本部
掲示板
-
質問卓
最終発言2016/03/09 14:59:43 -
相談卓
最終発言2016/03/12 23:25:43 -
深読み卓
最終発言2016/03/11 23:07:24 -
プレイング卓
最終発言2016/03/12 18:54:51 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/03/08 19:54:20
オープニング
●変わってしまった男
香港九龍支部、最上階の支部長室にて。
「もはや、時は来たれり……」
――H.O.P.E.に潜んだ“蟲”を燻りだす。
そのための人員の選抜も済ませた。霍凛雪(az0049)は一冊の報告書から視線を上げる。
「ナレイン・ミスラの件ですね」
湖残(az0049hero001)はティーポットを取り、支部長のカップに紅茶を注いだ。赤く揺れる水鏡に、悲しげな少女の表情が映る。
「彼は優秀な指揮官だった。職務に忠実でありながら、手柄を急くことはせず、事前調査や人命の扱いには実に慎重な男だった。強硬手段を行使する作戦一課の長は彼を置いて他にないと思っていたわ。しかしご覧なさいな、この報告書を……麻薬精製所と強引に決め付け、強制捜査した倉庫は実際には密造酒の工場。挙句ほぼ一般人だけの相手に対し、無制限の攻撃を許可するなど言語道断」
現場の良識的な判断によって皆殺しという最悪の結果は免れたものの、古龍幇や親派地元団体からの非難声明は高まるばかりだ。
「人の心は移ろうもの。そう言ったのは、彼自身でしたね」
「……課長のご処分を?」
「ナレイン・ミスラは、おそらく“蟲”の息のかかった者。
彼が己に課してきた素晴らしい理念――これで、彼を追い詰めます」
支部長は座面を回し、眼下の夜景の暗がりをじっと睨みつけた。
――さあ、姿を現すがいい。
古龍幇と我々を争わせ、その血を啜る輩。
その正体を暴いて差し上げましょう。
●粋な計らい、その実
「私に助手など不要と申し上げたはずですが」
今朝、依頼を受けたエージェントたちはH.O.P.E.香港九龍支部作戦部第一課長ナレイン・ミスラの期間限定助手として出勤していた。課長本人は神経質で有名であり、余計なことをとでも言いたげな様子だ。固めた前髪はやや乱れ、過労故か表情は険しい。急増する古龍幇関連事件の対応で、作戦部各課は猫の手も借りたい状況……職員たちはこのエージェント派遣を支部長の慮りとしてありがたく感じていた。
エージェントたちはそれぞれに課長の様子を伺う。実際には、これは極秘裏内偵調査の依頼だった。
●前夜、香港国際空港
「香港か……久しぶりだな」
降り立ったのはH.O.P.E.ジャカルタ支部に勤めるオペレーター・ハシム。彼にはH.O.P.E.五大支部に名を連ねる香港支部で作戦一課の課長をしている自慢の友人がいた。しかし数か月前から音信不通の状態が続いている。仕事で香港を訪れたハシムは、ついでに友人の様子を見に香港支部に立ち寄るつもりだった。彼はその友人と最後に電話をしたときのことを思い返してみる。
『俺だ。元気かナレイン?』
『申し訳ないが……お喋りする気分ではないのです。用件だけにして頂けますか』
『どうした? 大丈夫か?』
『いえ……その、この間の賭博場の摘発なんですが、どうも私の勘違いだったみたいで。
家宅捜索の結果を見ても、一般警察が対応すべきような普通の闇賭博場でした』
『ああ、古龍幇の構成員がその騒ぎで階段から落ちて死んだっていう事件か。
お前らしくないミスをしたな……でも、間違いは誰にでもあるさ』
しっかりしろ、と励ましてその場を終わった。思えば友人はそういう私情を他人に打ち明けるタイプではないから、きっと一人で色んなことを考えただろう。次に電話したのはその一週間後で、その時の様子はこうだった。
『ようナレイン、調子はどうだ?』
『……簡潔に用件のみでお願いします』
『な……お前なあ。俺は心配してたんだぞ?』
