本部

【SE】この愚神や抱える課題に対処せよ

岩岡志摩

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/02/29 16:24

掲示板

オープニング


 能力者と英雄。普通の一般人達。愚神と従魔が同じ空間にいた場合、多くの場合は、普通の人々の命を護るために能力者と英雄が共鳴化し、一般人達を護りながら、愚神や従魔達と戦う構図が生まれる。
 しかしこの施設の場合は、それらがいずれも戦うことなく存在している。
「いいか、俺達はお前を赦したわけじゃない。『約定』違反があればすぐにでもお前を討つ」
「あ、そう」
 H.O.P.E.より派遣された医師や看護師達は、『橘』というプレートを掲げた女性医師に敵意を向けながらも、『彼女』はあっさりとその敵意を受け流し、敵意を向けたH.O.P.E.のリンカー達も『彼女』と協力して、次々と運ばれてくる患者達への医療活動にあたる。
 どうやらこの施設に医師や看護師など、医療に必要な人員が揃い始めたと、周辺の人間達が判断したらしい。
 これまでなかった救急治療や、普通の総合病院にある各受診科目の役割を、然るべき機関を通じて『お願いされ』、今ではこの施設は、増築の末、この地域でほぼ全ての病気や怪我を診察し、治療が可能な総合医療施設へと様変わりした。
 そしてどこから資金を調達したのか、この施設には最新式の検査機器や治療機器が勢揃いしていた。
「全てラカオスが手配したものだから、私に聞かれてもね」
 先程H.O.P.E.のリンカーでもある医師や看護師達の敵意の先にいた、橘(たちばな)美弥(みや)こと愚神ヒーリショナーはリンカー達の追及に、淡々とそう応えた。
 同意や希望しない人間からライヴスを奪わない事。今患者達に行っている行為をその家族達に説明すること。今この施設にいる人達、そしてこれから来る人達が最期を迎える時は、家族のもとへ返し、家族に看取られる形にする事。
 それがこの愚神の存在と活動をH.O.P.E.が黙認する約定となっていた。 
 先の依頼で約定を制定後、患者の家族達へのヒーリショナーの能力の説明や、最後の時間を家族のもとで過ごさせる事が行われた。
 能力について家族の反発をH.O.P.E.は予想していたが、ラカオスという存在が既に家族達に説明し、納得させていたらしく、もめ事は起きなかった。
 愚神ヒーリショナーの所属する愚神集団『シュドゥント・エジクタンス』(ある筈のない存在達)には、まだ多くの謎が残っていた。


