本部

サキガケ

雪虫

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 7~10人
英雄
10人 / 0~10人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/01/30 19:03

掲示板

オープニング


 生きている気がしなかった。毎日毎日毎日毎日砂を噛んでいるような気分で。世界が色褪せて見えていた。右を見ても左を見てもクソつまらない事ばかりで。何かが欲しい。楽しさが欲しい。色が欲しい。このつまらない毎日を変えてくれる何かが欲しい。そんな素晴らしい爽快感でこの視界を埋め尽くせたら、そうしたら俺も生きてる意味とかいうヤツがほんの少しは分かるんじゃないか。ブルブルと指が震える。誰にも気付かれないようにそれをぐっと握り締める。そのまま骨を折る想像に脳の髄が溶けそうになる。もしもこの指をぐしゃりと折る事が出来たなら。この目に映る全てを叩き潰す事が出来たなら。きっとそれは俺の世界を変えてくれる何かになるかもしれないじゃないか。少年は口元を吊り上げ、机上の辞書をその手に取る。目尻が裂ける程に見開いて、目の前の少女のセーラー服へと近付いていく。手を振り上げる。振り下ろす。何かを殴った感触がする。悲鳴。爽快。笑みが零れる。これを。もっと。もっともっともっともっと


「D駅でヴィランが暴れ回っている」
 オペレーターの顔は蒼白だった。何から説明すべきなのか迷い、視線を巡らせ、そして最優先事項から口にする。
「詳細は移動中端末にまとめて送るが……極めて危険なヴィランと推測される。お前達は『マガツヒ』という組織を知っているか。破壊を至上主義とする暴力集団……このヴィランが、そのマガツヒのシンボルマークである『黒丸に一つ目』を掲げている。だからと言って、こいつがマガツヒの正式な構成員であると言い切る事は出来ないが、このマークを掲げている事自体がこいつの危険性を示している。一般市民にすでに被害が出ている。被害拡大の危険もある。大至急現場に向かってくれ」
 ガイル・アードレッド(az0011)はオペレーターの発言に悲痛な表情を浮かべた。あなた方もそれぞれの感情を胸の内に抱えながら、任務を全うするべく移動用のバスへと駆け出した。


 男は目の前の光景に息を吐いた。瓦礫の上に倒れ伏す人、人、人、人……常人であればその光景に悲壮感を覚えるだろう。だが男はこの光景に爽快感を覚えている。この感覚がもっと欲しい。あの時クラスメイト達を辞書で片っ端から殴り倒したような爽快感が。もっと叩きたい。もっと潰したい。山猿のような巨大な獣が牙を剥いて吠え、笑う。
「ヒヒャハハハ……ゲヒヒャハハハ、ハハハハハハハハッ!」

解説

●目標
 一般人救出及びヴィラン討伐

●敵情報
 ヤマザル
 「人間が化け物と融合してさらに巨大な化け物になった」「黒丸に一つ目を掲げている」という通報から「愚神と契約したヴィラン」と目されている。3メートル近い山猿のような姿をしている。被害者のライヴスをすでに吸収している可能性が高く、デクリオ級以上と推測される。
(PL情報)
 本名ゾウガアキトシ。元服役囚。収監先の刑務所から脱獄後消息不明になっていた。現状の認識ではヴィランだが、契約した愚神とすでに融合を果たしているため実質的には愚神。残っているのはわずかな記憶と破壊衝動のみ。「殺す」より「叩き潰す」という事に執心している。自分が傷付く事に快楽を見出している節があり、ダメージを受けても怯まずそのまま突撃してくる。
 アクティブスキル
・塵払い
 周囲にある瓦礫や人間を掴んで投擲する
・塵穿ち
 巨体で敵に突進する
・塵潰し
 腕を振り回し範囲5スクエアにいる敵を無差別に攻撃する

 パッシブスキル
・禍の狂持
 二回連続で攻撃を行う。例:塵払い後、即塵穿ち
・傷華
 生命力が減る程攻撃力が上がる

●マップ情報
 D駅広場
 20×20スクエア。現在瓦礫と一般人10人が点在している。一般人の年齢・性別はバラバラ。まだ息はあるが自力で動く事はままならず、動けたとしても動いた瞬間に標的になるだろう。時刻は日中。曇り。天候が崩れる可能性あり。現場にはバスで移動する。

