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最終発言2016/03/13 16:24:33 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/03/11 01:27:07
オープニング
●停戦の申し入れ
霍凛雪(az0049)は、そのメールを見つめていた。
先日、古龍幇でも重鎮とされている小泉孝蔵より、H.O.P.E.へ手紙という形で接触があったという。
その手紙には生駒山の虚空に生じた『滅びの腕』への言及があり、古龍幇は世界全体に対する危機感の共有、場合によっては一種の武装中立的な停戦も視野に入れるとしたためられていたとか。
所謂、手打ちの提案だ。
手紙を受け取ったH.O.P.E.会長ジャスティン・バートレット(az0005)はその内容を吟味、また、彼と接触したエージェント全員からの報告書も見た上でそれを信頼するに値すると判断した。
彼女が今見つめているメールは、そのジャスティンから手紙の内容報告と共に香港での停戦交渉の提案が記されている。
多くのエージェントがそう思っているように、不要な戦いが回避され、不要な血が流れないのであるなら、それに越したことはない。
「いかがいたしましょうか」
湖残(az0049hero001)が、凛雪の傍に紅茶のカップを置いた。
凛雪はその魅力を最大限に引き出された紅茶を一口楽しみ、それから笑んだ。
「了承、という所かしら」
「罠の可能性は?」
湖残は、その懸念事項を口にする。
「ゼロと見ているわ。彼らにメリットがない」
凛雪は、小泉孝蔵という名の威力を知っている。
古龍幇の重鎮を使って、自分を騙まし討ちにしても得られるものが少な過ぎるのだ。
「ですが、納得している者が全てではないでしょう」
「その権威を甘く見ている者がいると?」
凛雪が湖残を見上げる。
古龍幇は確かに一枚岩ではない。だが、総体は巨大だ。穏健派である重鎮が動いているとは言え、巨大な組織になればなる程末端までその思想や指示が行き渡り難いもの。
彼女が主張したいことが凛雪も解らない訳ではない。
だが、好機でもあるのだ。
「停戦交渉の場に前線に出るエージェントも同席させましょうか」
先方とてたった1人で赴いては来ないだろう。
寧ろ、前線に出るエージェントの方が今後の為にはいいかもしれない。
ヴィランズが単純な組織ではないことを本物を見て感じ取ることもエージェントとして重要なことだ。
彼らを見分ける力が今後を左右することもあるだろう。
こうして、凛雪への護衛名目で前線に立つエージェントが選抜され、停戦交渉の場へ赴くこととなった。
●闇に嗤う
メールが1通、受信された。
開封してみれば、欲しかった情報がある。
好機だ。
歪んだ笑みが闇に浮かび上がる。
香港九龍支部長も。
邪魔な古き龍も。
纏めて殺し、愉しむか。
嗤い声が闇に響き、動き始める。
●その『時』
古龍幇の重鎮小泉孝蔵との会談場所は香港にある高級ホテルの庭園を貸し切って行われることとなった。
凛雪の護衛であるエージェントは湖残と共に後方に控え、同じように後方に控えるヴィランを見る。
小泉孝蔵その人を護り抜く意志が感じられる彼らは自分達が不審な動きをしたらすぐさま護る為に攻撃してくるだろう。
だが、今は指示があるからか、こちらを伺うように見るだけで何もして来ない。
「香港九龍支部長にご足労いただいてすまないね。こちらの提案に耳を傾ける姿勢に感謝しよう」
「感謝に及びませんわ」
凛雪は、柔らかな微笑を返す。
微笑の下では小泉孝蔵の人となりを確かめるべく観察眼を働かせていたが、中々どうして、相手も腹の内をまだ見せない。
