本部

【東嵐】連動シナリオ

【東嵐】香港にもスリはいるんだ

星くもゆき

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/03/15 20:26

掲示板

オープニング

●香港の日常
 香港九龍支部で開催されるHOPE国際会議。その開催予定日は刻一刻と近づきつつあった。
 道行く人たちはどこかせわしなく落ち着かない様子で、誰もが忙しそうに感じられた。
 商店や飲食店、宿泊施設などは会議中のかきいれを当て込んで準備に余念がなく、メディア関係者は早々に現地入りして取材の下準備に大忙しで、現地の住人らも開催期間中の喧騒を予想してどこか落ち着きが無いようだった。
 そんな非日常の気配迫る中でも、変わらないものがある。
「ああっ、ご覧下さい! 大きな従魔に今武器が振り下ろされました!」
 リポーターがひっくり返った車の裏でまくし立て、カメラマンは腹ばいになりながらカメラを向けている。画面の中では、エージェントが大剣を振り回し、白黒模様の熊のような従魔と戦っている。
「街のど真ん中で……暴れないの!」
 エージェントが振り回した大剣が従魔をなぎ払い、塵に還す。
 そう、彼らエージェントにとっては、そんな非日常こそが日常なのである。

●スリ

「国際会議によって国外から多くの人間がここ香港にやってきています。それは説明する必要もないかと思いますが……」
 香港支部に集められたエージェントたちは、黙ってオペレーターの言葉を聞いている。
「実はある問題が起きていまして」
 ブリーフィングルームのスクリーンに、ある男たちの映像が映し出される。
 この男たちは一体……。犯罪の臭いがする。

「スリです」

 この極悪犯罪人を目に焼き付けておこうと、エージェントたちが食い入るようにスクリーンを見ているところに、オペレーターから告げられる事実。
 何だスリかよ。

「土地に慣れていない者たちを狙い、金品を強奪。文字通りみぐるみ剥がされた人もいるそうです。犯行現場の目撃証言から、彼らは能力者である可能性が高いので皆さんに彼らの捕縛をお願いしたいと思います。顔もわかっていますし難しい仕事にはならないでしょう。簡単に片付けるなら囮作戦とかでしょうか……。もしヘマをすればみぐるみかっ剥がれて香港市内で全裸待機なんてこともあるかもしれませんが」
 何言ってんの。全裸はともかく待機って。
「今、香港には多くのエージェントが集まっているのです。こんな小さな事件とはいえ、能力犯罪者を野放しにはしておけません。彼らの情報を端末に送っておきましたので、迅速なる解決を望みます。決して全裸にされるとか醜態をさらさないで下さい!」

解説

香港市内で躍動するスリたちを誘き出し、捕まえる

標的は4名の能力者。全員中国人で、シャドウルーカー。
華麗なスリで香港にいる外国人から金品を巻き上げる。

陽:30前半ぐらい。スリムな長身男で、頭も良ければ腕も立つ。標的をしっかり観察してからスるので、怪しい点を見つけるとすぐに離れていく。捕縛が一番難しい。
張:20代の眼鏡男。中肉中背。慎重で用心深く、自分より強そうな者に手を出さない。
黄:10代の小柄な少年。素早さはピカイチ。速さで負けると捕縛は難しいだろう。女性大好き男は消えろ、狙うのも大体女性。
毛:筋肉系のこんがりオヤジ。みぐるみ剥ぐのが好きだが女性に手を出さない紳士。パワー負けすると捕縛は難しいだろう。

4人は街中に紛れ込んでおり、人通りが多いので目視で見つけるのは難しい。
街を歩きながら彼らを誘い出して下さい。追いかけっこになると土地勘のあるスリたちが有利です。
彼らの顔はわかっているので接近すれば気づけます。充分に近づいたところを捕らえましょう。
何人かで挑めばより捕まえやすくなるでしょう。
毛に限らず、力負けすると拘束から脱出される可能性があります。相手が毛の場合は最悪みぐるみ剥がされます。
力の強さは、毛>陽>張>黄 となります。誰が誰を捕らえるかも大事です。

