本部

置いていかれて、新幹線

星くもゆき

形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
少なめ
相談期間
5日
完成日
2016/03/10 18:43

掲示板

オープニング

 正午、エージェントたちは杜の都・仙台で一仕事を終えた。
 朝に東京から輸送機でパパッとやってきて、従魔をパパッと片付けて、あとはパパッと東京に戻る。
 はずでしたよ。
 朝から仕事に駆り出されたためにあくびをしながら輸送機の待機地点に戻ると、機体がない。停めてあった輸送機がどこかに行っている……?
 一行は慌てて担当オペレーターと連絡を取る。

「ああ、それですか。実は急ぎの仕事が入りまして、そちらの輸送機には急遽こちらに戻ってきてもらったのです。他の輸送機も出払っていたものでして。任務完了の報告をいただいた時に伝え忘れておりました。てへぺろ」

 それですかって……置いてきぼりって……てへぺろじゃねぇよ。

「しばらく輸送機を回せそうにないので、新幹線で帰ってきてください」

 ……なん……だと……!?

「費用はこっちで出すので」

 ……それ……だけ……!?

 オペレーターのツンツン対応により、エージェントたちは1時間強の鉄道の旅に出ることを余儀なくされたのだった。

解説

新幹線に乗って東京に戻るだけです。
スタートは仙台駅からとなります。
普段は輸送機の移動が多いと思われますので、英雄や世慣れしていない能力者にとっては新鮮な体験となるのではないでしょうか。
初めて新幹線に乗ったドキドキを再体験するのです。
大体の流れは以下。

・仙台駅で出発前の準備
車内販売を除き、飲食物を買うタイミングはここしかありません。
釜飯や海の幸、そして牛タンの駅弁を忘れるんじゃないぞ!
暇潰しの雑誌やお菓子を買いたい場合もここで買っておきましょう。
飲酒はほどほどに。未成年は飲めません。

・車内
車内でまったり、のんびり、ぐったり、何でもござれ。
席はエージェント同士、固まっているものとします。
1人でゆっくりしてぇぜ、という人は別席とプレイングに書いておいて下さい。
駅弁を食うのを忘れてはいけませんよ。
何かしら物品の持ち込み可。ただし公共の場であることをお忘れなく。

・東京に到着
東京駅に到着。そのまま解散の流れ。

ちなみに途中下車してお買い物というチキンレースはおやめ下さい。
やった場合、100%乗り遅れて退場となります。
閉まる扉にご注意下さい。

新幹線のひととき、のんびり過ごしてみて下さい。

リプレイ

●物資調達

「輸送機で帰るものと思っていたから、金なんて持っていないぞ」
 仙台の地に放り出され、中城 凱(aa0406)は心底焦っていた。中学生の身分である彼が新幹線の切符を買えるほどの金を持ち歩いているわけがない。さらには凱よりも年下である者までいるというのに、H.O.P.E.の投げっぷりは何なのだ。
「僕もそんなにお金持っていません」
 ともに依頼をこなしていた、凱の親友・離戸 薫(aa0416)からも不安の声。
「あ、俺持っているから。仙台から東京なら……うん、出せる。切符は領収証出してもらえたっけ?」
「出してもらえると思う。あたしも2人分なら大丈夫」
 自分の財布の中身を確認しながら、礼野 智美(aa0406hero001)と美森 あやか(aa0416hero001)は落ち着いて切符の料金を計算する。
「窓口で全員分一気に購入したほうが良いかな……団体割引は無理だけど、16人だから、回数券2回分とあと4人分は普通料金で買ったほうが安くなるはず。12歳以下の子供料金が3人分だし、そっちのほうがH.O.P.E.の事務受けも良いだろうからさっさと払ってもらえるかも」
 智美の金勘定を凱は呆然と聞いていた。異世界から来たはずの智美のほうが凱よりも明らかに世慣れしている。団体割引とか回数券とかサラサラ出てくる英雄なんて珍しいだろう。
「何があるかわからないから、常にある程度の金銭は持っておけ。むしろ今まで依頼の度に国内でも輸送機出してもらってたことのほうが驚いたし」
 ここまで智美がしっかりしているのは、現世界と同程度の文明を持つ異世界にいたからなのだろうが、その異世界でも戦っていたという智美は果たして公共機関で現場に向かっていたのだろうか。凱は少し不憫に思った。
「皆さんの分も私たちが買ってきます」
 智美らはテキパキと動き、各員から切符代を徴収して窓口へと直行する。

