを摩って立ち上がる。アイリスは誰かと出会って安心したのか、スカートの裾を持ち上げてくるくる回った。
「妾? 妾はアイリスじゃ~♪ 歌って踊れるアイドルじゃぞ~」
「そう……私、マナ」
「ぬしは何故ここにおるのじゃ?」
「……お父さん探してるの」
「ははは、なんと! ぬしの父君は迷子なのか? 妾は……えっと、ジーチャンと誓約したのが……ぬ? 遡り過ぎか? ……仕事じゃと言われてこの島に来て、ブラブラしてたら疲れて寝ちゃって……気がついたら……」
状況を思い出し、アイリス蒼白。
「そ、そいえば、こんな時間にフラフラとしてたらジーチャンに怒られるな! 妾が! よーし! ではそろそろ帰ろうか~♪」
歩き出したはいいが、すぐにぴたりと止まり。
「……、……どっち行けば帰れるかの?」
金の目に涙をいっぱい溜めて振り返るアイリスに、マナは事情を察した。
「……迷子なんだ?」
「ハイ迷子デス」
「……こっち」
彼女は幼な過ぎて、携帯電話も持たせて貰っていない。一回りほども年下の少女に手を取られ、アイリスはただ付いていくほかなかった。
「おや覚者よ、探していたのはああいう者たちであろう?」
「……違いないが、あれは見た顔だ」
その二人は、巡回中の八朔の視界に入る。もしアイリスが傍にいなければ、彼は少女に襲い掛かっていただろう。現状で外出禁止が敷かれている。そんな最中、それを知らぬなどと言う偶然など易々と有り得るものか。傷は仲間が癒せるものだ。要は死ななければそれで良い。ただ今回の場合は、あの少女が殺人犯であったなら、アイリスも既に襲われているというもの。
「……防人、英雄を見つけたぞ。お前たちの担当から西へ3本目の街路だ」
『本当か?! 助かった、今ノエルとヴァイオレットと、そっちに向かっているところだ。礼を言う』
「ああ、しっかり手でも繋いでおけ……唐沢。そちらはどうだ?」
八朔は時計を見て唐沢を呼んだ。定時連絡は、彼女に端を発した決まりだ。ところが時間を過ぎても連絡がない。
「……唐沢?」
「どうやら……当たりを引いたのは九繰のようじゃな」
ナラカの言葉に、八朔はコートを翻した。
「ホステル、ですか?」
その少し前、道を尋ねられた唐沢は、その男に不審を募らせつつ地図を覗き込もうと一歩近づいた。相手は温和そうな笑顔を浮かべてはいたが、噂に聞いた黒人だった。彼女は彼の正体を確信し、挙動に最大の注意を払う。
「唐沢」
はっと男の背後を見ると、そこには八朔が立っていた。「どうした?」と優しく問いかける彼は、見たことのないような柔らかな笑みを浮かべて。
「あ、案内を頼まれて。観光ですか? その印の位置だと――」
不意に肉を裂く音がする。一瞬地図に視線を落としていた唐沢が横を見ると、彼は魔法の風切羽で足の甲を射抜かれていた。だが男は丸眼鏡の奥を未だにっこりとさせたまま。背中のバックパックに伸ばした手には、大金槌。
「……エミナちゃん!」
『はい、九繰』
唐沢は共鳴、背後に宙返り、危なげなくその一撃を躱す。ゴシャ、と男の槌は路面を砕いた。唐沢は通信機に叫ぶ。
『敵発見しました! ヴィランですね……交戦中!』
「……だってよ」
「うむ、真面目に探しとる皆が見つけた頃じゃと思った。気も済んだし、行くかの」
聞きつけたカグヤはクーと共鳴、唐沢の居る街路へ急ぐ。
「緋十郎、私たちも」
「ああ」
幻想蝶が輝く。光の渦に踊るのは、漆黒の礼服に映える黄金。共鳴したレミアの細腕には体躯より長大な大剣が握られ、刀身の装飾は豪奢に光った。
「んん……ッ!」
ギギャッ! 唐沢の大斧が敵の鈍重な一撃を弾く。隙を突き、八朔の周囲を舞う白羽が風を切った。瞬間、街路をヴァイオレットの展開したライヴスフィールドが覆う。次々駆け付ける仲間たちを見て、八朔は自身の足元へ着地する唐沢へ告げた。
「唐沢。迷子の英雄は見つかったが、不明の少女が一緒だ。看てやれ」
「は、はいっ」
「前衛代わるわ、唐沢」
「お願いします、レミアさん!」
その場を預け、唐沢は退く。
「さて、まずは暗視じゃな」
カグヤが術式を開始すると、地面に蜘蛛の巣のように光の陣が広がった。集合した仲間はライトアイによって昼間同然の視界を得る。
「食らいなさい!」
レミアは一気呵成でヴィランに跳びかかった。敵は転倒し、軽々と振り下ろされる超重量の刃が男の太い右腕を貫く。鉄の微笑みに僅かな綻びが見えた。
「さぁ……てめぇの罪を数えな!!」
『にゃははー無事生還じゃ! この技受けてみよー!』
アイリスと共鳴し、拒絶の風を纏った防人は跳躍。高々と飛び上がり、雷の如き跳び蹴りでヴィランを狙った。
「防人流雷堕脚、竜巻の型!」
『※見た目は派手じゃが、実際はただの両足跳び蹴りじゃ!』
特撮で得た知識を基にアレンジした我流武術の強烈な衝撃にヴィランは血反吐を吐く。
『そのまま風で拘束じゃ!』
「アホリス、拒絶の風にそんな効果はねぇ」
「もうひと押し、だな。ノエル」
『ああ』
立ち上がったヴィランにヴァイオレットが迫った。大振りな打撃を往なし、隙を誘う。
『武器を持ち替える暇はないぞ』
「構わない、動きを止めさえすればいい」
「……ムゥン!」
一際の強攻撃でがら空きの右脇腹に、大鎌の柄が突き刺さった。
「……グフッ」