服装や小物等、囮として使う物品は貸与します。誘き出す相手に合わせた格好で臨みましょう。
存分に囮として演技して、彼らを捕まえて下さい。

リプレイ

●獣人的香港観光

「おーおー、すごい人だかりだよー」
 香港の賑わいに目を丸くしているのはナナカ(aa3744)である。肩にカバンをかけ、赤いキャリーバッグも引いている彼女はいかにも観光客という風体だ。彼女の傍らには不思議な雰囲気をまとうメルクリウス(aa3744hero001)が立っていた。
「森から出てきた時もびっくりしたけど、こっち側ってこんなに人がうじゃうじゃいるんだね」
 はしゃぎ回るナナカに対して、メルクリウスは静かだ。その紫の瞳に映るのは、確かに初めて訪れた香港である。しかし、なぜかもわからない既視感によって新鮮に感じることはできない。
「……そんなに珍しいものかね、まあキミの瞳にはそう映る、か」
「悪いの、メル? 別にいいでしょー」
 退屈げに息をつくメル。対照的な振る舞いを見せた2人のすぐ後ろでは、竜っ娘と3頭身の可愛い着ぐるみが並び歩いている。
「香港観光ー。ついでにスリ捕まえるー」
「まずは一般人を装う為に変装をしろ。その露出の多い服装をやめろ」
 与えられた仕事よりも観光に気が向いているギシャ(aa3141)に、どらごん(aa3141hero001)がたしなめる。仕事優先、準備を怠るな、実に冷静なご助言である。
「む、裸コートのどらごんに言われたくない」
「変態みたいな言い方をするな。この鱗は――」
「厚着は動きが――」
 終わらない争論。準備段階で不穏な空気が漂い始める。
 結局はギシャは元々の服装から真っ赤なチャイナ服に着替えることで落ち着いた。
「コンセプトは、観光地で楽しむ外国人観光客だ」
「わかったから共鳴共鳴ー。どらごんがいると目立って潜入作戦とかムリ!」
 ギシャたちは共鳴する。街を歩く用意は整った。

 ギシャと一緒に香港を歩くナナカは、きょろきょろと辺りを見回している。
「ねーなんか食べない? せっかく香港にきたんだからさー」
「……好きにせよ、ナナカの道化ぶりに任せるよ」
「えー? なんかそのノリ好きくなーい?」
 ナナカはメルに向いたまま後ろ歩き。カバンの財布を探りながら2歩3歩と進んでいると、案の定を足をもつれさせた。
「わっ……ちょ……!」
 大きく転んだ拍子に、カバンの中身をぶちまける。
「……演技がうまいね」
「ち、違うし! ……いや違わないしっ!?」
 冷めた表情でメルは散乱した持ち物を拾い出す。ナナカも顔を赤くしながらかき集め、カバンに詰め込んでいく。
「……これは今のナナカにとってはとても重要なものだよ、なくさないことだ」
 そう言って、メルはパスポートと財布を手渡す。
「あっ、さんきゅ! ……ま、ワタシにはまだよく価値がわかんないけどね」
 ナナカは至って普通の反応で受け取る。
「あれ……そういえばワタシ何しようとしてたんだっけ?」
 忘れかけていたところで、豪快に大きく鳴る。腹の音。ナナカは再び顔を赤らめる。
「その腹の虫を静めることだよ」
 鼻で笑うメル。
「食べるならまずは炸帶子」
 ギシャがナナカの袖を引っ張って屋台に連れていく。そこですり身団子を串揚げしたものを3本購入。
「おいしー!
「もきゅもきゅ。次はあれ」
(「香港は買い食い天国らしいな」)
 3人で串揚げを食べ歩きしながら街を歩くが、1品で満足できるわけがない。ギシャが次なるグルメへと導く。今度はたこ焼きのような球が連なる菓子。軽い食感にほのかな甘さが絶品。
「いくらでもいけちゃいそう」
「太らないことだね」
「さくさく。格仔餠」
(「……飲み物屋台も多いから、橙汁も買っておけ」)
 焼き菓子にピーナツクリームというたっぷりの甘味に目をつけたギシャに、どらごんは合わせて飲料も買うようにクールに指示。