相手も同じ思いでいるだろうが──
両者、まずは握手をと手を差し出そうとした、その瞬間、銃弾が両者に降り注がれた。
「お下がりください!」
湖残が凛雪の腕を掴んで引き寄せる。
対の位置ではヴィランが動き出していた。
「支部長自ら囮だとはな!」
「裏切りやがって……!」
位置的に凛雪は無傷だったが、孝蔵は腕を負傷していたらしい。
が、配下のヴィランがすぐさまケアレイで彼の傷を癒す。
「今はそのような場合かね?」
静かだが無視出来得ない響きを持った、重厚感ある声音だ。
支配者の言葉のような、特別な能力を行使してのものではない。
だが、目の前のエージェントへ攻撃せんとするヴィランは、その一言で動きを停めた。
その間にも銃弾は絶え間なく降り注いでくる。
今は両者、自らの護衛対象を護ることを優先しなくてはならない。
「情報が漏れたのでしょうが……」
湖残がそう言って、銃弾の向こうを見つめる。
「今は誰が漏洩したかを考察するより、退いた方がいいでしょう。場所が悪過ぎます」
会談の場所は双方腹を割って話す為に身を隠す場所があまりに乏しい。
囲まれている可能性も考えれば、護衛対象を護りつつ、撤退すべき所だ。
「機を改めねばならんね」
「ええ」
両者見解は一致。
孝蔵はまだ燻っている彼の部下へその眼光と言葉で退けると、彼自身も部下と共に離脱を図る。
彼らに構っている暇はない。
刺激を最小限にする意味で凛雪は敢えてAGWを持って来ておらず、彼女を護りながら退かなければならないのだ。
恐らく、包囲網を敷かれている。
それらを排除し──包囲網を突破せよ。
解説
●目的
・庭園からの一刻も早い離脱
※過程において戦闘は発生することもありますが、包囲網突破が優先となります。
逮捕が基本方針のヴィランも、やむを得ない状況での被疑者死亡もありえるケースでもありますが、優先順位はお間違えなく。
●周辺情報
・高級ホテル内にある庭園
会談場所は遮蔽物のない場所。初春の花が綻び、木々がぐるりと取り囲んでいる為、敵が潜伏する場所には困らない。
広さはかなりあるので、この庭園からの離脱が絶対条件となります。
庭園を出ると、撤退時点で湖残が行った救援申請を受けたエージェントが多数駆けつける為、敵は撤退していきます。
●包囲網(PCは撤退開始時点でこれら情報を知りません)
・各所にジャックポット、ソフィスビショップによる遠距離攻撃の伏兵がいます。
・シャドウルーカーの鷹の目によるリアルタイム偵察があるが、情報が筒抜けであるかのような効果的な配置がされてある。愉しんでる?
・一定間隔に待機しているブレイブナイトのライヴスショット、ドレッドノートの怒涛乱舞が発生。
・上記よりも疎らの間隔でバトルメディックがセーフティガスを狙ってきます。
●NPC情報
・霍凛雪、湖残
共鳴はしますが、AGWを有していない為戦闘能力はありません。
また湖残がシャドウルーカーであることより、遠距離戦闘にそこまで適性がある訳ではないので、撤退に専念させましょう。
・小泉孝蔵
ヴィランの部下と別方向より撤退します。
部下が応援を呼んだようなので、今日の所は無事に撤退出来るでしょう。
リプレイ内での描写はほぼありません。
●注意・補足事項
・庭園の広さよりホテル内部には被害は出ません。一般人被害については考慮せず、撤退することを考えてください。
・この襲撃において、愚神・従魔の登場はありません。規模は不明ですが、敵はヴィランのみとなります。
・支部長護衛に加え、護衛しつつの包囲網突破である為報酬が通常より高いものとなります。
リプレイ
●互いの幸運を
一斉の遠距離攻撃に対し、護衛として来ていたエージェント、ヴィラン両者の反応は早かった。