『……何故ジャカルタ支部のあなたが、私を心配するのですか?』
『言うね。俺以外に、ろくに友達なんていないくせに』
友人は信念を強く持っている男だった。だから、元に戻ったといえばそれだけのことだ。しかし、ハシムはその態度にどこか違和感があった。それ以来彼の電話は室長止まりで友人に繋がった試しがなく、違和感の正体は確かめられずにいた。ハシムはプライベートの携帯電話を取り出し、以前教えてもらった友人の自宅の番号をコールする。
「やはり出ないか……引っ越したのかもしれないな。アポなしで訪問するのは気が引けるが、仕方ない」
……ナレイン・ミスラの自宅、誰もいない部屋で、電話のベルが鳴っていた。この家の主はもうずっと家に帰っていない。郵便受けはメールでいっぱいで、ドアノブや水道の蛇口ですら薄く埃を被っていた。ナレイン・ミスラはもうこの部屋を必要としていなかった。何故なら――
「……」
繁華街の表通りを一歩離れると、喧騒は遠く、人気のない路地は別世界のように暗い。飲食店の裏口に置かれたゴミ箱の上で、猫が彼を訝しげに見ていた。薄明りに長く伸びた影は、周囲に誰もいないことを確かめ、頭の部分を怪物のそれに変化させ……猫を食べてしまった。からん、とゴミ箱の蓋が落ちたが、音はそれだけ。
(……やはり、動物では効率が悪すぎますね。明日の夜にでも、一人殺りましょう……)
街灯の下へやってくると、その者の姿が露わとなる。エリート然としたオールバック姿、スーツの男。顔面には走った幾筋もの亀裂はゆっくりと閉じ、眼球がぐるぐる回って通常の位置に落ち着き……首を鳴らす頃には、入れ物の顔に戻っている。何食わぬ顔で、彼は香港の雑踏に紛れた。
ナレイン・ミスラという人間は、もういない。
解説
概要
霍凛雪支部長直々に、ナレイン・ミスラ課長の内偵調査を依頼されました。職務不適合を証明するのが目的ですが、その過程で新しい事実が判明するかもしれません。
調査
実施可能な調査は以下の4つです。
・秘書
・お茶子
・張込
・尾行
秘書は書類整理などを手伝いながら、過去の事件に課長の過失がなかったか調べることができます。お茶子は職員たちに飲み物を振る舞ったりお喋りをして、オフィスに潤いを与える仕事です。課長の家は分かっており、その周辺も探れます。調査終了後は支部長に報告し、指示を待ちましょう。1PCにつき一つの調査しかできず、英雄と別行動の場合は描写が減ります。
PL情報
・訪問者
OPに登場したハシムという男が課長に面会を求めてきます。課長はそんな者は知らないと取り合わず、やがて男は諦め、去っていきます。
・会員制賭博場強制捜査
OPに登場したこの事件を機に、課長は家族や友人に反応しなくなりました。課長は被害急増に焦りを感じ、古龍幇過激派の根城と時期尚早に断定してしまったのです。
・正体
OPで登場した課長の正体は、実際に彼が人を襲う場面を目撃すれば確実に知ることができるでしょう。課長は終業後に繁華街の人気の無い裏路地へ向かいます。課長は人目を気にしているので、サイレンや話し声などに気付いた場合、逃亡します。
危険な判定になる場合
・なぜその行動に至ったか分からないとき
PL情報を前提としたと判定されやすいです。
・内偵が発覚したとき
課長はその時点で逃亡し、取得情報量が減ります。
・戦闘が発生するとき
調査依頼のため、武器を所持していないものとされます。
・職務中の支部長への情報確認
怪しまれるのでできません。
状況
・第一課オフィスは香港支部の一角です
・課長の家はオートロックマンションです(家宅侵入は内偵の範疇外です)
・繁華街は混雑していて、見失わないよう工夫が必要です
※●前夜、香港国際空港章はPL情報です。
リプレイ
●
「支部長はおっかないなあ。彼を異動させれば良いだけの話なのに、僕らにこんな内偵をさせるなんて」
贅肉で膨れた胸に『H.O.P.E.』の刺繍。制服に身を包んだマック・ウィンドロイド(aa0942)はサブウェイを降りた。