「まだ時間がありますし、少し買い物でもしましょうか」
 填島 真次(aa0047)は時刻を確認して、出発前の物資調達を提案した。鉄道で帰るのはひと手間だが、直帰するよりも駅で色々と買える分、良いと思える面もある。代表格に挙げられるのが駅弁だ。
「そういえば、エコーには牛タンは未だ食べさせてあげたことがありませんでしたね」
「ん、楽しみ」
 真次の英雄のエコー(aa0047hero001)は食事というものが日々の楽しみのひとつとなっており、土地の名物と言われる食べ物には心惹かれるものがあった。
「自分もお腹が空きましたし、牛タン弁当は外せませんね……あとは何を買いましょうか」
「とりあえずモノを見てから決めようぜ!」
 レオ・バンディケット(aa3240)も『牛タン』というワードに反応し、帰りの車中で何を食べるか思案する。相棒のフォルド・フェアバルト(aa3240hero001)は迷うことなく『あとで決める』と即断。
「駅弁! どの辺りで売ってるかな。ルーさん、スマホで調べられる? 私スマホ持ってなくて」
 五十嵐 七海(aa3694)はルー・マクシー(aa3681hero001)に軽い検索依頼。2人は今回の仕事で初めて顔を合わせた仲だったがすっかり打ち解けていた。
「えーと……2階で色々買えるみたいです! 行きましょう!」
 スマホで構内の情報を調べたルーが先導し、美味しそうな物を買うミッションへ向かう!
「牛タンは欠かせないものね! さ、エミルさんも!」
「ん、できれば、おうどんも……」
 ルーの後を追って、七海もエミル・ハイドレンジア(aa0425)の手を引いて歩いていく。単純に幼いからということもあるが、事前にエミルの英雄であるギール・ガングリフ(aa0425hero001)に「うどんの食事処を発見してしまうと条件反射で突撃してしまうので目を離さないでくれ」という依頼をされていたからであった。当のギールは幻想蝶に入っているので監視はできないのである。
「きゃーきゃー賑やかだが、平和な光景だね」
 女の子3人でまさしく姦しい様子を見守りながら、ジェフ 立川(aa3694hero001)はどことなく嬉しそうな表情である。
「ルーも七海殿も、初任務で怪我がなくて何よりだ」
 ジェフと肩を並べて、同じく彼女らを見ているのはテジュ・シングレット(aa3681)である。2人は能力者と英雄の違いはあれど、危なっかしさが残る相棒を気にかけているという点では同じであり、やはり今回の任務で親交を結んでいた。
「日本の名物として名高い駅弁か。やっぱりワギュウは外せないだろうね」
「地酒も買っていくか」
 和牛の味を楽しみにしている様子のアンジェリカ・カノーヴァ(aa0121)も、マルコ・マカーリオ(aa0121hero001)を連れて駅弁購入についていく。
 一行がやたら駅弁を楽しみにしているのは、仙台で倒した従魔が和牛っぽかったのが原因なのだが、詳しくは後述しよう。