 そんな病院施設だが、ヒーリショナーを討伐する上での課題も徐々に判明してきた。H.O.P.E.が把握できただけでも3つ以上ある。
 1つ目は、この病院施設は患者や診察に来た人間達から『ほとんど医療費を受け取っていない』。
 実際に会計では、次のようなやりとりが時々交わされている。
「すみません。今月も……」
 言いにくそうに告げる、患者の家族に対し、会計窓口の職員はこう答えていた。
「ええ。支払いはいつでも構いません」
 ヒーリショナーが人間の医師、橘美弥として動く時、人間の法律に則った医療活動を行う。
 診察医療を行った場合、法律上では細かく決められた規定をもとに費用を計算し、患者に請求しなければならない。
 H.O.P.E.が確認した限りでは、その数字も計算方法も間違っていない。しかし患者に請求はするが、その場で支払えない場合は、無理強いはせず、最終的にはその費用を『ある名前の人間』が支払っている。
 その人間の名前は『泉津(よもつ)槐(えんじゅ)』。またの名を『愚神』ラカオスという。
 ラカオスとは、H.O.P.E.が把握している範囲では、愚神集団『シュドゥント・エジクタンス』を人間社会へ溶け込ませる知恵袋にして、愚神を名乗る人間らしい。
 そしてこの名前は入院が必要な患者が入院する際に、入院費用を確実に支払ってもらうために必要となる保証人がいない時に利用され、実際の費用は泉津槐ことラカオスが支払っている。
 その結果、この病院施設はラカオスの負担のもと、誰でもほぼ無料で診察を受けたり、入院が可能であり、治療を受けられる状態になっている。
 H.O.P.E.の視点では、ほとんど無料で診察を受けられ、入院できるという状況は、人間達がこの愚神のもとへ、その危険性を認識した上で自発的に集まるには十分すぎる条件だ。
 愚神の目的はライヴス収奪であり、費用負担などは愚神にとってどうでもいいのだろう。
 その価値観の違いを利用して、ラカオスはこの状況を仕組んだのだろうが、この状況に依存しすぎるのは危険だと判断できる。
 2つ目の課題はヒーリショナーからの提案だった。
「施設を運営しているラカオスは、私を害さない範囲でなら、この施設の運営を君達に任せていいと言っている。私は運営というものに興味はないから、君達が望むならどうぞ」
 愚神の言葉に、H.O.P.E.のリンカー達は、施設を譲渡してもいいと言わんばかりのラカオスの真意をはかりかねたが、うまくやれば施設を人間の手に取り戻せる事は間違いなかった。
 そして3つ目は、この地域でヒーリショナーがライヴスの主な収奪対象とする害獣の種類や数が、予想よりも多い事だ。
 害獣問題に取り組む学者たちに、H.O.P.E.がこの地域で害獣と呼ばれる動物達が生息する適性な数の計算を依頼したところ、この地域では、年間10000以上の害獣達を駆除しなければ、自然界でのバランスが取れないとの回答が返ってきた。
 しかし現状では、各自治体が国の法律上駆除を許されているのは1か月につき30以内と、法律と現状にひらきがあり、山林に棲む害獣達と、人間の住む領域との間にヒーリショナーのドロップゾーンが居座った結果、通過する害獣達を捕え、害獣達のライヴスを収奪し続けるので、この地域における獣害を激減させている。
 そしてH.O.P.E.が新たに把握できた害獣は、木々を飛び回り、人間の家を破壊して押し入り、人間を襲い怪我をさせ、病気を感染させ、人間の食べ物を奪う猛獣だ。
 しかし法律上は絶滅危惧種なので、捕獲自体が規制されている存在で、この存在を駆除する権限を国は自治体に与えていない。
 H.O.P.E.には法律に縛られない行動ができる、超法規的措置を行う権限が認められているため、施設運営も獣害対策もやろうと思えばできる。
 ただ、この病院施設の運営や様々な根回しを行うラカオスという『愚神を名乗る人間』が提示している好条件を翻して、一般的とされる病院運営を行った場合は、間違いなく医療を受けられない人間達が続出し、その責任追及や不満の矛先がH.O.P.E.に向けられる可能性が高い。
 そして無償で山の中を駆け巡り、年間1万もの害獣と、絶滅危惧種だが人に危害を加える猛獣たちを駆除してくれるエージェントがいるのかどうかも疑問だった。
 そんな状況の中、橘美弥の名前で各経費が支払われ、大きくなった施設の運営や各課題とどう関わり、行動するかを選択する依頼がH.O.P.E.より斡旋された。

解説

 ●目標
 ヒーリショナー及び所属する愚神集団『シュドゥント・エジクタンス』(ある筈のない存在達。略称『SE』)が関わる病院施設の運営や、愚神が対処している獣害に取り組む。
 できそうな策の案として以下のものがあるが、選択や判断は自由。
 1:時間のある時に山中を駆け回り、無償で年間1万の害獣達を駆除する事を目指す
 2:法律上駆除できない猛獣達を自分達で駆除する
 3:自分達が患者の治療活動に取り組む形で普通の患者達を愚神から守り、ライヴス収奪の範囲拡大を防ぐ
 4:その他有効と思われる行動を実施する
 他の人々の迷惑にならない範囲での行動は自由。この愚神への攻撃は現状では厳禁だが、交流は可能。

 登場
 愚神ヒーリショナー
 人間の時の名は橘美弥。ケントゥリオ級。治る見込みのない末期患者の介護や看病が得意だが、正式な医師免許もあるので大概の医療行為が可能。外見上は細身の女性医師の姿。
 
 特殊能力
『痛み喰い』
 人からライヴスを喰う時、がん細胞や痛みを司る部位など、特定の部分から喰い、その人のがん等を『喰ったり』痛みを抑えるなどの効果があり、受けた人は痛みのない生活をしばらく送る事ができるが、ライヴスを喰われている事に変わりなく、健康になったり寿命が伸びたりしない。
 
 ラカオス
 SEの知恵袋的存在で人間。SE所属の愚神達を簡単には討たせないよう暗躍中。

 従魔達
 ミーレス級。肉体労働系の作業に使用される。戦闘能力は低い。

 患者達
 『彼女』のもとへ自分の意志で集った末期患者達。家族を含めた全員が『彼女』の正体を承知の上で『治療』を望んでいる。前回の依頼の結果、最後の時間は自宅で過ごすようになった。

●状況
 とある街にある病院兼介護施設。小高い丘の上にあり、周囲に人気は少ないが施設も拡張され、H.O.P.E.からの人材派遣により、高待遇で職員が働ける労働環境と設備が揃う総合病院になりつつある。