同時に護衛対象である霍凛雪(az0049)と小泉孝蔵の動きも。
「お待ちください!」
離脱の算段が付けられたと同時に、CERISIER 白花(aa1660)が、彼を呼び止めた。
初対面での別れ際、占い師としての名刺を手渡していた白花の声に孝蔵が反応し振り返り──ヴィランの警戒を承知で駆けてきた白花に気づく。
「どうかしたかね。君は君のすべきことが──」
「これを」
白花が手渡したのは、100面ダイスだ。
「ダイスは、運命を切り開く幸運のお守りという説もございますの。占い師が今までお守り替わりにもっていたダイスです。どうぞお持ちください」
不審でしたら、と言葉を続けるよりも早く、ヴィラン達を目線だけで黙らせた孝蔵は懐にあったそれを差し出した。
龍の根付だ。材質は、銀だろうか? 精巧な造りをしている。
「これは私しか持ち得ないものだ。『朋』たる君達に今は預けよう。この場が謀略ではない何よりもの証として」
では、また会おう。
遠距離攻撃が降り注ぐ中、パナマ帽を取って会釈した孝蔵はヴィランに守られるように別方向から離脱を目指す。
白花もすべきことの為孝蔵に別れを告げプルミエ クルール(aa1660hero001)の元へ駆けた。
「白花様、わたくし達も離脱しますの」
「今は生き延びることを考えましょう」
プルミエに頷き、白花も共鳴。
占い師である彼女は、この先の未来をどう占うだろうか。
●駆け抜けろ
「会談を邪魔しに来たのは誰なんでしょう……」
(『考えるのは後、来ますよ』)
零月 蕾菜(aa0058)を窘めたのは、共鳴した英雄の十三月 風架(aa0058hero001)だ。
白花以外のエージェントは孝蔵との会話中に共鳴を済ませており、白花の合流で離脱することになっていた。
「包囲・待ち伏せがあるじゃろうが正面突破で脱出する。凛雪支部長を囮にして敵攻撃を集め、無関係な者の被害は出させぬぞ」
「ホテルを通過せず、外部へ向かいましょう」
カグヤ・アトラクア(aa0535)へ応じたのは、辺是 落児(aa0281)より主導権を渡されている構築の魔女(aa0281hero001)。
極秘会談であるとは言え、両者立場がある者達だ。
その為に庭園を借り切っていたのだから、そこから情報が漏れる可能性はある。
漏れた場合、この手打ちを快く思わない者からの横槍は十分ありうるだろう。
このことより、エージェントの多くが庭園の地図だけでなく、実際の地形や道順などを可能な限り確認、頭の中に叩き込んでいた。
「残が救援申請を出しています。駐車場への離脱が良いでしょう。有事の際も対応がし易いかと」
「ルート的にもそうだろうな。相手も読んでいるだろうが」
「正義の味方じゃ、困難こそ乗り越えるじゃろう?」
「ええ」
凛雪が共鳴直前に湖残(az0049hero001)が手配を出した旨とともに駐車場への離脱を提言する。
それに反応したのは、ナハト・ロストハート(aa0473hero001)と共鳴するヴィント・ロストハート(aa0473)だ。
(『駐車場方面は見せない為の造りをしてたね』)
(潜伏場所には困らないだろうな)
ナハトへ短く応じるヴィント。
彼は各種ルートだけでなく、自らの生業を活かし自分であれば襲撃し易い場所はどこかを考慮した上で下見を行っていた。
相手も予想して駐車場方面へ手を向けているだろうが、駐車場方面は外部から内部が見えないよう、彼なら襲撃に向いていると判断出来る場所が多かったのだ。
けれど、カグヤに凛雪は迷いなく答え、カグヤはそれでこそ老獪なロリババアと笑む。
(『名乗りが素直過ぎて恥ずかしかった。止めてよね』)
内のクー・ナンナ(aa0535hero001)は凛雪へ護衛として一命を賭す為に自らの顔と名を覚えるよう売り込んだ時を思い返し、呆れているようだ。