●NPC
 ガイル・アードレッド/デランジェ・シンドラー
 お騒がせNINJYAと忍ばぬASSASSIN。回避適性/シャドウルーカ―。
・縫止
 ライヴスの針を発射し、対象の行動を阻害する
・潜伏
 全身をライヴスで覆い、見つかり難くする
武器:ニ丁拳銃「パルファン」

●持ち物情報
 無線機、各自携行品。他必要物品があれば申請可だが、緊急を要するため用意出来ない場合もある。

リプレイ

●車中
「あなたが噂に聞く『サルトビ“NINJYA”ダイナゴン』様なのですか?」
 涼やかにして温和な声に、ガイル・アードレッド(az0011)は顔を上げた。海神 藍(aa2518)は青紫色の瞳を柔らかに細めると、片手を胸の前に当てぺこりと会釈をしてみせる。
「同じ戦場に立てるとは……光栄です、共に勝利を」
(兄さん……その呼び方は冗談なの? 本気なの?)
(いや、少し緊張をほぐしたほうがいいかと思ってね)
 自分を何故か「兄さん」と呼ぶ英雄にして相棒の禮(aa2518hero001)のツッコミ混じりの問い掛けに、藍はひそひそと答えを返した。すでに事は始まっている。もしかしたらもう手遅れになった者もいるかもしれない。けれど、待ってる人がいる、まだ間に合うかもしれない。その為の露払いは、エージェントにしか出来ない……今、ここにいる者達はそれぞれの思惑を抱えながらも、目的だけは同じくし戦いへと赴く最中だった。
「忍者さんには先行してもらい、潜伏して斥候をやってもらいたいんだが、頼めるか」
 藍の後ろから白の羽織に赤い袴、黒い獣耳と尾が印象的な五郎丸 孤五郎(aa1397)がガイルに向かって声を掛けた。男とも女ともつかない端正な顔立ちを、凛と引き締めて孤五郎は言葉を続ける。
「救助対象が何処にどんな状態でいるのかを事前に知っておきたいんだ。状況次第では偵察完了を待たずに始動する事になるかもしれないが、情報はあった方がいい」
「あとは遊撃をお願いしたい。戦闘班と救助班の繋ぎや、敵が一般人に向かった時の足止めをしてもらえると助かる」
「私とシルミルテは、現場に着いたら即突撃するよ。まぁ、ガイルさんは任務をこなしつつ、よりNINJYAらしくしてくれていいと思うけど。ただ、もし『敵』の足元近辺に要救助者がいたら厄介だから……一緒に突撃してもらって、要救助者がいたらそっち救助してもらえたりすると、ものすごく助かる。うん、ものすごく」
(口車に乗セヨうトしてル……)
 リィェン・ユー(aa0208)と佐倉 樹(aa0340)の言葉に、ガイルはそれぞれ仲間達の顔を見渡した。シルミルテ(aa0340hero001)は相棒の思惑に心の中で感想を述べたが、シルミルテの心の声はガイルには届かない。
「ラ、ラジャーでござる! テイサツ、ユウゲキ、キュウジョ……NINJYAらしく頑張るでござる!」
「久々の機会だけど……見捨てるにはちょっと時間の余裕がないね。急がなきゃ」
「ソのネタ継続してルノネー……次にしヨ、次」
 拳を握り締めるガイルの前で樹が淡々とこそりと呟き、毎度おなじみのイベントにシルミルテが突っ込んだ。これが山で獣型従魔を狩る程度の任務であったなら、多少はその余裕もあったかもしれない。だが、今は状況が違う。くりっとした黒い瞳といつもは微笑みを絶やさない口元を、しかし今は緊張に結ぶ禮に藍は視線を向ける。
「急な任務だけれど、いけるかな、禮?」
「背中に無辜の民のいる戦場。引くなんて、わたし自身が許せない。行こう、行かなくちゃ」
「ああ……止めて見せよう」
 肩まで伸ばした黒髪の上に頂く白金色の冠は、今は曖昧な記憶の中の戦士だった頃のかすがい……その事も、元々は黒い鱗が美しい人魚だったという禮の主張も、いまいち信じ切る事の出来ない藍だが、その黒い瞳に浮かぶ固い決意は信じられる。そしてバスは一同を乗せ、黒丸に一つ目の掲げられた戦場へと辿り着く。