「おー……おー……?」
 普段は駅など利用しないエミルにとっては仙台駅の全てが新鮮であり、興味津々に周辺を見回していた。
 そして興味のままにあっちへこっちへ、ふらふら。つまりは迷子予備軍。
「どんな牛タンを買おうかな……ってあれ、エミルさんがいない」
「あれ? 本当だ……」
 七海とルーがちょっと会話していた間に、エミルがいなくなった。慌てて2人で周囲を捜すと、一団から少し離れたところでふらーっとどこかに歩いていこうとするエミルを発見する。
「エミルさん、こっちです」
「はぐれたら帰れなくなっちゃうよ」
 迷子の回収完了。七海はエミルが再びどこかに行かないように手を繋いでいることにした。
「ん、帰れない、のは、困る……」
 エミルもすんなり了承。片手にギール、片手に七海。両手が塞がった。
 彼女らの行動を見ていたマルコが、アンジェリカの目の前に手を出してくる。
「前が見づらいよ、マルコさん?」
「お前も手を繋いでおくか、と思ってな?」
「マルコさんこそ、お姉さんに釣られていって迷子にならないように気をつけてよね!」
 マルコの手をぺしっと叩いて、アンジェリカはずいずいと前へ進んでいく。
「フォルド、自分たちも手を繋いでおきましょう!」
 がっし、とレオは相棒の小さい手を強く握る。
「別に手を繋がなくても良いじゃねぇか~」
「はぐれたら乗り遅れるかもしれないじゃないですか、何より初めての場所ですからね」
 子供っぽいだろ、フォルドに文句を言われようとも、レオは手を離すことはなかった。
 駅弁の販売店に到着すると、多種多様な牛タンの弁当が取り揃えられていた。
「この牛タン弁当を2つお願いします! あとは……」
「おばちゃん! このウニ飯としらす弁当ってやつも2つずつくれ!」
 レオとフォルドは早速目星をつけた弁当を取り、店員のおばちゃんに殺到する。計6個のお買い上げ。買いすぎである。
「マルコさん、ボクは仙台和牛のサンドイッチにするよ。オレンジジュースも買っておいてね」
「人遣いが荒いな」
 マルコはそれらと酒のアテに牛タン弁当を買い、その後は地酒を入手しに構内の人混みに入っていった。
「私は……牛タン麦飯弁当にするわ。ジェフはどれにする?」
 合わせてお茶のペットボトルも1本取りながら、七海がジェフに振り向く。
「俺は牛の匂いはもうご馳走さまだ……海鮮幕の内にするよ」
 ジェフは、趣向を変えて海鮮系のみを選択。大人になるとこういうこともあるものだ。
「従魔が飯テロ力半端なかったね……牛タンにしよ」
「むしろ……匂いで食傷気味……だが」
 七海たちと全く同じやりとりを経て、ルーとテジュもそれぞれ、牛タン弁当とエンガワの笹寿司を選び、合わせて紅茶と緑茶も購入。
 エミルはどさくさに紛れて、お札2枚以上は要りそうな牛タン弁当をしれっとレジに。
「エミルさん、そんな高価なお弁当を……」
「ん、大丈夫、大丈夫。経費経費」
 ルーが費用を案じるも、エミルは気にする素振りはない。ギールの分の費用もあてたと考えれば良いだろう。
 凱は牛タン弁当の購入は決めたものの、種類の多さに戸惑っていた。
「……何でこんなに種類あるんだ?」
「内容と加熱機能付きもあるみたいだな。お前、よく食べるし温かいほうが良いならそっちで良いぞ」
「よっし……でも量少ないかもなぁ。おにぎりも追加して良いか?」
「わかったわかった、予算ギリギリ間に合うし。ほんと良く食うな」
 和牛に食欲を刺激された成長期の少年なのだ、仕方ないのだ。やれやれと凱の分の牛タン弁当とおにぎりをレジに持っていく智美は、はたから見れば完全に姉である。
「凱、お家でご飯作ってくれてるんじゃないの? 要らないって連絡取っておかないと。僕はもともと帰ったら自分たちの分は作るつもりだったから良いけど」
「あ、そうだな」
 薫に注意され、凱は自宅に電話連絡。その間に薫とあやかも駅弁選択へ。
「皆、牛タン弁当買ってるのか。うん、今回の敵はなんか良い匂いだったし、僕もそうしようっと。あやかさんは?」
 牛タン弁当に手をかけて、薫はあやかの分も取ろうかと彼女に尋ねてみる。しかしあやかは首を振った。
「あたしはもうお肉は今日は……」
 もともと小食であるあやかは、和牛従魔が放つ香りだけでお腹一杯になってしまっていた。大人しく手頃なわっぱめしを手に取り、購入する。
 真次も牛タン弁当を買い、ついでに土産物としてずんだ餅や笹かまぼこを物色。エコーにも何か欲しい物がないかと尋ねる。
「ずんだソフト、食べてみたい」
 答えるエコーの視線の先には、大きなソフトクリームのオブジェがあった。
「ずんだソフトですか。美味しそうですね」
 枝豆の香りと甘さが味わえるソフトクリーム、ご当地感も備えて実に良さそうである。
「ずんだソフト……美味しそう」
 会話を聞いていたルーが手荷物をテジュに預け、ソフトを欲してふらーっと移動。
「エコーさんもルーさんも食べるなら、私も食べよう」
「ん、経費経費」
「マルコさん、ボクの分買ってきてよ」
 七海ら女子陣が一斉に欲しがる。スイーツの力。
 その場でソフトクリームを食べて小休止。
「エコー、美味しいですか?」
「甘くて、冷たくて、美味しい」
 真次の問いに、エコーはずんだソフトを味わいながら満足げに返答。絶品だったようです。
「そろそろホームに行きましょうか」
「その前に、これも」
「え……これもですか?」
 真次を引きとめ、エコーが要求した物とは。それは新幹線の中で明らかになる。
「急いで牛タンスモークを見つけましょう! テジュのためにも絶対入手します!」
「……美味そうではあるが、必須では……」
「いいえ必須です!」
「そうか……」
 スマホで下調べを行っていたルーは、最後にしっかりと牛タンスモークをゲットした。