(腹芸なんて見透かされるから、本音で行動した方が早いのじゃ。じゃ、悲しき運命<サダメ>は迎えさせない為に励むかの)
(『ボクの古傷抉らないでくれる!?』)
(微笑ましい緊張の解し方じゃ)
絶対違うとクーは思ったが、もう状況は動き出している。
「すっかり包囲されてますね……。ここまで気づかないとは、狙撃手失格です」
駐車場へ向かうルートの内、太陽光による進行遅滞がないよう発言した卸 蘿蔔(aa0405)は、突破するどの方向にもジャックポットがいることに気づいていた。
伏兵が少ないルートはどこか──隠れる場所が多い場合、代償に射線が遮られ易いだろう。
構築の魔女の言葉もあり、蘿蔔は視線を巡らせる。
(急がないと……)
(『焦るな。判断が狂うぞ』)
蘿蔔へ殊更冷静さを促したのは、彼女の英雄レオンハルト(aa0405hero001)だ。
共鳴時、蘿蔔は安心からか普段より落ち着いた言動を取るが、護衛対象がいるこの状況は特殊だ。
(『落ち着き、迅速に。判断の狂いは遅滞を生む。遅くなればなる程不利になるぞ』)
「急がば回れ、ですね。思ったより敵の動きがきちんとしてますし。割と早い段階で漏れたのかな。指揮官みたいなのも、いるのでしょうか……」
(『上からもばっちり監視されてるな。話も出てたが罠に嵌らないようよう気をつけて、な』)
恐らく、敵にシャドウルーカーが複数出ている。
鷹の目で生み出されたであろう鷹が何羽も舞っているのが見えた。
「上空でないもの、定点観測を行っていると判断するものを優先的に排除します」
凛雪への射線を意識した配置で走る構築の魔女が言い、そうであろう鷹を撃つと鷹は消滅する。
「休戦交渉。情勢的に面白くないと思うのがやっぱりいたね」
(『彼らではなかったようですが。情報がどこから漏れたのでしょうね』)
カグヤと対になる形で走る天城 稜(aa0314)は、リリア フォーゲル(aa0314hero001)の疑問に小さく笑みつつ、凛雪への攻撃をライオットシールドで完全に潰す。
スナイパーゴーグルのレンズの倍率を上げた稜は敵の位置を告げつつ、リリアへこう語った。
(第三勢力……マガツヒの陰がちらちらしている任務もあるみたいだからね。だから、こちらも護衛として来たのだしね)
(『そうでしたね。……油断ないように行きましょう』)
「敵、9時方向、木の上に敵ジャックポット!」
稜が捕捉した相手へ蘿蔔のファストショットが撃ち抜き、木から落ちる。
蘿蔔は同時に俺氏(aa3414hero001)と共鳴している鹿島 和馬(aa3414)を見た。
「どうです?」
「当たり」
和馬が端的に答えると、蘿蔔がすぐさま先導のヴィントへ退路の進行方向変更を告げる。
(これなら、何とかなんだろ)
(『違うな、和馬氏。何とかする、だろ』)
和馬は俺氏の言葉で気づかず弱気になっていた自分に気づく。
が、古龍幇の大物とヴィランズを見物して何事もなく帰るつもりだったのが出来ず、護衛対象と共に撤退戦と難易度高い振りをされたのだから、かーちゃんに叩き出されるまで比類なき才能を見せていたとは言え自宅限定であった警備員(?)の和馬、精神的なものはまだ追いついていない部分もあるのだろう。
(『和馬氏はまだまだだね』)
「へいへい。……が、卸の言った通りだったな」
和馬は蘿蔔から鷹の目の偵察をするならばと彼女が推測した範囲へ絞って鷹を向かわせた。
鷹の目の効果時間を考えれば、彼女の憂慮からの目星をつけた操作が有力であるのは言うまでもない。
蘿蔔の目星──それは、進行ルートにわざと穴を作っているのではないかということ。
最短ルートを警戒することは読んでいるだろう、だが、包囲網に穴を作って、隙と勘違いさせて誘導されたら?