●強襲
「う、うう……」
 ヤマザルは動かなくなった「玩具」から顔を上げると、呻き声を漏らす別の「玩具」へと視線を向けた。血塗れの玩具はヤマザルから少しでも遠ざかろうと、腕を伸ばして別の場所へ這いずって行こうとする。
 ヤマザルはその光景を、まるで嘲笑うかのように赤黒い歯茎を剥きだした。そして太い両腕を顔の前で交差させ、筋肉の塊の両足でアスファルトを蹴り飛ばした。さながらダンプが蟻を無慈悲に潰すように、巨大な猿の化け物が人間の体を踏みにじる……
「させねえよ」
 その寸前、ヤマザルの前に巨大な壁が……否、「護る者」を意味する大剣が突如として立ちはだかった。獅子ヶ谷 七海(aa1568)の姿を借りた五々六(aa1568hero001)が、ディフェンダーを縦に構えたまま敵に不敵な笑みを浮かべる。
「ここに転がっている連中を助ける義理は微塵もねえが、人間を守る事がてめえらの企みと楽しみをぶち壊す手段になるっつうなら、ガラじゃあねえが……今だけは、正義の味方って奴だ」
「破壊衝動に駆られる間抜けか、実に良い、喰らうに値する獲物だ」
 五々六の言葉に怪訝そうに目を細めたヤマザルに、紅焔寺 静希(aa0757hero001)と共鳴したダグラス=R=ハワード(aa0757)が地を駆り腕を振りかぶった。五本一組の投擲ナイフ、シャープエッジを右手に軽く握り込んだダグラスは、その内の一本をヤマザルの腕に抉り刺す。一旦ヤマザルから距離を取ったダグラスと入れ違いに、今度は孤五郎が、黒鉄・霊(aa1397hero001)と共鳴した漆黒の機械兵士の姿で、ライオンハートをヤマザルの側頭部に叩き込む。
「新年早々、騒ぎを起こしてくれやがって」
『まったくじゃな、それも今年の干支である猿で暴れるとは迷惑千万なのじゃ!』
 時同じくヤマザルへと迫るリィェンは、イン・シェン(aa0208hero001)の言葉に薄く苦笑を漏らしながら、孤五郎とは逆にヤマザルの脚をフルンティングで薙ぎつけた。そして二人が一時離れた所を見計らうように、ヤマザルの周りに光の蝶が粉を散らす。
「ねぇ、一緒に」
『遊ビまショ!』
 幻影蝶。それもバス乗車中に掛けておいたウィザードセンスとモアキーンにさらに効果を増したそれは、血に飢えた獣の視界を光の舞いで奪っていった。その頭上にディオ=カマル(aa0437hero001)と共鳴した火乃元 篝(aa0437)がフルンティングを振り下ろす。
「守護は私の領分ではないし、潰される命に感傷は抱かないが放っておくには気持ちが悪い。そこのデカブツよ! 私の方が潰しがいがあるぞ!」
『こっちぃのみぃずは甘いぞぉ~、って危ないですよ、もう!』
 ストレートブロウを乗せた血色の刃は、ヤマザルの巨体をわずかながらにぐらつかせた。しかし、猿を模した化け物は、額で刃を受け止めながら歯茎を剥いて笑みを見せる。
「ひ、ひヒひ、ヒひひひヒヒッ!」
 ヤマザルはそして篝の黄金の甲冑を右手に掴むと、突き刺さったシャープエッジから血が噴き出すのも構わずに、視界に入った魔女目掛けて篝を勢いよく投げ付けた。飛んできた篝を身体で受け止めた樹に、ヤマザルの巨体が迫り音を立てて跳ね飛ばす。
「遊ンでクレるんダろう……遊んデくれヨ……お前ラの血ハああマィぃなァ~、ゲヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ!」
 血に汚れ、自らも血を吹き出しながら獣のごとく笑うヴィランに、ダグラスは四本のシャープエッジを指の腹でそっと撫でた。そして、目の前の獣と同じく、それ以上に飢えた瞳で酷薄な笑みを形作る。
「面白い、サルと俺、どちらの衝動が上か試してやる」

