本部

【東嵐】連動シナリオ

【東嵐】その手に残る、たったひとつのもの

星くもゆき

形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
多め
相談期間
5日
完成日
2016/03/22 21:16

掲示板

オープニング

●商人の影

「ここ香港で、愚神商人の動きを捉えました」

 香港九龍支部のブリーフィングルームに集められたエージェントたちは告げられた。
 これまで『愚神商人』という名称しか知られていなかった謎多き愚神の尻尾をついに捕まえたというのだ。オペレーターはスクリーンに映し出された映像を操作し、1人の男を映し出す。
 30代ぐらいだろうか、ごく普通の男性に見える。
「これは愚神商人の表の顔のひとつ、ということなのだそうです。詳細は不明ですが、商人と称されているぐらいですから、これも商売のためのものなのかもしれません。愚神ですからいくつもの顔を使い分けるなど簡単なことでしょうね」
 もたらされた新情報をオペレーターが伝える。国際会議の行われる香港で彼の愚神の姿がちらつくなど穏やかではない。何らかの企みあってのこと、と考えていいだろう。魔手がすぐそこまで近づいてきている。
 だが、危機は好機でもある。奴の顔が判明し、居所もわかっている今は、攻撃を仕掛ける絶好の機会である。
「愚神商人は、市内のある場所に何度も姿を現しているそうです。長らく使われていない、廃ビルと呼んでいいところです。そこで何をしているのか、皆さんに偵察に動いてもらいたいのです」
 偵察、と言う。慎重な言葉だ。
「古龍幇に関連する事件の多発を受けて、現状では充分な人員を揃えることができません。今の香港はいつ燃え上がってもおかしくない火薬庫ですからね……。そこで更に愚神商人に動かれては収拾がつかなくなることは明白です」
 香港に漂う不穏な気配を肌で感じていたエージェントたちは一斉に頷く。古龍幇とはいつ本格的な交戦状態に入ってもおかしくないのだ。
「人手は回せませんが、放置するわけにも当然いきません。皆さんには状況偵察に向かって頂き、来るべき襲撃のための情報を集めてきてもらいたいのです。接触の可能性もあり危険な任務となりますが、どうかご無事で」
 オペレーターの憂いを帯びた表情が、如何に危険を伴う任務かを教えてくれている。名称以外は全てが謎に包まれている敵、先行きを見通すことなど誰にも出来ない。
 しかし、それでも、命を懸ける価値はある。
 エージェントたちは映像の顔を目に焼きつけ、愚神商人がいる廃ビルへ向かった。

●討て

 市の外れ、都市の賑わいから遠いその場所に、エージェントたちは赴いた。
 もたらされた情報にあった、標的がいるという荒廃した建造物。
 敵の居城の内部を探ろうとした、その時だった。

 衝撃音、爆発音、何もかも崩れ去る。
 舞う、瓦礫と土埃と。
 ビルが、倒壊する。

 轟音の後の、不明瞭な世界のどこかで、不気味な声が響き渡る。

「全部、死んでしまえ」

 土煙の間に見える、愚神商人の顔。スクリーンに映された顔。
 接敵。エージェントたちは状況を瞬時に察知して、交戦状態へと入る。


 戦闘音から遠いどこか。重い足取りで現場をうろつく姿があった。
「申寧……死なせたりしないわ。あなたを、絶対に……死なせたり……」
 長い黒髪を揺らして、女が倒れた。

 異世界の存在である彼女を構成するライヴスは、今にも尽きようとしていた。


●人の心、容易く

 岱申寧という、古龍幇の男がいた。
 各地で起きる古龍幇の事件、それに対応するH.O.P.E.の手によって、彼は全てを失った。
 愛する妻を、娘を、親を。
 自宅で過ごしている時に、H.O.P.E.の捜査の手が入った。
 家族には手を出すな、と彼はおとなしく投降の意を示したが、そんなものは無駄だった。
 敵性人物として、家族は目の前で殺された。非能力者であると訴える間も与えられずに。
 血飛沫の吹き荒れる中、平然と澄ましていた男の姿が今でも鮮明に思い出せる。整えられたオールバック、赤色に染まったスーツ、一度だって忘れられない。
 捜査に感づいた幇の助けが来てその場は逃げおおせたが、彼は生きる気力も失っていた。

 そして静かに湧き上がった。憎しみにゆらめく火が灯った。
 目には目を。殺しには殺しで報復を。
 H.O.P.E.のエージェントを、1人でも多く地獄に送ってやる。それが彼の生きる目的、或いは死ぬ目的となっていた。
 しかし問題があった。
 彼はリンカーだったが、どんなに強いリンカーだとしても単身で突っ込んで一体どれほどの成果をあげられるだろうか。最悪、何も成し遂げられずにこの世から消え去るのみだ。