蘿蔔はそれを最も警戒し──結論から言えば、当てたのである。
庭園の広さを考慮した蘿蔔の言葉で目星をつけることで配置、包囲網の厚薄を読み、全員へ伝えられていく。
●厚きこそ薄き
ヴィントは蘿蔔の言葉を受け、殊更伏兵が集まっている方へ進路を変更させる。
和馬が短時間で得た情報には、ジャックポット、ソフィスビショップがやや薄い、言わば包囲の穴の先に近接攻撃系のヴィランが多数いるとあった。
(『この先にもいるだろうけど、数は少ない方がいいよね』)
「そうだ。俺達は構成や戦力を正確に知っている訳じゃない。守るべき誓いなんか発動された日には俺達の足が止まる」
ナハトに応じたヴィントは警戒すべきことは多いと告げ、待ち構えていた近接攻撃系を目に捉えた。
「このホテルのアフタヌーンティーのペストリーは美味かったらしいんだがな」
花見がてらひとつ位いただけそうであると思ったのになぁ、とわざと暢気な声を出す。
ただし、その顔はその暢気な声と全く一致していない。
(『ヴィント、主目的は護衛だからね』)
「解ってるさ。が、理解はして貰わないとな。誰に刃を向けたのか」
それが、何を意味するか。
白花のフラッシュバンが前方の彼らに向けて放たれる。
閃光が輝き、近接攻撃系のヴィラン達が虚を衝かれたと同時に後方からもヴィランが飛び出してきた。
「予想していました」
構築の魔女のフラッシュバンが彼らに向けられると、こちらも虚を衝かれたヴィラン達へ和馬のハウンドドッグが牙を剥く。
(『和馬氏、動けないようにすればいいよ。まぁ、この分だとバトルメディックいるだろうけど』)
「回復されないか?」
(『だろうねー。嵌めに来たんだし。嵌め技は良くない。ヘイト溜まるね』)
何か違う意味にも取れる気がするが、和馬はどっちの意味でもそうなので特にツッコミしなかった。
今は当たらなくてもいいので、彼らの足を止める為に撃つ。
それでも突出するならば──
「守り手の意地、見せましょうか」
蕾菜の呟きと共に放たれたのは呪われた闇。
力ある闇を受けたヴィランはその場に崩れ落ち、動かない。
死んだ、というより、気絶だろう。
その間に構築の魔女が茂みに向かって速射、稜が捕捉していたジャックポットらしきヴィランを撃った。
「本来はヘッドショット狙いですが……相手が死を恐れていない様子なら、武器を扱う力を奪った方が効率的ですね」
先程から頭部や胸部を狙って撃っているが、相手は死を恐れていない。
脱出の効率を上げるなら、肩を撃ち抜いて支障を出した方がいい。
(『ローー……』)
落児がその意見に理解を示す中、間合いを詰めたヴィントによる猛攻が始まった。
優先事項は頭に入っている。
襲撃者を排除し、突破口を開くこと。
戦力完全奪取、彼らに反撃をさせない。反撃すればそれだけ凛雪へ攻撃される確率が上がる。
現状、稜、カグヤが両側面につき、守りきり、更に後方を蕾菜、構築の魔女、和馬が射線に入ることで射手へプレッシャーを与えている。
(だが、それで完全とは言わない)
ヴィントは護衛する全員が認識していることを心の中で呟き、間合いを詰める際の挙動でブレイブナイトと当たりをつけたヴィランへ疾風怒濤。
襲撃者の生死を考えていられるような状況ではないと遠慮しない攻撃は、ヴィランを地に転がす。
一旦突出する形を取ったヴィントへ攻撃が集中するが、ここで白花の威嚇射撃が入った。
即座にヴィントは体勢を低くし、自分を攻撃したヴィランの足、正確に言えばアキレス腱を狙う。
本当に斬るというより、飛び退かせる目的だ。
一旦間合いを取るようにヴィランが飛び退く──普通ならばここで範囲攻撃だろう。
だが、それはなされなかった。
ヴィントの両側面で上がったのは、悲鳴だ。
蘿蔔が弾の角度から射手の位置を逆算し、ファストショットで攻撃したのに続き、稜よりソフィスビショップらしきヴィランが複数いることを受けて前に出た蕾菜によるブルームフレアが齎された為である。
「知ってるか? 3方向からの包囲も包囲網が完成する前に向かえば──個はそうでもない」
嘲笑うヴィントは自身の手前にいるヴィランへ踏み込むようにして斬りつけた。
わざと恐怖を与えるように言うのは、近接攻撃を行うヴィランだけでなく、遠距離攻撃を行うヴィランへの牽制。
まず自分を排除しなければ凛雪への攻撃は無理だと知らしめることである。
「数が多いですね」
「こちらの計画を知り、綿密に動いたという所でしょうね」
稜が和馬の負傷状況よりケアレイを発動、彼の傷を治癒すると、凛雪は眼鏡の奥の残と同じ色の瞳を細めた。
カグヤは眉を顰める。
この口振りでは、襲撃を誘導している訳ではない?
(庭園の貸切、地形面を考慮すれば別働の者が捕縛、追跡より内通者または膿が見つけられるから、事前協議で誘導じゃろうと思ったんじゃが)
慧眼ある権力者だと思ったが違った?
