本部

ヒラナが望んだ景色

玲瓏

形態
ショートEX
難易度
易しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
7人 / 6~15人
英雄
7人 / 0~15人
報酬
少なめ
相談期間
7日
完成日
2016/03/17 21:24

掲示板

オープニング


 ヴィラン組織が行動を開始し始め慌ただしくなっているH.O.P.Eに、空気を読む事をしらない女性が訪れた。受付の案内で、オペレーターの元へ届けられる。
「ヒラナさんですね」
 それが彼女の名前で、ヒラナは頷いた。
「依頼をしたい事があるのだ」
「内容も承っています。確か、演劇に関する事でしたよね」
「うむ」
 この日より前に、ヒラナは手書きで依頼内容を綴った紙を送っていた。洗練された筆跡で、紙にはこう記されている。

 ――H.O.P.E

 突然の便り、失礼する。
 私はこれから、この世界に文豪として名を周回させるヒラナと申す者だ。
 周回させると書いたが、まだその域に達するには時間を要する。私は無名で、ただの英雄でしかない。だが申し分ない程の実力を兼ね揃えているつもりでいる。
 そこで、協力を仰ぎたいのだ。

 金がない。
 この便は借金の申し出とは違う。まず初めに劇場にて、私が脚本を描き、その演劇を行うところから始めたいのだが、劇場を借りるお金、人を借りるお金が全くない。
 そこで、かつて友人が言っていた言葉を思い出しこうして筆を執る事にした。

 実に勝手な依頼ですまないが、人手の貸し出しを行ってもらえないだろうか。できれば、熱意のある者がいると助かる。
 明日、詳しい話をしにいこう。そこで人手の使い方を説明する。

 ――

 消しゴムで消した跡も残り、書くだけで時間を結構要しただろう手紙だ。オペレーターは少し複雑な表情を見せた。
「申し訳ないのですが、現在はヴィランズの組織が大きく動いており、人員は組織討伐のための依頼にほとんどが駆り出されています。なので、あまり緊急性ではない依頼に関しては……」
「何ッ。だから慌ただしかったのか……。うーんだが、うーん……」
 ヒラナもまた、頭を抱えた。一時一時を大事にしなければならないこの時、あまり身勝手な事はできずにいる。ただ、それはヒラナの住む世界でも同じ事であった。芸術家である彼女はいかに自分が気まぐれ気質なのかを分かっており、今ある熱意がいつ消えるかという時間との勝負の中を生きているのだ。鉄は熱いうちに打てという。行動を起こした今すぐに熱意を打たなければ、チャンスはいつくるか分からない。
「なんとかならないのかぁ……?」
 微々たる物だが、ヒラナは駄々っ子の視線を飛ばした。
「招集をかける事はできますが……。望んだ結果になるとは限らないかと思います」
「結果がどうであろうと良い。虚しい結果に終わったらおそらくそれは、天の神が忠告しているのだ。するべき事ではないと」
「失礼ですが、無名の芸術家ならば、まずはコンテストに作品を応募してみる所から始めても……」
「もう言われておる。だがな、そのう。私は一つ気づいてしまった事があって、いろいろ踏まえて人手を借りたいと言っているのだ」
「気づいた事とは、なんでしょうか」
「私の元いた世界とこちらの世界の価値観は違うという事だ。よく考えればそうだったのだ。元いた世界で通用したからといって、こっちで通用するはずがない。前の私はそこに気づかず、阿呆な事をやっていた。だからこちらの価値観を分かっている面々に脚本作成を手伝ってもらう事にもした」
「なるほど……。分かりました、ひとまず招集をかけてみます」
「首を長くして待っているぞ。後これ、ポスターだ。せっかくだから作ってきた。手あたり次第町中に貼って回ってくる。じゃあさらばだ!」
 機械的な口調でしゃべっていても、いくら無機物を装っていても心というのはあるものだ。オペレーターは優先順位が低い依頼だと言いつつも、揃って、彼女の世界がハッピーエンドを迎える事を望んでいる。淡い期待をよせつつ、ポスターを読んだ。
「ここに書いてある事をそのまま依頼内容にしても問題なさそうね」
 パソコンのキーボードに両手を置き、さっさと仕事を始めた。

解説

   『演劇協力者案内』
主催者 ヒラナ・コロンボ
助手兼役者  宮本 武

演劇に協力してくれる者を募集するぞ!

☆仕事内容
 以下に陳列する。
・脚本手伝い
・役者(協力してくれる者全員が出てくれると助かるぞ)
・宣伝
・劇場の確保。他雑務
・掃除。 (立つ鳥跡を濁さずだ。演劇後の掃除をしてくれる者も募集するぞ)

☆協力者資格
 資格問わず! 誰でも参加してもらいたい。熱意のある者は特に求む!

☆演劇脚本、テーマ
 話によると、近ごろは戦い戦いで騒がしいらしい。そんな時だからこそ、『愛』をテーマとした物語にしようと思っている。舞台は江戸時代の日本だ。
 愛といっても様々あるが、ここでは親子愛と異性愛を出そうと思っている。
 それ以外の事は協力者のみんなと考えたい。

☆役者へ
 今回の演劇では、私は役者としては登場せず観客席で見守っている。存分な演技力を活かして頑張ってもらいたい。

☆テーマソング
 実は誓約相手の宮本からテーマソングという話も出ているのだ。演劇なのだから、舞台の最後に全員で歌う、のだそうだ。だがそこに関しては私は全く分からない。
 あわよくば協力者の中に作曲できる者がいたら、ぜひ作っていただきたいと思っている。これは絶対ではなく、あればいいな、程度だ。

●総まとめ
 協力者(エージェント)の仕事内容
・脚本手伝い
・役者
・宣伝
・雑務(小道具用意、劇場確保等)
・作詞作曲(絶対ではない)