 そこで声をかけられた。
「そういう顔は好きです。生気も何もかも失せたような、人ならざる顔は。悩みがあるなら聞かせて頂きたい、私は喜んで力になりましょう」
 その者の言葉は妙に耳心地が良く、男の乾ききった心に浸透していく。
「私の仕事は、あなたのような者に力を貸すことです。あなたが望むなら望む物を与える。何だって揃っていますよ、品揃えには自身ありでしてね。通常のライヴスリンカーでは望めない力、などというものもご用意できます」
 男は言われるがままに、申し出を受け入れる。

 誓約とともに英雄を捨てた。そして新しい力を手に入れた。
 自分に何かを訴える、相棒の声が聞こえた気がしたが、彼にはどうでもいいことだった。

「やはり、あなたには愚神の力がふさわしい。それはあなたの好きに使うといいでしょう。むしろそれが私から課す条件です」
 甘く、都合の良い言葉でも、復讐に燃える男には疑いを抱くことも出来なかった。
 了承の意を示すと、甲殻類を思わせる異形の商人は手を合わせるように叩いた。
「よろしい。商談成立です」

 全てを失い、禁断の力を得た。
 愚神と一体化した男の情報は、そのすぐ後に、愚神商人の表の顔としてH.O.P.E.に送りつけられた。

●奸計

 摩天楼の最上階。申寧と接触した後、愚神商人は何者かと連絡を交わしていた。
「ご苦労様です。あなたのおかげで、彼はとても扱いやすい状態でしたよ」
 愚神商人は通話を切り、眼下の夜景を眺める。
「仕掛けは上々、あとは時を待つのみです」
 駒が動く盤を見るように、光と喧騒が止まぬ街を見下ろす。
「彼が勝つか負けるか。どちらに転んでもこの夜景が崩れ去るのだと思うと、寂しい面もありますがね」
 窓際に立ち、商人は訪れるであろう未来を想像する。炎と瓦礫と土煙と、人々の痛みで彩られた光景を頭に思い描く。
 申寧が死んでも、エージェントが死んでも、対立は激化する。
 申寧が死ねば、古龍幇からは仇討ちの声が上がるだろう。血気に逸る者どもを、穏健派が完全に抑制できるはずもない。
 そしてエージェントが死ねば、申寧はそのまま多くの者たちを手にかけるだろう。主戦派がその好機を見送るわけがない。
 すべては、手の平の上。

 しばらく物思いに耽った後、思い出したように呟く。
「しかし、リスク低減は商売の基本。保険もかけておきましょう」
 愚神商人がちらりと目配せをすると、部屋の片隅に止まっていた影が音もなくどこかへと消えていった。

解説

目標:岱申寧を殺さずに倒し、そして救う

愚神商人は岱申寧を自らの表の顔に仕立ててH.O.P.E.のエージェントと戦わせ、両者の対立を煽っています。
奸計を阻むには、申寧を殺さずに事を収めるしかありません。
そして彼と英雄はこのままでは、愚神商人に踊らされた上に救われない結末を迎えます。
彼が英雄との絆を再認識できるかは皆さんの行動次第です。

敵:愚神と共鳴した男・岱申寧
(古龍幇の構成員であること、人間であることはPL情報)
愚神の影響により、話が通じる状態ではない。
攻撃力と命中が高く、さらに被弾をいとわないため、味方の損耗が予測される。

場所:ビルが崩壊した現場

広大な廃墟。廃ビルが倒壊し、瓦礫が散乱する。
周囲に一般人はいない。

状況:

・ビル倒壊直後、接敵したところからスタート。

重要:

1:申寧の左胸には古龍幇のエンブレムの刺青がある。斬撃武器でダメージを蓄積させることで刺青が露になる。

刺青を発見すると、不審に思ったPCは次の行動ができる。

2:現場周辺を調べる。PC全体で合計して20ラウンド(例:1人で調査なら20ラウンド、4人で調査なら5ラウンド)の調査をすれば倒れている英雄(名は冷峰)が発見できる。当然、申寧を止める者がいなければ調査はできない。

2をクリアすれば、英雄から情報を得て、申寧を殺さずに倒すという行動ができます。
2をクリアしなかった場合、愚神とみなしたままなので『申寧を倒す=殺す』となります。

そして殺さずに倒せたとしても、彼は愚神の力を手放す気はないでしょう。
愚神とともに死ぬ道を選ぶかもしれません。それは愚神商人の思う壺です。
英雄との絆を思い出させ、愚神商人の手の内から救い出して下さい。