カグヤがそう思う前に凛雪が口元に笑みを浮かべた。
「蟲の置き土産と思うことにしますわ」
なるほど、凛雪は目星をつけている。
そして──動いてもいる。
が、その蟲も駆除されるのを待っていなかったということか。
「なるほどの」
水面下に飛び交う智謀を垣間見たカグヤは、諸々理解した。
これは売り込み甲斐がありそうだ。
「危ない、凛雪さん! こちらへ!」
稜が頭上からジャックポットが狙っていることに気づき、凛雪を引き寄せる。
カグヤも見上げると、頭上に結構な数のジャックポットが構えていた。
地上にもソフィスビショップが到着しており、鷹の目によるリアルタイム情報で戦力を集中させてきていることに気づく。
(シャドウルーカーをかなり投入してきておるようじゃの)
(『偵察専念の分ここにはいないみたいだけどね』)
カグヤの呟きにクーが応じるも、少し分が悪い。
後方からの挟撃により、構築の魔女がエネルギーバー、和馬がチョコレートを食べて迎撃しているが、前方、ヴィントが自身へ攻撃集中するよう仕向けた為逆に好機と蕾菜が白花と援護に回っている為、側面がやや甘い。
「これ、どうぞ、です……!」
蘿蔔がソフィスビショップ達に向け、素早く何かを投げた。
直後、鋭い音が鳴り響く。
戦闘という緊張状態で予想外の音にソフィスビショップが浮き足立った。
「音か」
カグヤが蘿蔔が何をしたか理解し、にやりと笑う。
蘿蔔は護衛に際し、スマートフォンを2台持ち込んできていた。
構築の魔女の提案で護衛する自分達の戦力を共有して把握していたが、その際、蘿蔔は虚を衝く手段として提示していたのだ。
人は、予想外の音に弱い。
スマートフォンのタイマー機能を使い、素早く投げつけて彼らがそうと認識するよりも早くスマートフォンが大音量で鳴るようにセットしていた。
大音量であった為に当事者達以外のヴィランも思わず音の方向を探ろうとした為、この上ない好機となる。
「優秀ではあるな」
ヴィントは彼らが無能であればそれを大したことと思わない為ここまで有効ではないだろうと気づいている。
「今ならオーダーは聞けそうだ」
ヴィントは斬られてよろめくヴィランの頭を掴み、その顔面に膝蹴りを叩き込んだ。
ダメージを与える為にしている訳ではなく、次の挙動の為である。
膝蹴りを喰らったヴィランの背を押すと、ヴィランは無様に倒れ込んだ。
「助かりますわ」
穏やかな笑みを浮かべた白花がそこにいる。
彼女の手には睡眠薬とミネラルウォター。
これも、万が一に備えて持ってきたものだ。
「眠らないとお話を伺えないと思いますので」
白花はヴィランへ強引に飲ませる。
抗えずに昏倒したヴィランは重要な参考人だ。
「で、懸念事項はどうだ?」
「今の所は。油断出来ませんけれど」
突破開始の際、ヴィントは白花よりある可能性を聞いていた。
被疑者死亡もありえるからこそ、白花は恐れていたのだ。
そう、エージェント達の迎撃によりヴィランが死ぬ様を録画されること。
編集さえすれば正当防衛も虐殺になる。
それが動画サイトなどに出回ったら──堪ったものじゃない。
●突破
一帯を黙らせたエージェント達は尚も走る。
(『まだ半分といった所でしょうか』)
「なまじ広いと面倒だね。──蕾菜さん、ケアレイします!」
リリアへ溜息混じりに応じた稜が蕾菜へケアレイでその傷を癒す。
数に物を言わせた攻撃である為、回復手段の減りが速い。
(『今のブレイブナイト、優先的に。ライヴスショット連打は被害が大きくなる』)
「セーフティガスなんて来られたら困りますからね……」
レオンハルトがヴィントへ命中したそれを見逃さず言うと、蘿蔔は呟き、ノースコンポジットボウを構えた。
その矢はブレイブナイトに一直線に向かおうとし──その途中で消える。
攻撃に気づいたブレイブナイトがそれに目を剥いた時にはその矢はブレイブナイトの死角より太腿を貫いていた。