リプレイ


 とある地方の小高い丘にある施設へ、H.O.P.E.別働隊の送迎を受けて到着したエージェント達は、H.O.P.E.別働隊への御礼もこなしつつ、到着するなり激務に追われた。
 本来終末医療として期待されたはずのこの施設が『ある存在』の活動により、総合医療施設となり、そのやり方が問題をややこしくした。
 現時点で克服すべき課題は少なくとも2つ以上ある。
 1つ目はほぼ無料で診察を受け、治療を受ける為、払えない人達が押し寄せている事。2つ目は獣害を引き起こす害獣達の数と種類が予想以上に多い事だ、
 総合病院と化し、無料診察によって生じる課題への対処はカグヤ・アトラクア(aa0535)とクー・ナンナ(aa0535hero001)、榊原・沙耶(aa1188)と小鳥遊・沙羅(aa1188hero001)、迫間 央(aa1445)とマイヤ サーア(aa1445hero001)が手分けして行い、葛井 千桂(aa1076)と転変の魔女(aa1076hero001)は仲間の活動支援にあたる。
 うち転変の魔女は、今回の状況を引き起こしたラカオスに連絡を入れ、施設に来るよう手配を終えていた。
 またこの施設やこの地域に愚神が居座る根拠の一つ、地域の獣害を激減させるドロップゾーンの現状や、害獣達の実情をそれぞれ調べ、対処を見つけ出す為の活動には赤谷 鴇(aa1578)とアイザック ベルシュタイン(aa1578hero001)、咲魔 慧(aa1932)とファンブル・ダイスロール(aa1932hero001)が動き、調査の際、駆除できる害獣は駆除する予定で早瀬 鈴音(aa0885)とN・K(aa0885hero001)も動き回り、持続的な駆除方法の確立には宿輪 永(aa2214)と宿輪 遥(aa2214hero001)が、通話先の担当官と交渉する形で行い、それぞれが強固な意志をもって向かい合う。
 H.O.P.E.に新たに配属したエージェント達への訓練を兼ねて、害獣駆除ができないか。
 そう永が担当官を介し、H.O.P.E.に害獣対策の一環となる具体策を提案した結果、担当官より『住民達の安全が守られる事が大前提ですが、仮想敵として害獣達を倒す新人用の訓練依頼を斡旋してみます』との回答を得た。
「……よろしく……頼む」
 口調こそ億劫そうだったが、今後に向けた布石を打つべく、永や傍らにいる遥も精力的に動いていた。
 拡張され、総合医療病院となったこの施設だが、これまで派遣されてきたH.O.P.E.の人達の尽力もあり、この施設にいる橘(たちばな)美弥(みや)こと愚神ヒーリショナーには通常の患者達の医療には一切関与させず、ヒーリショナーの医療活動範囲は末期患者達の集う、本来の施設の区画内に限られており、沙耶のH.O.P.E.への依頼でこの施設の組織構成も把握できた。
 この施設の長や経営陣は人間が揃っていたが、調べた限り得意技が『丸投げ』『保身』『指示待ち』という、とても安心して事後を任せられない顔ぶればかりだった。
 その中に曖昧な職務名で泉津(よもつ)槐(えんじゅ)ことラカオスもいたが、この施設での実質的運営者はラカオスだろう。
 そのラカオスには、転変の魔女の他、やるべき事を済ませた後、央、沙耶達や遥が話をつける。
 そして皆様による各問題への取り組みが始まる。