 熱意ある者の参加、首を長くして待っているぞ。

リプレイ

 会社から帰宅して一服する予定を立てていた宮本だったが、妙によそよそしいヒラナの態度が気になった。先ほどから同じ所を行ったり来たりしているのだ。
「やけに落ち着かない様子じゃないか」
「落ち着かん」
「エージェントの皆さんが集まってくれているか、心配?」
 近頃は心配事とは無縁なワガママであるヒラナであり、焦りを見せる表情を誓約相手に見せたいとは思わなかった。彼女は宮本から顔を背けて頭を縦に振った。
「大丈夫だよ。ヒラナは頑張ってる。神様は見ていてくれてるよ」
「そうであろうか……」
 六畳半の中央に置かれた丸テーブルの前に座ったヒラナは、しかしながらまだ太腿をゆすって落ち着かなかった。
「僕も祈っているからさ。はい、とりあえずこれ飲みなよ」
 コップ一杯に注がれたオレンジジュースを手にして、一気に飲み干す。
「うむ。やはり心配するのは私に合わん。明日が待ち遠しいが、待ち遠しいなら寝れば良いのだ。宮本、心地の良いクラシック音楽を流せ。寝られる奴を頼んだぞ」
「本当に気まぐれな人だなあ。分かったよ、僕はこれから風呂に入ってくるから、それまでに寝ているんだよ。そうしないと明日に起きれなくなるからね」
 うむうむ、と二度返事をしたヒラナはベッドに横になり、毛布を被って眼を瞑った。ヴァイオリンとピアノの協奏が眠気を誘うが、肝心な睡眠を取るためにはまだ時間がかかるだろう。
 明日はオペレーターが集めたエージェントと打ち合わせをする日だ。つまり、集まっていなかったら誰も来ないという事。
 この世界に来て不幸な事ばかり起きていたヒラナは、明日待ち合わせ場所としていた駅前広場の前で、一人で立ち恍けている姿が見えていた。

 今日は平日で、朝が昼に変わる頃の時間帯の影響で広場に人はさほど多くなかった。精々営業マンか不良学生が歩いているだけ。
「来ないのかもしれない……」
「大丈夫だよ」
 待ち合わせ時間になってもないというのにヒラナの気は焦ってばかりだった。宮本は自動販売機で買ったココアを彼女に買い与えた。
「ねえヒラナ」
「なんだ、突然。私は今忙しい。焦る事に忙しい」
「十回のうち九回不幸な事があったとして、ヒラナは十回目は不幸か幸か、どっちだと思う?」
 腰に手を当てて宮本を見上げたヒラナはため息を出した。
「説教か」
「単純な質問だよ。答えてみて」
「九回も不幸な事があったなら、そいつは不幸に恵まれているんだろう。なら十回目も不幸に決まっている」
「そうだね。でもほら、もしかしたら十回目は幸を見つけられるかもしれないよ」
 宮本はヒラナの肩に両手を乗せて、ハンドルを回すように彼女の体を一回転させた。
「も、もしや……」
 想像などやはり想像に過ぎなかったのだ。九回失敗したところで、十回目がどうなるかというのも分かるはずがなかったのだ。
「ヒラナ、また会いましたね」
「こういう形で会えて、お兄さん嬉しいな」
 後ろには十人以上のエージェントが集まっていた。その光景を眼に入れたヒラナは、徐に口を広げて笑みを隠さなかった。
「ふ、ふっふふ……。来てくれて嬉しいぞ、エージェント諸君よッ。我々はこれから早速打ち合わせに入り、この企画を終えるため頑張るぞ!」
 リンカー一人一人に熱い視線を送った彼女は、ふと自分も視線を送られていると気付き後ろを向いた。宮本が笑っていたから、ヒラナも笑ってしまった。


 演劇は事前準備が不可欠であるもの。特に劇場を用意しなければ何も始まらない。大前提の役目を任せられ、ガルー・A・A(aa0076hero001)は条件に合った劇場を手あたり次第に探した。
「予約するなら実際に足を運んでみた方がいいね」
 宮本はニコニコしながら言う。ひとまずインターネットで劇場を探してから出向くというのが二人の全体的な行動であった。行動するのは別々だが。
 一件目に辿り着くや否や、ガルーは施設に入る前から予約を躊躇した。
「古臭えなぁ」
 値打ちは程良かったものの、一昔前といった寂れた劇場であった。ヒラナと待ち合わせした駅から三駅離れ、人通りが全くない北口を降りた所にポツンと置かれている。
 二件目は運が良く条件に見合った場所が見つかった。ガルーは近くに複合文化施設があると知り、すぐに向かったのだ。席は少数、ホールも小さいが、無名の作家の第一歩として悪くはない。出入り口は鳥居をくぐるという趣もある。
「劇場は借りられるか」
 管理人はファイルを捲っていく。
「はい、その日なら午後に空きがあります」
「そんじゃあそこを借りるとする。ああ後、音響や照明やらは係員に任せるかもしれねぇ」
「承りました」
 ひとまず大前提は整った。ガルーは宮本に連絡を入れ、劇場の用意ができた事を伝えた。