「ヴィラン……人が相手ですが」
思うことがない訳ではないが、今はそう言ってられない。
太腿に矢が縫い止められ、悲鳴を上げるブレイブナイトへヴィントが烈風波で追撃、崩れ落ちたのを白花が先程と同様の手口で眠らせ、確保する。
(『安全に確保を考えるなら、ここまででよろしいかと思いますの』)
(情報は多い方がいいですが、欲張っては全てが無に帰しますね。ありがとう、プルミエ クルール)
プルミエの進言を受けた白花が凛雪と同じ位置まで下がってきた。
「助かりますわ。彼らを狙われないよう注意を。諸々の確認は後に」
「そうですね。証拠を奪われる訳には参りません」
凛雪に白花が笑む。
蕾菜中心に手打ちを快く思わないもの……昨今の状況を考えればマガツヒもその選択肢に入れるべきと声が上がっていたのだ。
殺害されずとも自害を選ぶ可能性高い彼らをまず眠らせ、情報を吐かせるにしてもソフィスビショップの支配者の言葉を使わせた方がいいだろう。
(『ーー……』)
「早速狙われていらっしゃいますね」
落児と構築の魔女が気づき、射線に自身を入れながら威嚇射撃。
彼女を排除しなければ殺害が難しいと判断したヴィラン達の攻撃が一斉に向けられる。
「季節外れのメリクリ!」
和馬が稜から素早くサンタ捕獲用ネットを受け取って投擲、攻撃の一部を押さえると、構築の魔女が頭部を撃って黙らせ、和馬自身もハウンドドッグで構築の魔女の援護に入る。
(『よほど情報を漏らしたくないんだね。攻撃対象が変わってる……ロリババアの時代は終わったようだよ、和馬氏』)
俺氏が気づいたことを和馬に齎すと、確かに狙いが白花、ではなく、彼女が両脇に抱えるヴィランへ切り替わっている。
和馬の視線で凛雪も気づいたのだろう、稜へ白花の護衛を指示した。
同時に白花へリジェネーションを、と。
「凛雪さんが危険なことに変わりありませんからね」
稜は凛雪へもリジェネーションをし、白花の近くに位置変更。
「大丈夫じゃ。わらわのケアレインは温存しておる」
カグヤはそう笑むと、治癒の光を構築の魔女へ飛ばす。
これが最後のケアレイだ。
稜のケアレイも既に終了しており、残りはカグヤのケアレイと稜が持つチョコレートが生命線である。
「1枚は事前にヴィントさんへ渡してますが、まだ庭園から出てないですからね」
稜が言った瞬間、バトルメディックに気づいた蘿蔔がテレポートショットで無力化している隙にソフィスビショップのブルームフレアが放たれた。
「相殺はいいのじゃ、わらわが癒す。あれも狙っておるぞ!」
(『ここは追撃を防ぎましょう』)
「では──遠慮なく」
風架の助言も聞いた蕾菜がカグヤに応じ、ソフィスビショップとジャックポット、ではなさそうな……ブレイブナイトと推測されるヴィランへ向けてゴーストウィンドを放った。
不浄の風が襲っている間にカグヤがケアレイン、その間もケアレインの範囲外で攻撃を食い止める構築の魔女へ稜が持っていたチョコレートが彼女の手へ渡り、全快でなくとも傷を癒している。
「下がった方がいいんじゃ」
「先程、約束したので……少し踏ん張ります」
和馬が声を掛けると、構築の魔女は微笑んだ。
凛雪へヴァシロピタでティータイムすると約束したそうで、その為には最も効率いい方法で切り抜けたい。
(『和馬氏、お茶会参加には覚悟いるよ』)
「なら、最後まで力貸せよ」
(『りょ』)
和馬はやる時はやる鹿(自称疑惑)と言葉を交わし、自宅ではなくとも守りの力を発揮すべく、ハウンドドッグの引き金を引き続ける。
一方、前方。
ヴィントは白花の援護を失っていたが、稜から貰っていたチョコレートで傷を癒しつつ、排除及び戦力として機能させないこと優先で攻撃し続けていた。
後半に入っているが、伏兵の位置が良い。
範囲攻撃も優先しており、ブレイブナイトのライヴスショットが面倒だ。
「ドレッドノートとバトルメディックはこちらで受け持つ。他を押さえてくれ」