●小旅行

「シンカンセンってイタリアでいうユーロスターでしょ? ボク、ユーロスターにも乗ったことないから楽しみだな♪」
「わかったわかった」
 初めての新幹線に気分の高揚を抑えきれないアンジェリカは、列車の到着を待ちわびている。まだかなまだかな、と年相応の振る舞いを見せる相棒の姿にマルコは苦笑してしまった。
(普段偉そうな態度ばかり取っているが、やはりまだ子供だな)
 心の声を聞かれたらきっと何かしら文句を言われるだろうな、とも思いつつ。
「これ、邪魔だよな……」
 凱は脇に抱えていた防寒着を見て呟いた。任務の現場がスキー場だったので使用したものだが、帰りの段になっては邪魔以外の何物でもない。
「売店で紙袋でも買えないか尋ねてみよう。車内販売は高いからな」
 売店に向かう智美の背中を見ながら「智美って実は異世界の者ではないのでは……」と凱はうすうす思い始めていた。明らかに何度も新幹線を利用している、としか見えないもの。

 アナウンスが鳴り、いよいよ東京への新幹線がホームに入ってきた。
「来たー♪」
 出入り口でピッタリ、扉が開くのを待つアンジェリカ。
 乗車が許されると、真っ先に車内に乗り込んでいく。
「これがシンカンセン!」
「いいから座れ。通路で止まると邪魔になる」
 くるくる回るアンジェリカに、着席を促すマルコ。自分が車内販売から買いやすいと言って彼女を窓側に座らせたが、景色が見たいだろうという気遣いでもあるのだろう。
 全員ある程度固まって、適当に席を取る。凱や薫らは2人席で向かい合わせに座った。
「ありがとう」
 窓側に座らせてもらったことに対してあやかが礼を言い、薫は笑顔を返す。内向的な面があるあやかには窓側のほうが良いだろうという、こちらも相棒への気遣い。
「向こうに着くのは……うん、駅から直行なら妹たちの迎えに間に合いそう」
「そっか保育園の迎えか。薫も大変だよな、任務帰りに直行なんて」
 新幹線の到着時間から迎えに行けるかを計算していた薫に、凱が労いの声をかける。
「3人のお迎えは僕の役目だからね」
 嫌々やっているわけでもないから、とも付け足す。
 出発音とともに、列車は動き出し、あっという間に車窓の画は流れ始めた。
 レオとフォルドはその速度と、ふっかふかの座席に感動を禁じえない。
「これが新幹線ですか! 景色を見ると早く感じますし、輸送機より席がフカフカですね!」
 もっふんもっふん。座席で跳ねるレオとフォルド。やめて、それじゃ今から上京する人みたい。
「山が見えるね、マルコさん」
 ずっと外を見ていたアンジェリカが、マルコに知らせる。マルコは窓に顔を寄せて。
「あれが安達太良山か」
「山の名前?」
 振り返って、自分に覆いかぶさる格好のマルコを見上げるアンジェリカ。
「あぁ。不朽の愛の詩集に出てくる山だ。図書館で読んだことがあってな」
 思いがけぬ答えにアンジェリカはついつい。
「大丈夫? 何か悪いものでも食べた?」
「お前は俺を何だと思ってるんだ」
 なかなか失礼な物言いにマルコは苦笑いする。
(いやいや、マルコさんと詩集、似合わなすぎるよ!)
 アンジェリカにとってはだいぶ不意をつかれるものだったようだ。
「すぐにビルとか見えなくなってしまいましたね……。それじゃお弁当食べましょうか!」
「もう腹が減って仕方ないぜ!」
 テンション爆上げで駅弁の包みを開き始める2人。
「私たちも、食べてしまいますか」
「その言葉を待ってた」
 エコーが食べ物を我慢できるわけがない。真次が促すと、エコーは手際よく駅弁を開き、ぱくぱくと食べ始める。
