本部

【甘想】連動シナリオ

【甘想】チョコレート味がくれたもの

昇竜

形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
7人 / 0~8人
報酬
無し
相談期間
5日
完成日
2016/02/01 17:24

掲示板

オープニング

●エネルギーバー

 それはバトルメディック永遠の宿敵である。もとい、手軽に栄養補給できる携帯食のことである。エージェントにも常用者の多い便利アイテムだ。

『バレンタイン期間限定! 抽選で10名様に夜景の美しい箱根リゾート旅行券プレゼント! ※当選はご登録のグロリア社お客様情報への通知をもって代えさせて頂きます』

 そんな謳い文句に乗せられて、チョコレート味を購入した人もいるだろう。常用者の中には、知らずのうちに応募資格を得ていた人もいるだろう。ある日、あなたは箱根のリゾートホテル1泊2日の宿泊券を手に入れたのだ。次の休暇にでも、行ってみるのもいいかもしれない。

●喧騒から離れて

 バレンタインを目前に控えた都会は、良くも悪くも賑やかだ。しかしひとたび外界へ足を運ぶと、澄みきった冬空は星を見るのに最適なコンディションであなたを待っている。
 プランには、ホテル内レストランが手掛けるディナーコースも含まれていた。部屋食のため着飾る必要もないし、自然豊かな山間に抱かれる満点の星空に、パートナーの緊張も解れることだろう。いつもと違った一面も見られるかもしれない。
 東京からの直通電車を降りた後は、送迎車でホテルまで連れて行ってくれるそうだ。と言っても片道は数分で、歩きでも駅前の温泉街や寺社等に出られる。到着するのは、まだ午後3時をまわった頃。荷物を部屋に置いたら、街へ繰り出すのもいいだろう。

 今宵、あなたと、あなたと共に在る大切な人に、憩いの時間が訪れる。

解説

概要
懸賞で箱根旅行に当選しました。思いおもいに休暇を過ごしましょう。

スケジュール
~16時 到着、チェックイン又はクロークへ荷物を預けてください。
~19時 自由時間です。部屋ではウェルカムドリンクが振る舞われます。
~21時 ディナータイムをどうぞ。その後は眠る準備です。

ご夕食まで
周辺は風情溢れる温泉街や梅の綺麗な寺社、大規模なアスレチック公園などがあります。電車の中で何か食べてしまった人はお出歩きで少し運動するのはいかがでしょう。お土産を買うのもおすすめです。お部屋は寄木細工など箱根の伝統工芸品をたくさん使っていて、ブラウン系の落ち着いた趣です。こちらの時間はリプレイでは触れる程度となります。

お食事
部屋の位置によって夜景が変わるので、パートナーの好む方をお選びください。富士山側は暗く、星の海が見えます。湯本側は足元が光の川で華やかです。メニューはアペタイザーからデザートまで8品、カニやジビエなど冬の食材が主です。飲み放題ではありませんので、お酒に強いパートナーは事前に酔わせておきましょう。給仕さんが出入りします。

ご就寝
全室洋室(ベッド)です。食後のコーヒーのお片付けには翌朝のチェックアウト後に伺いますので、お友達以外は入ってきません。邪魔しちゃ悪いとお考えの方はロビーでお過ごし頂くこともできます。お部屋のお風呂ももちろん温泉ですが、食事前でしたら大浴場をご利用頂くこともできます。ちなみに全館喫煙可。

翌朝
自由解散ですので、早起きして朝食を召し上がってもいいですし、チェックアウトぎりぎりまで眠っていらしても構いません。朝食はフレンチトーストをご用意します。こちらはリプレイでは触れる程度となります。なお、往復路は描写致しませんのでご注意ください。

リプレイ

●ようこそ箱根へ

「来た! 箱根!」

 加賀谷 亮馬(aa0026)は到着早々、身体を大の字に広げて思いっきり空気を吸い込んだ。同じ部屋に泊まる北条 ゆら(aa0651)もウキウキしている。

「箱根は初めてー。温泉入って、ゆっくりするんだ。ね、亮ちゃん」
「ああ! いっぱい思い出作ろうな」
『……』
(なんか、すっごい不機嫌な雰囲気を幻想蝶から感じるんですけど……!)