彼と英雄が再び絆を結んで立ち直ることができれば、古龍幇との関係改善の一助になるかもしれません。
そうなれば愚神商人の陰謀への反攻となるでしょう。

リプレイ



(「……警戒を。奇襲にしては派手すぎます」)
「なぜ逃げない? ビルを崩す暇があれば逃げ切れたろうに。……何のつもりだ?」
 一筋縄でいかないだろう、と覚悟はしていた海神 藍(aa2518)と禮(aa2518hero001)は敵の行動をいぶかしむ。
「いきなりビルが吹き飛んで目標とこんにちわだなんて、何のギャグよ?」
 土煙の中で咳き込みながら、言峰 estrela(aa0526)は状況の急転に呆れた顔を見せる。
(「……タイミングが良すぎだ。待ち伏せか……あるいは」)
「……何にせよ、狙いがわからないうちはあれを殺すのが目的よ」
 キュベレー(aa0526hero001)の警告を受けるも、エストレーラは眼前の敵を見据える。
「愚神商人……か……。逃がすわけ、には……いかない、な……。ここで必ず、捕まえるぞ……」
(「……ハル、あいつ、変じゃないか? 様子が、変だ……!」)
 調査対象の愚神を前に、宿輪 永(aa2214)は気を引き締めるが、相棒の宿輪 遥(aa2214hero001)は怪訝な声で訴える。
「消えろ……消えろ消えろ消えろォーーーーーーーッ!!」
 むき出しの殺意が猛然と永を襲う。永はタワーシールドを掲げて防戦する。だが繰り出した拳の威力は強く、永は盾ごと何メートルも押し込まれる。
「骨が……折れる、仕事……だな……」
 かすかに声を出した永に二撃目を加えんとする男。永は再び盾を構える。
 だが、長槍ががら空きの男の背中を捉える。藤丘 沙耶(aa2532)のジェミニストライクが永への追撃を遮った。
「あれが例の愚神商人。戦闘の例がないという話だし、一撃浴びせたとしても油断禁物ね」
(「沙耶様、あまり攻勢に出ませんように。危険ですよ」)
「言われずとも」
 共鳴中のシェリル(aa2532hero001)が沙耶を案じるが、彼女も元から積極的に攻めるつもりはない。標的にされぬよう、速やかに敵から距離を取る。
 月鏡 由利菜(aa0873)は荘厳な光の鎧をまとい、戦いに臨む。今回の敵の動向には不自然な隙が多い、と感じてはいるものの、目の前で愚神と思しき力を振るう男を見過ごしてはおけない。
「ラシル、私にあなたの加護を」
(「あれは捨て置けないからな」)
 リーヴスラシル(aa0873hero001)の愛用の得物、赤線の走る白剣レーヴァテインを構えた由利菜は守るべき誓いを使い、敵の注意を己に向けさせる。
 急転回し、由利菜に特攻する男。轟音の手は彼女の頬をかすめるが、由利菜もお返しに男の胴体を斬りつける。