 空腹だったのは皆同じ、次々と美味そうな匂いが広がっていく。
 海鮮の香り、わっぱの木の香りもあるが、やはり大多数を占めるのは、肉。
 牛肉。牛タン。垂涎モノの、仙台の和牛の香りである。
「牛タン美味しい……景色もきれいだしちょっと得した気分?」
 あまりの美味さにルーの箸もよく動く。口内に広がる牛タンの旨味、反則である。
「……ルー、弁当こぼすぞ」
「こぼしません~」
 笹寿司を味わうテジュからの忠告に、ルーは意地の悪い応答。
「仲良いのね」
 向かい合って駅弁を食べていた七海が笑うと、ルーはぶんぶんと首を振る。それが面白くて七海はまた笑ってしまった。
「それにしても今回の依頼楽勝でしたね! まぁ自分、腹に良いの1発貰いましたが……」
「そうだぜ……むぐっ、ドスンと来た時ビックリしたぜ……んぐっ、あれじゃ一人前の騎士は遠いぜ……」
 レオが依頼の話を始めると、フォルドもモグモグと食べながら喋り始めた。
「口の中の物を飲みこんでから喋りましょう」
「んぐんぐ……うん、牛タン美味しいぜほんと……」
 肉を飲みこんでからも残る後味が、次の肉へと箸を誘う。それが牛タン。
「ん、もし、あの和牛従魔が、野放しになっていたら、女性が、体重計に乗ることができない世界に、なっていたに違いない、ね……」
 牛タンと飯を頬張りながら、エミルも依頼で倒した従魔のことを思い出す。
 仙台和牛のゆるキャラっぽい従魔がスキー場に暴れていたところを鎮圧する、やることは簡単な部類の仕事だった。
 だが従魔は何故か、肉の焼ける美味しそうな匂いを存分に漂わせていた。それがとっても問題。エージェントたちを空腹のどん底に叩き落す、すこぶる悪辣な従魔だったのだ。
「あれは犯罪だよね……」
「従魔っていい匂いなんだね……」
「ん、実に、長く、苦しい、戦いであった……」
 姦しい3人は和牛従魔を思い出し、じゅるり。一行が牛タン弁当をやたら欲していたのもそういう理由だったのだ。皆適当な会話を楽しみながら、ひたすらに駅弁を食していく。
「うお! これはすごいな」
 駅弁初体験のマルコ。牛タン弁当の紐を引っ張ると、即座に加熱反応が起きて器が温まった。熱々の弁当が目の前に。
「やっぱり日本は侮れないね」
 弁当の器を興味深く観察するアンジェリカ。マルコは牛タンと地酒で満足そうである。
「ボクのサンドイッチも美味しいよ。さすが日本のワギュウだね♪」
 アンジェリカも仙台の牛に舌鼓を打つ。
「でも日本って牛の脳は置いてないんだよね。羊もだけどフライにすると美味しいのに」
 皆の箸が止まった。カルチャーギャップに若干引いている気がするけど、うん、多分気のせい。アンジェリカは頑として気にしない。気にしない。
「あたし、もういいわ……」
 小食のあやか、軽いわっぱめしすら食べきれずご馳走さま。誰かが脳を食べるとか言ったからかもしれない。
 牛の脳ほどでないにしろ、変わった物を食していた者は他にもいた。
「エコー、今飲んでいるその、牛タンサイダーというのは、本当に美味しいですか?」
 食事を続けながらもずっと気になっていた疑問を、真次はエコーに聞いてみた。エコーが仙台で真次を引き止めて買った物、それは牛タンサイダー。
「ん、牛タン風味で、サイダーの甘さと、牛タンの塩味が、何とも言えない」
「そ、そうですか……」
「まだ何本か買ってきた。飲んでみれば良い」
 太鼓判を押す、と言わんばかりに真次に勧めるエコー。観念した真次は恐る恐る飲み、案外美味しいことに驚くのだった。