 彼女らが楽しく買い食いしてお喋りしている間に、メルは報告されていたスリの1人、黄の姿を目撃した。情報どおりの小柄な少年が近づいている。
(「黄が近くにいるぞ」)
 どらごんもギシャに警告。ギシャとナナカは汚れた手を拭き、仕事に取りかかる。
 ギシャは屋台で美味しそうな物を見つけた、とふらーっとナナカから離れていく。ナナカはそのままてくてくと通りを歩き、黄が充分に接近するのを待つ。
 内心で「良いカモだな」と思いつつ、無防備にカバンを肩にかけているナナカと一気に距離を詰める黄。シャドウルーカーらしい動きで、獲物をスろうとする動きは速い。
 肩をぶつけてその隙にスる、と黄がぶつかりにいった瞬間。
 背後から一気に接近してきたギシャの縫止が黄の背中を襲い、見事に命中。つんのめった黄は、後ろを向いてギシャの姿を補足すると、自分を捕まえに来たのだと瞬時に理解。急いで人ごみに紛れ込もうと走る。
 しかし縫止の影響で鈍くなった彼では、ギシャのスピードに敵うはずもなかった。ギシャは一足で黄の背後に組み付いて、首に腕を絡めて捕縛する。
「放せっ、放せよこのチビ!」
 もがこうとも黄にエージェントを振りほどく力はない。悪態をつくのが精一杯だ。
「無事に逮捕できたのね!」
 何だかよくわからないうちにスリが動けなくなっていた。だが初依頼を無事に成功させたことには違いない。ナナカは目を輝かせて喜んだ。
「オシオキターイム!」
(「……ほどほどにな」)
 ギシャの楽しそうな宣言。悔しげに自分を見る黄を見下ろしながら、隠し持っていた苦無を手品のように取り出す。
「な、何する気だよ!」
 身の危険を感じわめき立てる黄。ギシャは取り合うことなく。
 一瞬で、遂行。
 華麗な手さばきで、黄の服を切り裂いて。

 全裸にした。

「うちの地方だと、泥棒は腕切り落とすのが決まりなんだけど、ここでは全裸待機っていうのが決まりみたいだからルールに従うね」
 H.O.P.E.の回収班がやってくるまで、彼は全裸待機することになったのだった。