 その正体はシド (aa0651hero001)である。彼は加賀谷のことも認めてはいるが、北条を妹のように想うあまりやっぱり敵視しがちの様子。反対にEbony Knight(aa0026hero001)はすっかりリラックスしている。今日は、加賀谷の面倒を見なくてもいいからだ。彼も加賀谷を真似て大きく深呼吸してみる。――森林と、冬の香り。

「……うむ。悪くない」
「んー……ここが、箱根かあ……」

 目の前の風景を堪能する。今年は雪が少なかったので、豊かな森の深い緑と青い空のコントラストを背景に、遠く雪化粧の富士山を望む。

「亮ちゃん、神社巡り、いこ!」
「はは、そう慌てんなって」

 荷物を置くなり、北条は加賀谷に駆け寄ってきた。照れくさそうに、二人は腕を絡め合う。

「もうね、梅が咲いてるんだって。亮ちゃん、一緒に写真撮ろう!」
「もちろん! さあ、寒いからちゃんとマフラー巻いてな?」

 別室では今宮 真琴(aa0573)がはしゃいでいた。

「まさかの温泉旅行が当たった!」
「……なんか最近こんなのばかりじゃな?」
「にひひ……温泉いこうねー♪」

 無邪気に嬉しそうにする今宮を見ると、奈良 ハル(aa0573hero001)の顔も自然と綻ぶ。

「夕食も楽しみじゃなぁ……酒……」

 貰い物で懸賞に当選した宿輪 永(aa2214)は、いつものように宿輪 遥(aa2214hero001)を見守っていた。

「ハル、ハル。なぁ、ここには何があるんだ?」
「そう、だな……温泉、も、あるし……」
「温泉?」

 彼は知っている物があっても知らない物があっても目を輝かせて嬉しそうにする。それに応える永も、どこか楽しそう。いつもと違う場所に来たからか、遥は少し浮かれているように見える。

「旅行……か。たまには、いい……かも、な」

 メモ帳に筆を走らせる遥に、永は少し笑った。
 六鬼 硲(aa1148)は思わぬ幸運を振り返る。ラウラ スミス(aa1148hero001)もそれに頷いた。

「エネルギーバーはあったほうが便利と思って購入したら、懸賞もついてくるとは予想外でした」
「今年は幸先がいいですね。他の方は存じませんが、私はこのようなアイテムがあって良かったと思っています」
「そうですね。さて……3時を回りましたが、藤手さんは無事出発されたでしょうか」

 六鬼は懐中時計を取り出して言った。彼は自分たちより、この幸運に肖った全員がそれぞれの予定を恙なく過ごせるよう気にかけていた。

「大丈夫ですよ。メールにも、お返事がありましたから」
「そうでしたか。あとは食事の時間ですね。神社の営業時間も、天都さんに伝えたい」

 麻生 遊夜(aa0452)は部屋に着くと、ひとまずソファに落ち着いた。ユフォアリーヤ(aa0452hero001)がそのすぐ横に腰かける。

「ふむ、懸賞ってのも馬鹿にできんもんだな」
「……ん、買ってて、良かった?」

 かくりと首を傾げると、黒い髪がうなじを滑る。麻生がその頭を撫でると、リーヤは嬉しそうに狼耳を震わせた。

「うむ、常用してる甲斐があると言うもんだ」

 夕食までは、まだ時間がある。麻生がご機嫌取りをしたいのは、院長を勤める孤児院で待つ子供たちもだ。特色ある土産物でも探して来ないとな……麻生はやれやれと立ち上がった。

「さて、ガキ共のご機嫌取りに苦心しますか」
「……ん、おとーさん、頑張れ」

 それを追って、リーヤはクスクスと笑った。
 藤手 匡(aa0445)は登山バスに揺られている。彼はこの旅を大いに楽しむべく、行きの電車では他のみんなをカメラに収めたり、各駅の駅弁や持ち込み冷凍ミカンを食したりしていたが……

「箱根と言ったら、やっぱ山でしょ!」

 そう、登山せねば箱根は語れない。そこで藤手は登山に臨んでいた。しかし周囲の団体客を見れば、やはり己の誘いを一蹴したパートナーのことが思い出される。

「あいつも来れば良かったのに……」

 見た目は若いが、やっぱり歳がいってるからだろうか。しばらくして、藤手は登山道入り口に到着。もう下山者の方が多いが、時間的には問題ない。

(ゆっくりはできないけど、登頂はできそう。大文字とか、楽しみだな~)