 迫間 央(aa1445)は、愚神商人らしくない、と感じていた。
 H.O.P.E.は愚神商人の詳細な情報を一切持っていない。そのことから、奴が裏で暗躍することを好むだろうと推測できる。単身で挑んでくるタイプではないはずだ。
 この状況自体がすでに罠の中なのか、だとしたらこの男は――。
 思案していると、手持ちの通信機が反応を見せる。応答すると、乱暴な喋り口の少女の声が発せられた。
「どうもきな臭えと感じるが、他の奴らはどうだ?」
 声の主は獅子ヶ谷 七海(aa1568)、正確には彼女と共鳴した五々六(aa1568hero001)だった。
 愚神商人の姿が目撃されたという報告を受け、当初から罠の可能性を考慮していた五々六は、まず仲間と意見交換を図ることが第一と考えたのだ。
「怪しいのは同感です。だがあの男の殺意と気迫、放置はできませんね」
 通話する央の目に映るのは、何かに憑かれたように暴威を振るう男の姿。死に物狂いでエージェントを破壊しようとする敵には、生半可な足止めは通用しないだろう。
 躍り出た央は孤月を八相に構える。体力の消耗と周囲の味方への配慮である。
 男は由利菜を攻め立てている。ならば狙うのは簡単、動きを見極め、敵が動いた瞬間にでばな技で斬り抜ける。確かな手応えをその手に感じるが、すぐに振り返り、警戒は解かない。剣道でいうところの残心である。
 N・K(aa0885hero001)とすでに共鳴中であり、後衛からの攻撃兼カバー役に徹する早瀬 鈴音(aa0885)は敵が1人であることから奥の手等を警戒し、回復スキルの使用を控えていた。なりふり構わずこちらを攻める男の勢いは尋常でなく、前衛として戦う者たちの消耗は激しく見えるが、あくまで最低限の回復で済ませる。それには永も理解を示しており、同じく回復は最低限。リジェネーションが重複するようなこともないように気を配る。
 エージェントたちの攻撃は男を確実に捉えていく。代わりに、被弾をいとわぬ男の猛攻も仲間の生命を脅かしていく。殴り合い、斬り合いの様相を呈する戦場。
 五々六も攻撃を喰らうが、ダメージよりも気にかかることがある。
「これが愚神商人だと? 劣化ヴォジャッグの間違いだろ」
 確かに敵はエージェント8人を相手取って、見る間に損耗させるほど強い。危険な敵だ。だがそれは防御を一切行わない異常な攻撃性によるもので、実力としてはトリブヌス級愚神たちには程遠い。愚神商人がその程度の能力しか持たないのか、と思わずにいられない。
 肩透かしを喰らった気分、その憂さを晴らすように振り回した五々六の剣が、男の衣服を裂く。見るともなく、露になった左胸に視線が集まる。至近距離で目撃した五々六は、ようやく合点がいった。
 そこに見えるは、龍という一文字。胸に彫られたその形象には全員見覚えがあった。
(「兄さん! あれ龍一文字です、古龍幇の」)
 禮が驚くような声を出す。緊張状態にある今、香港で古龍幇の紋章を持つ死体がH.O.P.E.との戦闘で出るのはまずい。出撃前のオペレーターの話が思い出される。
「……あれを私たちが討つことこそが罠か?」
 となると、目の前の敵は何なのだ。愚神商人ではないのか。
「でも、私ら顔ちゃんと見て来てるじゃん?」
 藍の言葉に応えたのは鈴音だ。あの男を愚神商人と誤認して自分たちが殺し、得するのは誰かと考えると、まず古龍幇ではない。彼が古龍幇の一員ならば、愚神と手を組んだのかそれとも騙されたかはわからないが、自分たちが狙っていた本命ではないのは確かだ。
「今此処にいない人らが一番怪しい感じ?」
 古龍幇の者を殺していいかはわからないし、本命がいるならそっちを捕まえるのが自分たちの仕事だ。
「愚神商人にハメられているのかもな。周りに奴の差金がいるかもしれん、調べてみたほうがいい」
 男と斬り合っていた央が後退し、仲間たちに提案する。一同は各々頷いて探索に動く。だが男は逃がすまい、と央を間合いに収めるべく踏み込んでくる。
 それを永が防ぐ。盾を構え、今度は押し切られぬように強く踏ん張って、襲いくる拳をせき止める。
「……俺が、止める……早く、行け……」
「ああ、ここは任せる! 頼むぞ」
 ライヴスの鷹を羽ばたかせ、央は周辺探索に向かう。エストレーラも鷹を飛ばし、上空からの調査を行う。
「引き受けました」
 剣を蒼華に換装し、由利菜は足止めに回る意志を見せる。永と由利菜の背を見つつ、調査班は散開していく。去り際に沙耶が縫止を、藍がリーサルダークを命中させていったものの、男は怯む様子を見せなかった。縫止でわずかに鈍くなったようだが、意識を絶つことはできなかった。
「あれではライヴスリッパーも効きそうにないですね……。あの気迫の源は一体……?」
 藍と同様に敵を気絶させることを狙っていた由利菜が、スキル使用を取りやめる。身を焦がすような彼の殺意は、簡単に止まるものではないらしい。
 調査班と足止め班に分かれたのを見て、鈴音は足止めするほうを選んだ。2人だけで敵と対峙するのはさすがに厳しいだろう。
「ちょいやる気出すよ」
(「どちらも倒さない御仕事ね、頑張りましょ」)
 敵を生かし、仲間も生かす。調査班が何かを掴むまでは。
「死ね、エージェント……!!」
 殺意の獣が鈴音との距離を詰め、連撃を放つ。初撃を避けるものの、続く打撃を喰らってしまい、鈴音は表情を歪める。
「早瀬さん!」
 両者の接近し、由利菜は再び守るべき誓いを発動させる。鈴音への攻撃は止んだものの、次は由利菜が集中攻撃を浴びることになる。鈴音はリジェネーションの恩恵を由利菜に与える。
 由利菜が敵の猛撃を引き受け、鈴音と永の回復・援護で時間を繋ぐ。調査班が戻るまでの大役、誰も死なないための攻防が続いていく。