●スリの習性

「観光客のフリをすればいいのだな! あ! 菊花酥があるぞ!」
「……観光客のフリっちゅうか、観光客そのモンどすな……」
 目についた甘味をひたすら食していくキリル ブラックモア(aa1048hero001)に連れ回され、弥刀 一二三(aa1048)はお財布の心配をしていた。共鳴時に男の姿でいるにはキリルのやる気を高く保たなければならないのだが、そのために犠牲になるお金は大きかった。ちなみに菊花酥とは菊花の形をしたお菓子である。
 無事にキリルのやる気ゲージを最大に高められた一二三はその状態で共鳴、無事に男の姿のままだ。彼が狙うのは毛のおびき出しなので、男であることが一番大事なのである。
 外国人を装う一二三の変装は奇抜なものだった。服装はゴスパン系カジュアル、頭部にはカラフルなエクステ。無駄に鋲やジッパーがついたカバンを右肩にかけ、ウォレットチェーンで腰につながれた長財布は尻のポケットに突っ込んで半分出ている状態、どこから見ても警戒心ゼロ。
 連絡用のスマホ等も準備して、ゴスパン男は地図を見ながらきょろきょろ。道を知らない観光客らしく振る舞い、人ごみを歩いていく。
 ド派手なお兄さんの一二三を、通りの向かい側で尾行するのは御神 恭也(aa0127)と伊邪那美(aa0127hero001)だ。恭也は囮としては動かず、周囲の気配に気を配りながら捕縛に専念する。
(「しかし何て言うか……凄いね。一瞬で人を丸裸にするなんて」)
「才能の無駄遣い、此処に極まりって感じだな」
 2人が頭の中で語り合うのは、今回の標的である毛のことだった。身ぐるみを剥いでいくなど並の芸当ではない。もしかしたら(社会的な)大打撃を被る可能性もある。そのための備えとして、恭也は荷物として自分と一二三の着替え及びコートを用意していた。
「一二三には悪いが、囮を引き受けてくれて助かった」
(「最悪、外套だけを羽織って追い掛ければ大丈夫だよ」)
「コートに全裸だと変態呼ばわりされても、反論は出来んな」
 恭也と伊邪那美のたわいない会話。そして頭に思い浮かべるのは全裸コートで香港支部に帰る一二三の姿である。例えそうなったとしても、普段から全裸コートのどらごんさんもいるからきっと大丈夫です。
 間隔をあけて街中を歩く恭也と一二三。
 少し発つと、恭也は件のスリの姿を通行人たちの中に捉えた。パツパツTシャツの茶色肌、異彩を放つ艶やかな肌を持つオヤジがいた。
 毛だ。毛が一二三の数メートルほど後ろを歩いており、目線は一二三を追っている。
「目立つ奴だな」
(「あれが歴戦の追いはぎなんだね」)
 恭也は急いで一二三に連絡、発見の報を告げる。
 一二三は餌が食いついたことを確認すると、ふらふらと進路を変えて、ひとけの少ない路地へと歩いていく。
「さぁ準備ええで。いつでも来いや」
 触られた際に即座に反応できるよう集中し、一二三は裏通りを歩く。
 てくてく。
 すたすた。
 とぼとぼ。
 ……おかしい。一向に人が近づく気配がない。何故だ。
 そこに恭也から再度連絡が入る。
「どないしたんでっか、恭也はん」
「一二三、毛の奴が離れていったぞ……」
「えっ! 何でや!?」
「……恐らくだが、ひとけのない場所を嫌ったんじゃないか」
 そうか。スリとは相手の警戒が緩んでいるところを狙うものだし、人がいない場所では逃げづらい。裏通りでスる標的に接近するのは危険だと判断し、毛はその場を見送ったのだろう。
「……あぁ~っ! やってしもたんか!?」
「……まだ俺たちがエージェントだとバレたわけじゃない。もう一度、通りに出てみるか」
 毛の誘いこみには失敗してしまった。だがまだ捕まえられないわけではない。一二三は気を取り直し、再び香港の通りへと躍り出ていく。