●救出
「まずはお一人キュウシュツでござる!」
 戦闘班がヤマザルに刃と挑発を同時に仕掛け、気を引く事に成功した同時刻、ガイルはバスに怪我人を一人運び入れ肩を落として息を吐いた。潜伏を使い気配を紛れさせ、ヤマザルの近くまで近付いたまでは良かったが、五々六がディフェンダーで敵の攻撃を防いでくれなかったら、あのまま救助者ごと跳ね飛ばされていたかもしれなかった。
「と、休んでいる場合ではないでござる! 引き続きテイサツニンムでござる!」
「ふうん? ヒトである事を忘れた末路があれ……と言う訳ね、セルフィールド高司祭」
 ガイルが再び要救助者を発見するべく戦場へと足を走らせた頃、エリーゼ・シルヴィーナ(aa1502)もまた、こちらは清廉な修道女の姿で瓦礫の陰に潜んでいた。グラマラスなボディライン、扇情的なスリットからちらりと覗く白い脚は実に魅惑的なものであったが、瓦礫に潜み、助けを求める者達を探す彼女の姿に見惚れる観客はここにはいない。
『あれはその可能性の一つにすぎませんよ、シスター・シルヴィーナ』
「まあ、あたしが追い求めている連中とは違うようだし、あんなのじゃ追い求めてる連中の話も聞けないわね。……それにしても」
 エリーゼはユリス・セルフィールド(aa1502hero001)と微かに言葉を交わしながら、懐中時計をパチリと開いて自分の瞳をガラスに映した。これがただ共鳴しただけならば右眼はエリーゼの蒼、左眼はユリスの紅となるのだが、従魔や愚神との戦いの際には両眼ともが紅に染まる。そして、かつて自分から全てを奪った者達と同じヴィランの場合は、瞳は紅、白目部分は黒に染まる……エリーゼは自分の姿にわずかに目を細めた後、顔を上げて寄声を洩らす敵の姿を視界に映した。ヴィランはその力を自分の欲のために使うとは言え、その身は人だ。そのはずなのに、瞳に映るその姿は理性を失くした獣に見える。
「あいつ、ホントにヴィランなのかしら?」
『ヒトの身を外れた存在……もはやヒトではないモノ……即ち愚神と言っても過言ではないですね』
「はっ、バカらしい話だ事で」
「エリーゼ殿、ノースにお二人いるでござる」
 無線機からのガイルの声に、エリーゼは懐中時計を閉じた。一先ず今は一般人の救出が先決……ヴィランに全てを奪われた過去、全てを奪ったヴィランへの恨み、それを考えるのは今ではない。自衛用に武器をグリムリーパーに持ち替えて、エリーゼは修道服を翻して駆け出した。

「んー、声掛け捜索出来ないのは厳しいなぁ。戦闘音に紛れる程の微かな音……聞き逃さない様に探さなきゃ」
 稲葉さん(aa0439hero001)と共鳴した棒榛 月姫(aa0439)は、御伽噺の姫君のドレスを模した鎧姿でアスファルトに膝をつきながら、ガイル達とはまた違う場所から要救助者を探していた。 広い敷地に点在している要救助者を、敵から身を潜めながら探索するのは至難の技だ。
「けど、泣き言は言えないよね。少しでも遅れた分だけみんなが危険になるんだ。だから一刻でも早く助けなきゃ! 全員助けたい……んーん、絶対助けるよ!」
『えぇ、私達ならきっと出来るわ』
「う、うう……」
 その時、月姫の今は金髪に隠れる耳に、瓦礫の陰から微かな声が聞こえてきた。敵の注意を引かないよう細心の注意を払いながら声のするほうへ急いで駆け寄る。
「大丈夫ですか!」
「う、う……」
「安心して下さい、助けに来ました! 今安全な場所に運びますので」
 出来ればケアレイを掛けたい所だが、使える数は限られている。月姫は口を引き締めながら、瓦礫が飛んで来たら身を挺して守る覚悟で要救助者を運んでいった。幸い、仲間達が奮戦して敵の注意を引いているため、二人の元に瓦礫が飛んでくる事態は起こらなかった。一先ずヤマザル周辺の要救助者を回収し終わった所で、藍が仲間達に視線を向ける。
「私達も戦闘に向かいます。後の事は頼みますね」
 藍は仲間達にそう告げると、同じく要救助者を回収していた東海林聖(aa0203)と共に戦場へと走っていった。エリーゼはバスに乗せられた人々の顔を見渡し、その内の一人の手を取った。そして柔らかく笑みを浮かべる。
「大丈夫ですよ。私達が必ず、皆さんを守ってみせますから」
 そうやって一人一人を安心させるべく手を握っていきながら、複雑な心境に苦笑を浮かべる。全てを失い、爪弾き者の不良シスターと自ら名乗り、復讐心にこの身を焦がす……そんな自分が、まだこんな表情が出来る、その事実に。
「全員回収出来たでござる」
「この銃に誓ってもいいわよん」
「なら、あたしもヤマザルの方に行くわ。ここは任せたわよ」
 ガイルとデランジェ・シンドラー(az0011hero001)の最後の偵察報告に、エリーゼもまた戦うためにバスから外へと降りていった。残された月姫が、ガイル達と共にバスを護るべくシルバーシールドをその手に構える。
「ヤマザルとの戦闘に駆け付けたいトコロだけど、万全を期す為にバスの護衛に残るよ。絶対、みんなを無事に帰すんだ! 稲葉さん、今回も力を貸してね!」
『もちろんよアリー、一緒に頑張りましょうね』
「ん、護りきってみせるよ!」
 そしてヴォ―パル・アリーと名乗る姫騎士は、ふわりとした金髪をなびかせ赤い瞳をきりりと細めた。