 まず治療費に関する問題は、請求と支払いを適正な形に修正する事から始まった。
 緊急の治療を要したり、この施設が本来診ていた末期患者については受け入れるが、そうでない普通の患者達については、H.O.P.E.を介し、周囲の病院へと効率的に振り分けていき、本来の入院患者数に近い数まで減らすことができた。
 これは自治体に過去所属していた央の知識と、助力するマイヤ、永の労力の貢献が大きい。
「役所の外に出てまでこんな話に関わりたくなかった……」
「次回から患者の方々も、自分の手でなんとかするって言ってたから、今回は頑張って」
 施設内にある執務室を借りて、うず高く積まれた書類を丁寧に処理しながら、央はため息をつくが、央の努力で減った書類の山が、マイヤの運んできた『増援』を得て、再び屹立する中、永も書類に立ち向かう増援として現れ、央とマイヤ、永は力を合わせて書類の山との『格闘』を再開する。
「永さん、ありがとうございます。これで、何とか目途がつきそうです」
「俺は、俺の……出来ること、を、やる……」
 央と永はそれぞれのできる事をこなしていた。
 央の話では、国や自治体のほうでも医療費を払えない人を救済する様々な制度が存在するとの事だ。
 例えば高額療養費貸付制度など、無利息で治療費を貸してくれる制度もある。
 必要な書類を揃えて申請手続きをした上で、『然るべき機関』より認可が下りる場合という前提つきながら、借りたとされる治療費も、その人間の所得などに応じ、幾分かは返済が免除される制度がある。
 そうした治療費が払えないが、医療を受ける人達を助けるための相談窓口が、国の福祉関係で地方に存在する各機関や自治体に存在する。
 それを知ったカグヤ、千桂、転変の魔女、沙耶、沙羅達は、その制度を患者達に知らせて回ると共に、その制度を患者達が利用できるよう、央や永と共に奔走した。
 そんな制度があるにも関わらず、何故今回この病院施設へ治療費の払えない人達が集まってしまったのかについては、かつて自治体に勤めていた央が、永と共に書類との『格闘』の末、マイヤに支えられ、疲れた声で仲間達にこう言った。
「私がいうのもなんですが、この件に関しては国も自治体も、宣伝が下手だと思います」
「自分で……調べる、しか、ない」
 央と永の言う通り、それは『調べてみて、初めてわかる』もので、実際にこの施設へ集まる治療費の払えない人達に、カグヤ、千桂、転変の魔女、沙耶、沙羅達がその制度の内容を丁寧に説明すると、一様に『そんな制度があるなんて知らなかった』と異口同音に驚いた声を上げるほど、認知度は低かった。
 大多数の患者達をこの施設から余所の病院へ振り分ける事ができたが、それでも幾つかの『症状』については、沙耶、カグヤ、千桂達が対処した。
 脳医学が専門の沙耶が、今は外科医としてある子供を診察しながら連れてきた『親達』からの説明を聞いていた。
 子供が足を滑らせ階段から落ちて怪我をした。払える金がないから無料で治療してほしい。
 しかしその説明と、目の前で挙動不審な母子の様子に不審に思った沙耶は、周囲にいる看護師達に親達を一度部屋から出すよう指示し、子供に視線に合わせて告げた。
「ちょおっと時間はかかるけどぉ、色々調べさせてねぇ」
 驚く子供の同意を取り付けた後、沙耶は医院にある身体の中も確認できる様々な機械を駆使し、子供の抱える全ての怪我の具合を把握し、判明した『病状』を動かぬ証拠として父親に突きつけた。
「正直に話した方がいいわよぉ。診察したところ『この子供の怪我は継続して受けていた』という結果が出たしねぇ」
 診断の結果、子供の顔の下にある身体に刻まれた、夥しい数の打撲傷と内出血。骨への損傷、高熱の細い棒を押し付けられたと思われる無数の火傷など、『父親』の話す内容とはかけ離れていた『症状』が確認できたが、『父親』はこう言い放った。
「しつけだ。てめえらはただ治療すればいいんだよ」
「これは暴行による傷害でぇ、犯罪なのよねぇ」
 犯罪と言われた『父親』が、拳を振り上げ沙耶の顔を殴ろうとしたが、その背後に回り込んでいた沙羅がその腕を反対方向へ捻じり上げて抑えこむ。
「医者にも暴力を振るうなんて。あんた、何様のつもりなの?」
 共鳴せずとも、この程度の人間なら沙羅は造作もなく無力化できる。
 やがて『父親』は、別の場所で他の患者の診察や治療に当たりながらも、この状況を目撃した千桂からの連絡を受けて、駆けつけたH.O.P.E.別働隊によって、沙耶や千桂が別働隊へ頭を下げる中、連行されていく。
 『父親』の姿が消えると、それまで感情の乏しかった母親と子供の顔が、安堵、そして涙に歪んだところで、千桂と転変の魔女が、優しく母子を抱きしめ、その嗚咽を受け止めた。
「もう、大丈夫です」
「あなたの『症状』も診させて下さい」
 千桂と転変の魔女の優しい声に母親も頷き、沙耶や千桂の診察を受け、同様の『被害』が確認されると、それも記録したうえで、早急に治療が必要な部分を共鳴化し、沙耶や千桂がライヴスを回復力に変えて母子をそれぞれ治療したうえで、H.O.P.E.に依頼し、H.O.P.E.別働隊の手で、H.O.P.E.の手配した保護施設へと、母子は搬送される。
 一方、末期患者へ医療活動を行う区画に足を運んだカグヤとクー達も、その診察室で不穏な空気を纏う患者と応対していた。
「どこが悪いのか診せてみよ」
 カグヤがそう言うと、男はこう言った。
「見せたくない。ここで痛みがとれるんだろ。さっさと愚神のところへ通しやがれ」
 これは何かあると感づいたカグヤが、無意識に男の抑える箇所を、密かに男の背後に回り込んでいたクーと連携して、男を抑えこみ、診察する。
 それは銃弾を受けた時にできる銃創と呼ばれる傷だった。
 病院では刀創や銃創など、明らかに犯罪に繋がりそうな負傷を確認した時、警察などに患者の名前や負傷状況などを通報する義務がある。
 カグヤは念のため、H.O.P.E.を介してこの男の身元を照会し、被害届や関連する事件がなかったか確認したところ、警察が所有する、過去何らかの犯罪を犯した者を登録するデータの中の人物と一致した事、その者がヴィランのいない裏組織に所属しており、最近その組織と別の裏組織が争った事件があったとの回答を得た。
「案ずるな。証拠はとった上で正規の治療は受けさせるゆえ」
「その後連行されるんだろ。冗談じゃねえ。さっさと俺に愚神の痛み喰いとやらをさせろ!」
 眠そうな顔のクーが、なお喚き散らす患者の耳元に、着ぐるみを纏う顔を近付けて、辛辣な言葉を呟いた。
「……そんなに愚神に、喰われたい?」
 痛みどころか、命喰われるよ。
 少なくとも、全て承知の上で『痛み食い』という名のライヴス収奪を望む末期患者達は、例外だ。
 そしてこの場に集うカグヤを含むH.O.P.E.エージェント達は、愚神から人間達を護る役割を最優先に考え、患者を名乗るこの男は、愚神のライヴス収奪がいかに危険か理解していない。
「ま、別の場所で頭を冷やしてもらうかの」
 いつしかカグヤも、冷えた笑みと共にH.O.P.E.別働隊へ連絡を入れる。
 その間にもカグヤとクー、フォローの為かけつけた千桂と転変の魔女の4人がかりで男を抑えこみながらも、様々な診察機械を駆使して銃創に関する情報を収集した後適正な治療を施し、諸情報を添付した書類を、駆けつけた別働隊に渡す。
「いつもすまぬな」
 カグヤが別働隊の者達に頭を下げると、別働隊の人達も嬉しそうに頭を下げながら、男を診察室から連行し、カグヤ、クー、千桂は末期患者の世話をする為、愚神ヒーリショナーこと橘(橘)美弥(みや)のもとへ向かう。