 その一方。
「スリというのは何だ? 悠登」
「人ごみの中で他人の財布を盗む人のことだよ」
 楠葉 悠登(aa1592)の易しい説明により、また1つの単語を学習したナイン(aa1592hero001)。しかし今度は別の疑問が浮かんでくるようで。
「ふうん。欲しい物があるなら頼めばいいものを」
「いやいや! スリは泥棒だし……っていうか、お金くださいなんて頼めないよ!」
「そんなものか」
「そんなもの、だと思うよ……?」
 納得して頷いている様子のナインに、悠登は相棒が知らぬ間にお金くださいとか誰かに言ったりしないだろうかと心配になった。
 悠登たちと組んで張の捕縛に向かうのは符綱 寒凪(aa2702)と厳冬(aa2702hero001)である。
「スリか、折角の出張香港鑑定……じゃなくて仕事だったのに」
「なー、荷を運び終わってて良かったなー」
 本業の運び屋の仕事で香港に来ていたらしい寒凪は急な任務に少なからず不満を持っていたようだ。厳冬は特に何も考えず同調。お気楽。
「ただの骨董品の人形だったけれどね……曰く付きだったから大変だったねぇ」
「まさかあんな事が起こるなんてな」
 とても気になる寒凪の本業。一体どんなものを運んでいたというのだろう。
「しかしスリかぁ。掏るよりぼったくり料理店やった方が儲かるのにねぇ、観光客から絞り取れるよ」
「凪ーすっげぇ悪い顔してんぞ?」
「いやぁそんなに褒めないでよ厳冬」
 現実的な金の計算をし始める寒凪に、厳冬の気のないツッコミが入る。
「凪が楽しいならきっと楽しいんだろうな!」
「ふふっ、さぁてお仕事だ」
 拳を鳴らして街中へと出発する寒凪。何か香港で別の新しいお仕事とか始めちゃいそうだけど大丈夫だろう。あくどい商売はしていない、はずだから。
「囮とかどうしますか? 符綱さん」
 張の捕縛に向け、悠登が寒凪と作戦のすり合わせを行う。
「私が囮をやるよ。演技に自信はないけれど自然体でも演技してるみたいって評判なんだ私! 何故かな?」
「えぇっ。さ、さぁ何でですかね……?」
 笑顔で色々と含みのありそうなことを聞いてくる寒凪に当惑しつつも、悠登は「なら捕まえるほうに専念します」と答え、それぞれ香港の街へ。
 厳冬と共鳴すると見るからに怪しいので、寒凪は相棒を幻想蝶に引っ込め、通常のままで囮役を務める。道を知らない観光客然として、時折屋台で食べ物をテイクアウト。
「テイクアウト出来て良かったぁ観光の時間ってそんなにないからね」
 鼓汁蒸鳳爪という鶏の足のB級グルメを堪能しながら歩く寒凪。人通りが多く、賑やかな通りをスルスルと縫うように。一二三と同じく財布をポケットからはみ出させてスリを誘う。中には適当に紙を詰め込んで、外からは札が詰まった美味しい獲物に見えるだろう。
 互いに注意して離れすぎないように行動する寒凪と悠登たち。買い食いを楽しむ寒凪の後ろ姿を見ながら、悠登は少し空腹感を感じてしまっていた。
「美味そうな物食べてるなぁ……」
(「買うなら私の分も頼むぞ」)
「いや今は買わないよ……」
 共鳴中のナインの依頼を軽く却下する悠登。今はスリの捕縛が最優先されることなのだ。
 悠登は香港の若者らしい服装を着込んで、現地の若者に扮している。スマホに目を落としながら人ごみに紛れれば、接触しない限り不自然に思われることはない。何気なく街を散策する風を装いながら周囲を警戒し続ける。
 ぶらぶら歩いていると、寒凪の後ろに自分と同じように尾行するような動きの者を、悠登は見つけた。眼鏡以外は特徴の薄い見た目なので確信はできないが、恐らく張だ。
「符綱さん、それっぽい人が後をつけてます」
 寒凪に連絡を入れる。寒凪は道に迷ったという空気を醸し出し、周囲への迷惑を考えて人が少ない通りへと入り込んでいく。
 取り逃す危険を減らすべく取った行動だったが、今回は裏目に出てしまった。
 寒凪が裏通りに入っていったのを見届けて、張が立ち止まる。悠登は息を飲んで彼の動向をうかがう。
 実のところ張は迷っていた。人の少ない場所へは入りたくはない。だが寒凪がポケットから見せていたパンパンの財布が気になって仕方なかった。リスクはあれど高利益。
 迷って。
 悩んで。
 決めた。
 張はその場を離れていった。
 足早に去っていく張を見送りながら、悠登は寒凪に連絡する。
「張は行っちゃいました……。そっちの路地との境目でピタッと止まって」
「あれ。もしかして誘い込む場所がまずかったかな」
 悠登と寒凪も通りへの誘い込みには失敗。2度目のコンタクトに挑むのだった。