「了解、です……」
共鳴していなかったらビビッて逃げるであろう蘿蔔もレオンハルトのお陰で逃げず、トリオでこちらを狙っていたジャックポットを効率的に攻撃して黙らせる。
このジャックポット達へもスマートフォンを投げつけた。
音の警戒はされていることは見越しており、タイミングをずらし、彼らが鳴らないことを確認し、忘れた頃に音を変え、更にバイブの音とバリエーションを変えた為に虚を衝けたのだ。
「あと少しだ。後ろ──最後のケアレインが発動したようだな」
ヴィントは烈風波で蘿蔔を狙う動きを阻止し、後方を見る。
ヴィラン抱える白花、護衛対象凛雪へ攻撃は一切及んでいないが、ケアレイン直後を直接狙われたカグヤと治癒範囲にいては後方に対応出来ないと治癒を受けていない構築の魔女は負傷している。
が、蕾菜のブルームフレアに合わせて離脱したのを見、ヴィントも前方にいるヴィランを見た。
ヴィントは蘿蔔の援護を受けて前に出、怒涛乱舞。
追いついてきた蕾菜がゴーストウィンドで黙らせ、彼らを踏み越えれば、駐車場が見えてくる。
ヴィラン達はエージェント越しに車が多数乗り付けてきたのを見るや、反対側へ消えていく。
(『逃げたね。追跡自体は任せた方がいいね』)
「これ以上の露見を恐れてるなら、巻き込み自爆もありうる。注意を促しておくか」
ナハトに応じるヴィントは救援のエージェントに向かって歩いていった。
●突破の先
追跡を救援のエージェントへ任せ、香港九龍支部へ戻ると、凛雪は移動中に連絡していた部下へヴィラン達を引き渡した。
「こちらの預かりは──」
凛雪が管轄する課と対応するエージェントのクラスはバトルメディックとソフィスビショップであるよう告げる。
「お茶をしても負傷者の傷は残りそうですが……」
「残にお茶を淹れて貰いましょう」
構築の魔女の苦笑に凛雪が笑む。
落児が「ロロ……」とどこか納得したように言っている所を見ると、お茶菓子に多くのエージェントを癒す治癒能力があるヴァシロピタを選んでる彼女の無駄のなさについての言及だろう。
「ヴィラン、マガツヒのようでしたね」
「殺されては情報も得られませんから」
支部内だけあり蕾菜と風架が声を落とし、凛雪が告げた管轄が作戦一課でない理由を推察する。
(それだけかの?)
カグヤは移動中の車内で凛雪が重要な指示を出したので作戦一課の混乱を防ぐ為に連絡をしないという指示を出していたのを聞き逃していない。
作戦一課を何らかの理由で情報の孤立をさせているなら、思惑が動いている。
「100年の友達も逃げそうな顔をしてるよね」
クーのツッコミを無視しつつ、カグヤは思考。
「話し合いは出来ないままだったな」
「また……話し合いの機会、作れるといいのですが」
「こちらをお預かりしましたから、出来ますよ」
レオンハルトと話す蘿蔔へ白花が根付を見せて微笑むと、共鳴を解除して落ち着かない蘿蔔はこくりと頷く。
「ひとまず終わったな」
「今はね。多分、これが始まりだよ。荒れるんじゃないかな」
和馬へ俺氏が言うと、「デスヨネー」と和馬は溜息。
「敵が何を恐怖するかにもよるだろうがな」
ヴィントは、恐怖で戦闘躊躇を狙ったから気づいた。
死を恐れない理由は、情報漏洩阻止にある。
なら、彼らは何の情報が漏洩するのを恐怖している?
「お前の能力者すげーな」
「慢性的な厨二病なの」
「なら、和馬氏と同じだな」
ナハトがヴィントに怒られるのはもう間もなくだ。
「白花様、あの根付だけで大丈夫なのですの?」
「あの根付には小泉孝蔵さんご本人の名前が刻まれていました。龍であることも考えれば、恐らく彼しか持ち得ないもの……恐らく、その立場だからこそ持てるものと思います。これを預けることこそ、こちらへの信頼を示すという意味なのでしょう」
プルミエへ白花が微笑んだ。
希望へ託された龍。
包囲網を抜けた今、何を齎すだろうか。