 アイザックと共鳴した鴇、ファンブルと共鳴し、雷を思わせるライヴスを纏う戦士の姿となった慧、N・Kと共鳴した鈴音ならば、健脚は常人とは比較にならず、人の眼には鬱蒼とする森にしか見えない山野も、立派な道となる。
「年間1万……。どんな山林ですか、ここ」
「年間1万頭も駆除する必要がある時点で、既に自然のバランスは崩れ過ぎと思うんだがな」
 鴇や慧はそう考え、街の人々からの聞き込みや、可能な限り集める事のできた資料を調べ、それらが何であるかを知った。
 その間に慧は央と連絡を取り、畑の作物を護る手段がないか尋ねたところ、央から朗報が返ってきた。
『農家の方が畑を護るための設備費用を助成する制度が自治体にはあります。窓口は……』
「助かった。ありがとな、央」
 央から教わった内容を慧は住民たちの内、農業を営む人達へ、その制度について説明して回り、自衛策を講じる事に成功する中、鴇がこの地域へ最も被害を与える害獣達を特定していた。
 その俗称は『シカ』や『イノシシ』と呼ばれる生物達だ。
 鴇や慧の調べた範囲では、まず密猟や乱獲による数の減少と、これを元の数に戻そうと狩猟を厳しく制限する法律が制定されたのが発端だった。
 次に、元々山林だった地域を住宅地や畑に変えた結果、畑の農作物が山に近づく形となり、さらに狩猟目的で生存率の高い遺伝子を持つ鹿や猪が、人間の手でこの地域に持ち込まれたことが、鴇のH.O.P.E.を介した調査で確認されている。
 この結果、鹿や猪は法律に守られ、畑から農作物を喰ったり、あるいは人間達の害獣の子供への『餌付け』によって、人間の作る農作物の豊富な栄養に支えられ、その繁殖力が発揮され、数を増やしていった。
 鹿は1年に1回、メスが1頭を産み、猪はメスが年に2回、平均各4頭の子供を産む。
 現在の生息数は、縦横1kmの範囲内にいる鹿や猪の数を各地点から算出し、平均を出した末に山全体の面積に広げた数値で、実測値ではないが平均して1キロ平方kmあたり、鹿は約90頭、猪は約120頭以上生息するとされる。
 仮に1平方kmの中の頭数のうち、3分の1が繁殖可能なメスとした場合、1年で産まれる子供の数は、鹿は約30頭、猪は約240頭以上産まれる計算となる。
 これを鹿や猪が生息するとされる地域の面積約200平方kmに当てはめると、鹿は年間約6000頭、猪は約48000頭の子供を産むと見なされる。
 当然それだけの数が生息できるほど山での食い物は豊富ではなく、産まれた子供の半数は1年目の冬で自然淘汰されたり、親も寿命で淘汰される数も多いが、それらの因子で差し引いても、やはり合計10000頭以上の駆除が必要と試算する資料や情報を前に、鴇や慧も愕然としたが、一方で希望もあった。
「害獣を捕食する生物ですが、姿こそ見せませんが、いるにはいるみたいですね」
 鴇の言葉に慧も豪快に頷いた。
「生きてる間は手を出さないが、死んだら土に帰してくれる生物の類はいるらしいな」
 仕留めさえすれば、後は自然が処理してくれる。それだけでも慧や鴇には朗報だった。
 そして住宅地を廻り、実態調査と共に、住民達に被害を与えている猛獣を始めとする動物達の駆除に回っていた鈴音が、その健脚を生かして合流を果たす。
「人を襲う絶滅危惧種の猛獣だけど、やっぱり『サル』だったよ」
 鈴音が借り受けた撮影用カメラには、家の窓をこじ開け、家の中で逃げ惑う住民達に襲いかかる猿たちの姿が映っていた。
 ついでその姿が鈴音の手に掴まれては家の外へと強引に放り投げられ、家の外に出たところでさらに鈴音の手で、猿が周囲の人目のつかない場所へ投げ出され、疾駆して追いついた鈴音とアロンダイトの一閃で猿を血煙にする『駆除』も映されていた。
 鈴音はH.O.P.E.にこの地域で生息する猿の数を確認したところ、およそ60頭が2つの群れを作り、ドロップゾーンのある山奥よりもはるかに手前にある、住宅地近くにそれぞれねぐらを構え、交互に人間達を襲っているとの事だったので、今回鈴音は、現時点で人家に押し入ったり作物を荒らす猿だけを全て始末した。
「この猿達が、害獣の中では一番住宅地に近い場所にいるみたいだよ」 
 ドロップゾーンがあるとされる場所へ疾駆する、鴇と慧に映像と借用した現地地図を見せながら、同じく疾風となって疾駆する鈴音が文具を走らせ、地図にねぐらの位置を指し示す。
「位置を考えますと、猿はドロップゾーンによる『捕獲』を受けていないようですね」
 高速で後退する山の木々を駆け抜けながら、鴇は問題のドロップゾーンのあるとされる地点に丸をつけて、現状を確認する。もうすぐ、問題のドロップゾーンだと鴇の顔が引き締まる。
「ドロップゾーン1つで獣害が激減するとは思えない」
 何か細工があると言外に慧がこぼし、鈴音も常人離れした機動で木々の間を縫いながら頷いた。
「今回はゾーンにどんなルールがあるのかわからないから、周辺の実情を把握する事に留めようね」
 実際はもっと何度も人数を集めての調査が必要だけど。
 そんな鈴音が内心呟く中、3人の前にドロップゾーンが現れた。
 『それ』は一見すると、数m先も見渡せない、木々の生い茂る鬱蒼とした空間だった。その周辺には、以下の文言が書かれた何本もの看板が立ち並ぶ。
 『この先私有地につき、人の立ち入りを禁ず』
 人間にはその文字はわかるが、害獣達にはそんな文字などわからず中に入り、そのままライヴスを喰われる。
 念のため、鴇、慧、鈴音が手分けして周辺の状況も確認し、鈴音はカメラに情報を集め、鴇と慧は周辺の植物や、『あるもの』を回収し、必要な情報を集め終わった3人は急いで施設へ向かう。
(後々を考えると、害獣の子供を狩るのが有効かな)
 余人に聞かれぬよう、内にいるアイザックにのみ、鴇は自分の考えを告げる。
(不穏……とは、言い切れないかな。今回調べた限りじゃ)