 演劇は事前準備が不可欠であるもの。特に劇場をするからには人が来なければならない。大人数来ればそれに越した事はないが、一人でも多くの観客を募集するのだ。
 ――知る人ぞ知る幻の脚本家の作品が今ここに! 近日公開! と書かれたポスターを即日で作ったのは獣臓(aa1696)だ。一つ一つの文字は色合いの恩恵で人目を集め、費用にも気を付けて作成されている。
「ヤタも作ってきたよー!」
 八咫(aa3184)はビラの中に出演者の写真を納めており、彼女の創ったビラも特徴的であった。特徴的でいて、日時や場所等の記載も忘れていないためしっかりと集客用として機能している。
「ふぉふぉふぉ、おぬしも良いセンスじゃのう」
「上手でしょ!」
「それでは、後は作成したビラを配布するだけですね」
 両手に大量の用紙を持っていながら、器用にも部屋に入ってきたキュキィ(aa1696hero001)は平然と言った。ビラのコピーが終わったのだ。
「わしらだけじゃ足りないのう。他のエージェント達にも手伝ってもらうのじゃ」
 八咫と獣臓は何人かのエージェントに、宣伝用のビラを配るための人手募集という名目の元招集をかけた。


 事前準備は大雑把に分けて外回り組と在宅準備組がいる。在宅準備組というのも、脚本を描くヒラナと九重 陸(aa0422)、それからホームページを作成する旧 式(aa0545)だ。
「今回のテーマは愛だ。そして江戸時代である」
 ヒラナと九重は宮本の住むアパートで脚本制作を行っている。
「最初にやる題材にしてはちょいと難しい気がするぜ」
「ちょいと難しい程度がちょうど良いのだ。簡単なのをやってもたいして面白くないからな。それじゃあ早速作成に取り掛かるぞ!」
「悪くねえ心意気だな」
 その会話があったのは二時間前である。今は二人して複数の脚本を生み出し、一番良いのを選択する個別の仕事をしている。
「ヒラナ、おい。一応、武家の男とその使用人の女、身分の違いから生まれた恋ってのを主体に作ってみたんだがよ」
 隣にいるというのにヒラナの反応がない。「おい」ともう一度声をかけて、九重は隣を向いた。
 机に突っ伏して寝る姿。
「おいこらァ!」
「な、なんだ。突然大声を出すな。良い夢を見ていたというのに」
「一応企画者なんだろ。寝るなよ!」
「仕方がないではないか。良い音楽がかかっているが故……」
 オペラ(aa0422hero001)のお願いで、部屋にはクラシック音楽がゆったりとした空気の中を散歩していた。時折オペラが口ずさみ、それがまた美しい歌声でヒラナを幻想の世界へと導くのだ。
「おおそうであった」
「なんだよ」
 突然に、思い立ったようにヒラナは立ち上がる。
「私は企画者である。という事は他のエージェント達の仕事の管理をするのも私の仕事である。という事で九重とやら、私は他の様子を見てくる。しばらく一人で考えていてくれ」
「はぁっ?! お、おい何処にいくんだよ!」
 思い立った後の行動の素早さが早く、ヒラナは意気揚々に外に飛び出していった。脚本を書くのが嫌いという態度ではないだろうが。一人取り残された九重は改めて自分の仕事を再確認した。
「えーっと。江戸時代が舞台で親子愛と異性愛を再現するんだったな」
 ――自分一人で。
「ちっくしょーヒラナとかいう野郎丸投げやがって! そのくせ『江戸時代で親子愛と異性愛』なんてゆーややこしいテーマだけ置いていきやがってよ! いいぜ、やってやろーじゃねえか! 覚悟してろよ、次会ったら足腰立たなくなるまで膝カックンしてやるからよお!」
 涙目になりつつ彼は脚本作成に営むのであった。


 今このご時世でチンドン職人を営む二人というのはどれだけ注目を集めるものだろう。体を張って虎噛 千颯(aa0123)と白虎丸(aa0123hero001)は道行く老若男女にビラを手渡ししている。
「さあさあ見てって! 知る人ぞ知る幻の脚本家の作品だぜ~。ほら、白虎ちゃんも」
「うーむ、この恰好にする必要があったのか疑問でござるが」
 江戸時代をテーマにした劇という事で、虎噛は衣装をわざわざ用意してビラ配りに参加したのだ。多少疑問に思いながらも、しっかりと人々はビラを好奇心半分に手に取ってくれているから、おおよそ意味は成しているのだろうが……。
「白虎ちゃん! 今こそゆるキャラの力をみせる時だぜ!」
「いや……俺はゆるキャラでは無いでござる……」
「白虎ちゃん!! ヒラナちゃんの頑張りを無駄にする気!」
「……が、頑張るでござる……。今度劇場で演劇を行うでござる~是非見に来て欲しいでござる~」
「ここでしか見られない特別会場だぜー! ――あ、八咫ちゃんに金華ちゃん! 調子はどうよー」
 手に何も持たずして二人が虎噛を訪ねたものだから、絶好調であろう事は確かだった。
「キンカが上手なんだよ~! 男の人がほとんど持っていってくれるの! あ、ヤタも勿論上手だよ!」
「勘違いされてなければいいでござるが」
 派手な猫耳少女が配るビラの中身が劇場の案内だと気付くのに時間をかける人は何人いるだろうか。もしかしたら大半は猫耳クラブの案内だと思っているかもしれない。
「次はどこに行けばいいか教えてもらいに来たのにゃ」
「ああーそうだな。えーっとここの駅から二つ先のM町の商店街にビラ配布の許可を取ってあるから、そこ頼むぜー」
「わかったー! いこ、キンカっ。頑張ってたくさん人呼んじゃうよー」
「分かってるから急かすんじゃないにゃ。あ、ついでにネットにもばら撒いておくかにゃ」
「ヤタにもさわらしてー」
 元気な子供二人の面倒を見た後は、再び仕事だ。かれこれ休憩を交えつつも三時間は立ちっぱなしだが、二人は平等に配布を続けている。
「ぜひ見ていってほしいでござる~」
 白虎丸の配ったビラを見た青年は笑いながら言った。
「これ、動物園のチラシか何か?」
「ちが……違うでござるよ。よく見て欲しいでござる」
 白虎丸もまた勘違いされているらしく、虎噛は笑いを噛み殺すのに必死だった。