●星空の下で

「温泉街も楽しかったね!」
「どこに行っても、いい匂いだったね」

 天都 娑己(aa2459)は神社の参拝を終えて宿に帰り着いていた。巫女でもある天都は、この地の神社にも挨拶したかったのだろう。龍ノ紫刀(aa2459hero001)もテンション高く天都の腰を抱く。純情な天都にとって紫刀は親友なので、このくらいのスキンシップは嬉しい。でもいつもよりちょっと激しいような……?

「わぁっ……!」

 ふと窓の外に目を留めた天都は感動の声をあげる。夜の帳は降り、そこからは富士山に代わって星の海が見えた。

「なんだか空に吸い込まれそう……!」

 紫刀は景色よりも、満点の星空に釘付けの天都を愛しく思った。彼女の瞳にも星が映り込んで、きらきら輝いている。惹きつけられるように、紫刀は優しく天都の顔を自分の方に向けさせた。

「……?」
「ふふ……あたしは娑己様の瞳に吸い込まれちゃいたいけどねぇ」

 色っぽい声に、天都はぼぼっと顔を赤らめてぱっと顔を背ける。

「も、もー! からかわないで~!」
「いいじゃーん」
「えっ?! あ、紫……」

 嫌がる天都ににやにやして、紫刀は彼女の身体をまさぐる。お色気に抵抗がない天都は大混乱で、一つ一つの感触に素直に反応してしまう。紫刀がぺろりと舌なめずりをした頃、部屋の電話が鳴り響いた。

「で、電話だ!」

 天都はこれ幸いと紫刀の抱擁を逃れ、受話器を取り上げる。

「……もうすぐごはんだって。楽しみだなー!」
「うん……そうだねぇ」

 紫刀は慌てない。夜は長いのだ。

「というわけで温泉ですっ」

 カポーン。今宮は部屋の露天風呂を楽しんでいた。奈良は立ち上る湯気が醸す雰囲気に好色そうな目を細める。ひとつもの申すとするならば、湯船が狭い。

「部屋のもいいが、やはり大きい方がいいのぅ」
「? 最近寒いもんねー」
「……夜は暖かいのじゃがな」
「……! ハ、ハルちゃん……」

 今宮は一瞬キョトンとしたが、すぐにぽぽぽ、と顔を赤らめた。マフラーも眼鏡もないので照れているのが丸見えだ。据え膳を前に奈良は早くもやる気満々――しかし彼女の手が出るより早く、今宮が顔を上げる。

「そうだっ、背中、流してあげる!」
「……まぁ、そういう事なら頼むとするかのぅ」

 今宮はボディスポンジで奈良の玉肌を洗い始めた。彼女は一生懸命に手を動かし、もふもふの尾は、ボディーソープをたっぷりのお湯でよく泡立てて。

「尻尾は念入りにねー」
「……ん……む、あ……あれ? 随分上手くなった……か……?」
「くっくっく……いつもやられてばかりではないのですよー」
「……ほほぅ。では次はワタシの番じゃな……背中向けぃ」
「え、いや、まだ終わって……」
「いいから向けよ」
「あ、はい……」

 奈良は強引に今宮と代わった。全身を清め、そして一部を洗い終わると、独り言のようにぽつり。

「……真琴ももうちょっとじゃなぁ……」
「ど、どこのこと!?」
「まぁあと2,3年もすれば実るか」
「だからどこのこと!?」
「あまり大きな声だすなよ? 気づかれるぞ?」
「何するつもり!?」

 まだまだ子供の今宮は、こういう刺激に弱い。奈良は蕩けたように笑い、今宮ににじり寄った。

「声出すなよ?」
「☆♪*%&##!!?」

 永と遥は、部屋で互いが互いに買った土産物を交換していた。

「目当ての物……は、あったか……?」
「ん。……中身は秘密、な。オレのも、ハルのも」

 それは家に帰ってからのお楽しみ。遥は永の選んだ栞が入った袋を、永は遥の選んだご当地物のアクセサリーの包みを鞄に仕舞う。永には一生懸命選んでいた遥の様子が思い出された。相変わらず物珍しそうにうろうろする遥は、クローゼットの中から浴衣を見つけ出す。