「ま、処分に大義名分は必要だよね。じゃあ期待に応えて職務不適格の人間を作ろうか、ひひひ」
「小坊主……お前もらしくないエージェントよな」
灯永 礼(aa0942hero001)はいつもの和装姿。通勤ラッシュの最中、彼らは他人同士を装って別れた。灯永は近場のカフェへ。今日の彼女はそこで裏方に徹する。
「死者数うなぎ登り、ねぇ……殺したって報酬増えねェのによくやるよ」
香港支部への道すがら、バルトロメイ(aa1695hero001)は首元煩わしげに。逞しい体格は、既製サイズの襟周りに収まりが良くないようだ。一方セレティア(aa1695)はさながら恋患う乙女の眼差し。
「手柄を急かず、事前調査に入念で、人命を尊重し、一手先を読む智謀の士……素敵な方ですよね、ミスラ課長。奥様やお子さんはいらっしゃるんでしょうか」
「それが手柄を焦り死者を出すようになった、か。……って、お前浮気か?」
バルトはオペレーターの青いベストに身を包むティアをじろりと見下ろした。その身長差50センチ、道行く人々も思わず振り返る。少女は僅かに頬を染め。
「違うんです。ただ、人のあら捜しなんて気が進みません。でも……引き受けたからには、完璧にやり通してみせますよ」
くりりとしたパープルの瞳が、凛とバルトを見た。
「H.O.P.E.での初仕事ね」
香港支部を見上げ、新座 ミサト(aa3710)はノンフレームの眼鏡をかちりと押し上げた。黒いストッキングに包まれた魅惑のレッグラインがスーツのタイトスカートから覗く。そんな彼女を舐めるように眺め、嵐山(aa3710hero001)は蓄えた白い髭を整えた。
「ミサトちゃんはエージェントとしての経験が不足しているからの。危険の少なそうな調査依頼にしておいたぞ」
「かえって難しそうな依頼だと思いますが、老師」
「なぁに、ミサトちゃんなら大丈夫じゃ。ワシにはオフィス仕事は似合わんからな。奴さんの尾行でもしておくぞ」
「では、私は秘書として探りを入れます。くれぐれもお気をつけて」
老爺は新座を見送り、その足を繁華街へ向けた。
「うん、定時まで暇じゃな。昼キャバでも行こうかの」
●
「新座ミサトと申します」
新座がお辞儀すると、廊下の方から歓声が上がった。エロOLが来たと男性職員たちは大喜びで課長室を覗き込んでいる。が、当のナレインは書類から視線も上げず。
「エージェントとしてはまだまだ未熟ですが、精一杯務めさせて頂きますので、よろしくお願い致します」
「ええ、よろしく」
「では早速ですが本日の予定を申し上げます。10時、古龍幇対策会議。14時、月間報告会……」
タイムスケジュール管理は完璧だ。彼女のサポートを受け、この日の業務は一層円滑に行われるだろう。新座の優秀な秘書ぶりには誰もが舌を巻いた。
「書類整理なら僕に任せてくださいね」
ナレインが顔を上げると、小太りのマックが人懐こい笑みを浮かべて。
「得意なんです。昔時給12ドルで図書司書のバイトをしてたんですよ」
「……それはそれは」
淡々と言う課長の顔にはくだらない、と書いてある。周囲から見ても、マックは有能そうな秘書ではなかった。NYのお上りさんのようなこの男が内ポケットに隠しマイクを仕込んでいようなど、誰も思わなかっただろう。
「課長さんって素敵ですよね~」
ティアが給湯室でほうと息を吐くと、近くにいた職員がバッと振り返った。
「アナタ、見る目あるわね……さすが支部長の使いだわ!」
「きゃーやっぱりそう思いますか?」
「……」
どうやらこの二人、意気投合したようだ。バルトは全くお茶汲みしないティアに代わってコーヒーを淹れつつ、若干の嫉妬心でお茶請けの袋を乱暴ぎみに破いた。
「作戦一課のみなさんは、課長を信頼していらっしゃるのですね」
「ええ、彼とは長い付き合いだから。でも最近は心労が祟って、本調子じゃないみたい」
「……と、いうと?」
「いえ、少し、仕事が荒っぽくて。みんな言ってることだけれど」