 物語の脚本が完成したのは二日目で、その後三日目で発声練習を行う事に決まった。獣臓は劇場のホールを借りて他の出演者と一緒に大きく声を出している。マイクはないので、席の後ろまでしっかりと声を響かせる必要がある。
「発声練習じゃー! あ、え、い、う、え、お、あ、お!」
「あーえーいーうーえーおーあーおー」
 練習の様子はオペラがしっかりと録画、録音しており後ほど何度も確認する事ができる。今は発生練習だが、後々では演技練習も行う。
「公演日まで時間がないのじゃ。稽古もしっかりと、びしばしやるのじゃ」
「ヤタ、頑張るー!」
「芝居はできんだが、大きく声を張り上げろっつわれるとムズイんだよなあ」
 旧の演技力はドラマや映画を見て養われていた。更に彼は健康体で、腹筋を使って簡単に大声を出す事もできる。
「そういや、ヒラナのインタヴュー動画を撮るのって今日だったっけか」
 ドナ・ドナ(aa0545hero001)が言った。
「あー。そういや。言っておかねえとな。今ヒラナは何処にいんだ?」
「知らねーよ。テメエで探しな」
「ヒラナならさっき役者控室で脚本を見直してたぜ」
 武家の男から瞬時に九重へと名前を切り替えた九重は、汗を拭きながら言う。ライトの光が厳しいのだ。
「本番を控えて脚本の修正、とかねえよな?」
「まあないだろうよ。俺の書いた脚本、なんか受けがよかったもんでな。ま、一夜漬けで本気出して書いた奴だ。上出来で当然だぜ」
「ご苦労さんだったな」
 一通り演技練習が終わり、確認作業に入る前に旧とドナドナは控室に入った。中にはヒラナと宮本、それから休憩中の木霊・C・リュカ(aa0068)と紫 征四郎(aa0076)がいた。オリヴィエは棒読みから脱出するために延長で練習し、ガルーはビデオの確認をしている。
「やあお疲れ様。調子はどうかな」
「悪かねえ。ところでちょいとヒラナを借りていいか」
「お兄さんはいいと思うけど、ヒラナちゃんはどうだろう」
 案の定ヒラナは机と頬をくっつけていた。旧とドナはヒラナの脇の下に腕を通し、力任せに持ち上げる。
「わッ! 何をする離せ!」
「インタヴュー動画を撮影するから、ちょいと相手しやがれ」
「――せめて後一時間寝かせてはもらえないだろうか」
 強引に企画者を連れ出す二人を、手を振って見送る紫とリュカ。紫はヒラナが大事そうに持っていた脚本の紙を、折り目を作らないよう丁寧に両手で持ち、内容を今一度再確認していった。
「……リュカ、愛とはどこにあるのでしょう?」
 呟くような声音。勿論、リュカはその声音を耳で確かめ、笑みを浮かべながら言った。
「愛はね、そうだな……やっぱりここにあって、ここに溜まるものなんだよ」
 自分の胸を指した。
「ここに……」
 紫もリュカの真似事をして、自分の指先を見た。
「劇みたいに解りやすくは無いかもしれないけど」
「愛とは難しいものなのですね……」
「お兄さんは勿論せーちゃんのこと愛してるよ!」
 紫の頭に手を置いて、リュカは彼女の頭にキスをした。ロマンチックな二人。ここが星空の下だったら満点だったものの。宮本は静かに、ニコやかに二人の様子を眼に入れていた。
「ありがとうなのです」
 練習、その映像の確認から控室に戻ってくるやすぐに八咫と金華は宣伝の支度を始めた。劇で使用する衣装はそのままだ。
「汚さないようにね? 本番近いから、気を付けてね、八咫ちゃん金華ちゃん」
「もっちろーん!」
 そう、本番は近い。九重の体力訓練も磨きがかかっており、毎日走って肺活量をつけているとリュカは耳にしている。舞台の照明、また歩行がままならず本番ではリュカは客席に座っているが、緊張感は皆と同様に迫っていた。
 

 本番手前――。
 一同は控室に集まりそれぞれ準備を行っていた。
「きゃーオリちゃん格好良いー!!」
 使用人姿のオリヴィエは格好がついており。
「征四郎ちゃんギャンかわ~!!!」
「こういうの、初めてなので緊張するのですよ」
 仮面を頭につけて妖怪という姿を模した服装をした紫も、江戸時代という世界の中に観客を吸い込むだろう。
「ガルー殿……その役は女性では無いでござるが良いでござるか……?」
「ぶっきらぼうなお役人、上等ってもんだ」
 準備が行われている最中、ヒラナが手を叩いて、片腕を天井に向けた。注目の合図だ。
「えっとだな。今日の所は集まってくれて、本当に感謝している。私一人だけでは絶対に成せなかった事だ」
 わざとらしく咳をして一区切り置かれる。
「だから今日は絶対に上手くいかせたいと思う。最後まで気を抜かずに、がんばるぞ! おー!」
「おー!」
 今までの抜かりない準備を台無しにしない、する訳にはいかないと、ヒラナはいつも以上の気合いを見せていた。準備期間、昼寝の数は多かったものの、それでも責任者として最後はしっかり締めるのだ。
「じゃ、俺ちゃん達は先に行ってるぜー」
 白虎丸と虎噛はモギリ役と売店員の役目を行う事になっている。ヒラナは親指を立てて二人を見送った。