●衝動
 ダグラスは手始めに、そして敵の体勢を崩すために、足元に落ちている瓦礫をヤマザル目掛けて蹴り込んだ。ヤマザルはそれを回避したが、体勢を崩すというダグラスの目的は果たされた。その場から飛び退き、ゆえに次の行動に移る手段を捨てるしかなかったヤマザルに、得物をライオンハートに持ち替えた五々六が疾風怒濤の勢いで連続で剣を叩き込む。
「ギ、ギひ、ひひひ」
「おいおい、ダメージ通してるのに応えねぇなこいつ」
 攻撃を受け血を流しながら、むしろ楽しくて堪らないとでも言うように不気味な声を零すヴィランに、リィェンは精悍な顔立ちに何処か呆れた色を浮かべた。その呟きに『武姫』とも称されたインが意識中で頷きを返す。
『こういう輩は、面倒じゃが殺りきるしかないのじゃ』
「ま、痛みに鈍感な分、自分の状況を理解出来ずに死んじまうってのが定番だけれどな」
 リィェンは金色の瞳に倒すべき敵を映し入れ、銀色の陽炎を舞わせながら逆の脚へと斬り込んだ。そこに、桃色と橙色の二色の虹彩の瞳の魔女が「離れて」と声を飛ばす。
『サァ! どンドん』
「行くよ」
 ヤマザルを基点とし、樹の放ったライヴスの炎が彩り鮮やかな花を咲かせた。炎が晴れたと同時に聖が斬り込み、ヤマザルの腕にフルンティングを「緩やかに」振り下ろす。
(おい、一応お前の言う通りにしたが、わざと手を抜いた感じで戦えってのはどういう意味だ)
(いいから……どうせ囮やるなら……全力で剣を振らずにいなよ……あとから面白いよ……)
(あとから面白い……か、ルゥがそう言うのも珍しいな、やってやんぜッ!!)
 相棒のLe..(aa0203hero001)の指示通りわざと隙を作った聖に、ヤマザルは「組み易し」と判断したのか愉快そうに瞳を細めた。そして巨木のような腕を聖に叩きつけようと振り上げた、所で、攻撃時に出来る隙を狙っていた孤五郎がライオンハートを垂直に構えヴィランの脇を狙い穿つ。
『まずは動きを封じてしまいましょう、足ならアキレス腱、腕なら脇が狙い目です』
「体の構造が元になっただろう人やサルと変わってなければだけどね」
「ギ、ギギ」
 攻撃を邪魔されたヤマザルは、標的を今しがた自分を撃った機械兵士へと変更した。腕を構え、突進してきたヤマザルを、しかし先の攻撃の様子から予測の内に入れていた孤五郎は横飛びに躱し、迎撃を狙っていた篝が、塵穿ちを回避しつつヤマザルの側面にストレートブロウを叩き込む。
「良かろう! 潰すというのなら、潰される覚悟もあるな!」
『やれやれ、これは救えない』
「黒丸に一つ目はマガツヒのシンボルマーク……その紋章を、その主義を掲げるなら、日常を壊すなら、私達の敵だ」
 藍はフェアリーテイルをその手に開くと、黒いコートを翻しながらブルームフレアを解き放った。炎に視界を奪われたヤマザルの背後から、ダグラスがカタパルトのごとく自身を脚力のみで発射し、もう一本のシャープエッジを敵の背部に叩き込む。腎を狙って刺されたナイフにヤマザルが意識を逸らした隙に、ヤマザルの死角に潜り込んだ五々六と、ライブスラスターの推力を利用してヤマザルの頭上へと飛び上がった孤五郎が、上下から同時にライオンハートで斬りつける。
「ねぇ、もっと『モット遊ボう』よ!」
 さらに追い打ちを掛けるように、樹の放ったブルームフレアが三度ヤマザルを飲み込んだ。炎に呑まれる敵を前に、聖が疑問を相棒へと投げ掛ける。
「で、わざと手を抜けとは一体どういう理由なんだ?」
『「この中で一番倒しやすいヤツ」って……ヒジリーの事を敵に「なめて」もらおうと思ってね……』
 愉快気なLe..のネタばらしに、聖の目に炎が灯った。16歳年頃の、しかも負けず嫌いで熱意たっぷりの少年の、闘志を引き出すのにこの企みは十分過ぎた。
「いいぜ、本気でその考えごとぶっ倒してやる……その身を以って知りやがれッ! アタッカーの本気ってヤツをなぁぁぁっ!!」
 そして聖は駆け出し、フルンティングの素早い連撃をヤマザルへと叩き込んだ。「やられた分も倍返しじゃ終らせないぜッ!!」と叫びながら剣を振るう相棒に、Le..は一人ほくそ笑む。
(やっぱりムキになった……ヒジリー……やっぱり単純……)
「が、ガガ、ががが……」
 ヤマザルはまるで壊れたラジオのような声を上げると、リンカー達の猛攻に割れた足下のアスファルトの破片を拾い、狙いを定めもせずに力任せに投擲した。それをエリーゼのレッド・フンガ・ムンガと、藍の放った銀の魔弾が一瞬で粉へと変える。
「ただの瓦礫なら迎撃も可能、ですよね」
「貴様の狂持は素晴らしい、だが芯がない! ならば私は諦めん!」
『故、我らが矜持に撃ち滅べ! それでこそ!』
 矜持という名のエゴを掲げ太陽のごとく輝く少女と、狂いし道化姿に愚神への憎悪を隠す理性の王は、黄金に輝く髪と甲冑を煌めかせながら一気呵成に攻め掛かった。篝の攻撃に続き、五々六、孤五郎、聖も合わせて三方向から己の得物を叩き込む。そしてダグラスが、数多の傷と自身の刺したシャープエッジを、さらに抉り入れるようにブラッドオペレートを解き放つ。
「喰らい尽くせ」
 傷口から無数の蛇に生きながら喰われるような、そんな痛みがヤマザルの身の内へと襲い掛かった。バランスを崩し、どうと目の前に倒れた獲物に、ダグラスは糊の利いたスーツの上に冷酷に飢えた微笑を湛える。
「どうやら、喰われたのはお前のようだな」
「ギ、ぎぎ、ギギ……」
 ヤマザルは瓦礫の上に伏しながら、それでもその瞳は、笑っていた。その泥のような、底の見えない濁った瞳に、自分の前に立ち塞がるリンカー達の姿を映す。
「おォ……んなじ臭いガするぞ……壊スのガ大好きなやツのにオイガ……全部壊シたクテ堪らナいだろウ……ぎひ、ヒヒ、ひひひ……」
「……」
「お前ラだってそうダろう……この感覚ガ欲しイんだろウ……そっちノみィずはあぁまィか? こっチのみィズはあァまィぞォおお! ゲヒャハハハハハ!」
 そして、ヤマザルは眼前の敵を破壊するべく、巨体を勢いよく持ち上げた。逸らされたその首を、トップギアで力を溜め備えていたリィェンが、オーガドライブを乗せて一刀の元に斬り伏せる。
「一緒にするな」
 かつて暗殺組織に所属し、あるエージェントの犠牲により生き延び、改心した狂戦士は、許されざる悪ごと斬るようにフルンティングに力を込めた。ヤマザルの瞳が意識を失ったと同時に、狂獣は塵と立ち消える。リィェンは、生粋の狂戦士としての己を自覚しながらも、その誘いを憎むように拳を強く握り込んだ。