「今だレミア!」
「はあああああッ」
レミアの防御を捨てた渾身の一撃が、ヴィランの後頭部に炸裂した。糸が切れたように、男はその場に倒れ込む。カグヤが心配してもいなさそうにその様子を覗き込んだ。
「……死んだかの?」
「殺さないわよ、腹で打ち付けただけ」
「おお、本当じゃ、動いとる」
「アトラクア、死なれたら困る。こいつを噛ませて眠らせろ。治療はそれからだ」
八朔はカグヤにハンカチを投げ、足早にヴィランに近づいて両腕の関節を外した。身の毛もよだつ音がして、男が低く呻く。カグヤは感心しきりで男の口に丸めた布を突っ込んだ。
「随分手際がいいな、カゲリ」
「……以前に、捕縛対象が自ら死んだ事があってな」
「そいつは困る。おおっ、なんじゃ急に暴れて」
男はしばらくじたばたしていたが、カグヤのセーフティガスを吸い、すぐに動かなくなった。八朔がバックパックに手を入れると、ガサガサに乾いた血が神経に障る。ナラカも興味深そうに見て。
「ふん、殺しはこの男の仕業で間違いない、か? ――これは、」
『ほう、中国企業の名刺か。するとこの者、古龍幇の一員かもしれぬし、それを騙るマガツヒかもしれぬな』
「何枚かある……名前、顔、すべて異なっているな。こいつの変装とは思えんが……序でに顔を写真に撮っておくか」
「あ~もしもし、バズガかえ? 犯人は無事確保した、いつでも引き渡せるぞ。うん、また何かあればいつでも協力するのじゃ。今後ともよろしくの」
にこやかに言うカグヤの電話口で、案内人は笑っていた。
●少女マナ
「……お父さんを探して、どこに行こうとしていたんですか?」
「分かんないから……探してたんだよ」
「そうですか……お姉さんたちも、探してみますから。今日はお家に帰りましょう?」
「やだ! 見つけるまで帰らないの!」
マナの剣幕に唐沢は一つ息を吐く。怪我等はなかったが、強情だ。
「じゃあお父さん、いつ頃いなくなったんですか?」
「一週間くらい前。今度、本土の遊園地に連れてってくれるって言ったのに」
「分かりました。お父さんのこと、ちゃんと調べますから。だから今日は……」
唐沢の熱心な説得で、少女はようやく帰宅を決めたようだ。そこへ、ヴィラン逮捕を終えた仲間たちが戻って来た。ヴァイオレットは無表情で少女をちらと見たが、背を向けてからぽつりと悔しげに呟く。
「先にこういうイレギュラーがあると分かっていれば、あらかじめ少女のことを案内人に尋ねたものを」
「無茶を言うでない、未来は誰にも分らぬわ」
ノエルはその内心を察し、飄々と言った。
「お母さんにはしーじゃぞ、妾もジーチャンにはしー。なのじゃ♪」
「オイ、もうバレてんぞ」
マナにアイリスが唇に人差し指を当ててウインクして見せると、防人は呆れたように。
「全く夜中に出歩くとは、母親にも言って聞かせる」
「い、嫌じゃ!」
発育著しい少女は駄々をこねる子供のようにマナの前に立ちはだかった。
「だって、昔の妾みたいに、ぶたれてしまうかもしれん」
「……アイリス」
防人は今にも泣きそうな英雄を見つめ。
「分かったよ。家の前まで、送って行こう。それだけだ」
するとアイリスはぱあぁと顔を輝かせ、くるりとマナの手を取った。
「では行こうかの。もう危ないことしてはならぬぞ?」
「……うん」
八朔はペンダントを握りしめた少女が防人たちに連れられて行くのをじっと見つめていた。その中身が何であるか知る者はいない。
――写真の男が、この少女の父親。
本当にそうだとは思えないが……まあいい。
名刺は鑑定に、ヴィランは研究所に回す。
その結果で分かったことは、いずれ俺の耳にも入ろう。
「このヴィランが来た方角には、出稼ぎ労働者向けの宿泊施設がたくさんあるのですよね」
『近辺に宿泊していた、つまり研究所とは無関係の部外者である可能性も、本部に報告しましょう』
唐沢は地図を思い浮かべて、案内人の到着を待った。
「お手柄ですわ~」
彼女は物々しい護送車で到着するや、指パッチンで手下にヴィランを連行させ、自身はエージェントたちに謙って媚び諂った。
「何よりその知らぬ存ぜぬの姿勢! よもやこれほど優秀な方々だとは~」
「なに、特にわらわは、犯人の思惑なぞどうでもいいのじゃ」
「ホホホ~助かります」
カグヤと案内人はよく似た目でニタリと笑った。暗に裏を知っても黙秘すると伝えておけば、懐に入りやすいというもの。ヴィランをきっちり引き渡し、彼女はひとまずの目的を達す。
「やれ、なんとか片付いたか……」
依頼を終え。狒村は肩の力を抜き、レミアに微笑みかけた。
「疲れただろう? 宿へ帰ればまた、俺の血を吸ってくれて良いからな」
「……聞き捨てならないわね」
自らを吸血鬼の王女と名乗る少女は、外套の高襟から血色の瞳で現世の依代を睨める。
「誓約を忘れたの? 緋十郎の血を吸うのに、いちいち許可は必要ないのよ」
「……、……ああ、」
狒村は血の集まる箇所を煩いながら、彼女に数歩遅れて帰路に就いた。この従僕に、レミアは人知れず口端を歪める。
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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