 続々と観客が集まっていた。年齢層は幅広い。駅前で訪れやすいという最大のメリットが効果を見せ、家族連れも何人かいた。一人での観客はあまり目立たない。
 白虎丸は見覚えのある人物を見て思わず声を出した。
「ユーリ殿、リディア殿。ビラを見ていたのでござるな」
「お久しぶりです。ユーリと散歩していたら、お爺さんが頑張って配っていたので、気になりまして」
「征四郎にも……行くって、行ったから」
「そうでござるか。面白い劇でござる、今日は楽しんでほしいでござるよ。あ、これ館内注意事項でござる」
 他の観客人に迷惑をかけないため、二人はそそくさと席へと向かった。この二人は白虎丸や紫達と何度か顔を合わせた事があり、特にユーリは知り合い程度で済まされるほど浅い関係ではない。
 白虎丸がモギリ役を頑張っている間、虎噛みは旧の作ったグッズや飲食物の販売を行っていた。
「白虎ちゃんモギリが似合わない……あ、パンフはこっちで売ってるよ~あと簡単なグッズもあるよ~」
 すると、虎噛もまた見知った顔をみかけた。
「お、細川さん!」
「えっと、どうも。前回はお見苦しい所を……」
 細川は脚本家で、知名度はヒラナと比べものにはならない。そんな作家は以前愚神に身体を乗っ取られてエージェントのお世話になった事がある。虎噛もそのエージェントの一人だった。
「元気そうで何よりだな~。ヒラナちゃんの劇を見に来るのは予想外だったけどー」
「愚神に乗っ取られている時、私の意識は仄かながら残っていたんです。その時、ヒラナさんの置かれている状況を知って、昔の自分を思い出して、応援したいな……と……。なんだか偉そうですね、私」
「いやいや~。あ、もうそろそろ始まるから買うならお早目に! 手帳が今旬だよー!」
 しばらくして開演のブザーが鳴り響いた。観客はほとんど席に座っており、白虎丸は手持無沙汰になった。
「始まるでござるな、ついに」
 何十人と集まって、誰もが一生懸命になって作った劇が今ようやく、幕を開けたのだ。


 
 ――。
 ――。

 ――時は江戸。百姓、農民、武士と身分の違いによる差別が当たり前に行われていた。
 その町、武家に暮らす一人の男。名前は陸之助と言う。
「今日は冷え込むな」
 朝の日差しは縁側に座る陸之助を温めようとするも、北風がすぐに冷え込みを思い出させてしまう。冬も眠りに着く頃だというのに、まるで何度振られようとも同じ女に告白を続ける男のようにしつこい。
 朝食後、少しの休憩として座っていた陸之助は十分だと思い立ち上がる。すると、奥から使用人の女、御華が歩いてくるではないか。
「おお、あれは……御華ではないか。ようし、呼んでみよう」
 思わず片手で太陽の日差しを遮った陸之助は、彼女を呼ぶ事に決めたのだ。
「おうい、御華~」
「あら、陸之助」
 御華は早歩きをしながらも、上品さを崩さないよう気を付けて陸之助の元に近寄った。
「ちょっと今日は寒いわね…えぇ寒いのよ、ほら手を握って、はやく」
「う、うむ。お前の手は温かいな」
 この上ないほどに陸之助、北風を浴びても一切寒さを感じていない。それもそのはず、陸之助は幼馴染である御華に恋心を抱いているのだ。
 恋の相手に手と手を混じり合わせている陸之助はしばらくの間固まっていたが、ししおどしの音が体に綻びを届けた。
「もう掃除は終えたのか」
「旦那様も満足いくくらいね」
 周囲をキョロキョロ見渡す御華は、傍に誰もいない事を確かめようとしているのだ。私語を話すのは二人きりの時だけ。今は特別な時、御華もまた、恋心に身を預けていた。
 今では小鳥の声さえ愛おしい。
 と、その時である。慌ただしい足音が屋敷内から聞こえた。鳴いていた小鳥は遠くへと飛び、陸之助と御華の手も離れた。
「何事だろう」
 足音はやみ、陸之助と御華はお互いに顔を合わせた。陸之助は忙しなく左右を見渡した。右を向いた時、その先から使用人の一人が姿を見せた。
「陸之助様、お客人です」
 と、使用人のそのまた後ろから遠慮がちに腰を曲げて姿を見せたのはいい生地の服を着た老人だった。何かに急いでいたのか息を切らし、途中まで歩いた所で床に寝ころぶ。
「ぜえ、ぜえ。突然申し訳ないのお」
「貴方は、確か……」
「商人の獣須じゃ。ぜえ、ぜえ」
 獣須と陸之助はお互いに顔を知っていた。この商人の男は陸之助の父代からの仲である。
 心配そうに胸の位置まで両手を持っていく御華。
「ご病気、ですか?」
「いや違うのじゃ。ぜえ……これには訳があってじゃな……」
 陸之助の聞く所によると、獣須はあらぬ罪を着せられて役人に追われている所を逃げてきたのだという。しばらくの間、家に匿っていてほしいと。
「貴方には父の代から世話になっている、ここで何もしないのは義に反するというものだろう。此処に住まれるがいい」
「ありがたや……」
 獣須は正座で座り、地面に頭をつけてマヌケな姿勢の土下座姿を見せた。