「ハル、これは知ってる。浴衣だ」
「あぁ……そう、だな……。……だが、着方は……分からない、だろう」
「うん。着て、みたい」

 永はあちこちひっくり返した遥に苦笑しつつも、彼の着付けを始める。服を脱がせて浴衣を羽織らせ、ふと思う。

(普段、とは……逆だ、な)

 いつもは、永が遥を導いている。でも今日は遥が先に立って、永はそれを追いかけていた。プレゼントを交換しようと言ったのも遥の方だ……彼は、永に喜んで欲しかったのだろうか。
 散歩から帰った加賀谷たちは大浴場を利用した。ロビーで待つ加賀谷の前に現れたのは、黒髪に映える浴衣といい香りを纏った北条の姿。部屋に戻ると、食事の用意は整っていた。フォアグラの寿司に、食前酒のシャンパーニュ。北条は美しい泡が立ち上るグラスを加賀谷の方へ傾ける。二つのグラスが触れ合うロマンティックな音が部屋に響いた。

「クリスマスもお正月も海外だったけど戦ってたものねー。のんびり旅行もたまにはいいね」
「だな。どうだった、写真いいの撮れたか?」
「へへー、見たい?」

 北条はスマホを取り出し、一枚の写真を拡大して加賀谷に差し出す。画面の中で、二人は肩を寄せ合って笑っていた。背景には咲き初めの梅の花と荘厳な寺社がバッチリ収まっている。

「おー、凄いな。花も綺麗だけど、ゆらが可愛く撮れてる」
「……えへへ」

 北条は嬉しそうに笑う。可愛い彼女と一日中一緒にいられて、加賀谷は終始ニコニコ顔だ。

「こちらの光景も綺麗ですね」

 別室、ラウラはグラス片手に、見たかった湯本側の夜景に感銘を示した。料理にあわせたのは、ホテルおすすめのワイン。六鬼は、目下に広がる光の川に思慮深い視線を向けた。

「少なくともここにいらっしゃる方々は、この景色を残すために日々汗を流していますからね。その営みは貴方からみれば美しいと言えます」
「何のために残すのですか?」
「遅れてこの世界に来る方々。具体的には、ここにいらっしゃる方々の子供やその子孫たちのためにです」

 美しい自然と豊かな文明を後世に残す、それは人間の使命の一つだろう。ラウラが納得したように微笑み、翡翠の瞳は数多の光を孕んで濡れたように光る。色鮮やかなテリーヌが温まる前に食べようと、ラウラは銀器を手に取った。

「美味しい……それに、いい香り。少しスモークされているようです」
「……英雄は卵かけごはんが大好物と思っていましたが、そうでもないようですね」
「それは偏よった認識ですよ」

 六鬼が面白いことを言うので、ラウラは困ったように笑った。

「貴方がた人間がそうであるように、私達もそれぞれ好みは違いますから」
「そうですよね。さて……7時半ですか。ないとは思いますが、酔いが回りすぎて倒れたりする人がいるかもしれません」
「きっと大丈夫です。一応、魔法は使えるようにしておきますが」

 心配性な六鬼を宥め、ラウラは再び窓の外に視線を移した。

「どうやら腹は減らして来れたみたいだな」
「……ん!」

 明るいうちにアスレチック公園に解き放ったのは効いたようだ。麻生の部屋でも、食事が進んでいた。野生動物のようにターザンやジャングルジムを飛び回っていたリーヤが思い出されるが、昼の陽光にも勝って、夜の闇は彼女に似合う。部屋から望むは、星の海。

「……ん、夜は良い、星が綺麗」
「ふむ、綺麗な景色に豪華な食事……セレブになった感があるな」
「……ん、たまには、こういうのも良い」

 リーヤは尻尾をふりふり、麻生と二人だけの静かな夜にご満悦。

「普段はこんなこと出来やしねぇからな」
「……ん、お金貯める? また懸賞?」

 苦笑する麻生に、リーヤは微笑みがちに首を傾げた。

「今度はガキ共も連れてきたいしな、頑張るとしよう……懸賞も狙うが」
「ん、それが良い……また当たったら、今度も2人きり」
「……また当たったら、だがね」

 クスクスととめどなく笑うリーヤに、麻生はやれやれと小さく付け加える。そこへメインディッシュ・鴨のローストが運ばれてきた。肉がテーブルに置かれるや、リーヤは雛鳥のように口を開ける。