 粗方駅弁を食べ終わると、暇な時間がやってきた。薫は満腹になって眠くなってきて、うつらうつらと頭を揺らしていた。
「寝ておけよ、着いたら起こしてやるから」
 凱が一言。帰ってから妹たちを迎えに行くと言うなら、少し寝ておいたほうがいいだろう。
「でも……」
「寝ておかないと持たないと思うぞ。薫の妹たちは力有り余ってると思うし」
 確かに妹たちの相手をするなら少し寝たほうが良いかもしれない。智美にも勧められたので、それならと薫は2人に甘えることにする。
「あ、じゃあ俺と席替わろう。通路側に頭よりかかると危険だし」
 斜向かいに座る智美が席替えを提案し、薫は凱の隣の窓側席に座って目を閉じる。
「凱、もたれちゃったらごめんね」
「気にするなよ」
 眠気に導かれるまま、薫は少時の休息に浸る。

「カードゲームしない? ポーカーとか、チップは売店で買ったキャンディでどう?」
 食事を終えて心穏やかな七海は、暇潰しのゲームを提案した。
「やる~! いいねこういう雰囲気。キャンディは僕がもらうよ!」
 ルーは乗り気で即答。エミルは無言で近づき、カードを切り始めている。
「ルーさんとエミルさんはイエスね。他にも誰かやらない?」
 ゲームは人数が多いほうが盛り上がるとして参加者を募る七海。
 打診への応えは様々で。
「すいません……モグモグ! 出来れば東京に着くまでに全部食べたいので……!」
「ちょっと買いすぎたぜ……むぐむぐ! でもウニ飯もしらす弁当も美味いぜ!」
 やはり買いすぎだったレオとフォルド。美味なる駅弁を消費するのに忙しくてトランプに興じる余裕はなかった。
「エコーも、やる。チップにこれを使っても良い」
 気ままに過ごしていたエコーが、牛タンサイダーを差し出す。
「ジェフとテジュさんはどうする?」
「……俺はすまんが遠慮しよう」
 テジュが辞退すると、ジェフも同様に頷く。
「ボクはやっても良いよ。ヒマだからね」
 遊興の空気を感じ、アンジェリカも参戦。マルコさんは地酒でまったり中である。
「何かつまみになりそうな物を貰えるかな。ついでに君の連絡先も……」
 訂正。マルコさんは車内販売のお姉さんを口説き中である。
「少し目を離しただけで!」
 アンジェリカの必殺ぐーぱんちがマルコをポカッと。
「……どうだ一杯」
 ゲームを見守る側のテジュは、マルコが捕まえていた車内販売から買ったビールとタンスモークをジェフに見せて別席へと促す。
「いいね」
 ジェフも快く応じ、真次やマルコにも声をかけてじっくり飲酒タイムへと突入した。

「ベット!」
 七海が挑戦的な表情でチップを投入、各員なかなかのポーカーフェイスで賭けたり降りたり。
「ん、レイズ……」
 エミルが淡々と上乗せ。
「えーと……」
 ルーは少し迷いながらチップを賭ける。
 エミルの手が強いと感じた七海は、現状の手からさらに上を目指してドロー。
 手は死んだ。
「フォールド……」
 潔くカードを伏せる七海。ルーはフラッシュが揃ったのでそれで勝負することに。
「フラッシュです!」
 バン、と手札を公開するルーに、エミルは淡々と自分の札を見せつける。
「ん、フォーカード。これでキャンディは、ワタシのモノ……」
「ま、またエミルさんが勝った……」
 先刻から、キャンディはエミルの懐へ集まっていた。
 何故って、イカサマしているからさ。シャッフルの際に萌え袖の中にカードを忍ばせているのだ。
「我が主よ、露見した時は……」
「ん、バレなければ、犯罪じゃない……」
 ぬいぐるみからギールの声が聞こえるも、エミルはプレイを続行し、キャンディを荒稼ぎする悪逆を尽くしたようです。

●帰ろう

 東京駅の1つ前、上野駅でとうとう我慢しきれずに奴が動いていた。
「ん、おうどんが、ワタシを呼んでいる……」
 エミルがホームの立ち食い店でうどんを食べていた。1日1杯のおうどんで誓約達成。
 幸せそうに夢中でうどんをすする。
 モグモグ。すする。
 そして聞こえる、発車のアナウンス。
 器を持ってホームに出ると、無情にも扉は閉まり、列車はゆっくりと動き出していた。
 車両がエミルの前を横切る。皆の焦ったような表情と一瞬だけ目が合ったが、車両はすぐに彼方へと消えていった。
 置いていかれて、上野。
「ん、おうどんだから、仕方ない、ね……」
 ずるずると麺をすする音がこだまする。ぬいぐるみの中から、何事かを感じ取ったギールが騒いでいたが、おうどんに夢中のエミルが応えることはなかった。