 日にちが経ち、獣須は一人、畳の部屋でこう考えていた。
「お世話になった殿様のご子息様ふくめお屋敷の皆様へ迷惑をかけるなんてとんでもない。近いうち、出ていかなくちゃいけないのう。おお、そうじゃ。恩返しに物を送ろう。何がいいかのう……?」
 腕を組みながら一人、贈り物について思案していた。
 その頃、玄関では……。
「困りますわ、お役人様」
 玄関で、来客の出迎えをしていた御華の先には、いかにも怖い顔をした役人が立っていたのだ。
「この家からあの商人が出入りしたという情報が入ってんだ。つべこべ言わず、中を調べさせろ」
 役人は使用人を強引に手で退けた。丁度そのやりとりを目に入れていた陸之助は慌てふためきながらも急いで商人のいる部屋へと向かったのだ。
 獣須は切羽詰まった顔をして部屋に入ってきた陸之助を見て、驚きながら尋ねた。
「どうかしたのじゃな」
「役人の一人が家の中に入ってきた。このままでは見つかってしまう。急いで逃げねば」
「なんじゃと! む、じゃが……」
 なぜだか商人はすぐに立ち上がろうとせず、手元ばかりを見ていた。
「どうしたのだ。捕まっても良いのか?」
「ううむ……ッ」
 ついに陸之助は獣須の手を引っ張り、強引に立ち上がらせた。
「わわあ」
 すっとぼけた上ずり声を出した獣須。陸之助は外に連れ出すため部屋を出ようと、出口の方へ体を向けた。
「何奴!」
 いつの間にかそこには役人が立っており、行く手を塞いでいた。
「いつからいた」
「強引に、その罪人の手を引っ張ろうとしていた所からだ。陸之助とやら、お前も罪人を匿った罪で投獄だ。物ノ紫、二人をとっ捕まえろ」
 役人の男がそういうと、どこからともなく紫色の髪をして、仮面をつけた妖怪が姿を現して陸之助と獣須を驚かせた。二人が驚いているうちにロープで自由を奪う。
「ご苦労さん。もう逃がさねえ」
 役人に連れていかれようとする二人の男。すると「お待ちください!」と大きな声と共に、使用人の女が見えた。御華だ。
「獣須様は何も悪くありません! あらぬ罪を着せられただけなのです。陸之助様と、獣須様をお放しください!」
「あんたも捕まりたいのか」
「やめろッ! 御華は関係ないだろう、手を出す事は許さん! 大事な家族なんだぞ」
 不利な状況に置かれている最中、青筋を立てて陸之助は吠えた。役人は家族という言葉を聞いて、鼻で笑った。
「だからなんだよ」
 役人はまた御華を退け、商人と陸之助を物ノ紫に運ばせてそそくさと家を出て行ってしまった。御華はただその様子を見る事しかできなかった。それが、あまりに悔しい。
「何で、私はどうすれば良いの……!」
 御華は縁側へと走った。そこはいつも陸之助と話をする場所だ。
 今はいない……。もう今後一生、会う事はないのだろうか。御華は床板に両手を着けて泣き崩れた。

 一度に家の中から二人の人物がいなくなってしまう非常事態。その事態を、陸之助の母、八美が知らないはずがなかった。実の息子が不運にも捕らわれ、普通の親ならば憔悴しきって足もまともに機能をしないだろう。
 八美は違った。彼女は商人がいた部屋へと戻り、部屋の奥にある襖を開けた。中には人間の足くらいの大きさの仏壇が一つあり、それを取り出す。するとおもむろに引き出しを開けた。
「これを使う日が来るなんて、思わなかったけれどね」
 引き出しの中から巻物を取り出したのだ。
「苦難訪れし時、巻物を読め、代々そう伝わってるの」


 毅然とした態度の母に、御華は疑問を隠し切れずにいた。縁側の背景を背に、御華は信じられないといわんばかりの気迫で問い詰めていた。
「一体どうして、そんな平然としていられるのですか?!」
「それは、どういう事かしら」
「陸之助様が、お役人様に捉えられたのですよ!? 帰ってこれるかも分かりませんのに……!」
 そういわれて、母は尚も笑顔を御華に向けた。そして優しく諭す。
「悲しむのは後よ、今は出来る事をしましょう?」
 できる事。
「私にも出来る事を……」
 母の言葉を復唱した。今ここで、自分にもできる事。悲しむのは、精一杯手を尽くした後。まだ何もしないうちから諦めていては、確かに永遠に助けられない。

 陸之助を助けたいという思いから、御華は自分から行動を開始した。彼女は役人の使用人になる事にしたのだ。陸之助と会えなくても我慢しなければならない日々を続け、ようやく役人の所で働く事ができるようになる。
 いつものように掃除をしながら助けの機会を窺っていると、この前どこからともなく現れた紫の髪をした少女と対面した。
「あの男は金のことしか頭にないよ、もう八年も前から」
 第一声を発したのは少女の方だった。
「……それでも、私は陸之助さんを助けたい――いえ、助けます」
「なにがそなたをそこまで駆り立てる?」
「愛です」
 一呼吸を置いて、御華はつづけた。
「私たちは愛し合っているんです。だから……」
 フフン、と鼻を鳴らす少女の妖怪。
「ならば見せてみよ。そなたらが言う愛というものを」
 
 その頃、生活環境すらまともに整っていない、明かりも僅かだけの牢獄。陸之助は脱出の機会をずっと待っていた。だが、一行に訪れないその機会。半ば諦めの気持ちも心の何処かから沸き上がり始める。
「む」
 目の隅に影が見えた気がした陸之助は、垂れ下がっていた顔を上げた。ひどくやつれており、目の下にはクマができている。
 視界も安定しない中、はっきりと声が聞こえた。
「いよぅ」
 焦点が合い始めた時、その声の主は自分と同じ牢獄の中に入ってきているのだと知る。陸之助は驚いて立ち上がった。
「誰だ、このチビは?! どこから入ってきたんだ?」
 チビという情報は至って正しく、人間の子供よりも小さい、座敷童のような者が姿を見せた。
「オレは座敷童だ」
 本当に座敷童だという。
「これは、幻なのだろうか?」
 ついに自分は幻を見るようになってしまったのかと、暗い部屋の中で陸之助は目を強く擦った。何度擦っても座敷童は消えない。
「お前に、お前の想い人が奮起している事を伝えにきた」
「何、御華がか?」
「そうだぜ。だからお前も頑張れ! しけた面してんじゃねーよ」
「……だが、手は尽くした。俺はどうすればいいのだ」
 はあ、と座敷童は呆れる仕草をした。
「祈るんだよ。信じてやるんだよ。最後まで諦めるんじゃねえって事だ」
「最後まで、諦めない……か。――ふ、それもそうだな。まさか、物の怪に教わるとは」
「伝える事伝えし、そんじゃあ俺は帰るぜ」
 勝手に来て、勝手に帰るのだからとんだ気まぐれ屋だ。そんな気まぐれ屋に、陸之助は救われる。折れる寸前であった心の支えが、しっかりと立ち上がるのを感じた。
 ややあ、ところでの話、座敷童は陸之助の所にだけ来ていない。御華の所にも訪れていた。しかし、その座敷童は、陸之助に訪れたのとは別の座敷童であった。
「この、とても怖い顔でも座敷童なのですね……?」
 熱血であった男の座敷童と違って、御華の元に現れた女性の座敷童はただ現れただけで何も告げる事はなかった。