 手探りの調査は何も得られずにいたが、進展を見せる。
 重く響く戦闘音を遠くに聞きながら、沙耶は瓦礫の広がる場所を探っていた。そして見つける。半透明な人影を。
 急いで近寄ると、消えかかった英雄がいた。息も絶え絶え、ライヴスを失おうとしていることが見て取れる。
(英雄ということは……確定ですかね? ということはアレを殺したら不味い?)
 連絡の準備をしながら、沙耶は英雄に声をかける。
「大丈夫ですか? 何故こんなところに?」
「……あなた、能力者? なら、お願い。申寧を、彼を、止めて……」
「申寧? お話を聞かせて頂けますか?」
 冷峰を名乗った瀕死の英雄から、沙耶は全ての事情を聞き出した。敵が古龍幇の兵、岱申寧というヴィランであること、H.O.P.E.に家族を殺されたこと、そして愚神に唆されて、英雄を切り捨てて愚神と共鳴したこと。
「容貌を聞くに、相手は愚神商人と見ていいでしょうね」
 沙耶が全員に急報を告げる。
 愚神商人の策である、あの男を殺してはならない、と。



 沙耶が冷峰を連れて現場に戻ると、他の調査班はすでに戦場に駆け戻っていた。足止めしていた面々と入れ替わるようにして、彼らは申寧と相対している。
 申寧の事情を把握した五々六は不快感を露にし、愚神の力を振るう申寧に容赦なく大剣を振り下ろす。それは申寧の体を押し潰すように、乱暴に地面に叩きつける。
「俺たちが憎けりゃ、自分の力で殺しに来い。愚神にすがった時点で、お前は復讐さえも妥協したんだ」
(「……」)
 五々六は見下ろす。彼とて愚神への復讐を胸に秘める者、いわば同じ復讐者。しかし同じだからこそ、申寧の選択を許容できなかった。死地だろうと己の力のみで切り抜けてきた彼だからこその言葉だったが、それは五々六という虎の威を借る七海にさえも突き刺さる。
 そして復讐という共通項を持つ者は彼だけではない。
 申寧の経緯を聞いた央は、彼の悲劇を他人事のようには受け止められなかった
 復讐心に苛まれる者とともに生きる央だからこそ、そう感じる。復讐に憑かれ、その身を焦がす激情に苦しんでいるマイヤ(aa1445hero001)を知るからこそ、わかる。
 今の申寧は、普通に話が出来る状態ではあるまい。
「なら、気が済むまで俺が付き合ってやる……」
 央は孤月を手にして、男の前にその身を晒す。普段の央の戦い方からすればまず考えない、真正面から攻撃を受け止める構え。
「来い。俺の全てをもってお前の怒りを受けてやる」
 宣言を合図にしたように、申寧はあふれ出す怒りを央に対して解き放つ。首、胸、腹部を狙う連打を央は孤月の刀身で受け流すように回避し続ける。
 共鳴しているマイヤは何も言うことはない。何も言えないからだ。同じく復讐心に囚われる彼女には、申寧にかける言葉はない。
 そのマイヤから伝わる感情をも、己の気迫へと変えて、央は申寧の猛攻を受け続ける。
 勢いに押され、一撃、二撃と央の懐に入る。抑えきれないか、と央が感じたところで、無数の妖しい蝶が戦場に舞った。藍の幻影蝶である。
「その紋章を体に彫ってまで掲げるということは実戦部隊なのだろう? 龍一文字の侠はどこへやった? ……そろそろ奴の手の平から降りてきなさい」
 幻影蝶の影響を受け、攻勢は止まるも、なおも怒りは止まらない。藍に向けて拳が放たれる。その拳は割って入った永に止められ、永は続けて言葉をかける。
「お前は……何が、目的……だ……? 彼女は、お前を……心配して……助けようと、思っていたんじゃ……ないのか……?」
 申寧の猛威を受け止めながら説得を続けていると、遥の意識が永に言葉を伝えてきた。
「オレには、ハルがいる。あの人にも、あんたが必要なんじゃないのか」
 指し示す先には消えかけた冷峰がいる。申寧は視線を送るもすぐに目を逸らす。あえて見ないようにしているかのように。
「あんたにとってもだ。代わりとか、そういうんじゃないけど、でも、あんたの大切な誰かには、なってたんじゃないのか。あの人は、あんたに残った、たった一人の人じゃないのか……?」
「黙れ……黙れえぇぇーーーーーー!!」
 永を払うようになぎ倒し、迷うように辺りを見回す申寧。攻撃する相手を求め、探す。由利菜は蒼華を振るい、申寧の前に立つ。
「……あなたの無念は察するに余りあります。ですが……あなたの英雄も『家族の一人』ではないのですか!」
 一喝とともに、蒼華の斬撃が繰り出される。説得とともに無力化も図る。それが現状で取りうる最善の策だからだ。
「私には、かけがえのない『私だけの英雄』がいます。愚神の力など比較対象にもなりません。そしてそれはあなたも同じだったはずです!」
「俺には……俺には関係ないこと――」
 由利菜の言葉にかぶせるように、申寧は拒む。自分を止めようとする全てが、彼には憎く感じられていた。しかし振り込む腕の動きは鈍く、消耗した申寧の状態が限界を迎えつつあることを知らせる。にも関わらず、愚かにも戦闘をやめる気はないらしい。
 見かねた者が、鋭い言葉を投げる。
「とりあえずこのまんまだと冷峰さん消えちゃうんじゃない?」
 怒りを解きほぐすことは難しいと感じた鈴音は、当面の問題を口にした。緊急で、避けえぬ問題を。
 申寧の拳の勢いが鈍る。英雄と人間の関係は千差万別であり、申寧と冷峰の関係もどういうものかはわからない。しかし冷峰の様子から大事な存在なのではないか。そう感じた鈴音の判断は正しかった。
「申寧さんの心とか痛みとかは理解できないけどさ、大事な人失うのがつらいっていうなら、今の一番の問題ってそれだよね? じゃないと恨み晴らした後、本当に何も残ってないってことになるじゃん?」
 申寧が止まる。背けていた視線を冷峰に向ける。彼の心が、揺り起こされているのかもしれない。
「あなたの死は、あなたの英雄の死と同義。今ならまだ間に合います……どうか、目を覚ましてください!」
 願いとともに振り下ろされる由利菜の蒼華。刃は申寧を斬り、彼に残されていた愚神の力を果てさせた。
「……ここは任せたわね」
 戦いの終焉を見たエストレーラは、小さくそう言って、その場を離れる。