職員は大事ではない、と取繕うように言った。ティアは職員たちが課長を庇っていることに気づく。麻薬工場強制捜査作戦の報告書を読んでいた彼女には分かったが、少し荒っぽいなどというレベルではないのだ、近頃の課長の仕事ぶりは。
「なるほど。やはり古龍幇との対立激化に伴って、徐々に短絡的に? 課長ほどのベテランでも、こんな破裂寸前の風船みたいな香港は初めてでしょうし」
「ええ、まあ……最初のときは塞ぎ込んでいたのですが、このところは平然としていて。でも仕事が落ち着けば、すぐ元に戻ると思うわ」
……最初のとき? 変化にはきっかけがあったということだろうか。ティアは気になったが、これ以上掘り下げると内偵を疑われてしまうと考え、話題を変えることにした。
「そういえば、課長の英雄さんってどんな方なんですか? わたしもぜひお話してみたいです!」
「うーん。あの人、元々あまり表に出てこないのよね。課長、普段は拝み倒しも効くのだけど、今は気が立っているから……香港が平和になったら、またいらっしゃいな」
職員は、ティアと課長室の両方に優しげな視線を向けた。
「……ありがとうございます、ミスター・リシェ」
「気にするな、仕事だ」
課長室。バルトに熱々のコーヒーを差し出され、ミスラ課長はしばらくぶりに書類から視線を上げた。ティアはテーブルに駆け寄ると、様子を伺う子リスのように顔だけ天板から覗かせる。
「お疲れですね~」
「……お喋りとは感心しませんね、ピグマリオン君」
「ティアお前……未来の亭主の目の前で他の男に色目使いやがって」
「あ、あいどる的な憧れで恋愛じゃないですよ?」
かわいい幼女攻撃も課長には効果いまひとつ。だがこの塩対応も、周囲の評判通りといえばその通りだ。人となりは完全に以前同様。変わったのは仕事のやり方だけ……この男は、本当に職務不適格に成り下がったということだろうか。
(いえ……内偵の発端になった麻薬工場の事件で、
古龍幇内部にマガツヒが紛れ込んでいると分かった。
そしてこの事件を機に、古龍幇とH.O.P.E.の対立はより激化している。
これが奴らの思惑通りなら、マガツヒの目的はわたしたちと古龍幇を争わせ、
双方を弱化させること。
仮にH.O.P.E.内部にもマガツヒの内通者がいるとしたら、あるいはこの男、)
バルトは少し離れたところからティアが根気強く課長と話す様子を観察していたが、課長が彼女を疑う様子は無さそうだった。二人の仲を聞いたために、バルトが課長を見ている理由も勝手に想像してくれたのだろう。また、やり過ぎは彼らが最も注意したこと。その慎重さは相手を欺き続ける。
(では、そろそろ仕掛けてみますか……)
ティアは取りつく島もない課長に焦れたふりをして、大げさに身振りをした。その拍子でテーブルの上のコーヒーカップが倒れる。
「課長さんーっ……きゃっ!」
「っ熱、」
「おやおや、これは大変だ」
秘書卓のマックが惨状に声をあげる。広げられた資料や課長のスーツは見る間にコーヒーを吸い込んだ。
「課長、お手洗いに行かれたらどうかな?」
「ええ……そうですね。全く」
「作り直す書類は、僕がピックアップしておきましょう。どれ、パソコンは無事かな……」
マックはPCを確かめるふりをしてマウスを握った。課長が部屋を出るなりセキュリティを切り、自分の携帯を接続して遠隔操作プログラムを仕込む。
「生憎、携帯はジャケットの中かな」
「ウィンドロイドさん、これでよかったんですか?」
「ああ、怖いくらい完璧だよミス・ピグマリオン」
「どうなってるんだ、これ」
「これでこのパソコンは、僕の好きなときに好きな情報をくれるようになるのさ。機能はキーロガー、スクショ収得、ファイルアップロード、自己削除って所か。面倒だからネット上のやつをダウンロードして使ってるよ、セキュリティを切れば関係ないしね」
「……よく分からん」
「トロイの木馬形式と言って、パッと見は普通のプログラムだから、これが悪事を働いているなんて素人にはわからないんだ。フフ、これで情報漏洩で職務不適格は確実だ」
その会話も、カフェで解析に勤しむ灯永の耳に入る。