「……ん、あーん」
「自分のがあるだろうに……まったく」

 そう言いつつも、麻生は自分の皿から肉を大きく切り分け、彼女の口の中へ。リーヤは満足そうにもぐもぐし、お礼に蟹の身をどっさり乗せたフォークを麻生へ差し出した。

「……ん、お肉美味しい……はい、あーん♪」
「へいへい、ありがたく頂きますよ」

 一口では無理のある量だが、文句は言えない。
 富士に抱かれた星の瞬きと共に、宿輪兄弟の食事はゆっくりと進む。永も自分で着付け、二人は浴衣姿。

「ハル、これは?」
「それは……カニ、だ。こうして……食べる」

 永は綺麗に、丁寧に、蟹の剥き身を取り出して遥の皿に取る。遥は永の言動の一挙一動までメモを取った。彼にとっては見る物食べる物全てが新鮮だ。逐一質問をし、永はそれに応える。

「ハル、ハル、これは? これは何だ?」
「それ……は、酒だ。……お前には、まだ早い……」

 永はグラスを遥の手の届かないところに置いた。

「お洒落な料理もいいけど、でも白米も美味しい!」

 天都は美食をめいっぱい堪能していた。時折窓の外を見ては、何度でもほぅと息を吐く。紫刀は飽くなく彼女を見つめていたが、ふとあることに気付き腰を浮かせる。天都がその気配に紫刀を見ると、彼女は身を乗り出して……

「娑己様、ご飯粒ついてるよ」
「ひゃぁ!?」

 天都の頬に付いたご飯粒を、紫刀がぺろっと舌で舐め取る。

「失礼します……あっ」

 丁度そこへ現れたスタッフは硬直した。赤面する天都に覆い被さる紫刀は、ともすればそういう雰囲気に見えただろう。

「す、すみませんっ」

 給仕は勘違いして慌てて出ていった。眉をハの字にして口をぱくぱく、羞恥に震える天都に、紫刀はますますご満悦。

「困ってる娑己様も可愛いー♪」
「む、紫~っ」

●夢の前に

 麻生は食後、コーヒーとパイプを嗜みつつ夜景を楽しんでいた。煙はなく、風味だけだ。聞こえた物音に、リーヤが風呂から上がったことを悟る。

「……ん、出た……綺麗になった?」
「……おぅ、ツヤツヤですなー」

 動きにくいのを嫌がるので、彼女の浴衣はかなり肌蹴ていた。ピコピコする耳はまだ濡れている。麻生がその首に掛けられたタオルで頭をごしごしすると、リーヤは楽しげに声をあげた。

「やーん♪」
「ほれ、拭くからじっとしてろ」
「……ん」
「……」

 それでも尻尾をブンブン振り回すので、麻生はその尻尾をがしり。

「やーん♪」

 リーヤの鳴き声は嬉しそうだ。麻生は長い髪や尻尾を入念に拭いていく。耳は最後に、こするように優しく。それから丁寧に櫛で梳かすと、仕上がりは絹糸のよう。

「……ん、満足」
「そいつは良かった」

 リーヤは両手でさらふわの髪を確かめてクスクス笑う。それから、麻生も風呂へ向かった。

「……はしゃいで疲れたかね、何よりだ」

 風呂から出てくると、すでに彼女は夢の中。麻生はソファで寝息をたてるリーヤを抱き上げ、ベッドへ運ぶ。眼鏡を外し、照明を切る前に、彼はその寝顔にひとつ微笑んで頭を撫でた。――ぱちり。部屋は暗くなり、麻生も間もなく眠りに落ちる。そしてむくりと起き上がる影。