 申寧が戦う力を失うのを見届けると、共鳴を解いた沙耶が申寧に歩み寄る。申寧は地に伏したまま、魂の抜けたような顔をしている。戦う余力は尽きたものの、愚神は未だ申寧の中にいる。
「報復、結構なことです。しかし貴方の家族はそんなことを望むような人たちでしたか?」
「……お前に」
「私にはわからない、ですか? 私にも家族を失った経験はありますよ。ただし、報復なんて考えたことはありませんがね」
 先回りするような語り口に、申寧は返す言葉を探す。沙耶は構わず続ける。
「それに貴方は彼女のことを見捨てた。貴方のことを想ってくれていた人を見捨てた」
 申寧は沙耶を見ないが、話は耳に入っているようだった。沙耶は更に続け、知らぬ間に早口になっていく。
「貴方は家族と彼女、貴方のことを想ってくれていた全ての人を裏切ったんですよ! 過去ばかりを見て、報復の果てに死ぬなんて楽なほうに逃げるな! 貴方が死んで貴方の家族が喜ぶとでも思っているのですか!」
 沙耶は迫る。申寧の肩を掴み、己へと目を向けさせて。
「失ったなら、次こそは失わないように努めなさい! 次こそはその手で守れるように努力しなさい!」
 声を荒らげて、訴える沙耶の肩にシェリルの手が置かれる。自分が熱くなっていたことに気づいた沙耶は、我に返って一呼吸置く。
「……失わないように……」
「……過去を忘れろとは言いません。憶えているだけで、よかったんですよ」
 反応を見せた申寧に、今度は打って変わって沙耶は静かに語りかける。
「彼女も、貴方とやり直すことを望んでいるでしょう。さて、もう1度やり直してみませんか?」
 彼女、と沙耶が指差す先には、鈴音に付き添われて冷峰が座っていた。鈴音が告げていたとおりに、彼女のライヴスは底を尽きかけている。
 足に力を込め、申寧は歩き出す。目は冷峰を見ている。
「もう一度……俺にチャンスをくれるか、冷峰?」
 後悔と恥と、涙を流しながら申寧は冷峰の消えかけている手を取った。
「私がこの場にいることが答え。後はあなた次第よ、申寧……」
 申寧の手を包むように、握り返す冷峰。ひどく弱々しい力だ。命が果てかけていることが肌から伝わる。
 まだ、いる。まだ。ある。
 全てが零れ落ちたその手に残る、たったひとつのもの。