「全く退屈だね。でもまあ、単純作業は得意だ」
彼女のパソコンはリモートコントロールによって遠隔地の課長のパソコンと必要な情報を共有できるようになっていた。
「ふむ、これが直近のメールの中身か……見たところ、仕事一辺倒。私用の一通もないなんて、つまらない男だ」
灯永はそれよりも、と画面を香港支部のデータベースに戻す。事前にアクセス権を得て、過去に課長が担当した事件の報告書の中に面白い情報が有るか探してみたのだが、予想以上に多数の事件で決定手順の不自然や苛烈な捜査が認められた。改竄されるでもなく、ただ異常な状況がそのまままかり通っているのだ。
「ひどいな。とっくに内部告発があってもおかしくなかったじゃないか」
課長が職員を脅して黙らせていた? それともそれほど課内で崇拝されていたのか? ひょっとして職員もグル? ……分からない。その疑問を解く糸口となる男が、香港支部を訪れようとしていた。
(職員の方たちは、きっとよっぽど課長を信頼しているのね。乱暴な仕事をしていても、それはストレスのせいだと思っている)
書類整理の傍ら、過去の事件を調べていた新座も灯永と同じことを考えた。文章にも人それぞれ個性がある。彼女が結末を知っていたのなら、何かに気づくこともできたかもしれない。ふと、内線電話が鳴った。
『課長にジャカルタ支部からお客様です。ハシムと言えば分かると』
「お待ちください。ハシムさんですね」
訪問者を知った新座は席を立ち、課長にそれを伝えた。テーブルはバルトが拭いて、すっかり綺麗になっている。
「知りませんね。約束もしていませんし、恐れ入りますがお帰り頂いて下さい。忙しいので……」
「承知しました」
「あ、わたし、ちょっとお花摘みに……」
ティアと新座は部屋を出る。
「どなたでしょう?」
「分かりません……でも、遠方からわざわざいらしたという事は、重要な話があるのではないでしょうか?」
ロビーで待っていたのは、アジア系の男性だった。ティアは風深にメールを入れ、訪問者の外見的特徴を彼に伝える。
「はじめまして。私はナレイン・ミスラ課長の秘書、新座と申します。お時間を少し頂けますか」
「……俺は追い返されたのか」
「申し上げにくいですが、そういうことです。あの、課長とはどういったご関係ですか?」
「友人だよ。尤もそう思ってたのは、俺だけかもしれないけどな。これ以上、あなたと話しても仕方ないようだ」
「私、新参の秘書として、課長の事を少しでも知っておきたいんです。最近変わった事とか聞いてないですか? 課長、なんだか元気がないような気がしてですね、」
「……やっぱり、みんなそう思うんだな? あの時からだ……会員制賭博場の事件。分かるだろ?」
「いえ……それは、私の着任以前のことかと」
「……いや、そうか。ならいいんだ。また電話すると伝えてくれ」
男は諦め、帰り支度を始めた。新座も、あまり長く課長室を離れるわけにはいかない。ハシムが支部を出ると、薄色長髪の男が胡散臭い笑みを浮かべて彼に話しかけてきた。
「すみません、少しお話を伺いたいんですが。モナカでも食べつつお話しませんかー?」
「……あなたは?」
「あ、申し遅れました。ナレインの部下で風深と言いますー」
ティアから連絡を受けた風深 禅(aa2310)だ。彼が課長尾行のため本部付近で待機していたのはラッキーだった。
「……ナレインの部下、か。気に入らないのは分かるが、粗探しなら他所で頼むよ」
「いやですねー、そんなこと一言も言ってないですよ?」
「だって変だろう? どうしてナレインを訪ねたら、部下に事情を聴かれなくちゃいけないんだ?」
「またまたー。誰かに相談したくてたまらないんじゃないですか?」
「……それはきっと、ナレインがあの事件のときに、あなた方にして欲しかったことだ。気を遣ったつもりかもしれないが、所詮は一人の上司に責任を押し付けたに過ぎない。与人方便自己方便……中国でも、そう言うんだろう」