 またまたその頃、商人の家で雇われていた少年の使用人が物ノ紫から御華に関する事情を聞かされていた。役人がいない庭で、こっそりと。
「……その話、本当なのでしょうか」
「うむ。それに、我ではない妖怪も屋敷内をうろついている。おそらく、どこかの家からやってきたのだろう。……召喚されたと見よう。我々を召喚するとなると、多大な力が必要で、あるな。召喚というのも成功する事すら気まぐれだ」
「使用人の想いが届いた?」
「あやつだけの想いとは限らなさそうだがな」
 妖怪はそう言って男使用人の前から離れていった。
「何かしてやれる事はないだろうか」
 箒を動かしながら彼は考える。あっちに行ったりこっちに行ったり、往復を何度か繰り返した後思い出したように「そういえば」と声を出した。そして使用人はそのまま、どこかへ歩いて行った。


 ひっそり、忍び足で、御華は役人の部屋へと訪れた。抜き足、差し足。役人の部屋であるが、今は夜。彼は何処かの呑み屋に出向いているらしい。普段なら部屋には鍵がかかっているが、男の使用人から鍵を借りる事ができたのだ。
「どこかなどこかな」
 そんな事を呟きながら部屋中を探していると、またぞろ人相の悪い座敷童が御華の前を横切る。御華は目を丸くして、右から左へ歩いていく座敷童を見つめていた。
 座敷童が歩いていった先には物ノ紫が立っていた。彼女はとある棚を指さしていて、御華が口を開こうとした途端、ふわりとその場から姿を消す。
 妖怪が指していた棚の中を見る。中には――
「こ、これは……!」
 丁寧に折りたたまれていた紙を開いた御華。彼女は片手にそれを持ちながら、忍び足という言葉を忘れ慌てて屋敷を飛び出した。向かった先は八美の所。走っている途中、服に躓いて御華は転んでしまうも、すぐに立ち直る。
「お母様、お母様! これを見てください!」
 寝室で織物をしていた八美は突然の来訪に驚く事もなく差し出された紙を受け取る。
「そういう事だったのね。役人は別の商人から賄賂を受け取っていて、その罪を獣須様に被せた。そうする事で、本物の罪人である商人は逃れ、あわよくば権益を得る」
 今まで毅然とした表情を保っていた八美も、今回ばかりは顔をしかめた。
「瓦版で、民衆に伝えましょう。許す訳にはいかないから」
 スポットライトが御華に当たり、彼女は組んだ手を胸の位置まで上げた。
「待っててね、陸之助……!」

 翌々日、すぐにその許されざる事は瓦版で民衆に伝えられる。陸之助と仲の良かった町娘は集まった民衆を前に大声をこう言った。
「皆の者! 悪しき役人を許してはならぬー!」

 ――町娘役のキュキィが、観客席に向かって言う。観客は今は民衆となっているのだ。

「ならぬー!」
 民衆はそう返す。
「陸之助殿を救いたいかー!」
「おー!」
「声が小さいぞ? 陸之助殿を救いたいかー!」
「……おーーーッ! でござる」
「それならば向かうぞ、いざ陸之助殿の元へ!」
 町娘は駆け足で役人の住む屋敷へと向かった。


 助かる見込みのない牢獄。しかし座敷童の言葉を信じて、陸之助は希望を持ち続けた。愛の力というものを信じたのだ。
 コツ、コツ……。石段を踏む足音が聞こえた。
「陸之助」
 聞こえてきたのは役人の声だ。普段、役人は牢獄に顔を出す事はない。普段とは違った事が起きたという事だ。陸之助は次に続く言葉を待った。
 しかし、言葉は続かなかった。ただ錆びれた音が聞こえただけだ。その音は牢屋の扉が開かれる音に似ていた――いや、本当に牢屋が開いたのだ。
「な、なぜ?」
 最初に来てから、食事を与えられる以外に一切開いた事のない扉。今は食事の時間ではない事は、陸之助の腹時計が知っている。
「さあな、知らねーよ」
 不貞腐れた顔をした役人の隣を陸之助は走り抜けた。ぼろぼろの靴を脱ぎ捨て、裸足で。役人の男は走り去る彼の背中を見た。
「……この世に確かなものなんて、財以外にはありえねぇじゃねえか」
 その言葉は牢屋の中にただただ残るだけであった。
 太陽の光を浴びた陸之助。向かう先はただ一つ、家であった。走って走って、走り続けて……。汗を拭い、震える足を奮い立たせ、疲れながらも。
 家の中には多くの人がいた。いや、妖怪か。母、二人の座敷童、妖怪、男の使用人、商人、そして御華。
 恋人を見て足を止める陸之助。ぜえ、ぜえと荒い息を整える。
「ただいま」
 何日ぶりの陸之助の声を聞いた御華は涙が溢れだし、思い切り抱き着いた。
「もう、勝手にどっか行かないで……」
「うむ、約束しよう」
 その横から、母も彼を囲んだ。
「悲しむのは後で良いけど、嬉しいものは嬉しいのよー!」
 二人が陸之助から離れるのを見た獣須は、彼の手にミサンガを乗せた。
「恩返しじゃ。末永く、お幸せにな。わしもまだまだ頑張るのじゃからな」
 