●敏腕と天然

「来たのじゃ、香港!」
「仕事だからな」
「わかってるのじゃ。でも、怪しまれぬよう振舞わなきゃいかんのじゃろう」
 猥雑な活気を見せる香港の街を目の前にして、王 紅花(aa0218hero001)は意気揚々。カトレヤ シェーン(aa0218)は念のために相棒に釘を刺すが、紅花ははしゃぐのも任務の一環だと主張する。
「ふん、スリなんてひっとらえてやろう。……無事捕まえたら観光していいんだろう?」
 カトレヤと組んで任務に当たるのは賢木 守凪(aa2548)である。尊大でデキる人っぽい発言だが、頭の中はすでに香港観光で一杯である。正直、紅花より浮かれている。
「カミナぁ、それが目的だぁよねぇ? まぁ、いいけどねぇ」
 相棒の脳内は大体見透かせるカミユ(aa2548hero001)が呆れたように言う。だが観光に振れ切った守凪の頭を元に戻すのは容易でないこともわかっていた。
「観光するにしても、まずはスリを捕まえてからだぜ。急がないとな」
「あ、あぁ……。まぁ俺に任せておくといい」
 街に潜る前に共鳴を済ませ、変装を施し、2人はスリの釣り出しを図る。

「アレはなんだ? 美味そうだな……」
 街に降り立ち開口一番、守凪は香港名物のグルメ屋台に釘付けだった。スリは俺に任せておけと言いながら、香港の観光パワーにあっというまに取り込まれた。ふらふらと屋台へ流れ、即座に炸帶子を、カトレヤの分も合わせて2本購入。
 戻ってくると。
「ま、まぁアレだ。1人だけ食べるのもなんだし、今は観光客を装う演技中だからな……!」
 周囲に聞こえないように小声でそう言い、炸帶子をカトレヤに渡す。
「お、おう。サンキューだぜ」
 守凪が完全に香港に呑まれていることは明らか、カトレヤは半ば呆れた表情で受け取る。
 同行者の分も買う、という『ぼっちでは行えない』行為をやり遂げたことで守凪は満足し、再び香港歩きを再会。観光できることも喜ばしかったが、何よりその間、独りでないことが彼にとってはとても嬉しいことだった。
 ぼっちじゃないこと、それが守凪にとって最も大切なことなのだ!
 対照的にカトレヤは至って冷静に任務をこなす。観光客を装うのはもちろんのこと、彼女は誘い出す標的を陽に絞るための工夫も完璧だ。上はシンプルなシャツで胸を強調して女性らしさをアピールして、毛を遮断。下はジーンズとカジュアルなシューズで活動的であることを演出して、張に狙われないように。毛は守凪がいるので問題ないだろう。
 その上でショルダーバッグを肩にかけ、腕には高級時計。目を隠すサングラスを装着。バッグの中身もガイドブック、偽造パスポート、財布(身分証明等は偽造)、カメラと観光客そのもの。
 手際が良すぎて怖い。辣腕諜報員の本領発揮である。
(「よく考えるものじゃのう」)
「普段着っぽい服装にさりげなく金の匂いを匂わすのがミソだぜ」
(「おぬしも楽しんでるじゃろう」)
 ガイドブックを持って守凪と並んで歩きながら、カトレヤは心中で呟いてくる相棒に応える。
 しかし変装は完璧だとして、あとは観光客として自然に振る舞えるか、だ。
 ともかく陽が出てくるまでは何もできない。今は街を歩いて過ごすのみである。