 瞬間、彼の体からライヴスの濁りのようなものが噴出した。瀕死の愚神が共鳴を解かれたのだ。羽虫を払うように五々六が大剣を振り、その愚神を消滅させる。

「二度と、なくさない。命を懸けて誓う。だからもう一度……」
 絞り出した声が枯れ、詰まる。
 冷峰は優しくも妖しい笑みを浮かべて。
「契約破棄しない、も誓約に入れるわよ。絶対外せないから」
 茶化すようなセリフ。強張っていた申寧の表情も、ようやくわずかに綻んだ。これが、壊れる以前の彼らなのだろう。
「全部お前の好きにしてくれ」
「成立ね……」
 互いの胸に手を置き、誓う言葉を繰り返す。儀式を終えると、申寧のライヴスが冷峰に流れ込み、ぼんやりとしていた零体のような状態から回復していった。
 繋ぎ止めたのだ。申寧の人間としての心も、冷峰の命も、エージェントたちは力を尽くしてこの世に繋ぎ止めてみせた。



 一瞬の安心感の後、一行は警戒を強める。多くの者たちが、このままで済むはずがない、と考えていた。央は鷹の目での警戒を継続。
(「気を引き締めて、兄さん。彼が私たちとの戦闘で死体になることが狙いだとしたら)」
(この場で始末する、か?)
 襲撃を案ずる禮の意見には、藍も同感だ。事態が収まってしまったと見て、狙撃や奇襲を受ける可能性は高い。故に藍はそれに備えて申寧の傍に控えている。
 一行の共通認識としてまだ安全ではないということから、有事に備えて申寧と冷峰も共鳴させてある。
 戦闘で傷ついた申寧を癒すため、由利菜は密造酒・九龍仲謀を取り出す。
「どうぞ、怪我人に与えるものではないかもしれませんけど……」
「いや、助かる……売り物を自分で飲むことになるとはな」
 苦笑を浮かべ、申寧が手を伸ばす。

 だが仲謀がその手に渡る前に、細い光が申寧の体を貫いた。
 ゆっくりと。申寧は地に倒れる。

「敵襲ッ!!」
 いち早く声を上げた藍は申寧をかばうために、攻撃が飛んできた方向と申寧の間に位置取りする。由利菜もディフェンダーを構えて射線を塞ぐ。
「次から次に、面倒だね……」
「……水の泡、は……ごめん、だ……」
 メディックである鈴音と永が容態を確認するが、申寧は意識不明。最後のケアレイを申寧に使ってみるものの、彼の意識が戻る兆しは見えない。
「周囲に敵は見えない。かなり遠くからだろう」
 鷹の目で一帯を視認していた央が告げる。それだけでも分かれば十分だ、と藍が返す。
 第2撃が飛んできた。応対する余裕もなく、藍は申寧を覆うように身を投げ出してかばう。光は藍の右肩を射抜いた。
「ぐっ……!」
 大きな痛み。だが怯むことはない。それしきで申寧を見放すことはない。彼がヴィランであろうとも、そのささやかな希望まで愚神などに壊されてたまるものか。
 痛みで鈍る視界の中で、3回目の光が灯るのを見た。2度も攻撃されれば、反応もできるというものだ。
「……流石に趣味がいいね、忌々しい」
 飛んでくる光を、藍の銀の魔弾が相殺する。中空で光が散る。
 続けて来るか、と皆が身構えるが、次の攻撃は来なかった。狙撃は止み、静寂が流れる。
「……止まった?」
 鈴音がかすかに呟くと、緊張が緩んでしまった藍はその場に座り込んで息をついた。