 ――。
 ――。

 不運なお騒がせ商人と武家の男はこうして救われたのです。女性を助ける男性が、反対に女性に助けられる。このお話は江戸時代の中で最も珍事件であると記録される事でしょう。

 物ノ紫が前を向いて口ずさむ。
「寒い日もあった――」
 使用人の男が詩を続ける。
「わかり合えない時も――」
 すると、ゆったりとした曲調の音楽が流れ始めて、物語の出演者が全員登場する。

 寒い日もあった わかり合えない時も
 ひざを抱え込んで泣いた夜
 それでも雪が解け春が来て
 桜が舞う道を

 あなたと手をつないで
 歩いていけたらいいな
 みんなで手をつないで
 歩いていけたらいいな


 鳴り響く拍手の音。子供も大人も、誰もが力強く拍手をしていた。幕が閉じても、明かりが消えても終わる事のない音。
 ヒラナは泣いていた。みっともなく子供のように泣くのではなく、大粒の雫を静かに落とす。彼女の様子に気づいたリュカは、頭の上に手を置いた。大きな手に甘えるように、ヒラナはリュカの肩に顔を埋めた。
「頑張ったね」
 拍手の音に掻き消される事なく、その言葉はヒラナの耳に届き、彼女は小さく頷いた。

 劇が終わり、全員は一度控室に集まった。ヒラナが中心に居て、最後に言葉を言うつもりだ。ところが彼女は言葉を考えていなかったようで、すぐに喋りださない。
「今日は、お疲れ様だ」
 その場凌ぎか、ヒラナはそれだけ言うと再び黙った。次に口を開くまでには少し時間をかけた。
「私はこの世界にきて、これほど嬉しいと思った事はない。だから、どう言葉にしたらいいのか分からないが……」
 ここ数日の間は忙しさに溢れていた。休まる暇は一時もなく、全ての仕事をヒラナは見て回っていた。過去、この世界での仕打ちが突然フラッシュバックして、劇自体の成功もありえないのではと考えた事もある。
「ありがとうと皆に伝えたい」
 言葉にした途端、不意にヒラナは頬を紅色に染め、今の言葉を上書きするように早口で話し始めた。
「では後は掃除だ! 立つ鳥跡を濁さず! 立つ鳥跡を濁さずの精神で、頑張るぞ。いくぞー!」
「あーそうそう」
 旧がヒラナの肩を叩いて動きを止めさせた。
「なんだ」
「演劇関係者が話があるつってお前を読んでたぞ。ま、折角だから話聞いとくくらいはすりゃいいんじゃねェか」
「む、そうか。なら話をしてこよう。あ、皆! まずはこの部屋の掃除から任せるぞー!」
「ヤタに任せてー! 白虎丸君、箒あーげる」
 掃除の邪魔をしないようヒラナは部屋を出る。扉を開けて出る前に、掃除をするエージェントの皆に目を合わせた。
「わしもこれでモテモテじゃ~」
「旦那様、手が止まっております」
 この劇は一期一会だ。もうこの先、このメンバーで集まる事は偶然でも起きない限りないだろう。そう思うとヒラナは、どこか感傷的な気分になるのだった。
 紫と目が合い、ヒラナは微笑む。
「どうかしたのです?」
「いや、なんでもない。それじゃあ言ってくる」
「頑張ってなのです」
 扉の外に出ても控室の中の愉快な音は聞こえてくるものだ。
「あちしが転んだのはあれ、演技じゃないのにゃ……。慣れない服を着てたから躓いちゃったのにゃ……」
「猫耳が見えそうになっていたでござる」
 ヒラナは扉の向こうにいるエージェントに向かってもう一度「ありがとう」と言った。一度目は集まってくれて、ありがとう。二度目はよくわからないけど、ありがとう。
 感謝に理由なんていらない。ありがとうと思ったから、ヒラナはありがとうと言ったのだ。
 旧の言っていた演劇関係者は舞台裏でヒラナが出てくるのを待っており、彼女を見た途端自ら名乗りをあげた。
「私、●●劇団から来た者です」
「ふむ。私に話があると聞いている」
「はい。今日の劇、本当に素晴らしい物でした。そこで、もしよろしければ私の劇団の方で、ヒラナ様の脚本を使わさせていただきたいと思いまして」
「何、それは本当か! ふふふ、構わんぞ。最高の脚本を描いてやろう! ふっふふふ、はっはっはっ! 待っているといい!」
 ヒラナの高笑いはどこまでも高く昇っていった。彼女が主役の演劇はどうやら、たった今幕を開けたようだった。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • 無名の脚本家
    九重 陸aa0422

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • ゆるキャラ白虎ちゃん
    白虎丸aa0123hero001
    英雄|45才|男性|バト
  • 無名の脚本家
    九重 陸aa0422
    機械|15才|男性|回避
  • 穏やかな日の小夜曲
    オペラaa0422hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • 堕落せし者
    旧 式aa0545
    人間|24才|男性|防御
  • エージェント
    ドナ・ドナaa0545hero001
    英雄|22才|女性|ブレ
  • エージェント
    獣臓aa1696
    人間|86才|男性|回避
  • エージェント
    キュキィaa1696hero001
    英雄|13才|?|シャド
  • 木漏れ日落ちる潺のひととき
    八咫aa3184
    獣人|12才|女性|回避
  • あと少しだけ寝かせてくれ
    金華aa3184hero001
    英雄|16才|女性|シャド
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