 アイザックもまた、内より控えめな声で応じた。
 その施設の厨房では、千桂と転変の魔女が、用意されたマグロを素材にしたオードブルにもなる料理を作成していた。
 まず用意したマグロの肉の部分を千桂が全身に巡るスジを丁寧にとりながらスライスし、それぞれの皿に広げる。
 そこへ転変の魔女が皮と種を除き、丁寧に薄く、千切りにし、カリカリに炒められたカボチャを上から添え、千桂がバルサミコ酢、オリーブオイル、塩コショウを絶妙な分量で混ぜたソースをかけ、転変の魔女がスライスし、辛みがなくなるまで水洗いされた玉ねぎが脇を固め、それぞれの素材の味を絶妙に引き出す。
 完成したまぐろのカルパッチョは、この場にいる人達や、施設へ戻り、別働隊へ『集めてきた情報』を提出した鴇、慧、鈴音にも振る舞われ、2人の料理は大好評を得た。
 本来であれば持参したマグロ1本を使うつもりだったが、厨房に来たラカオスからの『好意』で、この施設に集う人数分のマグロの部位が提供され、千桂と転変の魔女はそれを使わせてもらった。
「橘さんの好物は何ですか。色々な料理を用意できます」
 同席していた橘に千桂はそう尋ねるが、橘は淡々とこう応えた。
「摂取はできるが、好みはない」
 それは愚神も人間と同じ食事をとることもあるという、新たな情報でもあった。
 そしてエージェント達はラカオスと橘を分け、それぞれの形で向き合った。
 まずは転変の魔女からの『今後は治療費の支払いを控えてほしい』との申し出を、ラカオスは了承した。
「後は皆様にお任せするつもりでした。そして皆様が施設運営のために必要な資金確保の手段も用意します」
 その言葉に転変の魔女は安堵し、沙耶は警戒を滲ませる顔をラカオスに向ける。
「ただ資金を提供する話ではなさそうねぇ。他の愚神や獣害とかが絡んでいるのかしらぁ?」
 沙耶の探る声に、ラカオスは頷いた。
「私達『シュドゥント・エジクタンス』(ある筈のない存在達)のうち、エンヌという名の愚神が、海で人間の漁師達が駆除を望む生物たちのライヴスを収奪しています。その収奪やその場所に、貴方がたH.O.P.E.が関われば、資金確保が可能になります」
「資金確保に繋がるなら、漁師の方々が見逃すとは思えないのですが。貴方の本意は何ですか?」
「貴方がたエージェントでないとできない内容だからです」
 央との応答を縫うように、密かに近づいた遥がラカオスにある事を問いかけた。
「どうして愚神に協力を? 愚神や従魔が、憎くはないのか?」
 遥の問いに、ラカオスはくせのある微笑を遥と央に向けて、こう答えた。
「『私』に憎しみや本意を抱く資格などありませんよ」
 やはりこの『人間』は何かが不自然だ。そう央は考える中、遥は永の助けになる様な事がないかラカオスに尋ね、遥は『ある事』を得た。
「悲しみを軸にして物事を考えるか、未来を軸にして考えるか。そうハルに伝えればいいんだな?」
 そう問う遥にラカオスは頷いた。
「そしてこれも伝えるかのご判断は貴方にお任せします」
 そしてラカオスより遥に『何か』が伝えられ、遥はその内容を内心驚きを隠しつつも記憶する。
 その間にも、橘と千桂、カグヤ、クーの対話が続く。
 強くなりすぎると敵が増えることも覚えておいて。
 こっそりと、クーから密かに寄せられた言葉に橘は頷きで返す中、カグヤもまた橘との会話を重ねるが、その中で、この愚神の掴みどころのなさを感じ、無駄と知りつつもカグヤはある事を尋ねた。
「ライヴスの収奪は止められぬのか?」
 カグヤの問いに、橘はゆるく首を横に振った。
「私とライヴス収奪は、『絶対に』切り離せない」
 それまで黙っていたN・Kが、橘に向かいおっとりとこう尋ねた。
「実際ライヴス集めとかって順調なの?」
 うまく害獣同士の縄張り意識を利用しているようだけれど。
 鈴音達の調査の結果、害獣達の間にも縄張り意識と呼ばれるものが存在する事が判明した。その証拠も今回の調査で入手して、提出済みだ。
 特定の地域からその動物がいなくなると、同属の動物がそこを自分の縄張りにしようとやってくる。
 そして食べ物を求めて山林を駆けおり、ドロップゾーンがある場所で『消え』、また別の同属が縄張りを求めてやって来るという流れが繰り返され、ドロップゾーンに吸い寄せられる形で、害獣達は姿を消していく。
 そこを通らない害獣達もいるので、地域の獣害は依然残るが、その対策も兼ねた、餌を絶やして自然に害獣を減らす方法として、鈴音や鴇、慧はこの山を害獣達の通れないフェンスで囲むことをも考えていたが、費用面などで、現実的には難しく、やはりこのドロップゾーンは現状では即時消去は難しいとの見解で一致している。
「現状維持や、医療に専念することは難しいかな?」
 そう問う鈴音には、この愚神とは相容れないが、可能な限り現状維持を続けさせ、その間に獣害問題を解決し、住民達の安全を護る意識が根底にある。
「わからない。君達の知識でいう医療活動は続けるが」
 恐らく千桂も鈴音と同様の想いがあったのだろう。
「何かあればご連絡下さい。橘さんにはできる限りのことはしますので」
 千桂は真摯な態度で橘にそう訴たが、橘は千桂からの言葉を、緩く首を振って拒んだ。
「私は君達が定義する愚神と大差ない。相応のこともしている」
「どういうことなの?」
 N・Kの問いに、ヒーリショナーは淡々とこう告げた。
「君達の口にする橘美弥は、『この身の本名』だ」
 話を聞いていた千桂は、ある可能性に気が付き、それを口にした。
「今、私達が目にしているその姿は……」
 ヒーリショナーが頷いた。
「橘美弥。それが『私が全てを奪った人間』の名前」
 その後橘の告げた内容に、鈴音や千桂、カグヤは『腹を割った話』をこの愚神はしているとわかり、彼女らはその内容をそれぞれの形で受け止めた。