(「……まんまと謀られたというわけか」)
「……ワタシが愚神商人ならあんな温い展開で終わらせないわ、まだ詰めが残ってるでしょ?」
 皮肉ったように笑うキュベレーに、エストレーラが応える。状況からして愚神どもの狙いはH.O.P.E.と古龍幇の対立を煽ることだろう。どちらが倒れても構わない筋書きだが、問題になるのは何も起きない場合だ。
「それを阻止するのなら、どうあっても死んでもらうか、失敗を見越してあの状況を利用できる何か……」
 鷹の目を用いた広範囲捜索を続けていると、その目が一筋の光が走るのを捉えた。彼女の現在地からそう遠くない、朽ちたビルからである。恐らく申寧を狙ったもの。
「見つけたわ」
(「狙撃手か……案外、迂闊な刺客だな」)
 潜伏を使い、敵へ疾走するエストレーラ。2本目の光が見えた。まだ仕留めきれていないらしい。
 ビルに到着し、敵の姿を捕捉する。
 狙撃銃のスコープを覗いていた人影が、3度目の攻撃を撃ち放ったところだった。まだその場を離れようとしないのを見るに、3度目も失敗。
「残念ね……始末する前に見つかったらもう失敗よ、貴方の役目は」
 敵はスコープから顔を上げるも、すでに遅い。エストレーラが囁いたということは確実に殺す準備ができたということだ。敵の首にあてがわれた孤月が走り、その命を絶つ。
「どんな顔をしているのかしら」
 単純な興味から、エストレーラは敵の頭を掴み、その面を自分に向ける。その顔は人間のものではなく、異形の従魔であることを示す。狙撃をしくじった時点で逃げなかったことから、与えられた命令のままに動くだけの程度の知れた従魔だろう。
「期待外れね。こんなものを配するだけだなんて……」
 落胆し、死体の頭を手から離そうとした瞬間、それは起きた。
(「……離れろ!」)
「!?」
 珍しく切迫したような、大きな声をあげるキュベレーに驚いたが、エストレーラは反射的に後方に飛びのいた。
 死体が一瞬の光とともに、爆散した。空間ごと巻き込む爆発がエストレーラの軽い体を吹き飛ばし、壁面に激突させる。
「……っ!」
 大きなライヴスの放出を受けたその身に痛みが走る。動けないほどの怪我ではないが、接近していた分のダメージは喰らってしまった。
(「……見つかることも織り込み済み、ということか」)
「……やってくれるじゃない」
 拳を握りこみ、歯噛みするエストレーラ。借りは返す、愚神商人の首を切り落としてやる、と彼女は内側から湧き起こる怒りを味わっていた。

●帰路

 全てが終わった後、五々六は今回の事件についての考察に耽っていた。
(今回の鍵になったのは冷峰だった。にも関わらず、トドメも刺さずに放置されていた理由は何だ? 愚神商人の画策とはこの程度なのか?)
 深く、思考の底に沈んでいく。
(あるいは、失敗しても構わなかったんじゃねえのか。……例えば古龍幇とH.O.P.E.が協働し、真正面からマガツヒと衝突することになれば、レガトゥス級の出現を許した生駒山の再現に……。愚神どもが割く労力は遥かに少なく、それでいてより大規模な……)
 パラノイアじみた妄想だ、と五々六は自分でも感じていた。だがそれでも警戒せずにいられない。それこそが五々六という者の本質なのだ。
 英雄などと呼ばれるものではなく、悪辣で臆病な、畜生だ。だからこそここまで生きてこられたという矜持すらある。己の取り柄など、生き汚さぐらいしかない。そしてそれでいい。
 悪党は、臆病すぎるくらいで丁度いい。
 狙撃を受けた後、エージェントたちは救護班を呼んでいた。申寧は一撃を喰らって意識不明の状態だったが命は取り留めている。追撃を防いだことが大きかった。
「……希望は、誰もが抱いて良いものだ。だから私も、彼はこんなところで死なない、と望んでもいいですよね」
「兄さん……」
 香港支部への搬送を見送った藍は祈るように呟き、禮は隣で彼を見上げている。
 この場でもうするべきことはない、とエージェントらは解散した。愚神商人の策が成るか、破れるか。後は彼の生命力に賭けるしかないだろう。


「……ハル、あのさ……オレは……」
 ひとけのない路地を2人きりで歩きながら、遥はおずおずと話を切り出そうとした。何かを聞こうと。
「あぁ、……今日の誓約……か……。……五里霧中……愚神商人については……また、分からず仕舞い……だな……」
 遥が続けようとした言葉を遮るように、永は誓約した日課にかこつけて誤魔化し、遥から逃げるように歩く速度を速めるのだった。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • エージェント
    言峰 estrelaaa0526
    人間|14才|女性|回避
  • 契約者
    キュベレーaa0526hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ
  • 高校生ヒロイン
    早瀬 鈴音aa0885
    人間|18才|女性|生命
  • ふわふわお姉さん
    N・Kaa0885hero001
    英雄|24才|女性|バト
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • エージェント
    獅子ヶ谷 七海aa1568
    人間|9才|女性|防御
  • エージェント
    五々六aa1568hero001
    英雄|42才|男性|ドレ
  • 死すべき命など認めない
    宿輪 永aa2214
    人間|25才|男性|防御
  • 死すべき命など認めない
    宿輪 遥aa2214hero001
    英雄|18才|男性|バト
  • マーメイドナイト
    海神 藍aa2518
    人間|22才|男性|防御
  • 白い渚のローレライ
    aa2518hero001
    英雄|11才|女性|ソフィ
  • 終始端の『魔王』
    藤丘 沙耶aa2532
    人間|17才|女性|回避
  • エージェント
    シェリルaa2532hero001
    英雄|19才|女性|シャド
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