「美味いな。香港は初めてだが、なかなかいいところだな」
「おっさん、お勘定頼むぜ」
 2人も屋台巡りに移行していた。どこか店の中に入ると誘い込むことができないだろうし仕方のないことだ。
 だがその中でも隙を出すことを忘れない。カトレヤはガイドブックを広げたり、支払いをしたり買い食いをしたりといった時にショルダーバッグから手を離してスる好機をわざと作り出す。
 守凪も無防備を装っている。もしかしたらガチで無防備になっているのかもしれないが、支払いの際にあえて中身のお札を見せるとか、服の内ポケットに仕舞いこむところを見せ付けるとか。
 演技をしながらもカトレヤは周囲への警戒を怠らない。名所やお店を探すフリをして、ぐるりと周りを見回す。サングラスで目線が隠れているので、相手に気づかれることもない。
 さんざ歩き回って、何度も探索したところで、ようやく見つけた。
「お、あれだぜ」
 長身の男。データにある顔。陽である。
 カトレヤは守凪の背中をポンと叩き、注意を促す。守凪は目だった反応もせず、状況を理解して買い食いを続ける。
 屋台に並ぶグルメ、それを2人で何を買おうか、と話し合う。
 諜報員としての技術で難なく一般人を装う敏腕捜査官、カトレヤ。
 任務を半ば忘れて観光に没頭する天然捜査官、守凪。
 2人の観光客っぷりは高等スリである陽の警戒心を解き、自分たちの懐に入り込ませるには充分すぎるものだったようだ。
 長身のスリが忍び寄り、2人の隙を見計らい、カトレヤのカバンに手を伸ばす。
 作られた隙だと露にも思わず。
 瞬間、尋常でないスピードで陽の腕が掴まれる。カトレヤだ。
「! クソッ!?」
 ハメられた、と察する陽。
「はぁい! こんなところで会えるとはね」
 振りほどく間を与えず、体ごと抱きついて力尽くで押さえ込む。リンカーとしてそれなりの腕力を陽は持っていたが、カトレヤの拘束は簡単に外れるものではなかった。
「H.O.P.E.だ。神妙にしな!」
 暴れるなという警告。そして周囲の一般人に離れているようにという意味も込めた大声。
「さぁ捕まえたぞ。大人しくお縄につくんだな!」
(「その台詞言いたかっただけだぁよねぇ……」)
 ずっと言ってみたかった台詞とともに、守凪も陽の足を押さえ込んで加勢。2人の前になす術もなく、ついに陽は諦めて大人しく捕縛された。
「お見事さん、完全に騙された。俺の負けだよ」
 完敗だと言い残し、陽は数分後にやってきたH.O.P.E.の回収班とともに去っていった。

●時間はかかれど

 2度目のチャンス。寒凪は張の目を再び自分に留まらせることに成功していた。だいぶ時間がかかって夕暮れ模様になってしまったが、捕縛できれば問題なしだ。
 眼鏡男が寒凪を追い、悠登が眼鏡男を追う。寒凪は自分を張が狙っていることには気づいているが、共鳴はできないのでアクションは悠登に任せるほかなかった。
 じりじり、と張が接近する。
 悠登は一瞬を逃さないために神経を研ぎ澄ましていた。張が寒凪に充分に近づいて、盗む時。そこが勝負だ。犯行に移るその時が、一番警戒が薄れるはずだからである。
 すぐに奴を押さえ込めるように、しかし感づかれないように。そのバランスを保ちながら、待つ。
 とうとう、張が動く。
 寒凪がポケットからはみ出させているパンパンの財布をめがけて、指が動く。
 人差し指が財布に触れた時。
「暴れても無駄だ、こっちも能力者なんでね!」
「!?」
 悠登が後ろから包むように抱きつく。暴れて逃れられないように、力を込める。
「タイミングばっちりだったね」
 瞬時に寒凪も厳冬を呼び出し、共鳴。2人で力一杯に張を押さえつける。
「ぐっ、この……能力者かよっ!」
「能力をこんな事に使うのは許せないな。きっちり反省してもらうから、覚悟してくれよ」
 しばらく後に張はしっかりと回収され、2人はスリの捕縛はやりとげた。
「時間かかっちゃいましたね……」
「まぁ捕まえることはできたんだから、それでいいんじゃないかな」
「これでスリ被害も収まるかな~」
 すっかり日が暮れた街を歩き、2人は香港支部に帰っていく。