 やるべき事を終えエージェント達が施設を後にする。
「……軸……角度か」
 遥からの言葉に、思うところはあったらしく、そう永は呟く中、ラカオスから『伝えるか任された』内容も遥から伝えられ、永は首を傾げた。
「何だ?……それは」
 人間達に大切なものを奪われ続けたから、人間という種族全体を憎む存在がいる?
 ラカオスから話を聞かされた遥も困惑していたが、それでも永に『日課』を尋ねた。
「ハル。今日の誓約は?」
 遥から本日の課題を聞かれた永は『論より証拠』と言いかけ、次の言葉を口にした。
「知行合一……だな」
 真に知る事とは必ず行動を伴う。今回のように。
 その間にも遥や残りのエージェント達もそれぞれの形で別働隊への感謝を忘れず、帰路に就く。
 ヒーリショナーは、鈴音やN・K、千桂やカグヤ、クー達に淡々と、こう告げていた。
「全て『私』は橘美弥から奪った。その知識も。もっと生きたいという願いも。医者になりたいという夢も。いつか自分も大切な人を得て、暖かい家族を作り、共に年を重ね、大切な家族に看取られ最期を迎えたいという望みも、何もかも」
 嘘もつかず誤魔化すことなく。この愚神は『相容れない』事柄をこう続けて伝えた。
「私は『橘美弥』という人間に外れない所作を続け、人としての知識と技術と修練を蓄積し、医師となり、ここでライヴスを収奪している。私が人間達に医療行為をしているのは、その方がより長く、多くライヴスを収奪できるからだ」
 人間が乳牛の飼育や体調管理、医療を行い、乳牛から乳製品をより多く、長く収穫できるように。
「君達の知識から見れば、私は『災厄』だ」