「……むふー」

 リーヤは彼と同じベッドに入って幸せそうに笑った。二人は、どこでもいつも通り。

「……のぼせた……ね」
「のぼせたのぅ……冷酒が美味い……」

 奈良は赤ら顔で杯を煽っている。今宮も火照ったままの身体を持て余し、テーブルに残された食事を未練がましそうに見た。

「美味しかったけどあんまし食べれなかった……あんなことするから……」
「まぁそー言うな。戯れじゃ」
「戯れにしては眼が本気だった……!」
「あ、真琴よ。外見てみぃ」
「話逸らした!」
「違うんじゃって……ほら、すごいぞ」

 訝しげに彼女がそちらへ行くと、目の前に広がっていたのは光の海。映画のような画に今宮は感動し、思わず肩の力が抜けた。

「……あぁ……本当だ……綺麗……」

 奈良はそっと手を回し、浴衣姿の細い身体を引き寄せる。

「窓際は寒いのぅ……もっとこっち寄らんか」
「……ハルちゃん……」
(ちょろいの)

 呆気なく手中に落ちた今宮に、女狐はぺろりと舌なめずりした。

「おいしかった! さいこーだった! ジビエだーいすき!」
「ゆらが喜んでくれて良かったよ」

 北条はグラスワインをちびちび、鴨に舌鼓を打つなど夕餉を満喫した。食後に部屋のお風呂でさっぱりし、今は加賀谷とベッドに腰かけている。シドは酒飲みに満足して既に幻想蝶へ、エボニーナイトも空気を読んでグースカ寝たフリ中。

「ちょっと慌ただしかったけど、亮ちゃんと箱根に来られて良かった」

 北条は微笑み、後ろ手に隠していたあるものを取り出す。

「当日会えるか分かんないから、今日渡そうって決めてたの……」
「お、おお! ありがとう……!」

 顔を赤らめ、俯きがちに。心を込めて加賀谷へ贈る、バレンタインのチョコレート。加賀谷も照れながらチョコを受け取り、短い沈黙が二人を包む。

「ゆら……実は、その……ちょっといいか」
「え?」

 加賀谷は意を決したように、北条の手を引いて部屋を出た。向かうのは最上階レストランの展望テラス。夜も更け人口光の減った空は、星の色まで鮮明でいっそう美しい。北条はわあ、とその光景に魅入り、それから首にほんのり冷たいものを感じる。見れば、胸元で加賀谷によって付けられた銀色の首飾りが光った。

「……受け取って欲しいんだ」

 振り返ると、加賀谷の顔も赤かった。吐く息が白い。北条は思わぬサプライズに、プレゼントと加賀谷の顔を何度も見る。

「……嬉しい! ありがとう!」
「こちらこそ……チョコレート、すげー嬉しいよ。ありがとな、ゆら」

 二人は赤くなった額をくっつけ、寒いねと笑いあって部屋へ戻っていった。

「ハル。横断歩道は、手を挙げて、渡るんだろ? 上げてなかった人、いたぞ」
「そういう、人も……いる。でも、お前は……上げて、おけ」
「……ん」

 もう少年とは言い難い年齢であっても、永と遥は同じベッドで眠る。窮屈だが、その方が話しやすいからだ。遥は今日の事で分からなかったことをたくさん聞いてくる。

「……ようやく、寝た……か」

 永は質問が途切れ途切れになり、遥が眠ってしまうまでそれに付き合っていた。永もようやく瞳を伏せる。

「……おやすみ、カナ」

 眠る遥は、返事をしない。

「あいつ、今頃なにしてるかな」

 食事を終えた藤手はバルコニーで夜風に当たっていた。夕飯には余裕を持って間に合ったので、大浴場で汗を流し、清々しい気持ちで食事を楽しむことができた。食後にゆっくり部屋のお風呂で湯に浸かり、日々の疲れを取ったので、今はクールダウンの最中だ。

「あとは明日、みんなで写真を撮れたらいいな」

 何枚か夜景も撮影する。富士山側の眺望は背の高い建物がなく、星がよく見えた。コース料理はうっかり写真を撮る前に食べてしまいがちだが、しっかり全てフィルムに収めてある。そうして藤手は静かなひと時を過ごし、のんびりと床に就いた。

「ふふ……すっきりしたね、娑己様♪」
「こ、これじゃ身がもたないわ……」

 天都と紫刀は一緒に部屋のお風呂に入ったのだが、入浴だけにしては長かった……何かしらひと騒動あったに違いない。天都はもうヨロヨロで、ばたっとベッドに倒れ込む。あとは寝るだけだが、紫刀のことだ、油断できない。