明るく軽い調子で喋る風深を内偵とは思わなかったようだが、ハシムはさほど取り合うこともなくその場を後にした。
「……課長がそんなおセンチな人間には見えないけどなあ。本当に心臓が鉄でできてなかったら、あんな過激なコトできないでしょ。これは人が変わった、っていうことだよね? ……あ、煤原さんだ」
風深はメールを確認し、入手した情報を返信した。
●
『会員制賭博場強制捜査? 課長の友人がそう言ったのか、煤原』
「っあ、はい……あの、マックさんと新座さんの情報と照合した結果、ハシムさんの言っていた事件は、そ、それだと思われます……」
文字のやりとりにも関わらず、煤原 燃衣(aa2271)はおどおどと。ティアが課長の気を引いているうちに、バルトは情報のデータベース化を行っている煤原に報告していた。主だった事件を時系列、カテゴリ、キナ臭さ――死者数などの順で見出し化しておいたことが功を奏し、事件特定はすぐになされた。
『なるほど、うっかりミスで一般人を巻き込み事故死。それが課長豹変のきっかけというわけだ。身内の温情でそれは告発されなかった。引き続き、自宅の方は頼むぞ』
「は、はい……っと」
続いて煤原は、メンバーの現在地が記された地図アプリに新情報との相互リンクを貼り付けた。空きアパートは彼のノートPCの薄明りだけ。支部長は今日は忙しいらしく、連絡は全く取れていない。事前に聞いたところだと、課長はヨーロッパ育ちのインド系移民。妻と子供はイギリス在住、交友関係も希薄で仕事一筋。
――なんと利用しやすそうな人だろう。よく考えたら、裏切りというよりも、もしかしてこれは……
近頃は危険なヴィランズが活動的だ。人質、入替り、洗脳、愚神憑き。あらゆる可能性を考えておかねばならない。今日のところは調査のみを指令されているが、重大な敵であった場合は逮捕、最悪討伐が命じられるだろう。
「……ネ、ネーさん。どうでしょう、課長さんのお宅は」
『フーム、高級マンションとは……何故、何でも覆いを付けたがる? 双眼鏡では何も見えなかった。ポストは、エントランスで確認したが……チラシ類が押し込まれて、パンパンだ。何日も帰っていないんだろう』
対話の相手はネイ=カースド(aa2271hero001)。
『隣人たちも口を揃えて、ここ何か月か……ミスラさんは見ていないと言っている。ますます……最悪の結果が、ちらついてきたな』
「なるほど……。あ、あの……ちなみに、どうやって、聞き取りした、んですか……? あっいや、あの、ネーさんのそういうとこ、想像できないなって……」
煤原が書き込むと、ネイは少し間を置いてこう返した。
『私、ナレインという者の古い友人ですが……彼を知りませんか……? たまたま、近くに寄ったので……』
煤原は胸元の深く開いたシャツと、ぴっちりしたスーツを纏っていたネイを思い出す。それから、彼女が引っ込み思案で尽くし性のように柔らかく笑って、その台詞を言う場面を想像してみた。
「……な、何その詐欺」
『ま、俺も成長する……という事だ……次で、調査目標は最後になる。また連絡する』
ヒュッと鉄仮面に戻る様まで、煤原は目に浮かぶようだった。ネイは端末をポケットに仕舞い、その家のインターホンを押す。聞こえてきたのは主婦の声だったが、カメラの前の煽情的な装いの女性には同性もたじたじだ。定型文の挨拶を繰り返し、営業スマイルで。
「彼には内緒で……驚かせてやりたいので……」
こんな一途な女性の想い、井戸端会議の種にできる者はいないだろう。
『煤原さん。課長は業務を終えて、いまオフィスを出る所です』
「! り、了解しました……!」
新座から連絡を受け、煤原は全体に尾行開始を通知した。
「皆さんの位置情報はマックさんと僕で把握していますが……お気をつけて。でも、刺激してはだめ、ですよ……香港の一日も早い安寧のため、ここで雲隠れされるのは、絶対に避けなくちゃ……!」
●
「家にも帰らず繁華街へ……真面目なふりしてあの若造、女遊びかの?」
嵐山もオフィスから出たナレインを捕捉していた。しかし想像以上の人込みで、すぐに見えなくなってしまう。