 一行は無事(?)に東京へと帰り着き、それぞれの帰路へ。
「薫、時間大丈夫か?」
「うん、大丈夫、間に合う」
 凱に起こされた薫は、昼寝で気分スッキリ。妹たちのお迎えという言わば2度目の任務へ就く。
 ジェフは泥酔しているようだったので、七海が幻想蝶に収納。
「どっちが大人なのかわからなくなるよね」
「わかります……。テジュもタンスモーク食べちゃってて」
「まだ1袋ある」
「そうじゃなくてっ! 一緒にどんな味かなーってするのがいいんじゃないかっ!」
 やらかしたテジュに詰め寄るルー。テジュが謝っても簡単に機嫌は直らない。
 ご機嫌斜めは見てわかるが、もうそろそろ時間もないので七海は思い切ってルーに切り出す。
「ね、スマホを買ったらメールしたい……から、アドレス聞いても良いかな?」
 少し照れた様子の七海の提案に、ルーはみるみる顔を綻ばせる。
「もちろんだよっ! 嬉しい」
 メモ代わりになる紙を見繕って、自分のアドレスを書き記して渡す。
「ありがとう」
「こちらこそ!」
 微笑ましい友達のやりとり。テジュも優しく見守っている。
 ……これにエミルも加わっていたら完璧だったことだろう。だが彼女は現在、上野です。
 アンジェリカはスマホで撮影した、新幹線や車窓からの景色の写真を孤児院の兄弟やシスターに送信していた。日本でこんな物を体験したよ、と。
「喜んでくれるといいな」
 マルコの手がアンジェリカの頭を撫でる。暖かな手が、撫でる。
 東京駅に着くと、仙台の事物が妙に名残惜しいものに感じる。真次は、駅の飲食店通りで厚切りの牛タン定食が食べたかった。とろろとテールスープ付き、美味いに決まっている。時間がないので駅弁で済ませたが、やはり諦めきれなかった。
「やっぱり、改めて観光に行きましょうか」
「ん、賛成」
 たくさん美味しい物を食べましょう、と真次はエコーと約束を交わすのだった。


 ちなみに、駅弁を食べ終わった後から居眠りし続けていて、東京駅に到着しても誰にも起こされなかったレオとフォルドは、その後しっかりと清掃職員に揺すり起こされて赤っ恥をかいた。
 そして東京駅で解散する予定だったことを失念して、東京海上支部に突撃し、何故いるのですかと職員に不審に思われるという2度目の赤っ恥もかいたらしい。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 魔王の救い手
    填島 真次aa0047
    人間|32才|男性|命中
  • 肉食系女子
    エコーaa0047hero001
    英雄|8才|女性|ジャ
  • 希望を胸に
    アンジェリカ・カノーヴァaa0121
    人間|11才|女性|命中
  • コンメディア・デラルテ
    マルコ・マカーリオaa0121hero001
    英雄|38才|男性|ドレ
  • エージェント
    中城 凱aa0406
    人間|14才|男性|命中
  • エージェント
    礼野 智美aa0406hero001
    英雄|14才|男性|ドレ
  • 癒やし系男子
    離戸 薫aa0416
    人間|13才|男性|防御
  • 保母さん
    美森 あやかaa0416hero001
    英雄|13才|女性|バト
  • 死を否定する者
    エミル・ハイドレンジアaa0425
    人間|10才|女性|攻撃
  • 殿軍の雄
    ギール・ガングリフaa0425hero001
    英雄|48才|男性|ドレ
  • 今こそ我が刃を以て
    レオ・バンディケットaa3240
    獣人|16才|男性|攻撃
  • エージェント
    フォルド・フェアバルトaa3240hero001
    英雄|13才|男性|ドレ
  • 絆を胸に
    テジュ・シングレットaa3681
    獣人|27才|男性|回避
  • 絆を胸に
    ルー・マクシーaa3681hero001
    英雄|17才|女性|シャド
  • 絆を胸に
    五十嵐 七海aa3694
    獣人|18才|女性|命中
  • 絆を胸に
    ジェフ 立川aa3694hero001
    英雄|27才|男性|ジャ
前に戻る
ページトップへ戻る