●先駆
 救国の勇者。灰獅子卿。人食い虎。囚人番号6E-556。それが、今は五々六と名乗る男のかつて与えられた呼び名である。性格は粗野で軽薄な享楽主義者であり、灰の長髪を獅子のたてがみのようになびかせる姿は英雄と言うよりマフィアのボスとでも例えた方がしっくりとくる。五々六はくたびれた煙草から紫煙を宙にふかせながら、特に何の感慨もなく広場に視線を落としていた。
 最後のヤマザルの言葉が、一体誰に向けて放たれたものかは分からない。もしかしたら他の何かに対してであったかもしれないし、五々六に対してであったかもしれない。だが今の五々六に、その誘いに乗るつもりはない。囚人番号6E-556の胸にあるのは愚神共への復讐心。本来ならば負傷した人間を助けたいとも思わないし、正義の味方などガラでもない。だが、それが愚神共の目的の破壊となるのなら、五々六は今後も人間を守るために剣を振るい続けるのだろう。
「しかし、愚神も人間部分も両方同時に消滅するとはな……死の間際に愚神部分だけが先に消滅するという状況になったら、何とか延命させてマガツヒに関する情報が得られねえかと思ったんだが……」
「愚神や従魔が一時的に取り憑いているという状況であれば、引き剥がして取り憑かれた者を生存させる事は出来る。だが、完全にライヴスを食い尽くされてしまったり、完全に取り込まれてしまったりした場合は救出する事は不可能だ。あのヴィランは、あの時点ですでに愚神に完全に取り込まれてしまっていたのだろう……」
「そいつは残念だな。こいつの姿を借りてマガツヒに怯えるように振る舞えば情報が引き出せねえかと思ってたんだが。攻撃的で幼稚な性格だっただろうからな」
 五々六は無線機から聞こえるオペレーターの言葉にそう返し、トラ猫のぬいぐるみを抱きかかえている少女、七海へと視線を向けた。内向的で臆病な少女は、今日も三つ編みおさげの頭をぬいぐるみの向こうに隠している。この少女の姿を借りてマガツヒに怯えるフリをする自分の姿を想像して、五々六は悪い冗談に紫煙を宙に吹き出した。
「NINJYAだと、何たる人材! 此れは是非我が組合に!」
 一方、篝は白銀の髪を煌めかせながら、嬉々とした表情を浮かべてガイルに勧誘を行っていた。身体のそこかしこにはいくつか傷が見受けられるが、被害を受けた一般人の方が重傷だから、と回復はそちらに回させた。豪快にして単純、混沌にしてゴーイングマイウェイを突っ走る美少女は、今日もまた全力で己の道を走っていた。
「申し訳ない、いや本当に申し訳ない」
「ディオ、何故止めるのだ。おおそうだ、他の面子も勧誘しなければ!」
「樹、ダイジョーブ?」
 歌唱用合成音声の呼び掛けに、樹は視線を横へと向けた。視界の端では篝が孤五郎の獣耳と霊のロボット姿を認めて駆け寄り、それをピエロ姿のディオが止める……という何ともにぎやかな光景が今も尚続いている。
「大丈夫だよ。チョコレートを使う程じゃないし」
「ソウじゃなくテネ……」
 樹はいわゆるトリガーハッピーという異常をその身に隠し持っている。普段は自分の異常性を認識し、任務の妨げにならないよう自分で抑えてもいるのだが……やはりヤマザルの一言が、シルミルテの心に小さなわだかまりを抱かせた。もちろん樹があのヤマザルのようになるなどと思っている訳ではない。だが、樹があの言葉をどのように捉えたか、それは樹にしか分からない。
「とりあえず……」
「?」
「次はガイルさんを面白おかしく見捨てられる機会が欲しいよね……」
 樹の呟きに、「ソのネタお気に入リなノネー」とシルミルテは突っ込んだ。こうやってお気に入りや好きを樹が徐々に増やしていく事。それも含めて樹を最期まで見守る事が、『最悪たる災厄』を意味する名を持つ、シルミルテの夢だ。