「このっ、なんちゅう力やっ……」
 一二三は貞操の危機に陥っていた。
 いや、毛は脱がすだけでそれ以上のことをしないので厳密には安全とは言える。
 だが周囲は通行人だらけなのだ。脱がされたらメンタルダメージとか屈辱とか名誉がやばい。
 何故こうなったか。
 それは、街中を歩くブラウンオヤジを発見した一二三は守るべき誓いで毛の注意を自分にひきつけたためである。狙いどおりにそれで毛と接触することには成功したのだが、思いのほか毛の力が強く、一二三は現在の危機を迎えているのだ。
 早く、早くしないと全裸待機になっちゃう。
 毛にいよいよ力負けしようかという時、距離が離れていた恭也が駆けつけてきた。
「大人しくしろ……」
 恭也の電光石火が毛の背を突き抜ける。死角を突かれた毛はダメージを喰らい動揺、畳み込むチャンスが来た。
「恨まんといてなオッサン! 年貢の納め時や!」
 足を狙い、一二三が火之迦具鎚でライヴスブローを振り抜く。強烈な一撃は毛の足に重いダメージを与える。見ていてとても痛い攻撃だが、人ごみに逃がさないためには止むを得ない。
 恭也が毛を踏みつけて動きを止める。1人では危ないことを一二三は身をもって味わったので急いで協力。
「チェックメイトだ。少しでも怪しい動きを見せたらこのまま骨を折らせて貰う」
「わ、わかった! 降参だ、降参!」
 両手を広げ、毛は投降の意を示した。
(「うわ~、容赦無いね」)
「変態呼ばわりされるリスクは避けたい。正直、指の骨を砕いて安全を確保したいのが本音だ」
 少々過激な発言だが、万が一を考えると仕方のないことと思える。
「助かったで~御神はん。あと少し遅れとったら……ゾッとせんなぁ」
 貞操も守り、香港の治安も守った。
 すごく時間がかかって、もう夜になってしまっているけれど、彼らは危険な任務をやりきったのだ。

●繰り出そう香港

 全員無事に戻ってきた香港支部、任務終了の報告を終え、彼らは自由に観光できる身になった。
「やぁ賢木さん。全部終わったんだから、どこか遊びに行こうよ」
「符綱か。無茶な攻撃を加えなかっただろうな。……っておい、やめろ。首を掴むな、ホールドするな。どこに連れて行こうとしている……!」
 ぐいぐいと力尽くで守凪を連行しようとする寒凪。
「ねぇ、せっかくだし香港の美味しい物、皆で何か食べて帰ろうよ」
「異存はない。働くと腹は減るものだからな」
 香港で何も食わずには帰れない、と悠登とナインは食事希望。
 食いたい者は他にもいる。何せ香港ですから。
「食べるならギシャも食べたいー」
「たくさん食べたじゃない。……でもワタシも行こうかな」
 食べ歩きしまくったギシャとナナカも同行する気満々。
「我も食べるのじゃ!」
 紅花も力強く挙手。カトレヤはやれやれとため息をついた。
「オツどすなぁ。うちも行きますわ」
「……俺も今回は疲れた。腹ごしらえはしておこう」
 毛の相手で疲れ果てた恭也と一二三も異議なし。

 スリを排除した香港へ再び。
 一行は打ち上げへ向かうのだった。

結果

シナリオ成功度 普通

MVP一覧

  • エンプレス・ルージュ
    カトレヤ シェーンaa0218
  • コードブレイカー
    賢木 守凪aa2548

重体一覧

参加者

  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • エンプレス・ルージュ
    カトレヤ シェーンaa0218
    機械|27才|女性|生命
  • 暁光の鷹
    王 紅花aa0218hero001
    英雄|27才|女性|バト
  • この称号は旅に出ました
    弥刀 一二三aa1048
    機械|23才|男性|攻撃
  • この称号は旅に出ました
    キリル ブラックモアaa1048hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
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    英雄|40才|?|シャド
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    獣人|14才|女性|攻撃
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