「普通に追うのは難しいようじゃ……谷崎さんや、何かいい案はないかね?」
「うーん」
谷崎 祐二(aa1192)は物陰に隠れながら、顎に手を置いた。マックの細工はパソコンにしかできなかったため、課長の居場所が分かるのはもうここにいる者だけだ。
「にゃー」
プロセルピナ ゲイシャ(aa1192hero001)が頭上の鴉を見上げて言う。
「そうか。そうだな、セリー、共鳴しよう。鷹の目で追うんだ」
雑多な路地には鴉が集まっていた。ここに紛れ込ませれば鷹も目立つまい。ライヴスで作成した鷹が飛び立つと、その目は谷崎のものとして機能する。彼は間一髪、スーツの男が角を曲がるところを視界に捉えた。その前方には、酔っぱらっていると思しき男の姿。
「……! 課長が路地に入ったぞ」
谷崎は念のためライヴスで身体を覆い、潜伏状態でその後を追った。しかし課長にはおそらく効果がないであろうから、やはり物陰に隠れながらの移動だ。ようやく課長の影に追いつくと、彼は街頭の根元を見つめていた。そこではあの酔っぱらいが寝転がっていて、どうやら眠っているようだった。
「……? 何をする気だ?」
谷崎は鷹を操り、課長の背後にそっと配置する。息を殺して観察していると、課長は男に一歩近づき。
ぐにゃり。
影が、歪む。
「……!! ぐ、」
愚神?!
あまりの驚きに、谷崎はすぐに動けなかった。
彼は死んだ人間を見たことがない。まして、今まさに殺されようとするところなど。
(出て行ったとして、絶対に間に合わない。
どうすればいい? 愚神の気を、一瞬だけでも逸らせれば、
……そうだ!)
谷崎は咄嗟に、一般人の接近を装うことを思いついた。持っていた紹興酒の瓶をその場で割って、大きな音をさせる。鷹の目からは、怪物が音の方を振り返るのが確認できた。その顔は、元の人間のものではない。亀裂が走り、視線はあらぬ方向を向く。
「だ……誰かいるのか?」
谷崎が隠れた角からスマホのライトを愚神のいる通路へ射し込む。
愚神はしばし、光を見つめて……
「やれやれ……弱った英雄を殺し、この男に成りすましたはいいですが。人に化けていると、食事が滞っていけませんね」
素早く身を翻し、その場から去っていった。
「……大丈夫ですか?!」
「んぁー」
愚神の気配が消えたのを確認し、谷崎は一般人に駆け寄った。相当酔っぱらっているが、なにごともない。谷崎は安心して共鳴を解く。
「いやーびっくりしちゃった。こんなことになると思ってなかったから途中からだけど、肝心のところはバッチリ撮れていますから~」
「ほっほっほ、ワシなんてなーんもしとらん。またミサトちゃんのムチを頂戴してしまうのう」
反対の路地からは携帯片手に風深が現れた。嵐山もその背中からひょっこりと。どうやら課長の正体を映像に残すことに成功したようだ。
「なんらーおまえらぁ」
「おじさん。最近物騒な事件が多いから、夜道には気を付けて」
谷崎は自力で帰れそうもない酔っ払いに手を貸して立ち上がった。
……さっきは一瞬、頭が真っ白になった。思考がぐちゃぐちゃになって、何が何だか……
「でも、助けられてよかった。この人、警察まで送ってあげないとな」
「……にゃあ」
セリーの瞳は闇の中であかあかと谷崎を見つめていた。
「やっと分かったよ、支部長の真意」
カフェで灯永と合流し、マックは素に戻って。
「不適格どころか、とんでもないね。課長は数か月前には既に愚神にすり替わっていて、おそらくその愚神にはマガツヒの息が掛かっていたというわけだ」
「愚神というやつは、本当に人間の弱みに付け込むのが上手だね」
「でも、H.O.P.E.だってやられっぱなしじゃないさ。傑作なのは、愚神ナレイン・ミスラがこの内偵調査そのものにすら気づいてないってことだ。あとは支部長のお手並み拝見ってところだろう」
マックは灯永の報告書を手ににやりと笑った。香港は今夜も、平然と闇を孕んでいる。
結果
シナリオ成功度 | 大成功 |
---|