「壊したかったのかな、目に映る世界を、すべて」
 禮は藍と共に破壊された現場を見て回りながらそんな事を呟いた。バスは今要救助者を乗せて病院へと向かっており、H.O.P.E.に戻るにはまだ少々時間がある。そこで、まだ残されている人がいないか、そしてマガツヒの紋章を掲げた者が一体何をしようとしたのか、それを確認しに来たのだ。幸い取り残された人はいなかったが、広場は無惨の一言だった。執拗とも言える破壊痕、自分が傷付く程に深みを増した笑い声、そして最後の言葉……その真意を知る術はないが、それでも、藍は呟く。
「彼が本当に破壊したかったのは、潰したかったのは、自分自身、だったのかもしれないね」
「力を求めた結果、ヒトである事を忘れた哀れなるモノか……」
 そしてエリーゼもまた、広場を見ながらそんな言葉を洩らしていた。オペレーターからもたらされたゾウガアキトシというヴィランの名前も、元服役囚という情報も、エリーゼには何の関係もない。興味もない。ただ、目的のために力を求めた者の末路の一つが視界をちらついているだけだ。
「シスター・シルヴィーナ、貴方は……」
「安心しなよ、セルフィールド高司祭。あたしは復讐の為なら出来る手段は何であれ使う。だけど、ヒトである事を忘れたりはしないさ。それが誓約でもあるんだから」
「……ええ、そうですね。貴方ならああはならないでしょう」
 半人半魔の聖女は、そう静かに頷いた。行きつく先が何処なのかは分からない。けれどその日まで、ユリスはエリーゼの隣に変わらず居続ける事だろう。
「みんなー、バスが到着したよー」
「みんなで一緒に帰りましょう」
 月姫がポニーテールを揺らしながら率先してバスへと乗り込み、稲葉さんもうさ耳を揺らしながらそれに続いた。Le..は座席に腰を下ろすと、おっとりとした調子で聖へとお決まりの文句を口にする。
「ヒジリ―。ルゥ、お腹空いた」
「またそれか」
「働いてなくてもお腹は減るんだから仕方ないよ。今日は働いた訳だしね」
「はいはい」
 聖はそう返事をしながら、少し眠るために目を瞑った。今日は相棒に乗せられる形となってしまったが、もっと強くならなければ。その決意は、少年に更なる強さを与えてくれる事だろう。 