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 果てなき欲望
    カグヤ・アトラクアaa0535
    機械|24才|女性|生命
  • おうちかえる
    クー・ナンナaa0535hero001
    英雄|12才|男性|バト
  • 高校生ヒロイン
    早瀬 鈴音aa0885
    人間|18才|女性|生命
  • ふわふわお姉さん
    N・Kaa0885hero001
    英雄|24才|女性|バト
  • 非リアを滅す策謀料理人
    葛井 千桂aa1076
    人間|24才|女性|生命
  • 非リアを滅す策謀料理人
    転変の魔女aa1076hero001
    英雄|24才|女性|バト
  • 未来へ手向ける守護の意志
    榊原・沙耶aa1188
    機械|27才|?|生命
  • 今、流行のアイドル
    小鳥遊・沙羅aa1188hero001
    英雄|15才|女性|バト
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • 馬車泣かせ
    赤谷 鴇aa1578
    人間|13才|男性|攻撃
  • 馬車泣かせ
    アイザック ベルシュタインaa1578hero001
    英雄|18才|男性|ドレ
  • 全方位レディガーディアン
    咲魔 慧aa1932
    人間|26才|男性|攻撃
  • エージェント
    ファンブル・ダイスロールaa1932hero001
    英雄|70才|男性|ドレ
  • 死すべき命など認めない
    宿輪 永aa2214
    人間|25才|男性|防御
  • 死すべき命など認めない
    宿輪 遥aa2214hero001
    英雄|18才|男性|バト
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