 静希は影のごとくバスの中に存在していた。存在感も希薄、自意識も希薄なこの英雄は、他者に感知される事もなく主の意にのみ付き従う。彼女の主、ダグラスは、ヤマザルの最期の言葉に一体何を思っただろうか。かつて破壊衝動に身を任せて所属していた組織を壊滅させ、今尚自身の渇望を満たすため、破壊対象と定めた愚神とその眷属を壊す事のみに執着する狂紳士は。それとも、何を思う事もなく、喰らった獲物の断末魔と、すでに忘却の彼方に追いやってしまったのだろうか。だが、静希はそれについて何も語らず、無表情でただそこに存在し続けるだけである。バスが走り出す。掲げられていたはずの黒丸に一つ目のシンボルは、風に流されたのかいつの間にかその場から姿を消していた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • エージェント
    獅子ヶ谷 七海aa1568

重体一覧

参加者

  • Run&斬
    東海林聖aa0203
    人間|19才|男性|攻撃
  • The Hunger
    Le..aa0203hero001
    英雄|23才|女性|ドレ
  • 義の拳客
    リィェン・ユーaa0208
    人間|22才|男性|攻撃
  • 義の拳姫
    イン・シェンaa0208hero001
    英雄|26才|女性|ドレ
  • 深淵を見る者
    佐倉 樹aa0340
    人間|19才|女性|命中
  • 深淵を識る者
    シルミルテaa0340hero001
    英雄|9才|?|ソフィ
  • 最脅の囮
    火乃元 篝aa0437
    人間|19才|女性|攻撃
  • エージェント
    ディオ=カマルaa0437hero001
    英雄|24才|男性|ドレ
  • エージェント
    棒榛 月姫aa0439
    人間|17才|女性|防御
  • エージェント
    稲葉さんaa0439hero001
    英雄|23才|女性|バト
  • 我王
    ダグラス=R=ハワードaa0757
    人間|28才|男性|攻撃
  • 雪の闇と戦った者
    紅焔寺 静希aa0757hero001
    英雄|19才|女性|バト
  • 汝、Arkの矛となり
    五郎丸 孤五郎aa1397
    機械|15才|?|攻撃
  • 残照を《謳う》 
    黒鉄・霊aa1397hero001
    英雄|15才|?|ドレ
  • great size
    エリーゼ・シルヴィーナaa1502
    人間|21才|女性|生命
  • エージェント
    ユリス・セルフィールドaa1502hero001
    英雄|24才|女性|バト
  • エージェント
    獅子ヶ谷 七海aa1568
    人間|9才|女性|防御
  • エージェント
    五々六aa1568hero001
    英雄|42才|男性|ドレ
  • マーメイドナイト
    海神 藍aa2518
    人間|22才|男性|防御
  • 白い渚のローレライ
    aa2518hero001
    英雄|11才|女性|ソフィ
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