「あれっ、もう寝ちゃうの?」
「お、おやすみー!」

 彼女を警戒して、天都は寝たふりを始める。紫刀はえー! と声をあげたが、天都は遊び疲れているのだろうとそっとしておいた。彼女が寝たふりを続けてしばらくすると、紫刀の近づいてくる気配がする。

「……」

 お、襲われる……? 身構える天都だが、彼女は手を出してこない。ただ、寝顔を眺めているようだ。それから、こんな独り言が聞こえてきた。

「娑己様と出逢ってもうすぐ一年かぁ……。姫巫女様とは違うけど、この子の笑顔が曇らないようにずっと護っていきたいな……」

 ――それは、紫刀の本当の気持ち。いつも茶化してくるけれど、彼女は純粋に天都を大切に想っている。天都は嬉しさがこみあげ、その幸福感があまりに心地よいので、寝たふりをしていたつもりがいつの間にかすぅーっと眠りに落ちてしまったようだ。

●朝日の中で

 天都が目を覚ますと、身動きが取れなかった。それに、このぷにぷに感……!

「は、はなしてぇ~!」
「んー、おはよう娑己様ー」

 抱き付いて寝ている紫刀に、天都はいつもの調子に戻っていた。
 加賀谷の部屋で先に目を覚ました北条は、隣で眠る彼の頬をつんつんとつつく。

「ん? んあぁ」
「おはよー。亮ちゃん」

 耳元で囁くように言うと、加賀谷は幸せそうにまどろんだまま、彼女の髪を指で梳き、その唇を引き寄せた。
 ――ちゅ。
 朝の挨拶は、触れるだけのバード・キス。

「け、結局なんかいつもとあんまり変わらなかった……?」
「温泉入って美味い食事もできたじゃろう」

 ベッドの上、乱れた浴衣のままで今宮は賢者モード。奈良は顔をつやつやさせている。

「……観光した記憶ないね……」
「時間もなかったし温泉はいったからのぅ」
「ちょっと自重……しよう……ダメになる……」

 レストランには六鬼とラウラが朝食を食べに来ていた。フレンチトーストに好みのトッピングをして席を探すと、風呂上りと思しき藤手の姿が見える。

「あら、おはようございます」
「朝風呂でしたか。いいですね」
「はい、大浴場が開いていたので。霜が降りて綺麗でした」

 麻生とリーヤがフロントに降りると、すでに皆集まっていた。集合写真でこの旅を締めくくろうという藤手の名案からだ。

「せっかくだ、参加するか」
「……ん、記念」
「麻生さーん、こっちどうぞ!」

 麻生の言葉に、リーヤはこくりと頷く。北条が自分たちと今宮たちの間を麻生に勧め、永と遥は隅っこに。

「真琴、もっと詰めろ」
「俺と、遥は……ここで、いい……」

 ぱしゃり。写真を撮ってくれたスタッフに、六鬼がお礼を言って頭を下げる。彼は穏やかな時間をくれた施設と懸賞に感謝していた。

「素敵な時間をありがとうございました」
「いえいえ。楽しんでくださったなら、何よりです」

 加賀谷のとなりでは、北条が笑う。その首には銀色が光った。シドも美味しい酒が飲め大満足で、今日は不機嫌オーラが放たれていない。

「いっぱい思い出ができて、いい旅行になったね」
「ああ。また来たいな!」

 遥は藤手におずおずと言う。

「写真、出来たら焼き増しして欲しい。俺たちの、分も」
「もちろんです。用意しますよ」

 快い返事に、どうしても今日の記念が欲しかった遥はぱぁと顔を輝かせた。永に嬉しそうに報告に行く。

「よかった、くれる、って。ハル、今日の誓約は?」
「ん、……大安吉日、だ。……今日も、いい日に……なる、な」

 後日、集合写真は天都家のアルバムにも納められた。写っているのは紫刀に頬にチューされて、真っ赤になって慌てる天都。傍に可愛い字でこう手書きされている。

『ゆっくり出来なかったけど、紫への信頼が深まった旅行でした! by娑己』

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • きみのとなり
    加賀谷 亮馬aa0026
    機械|24才|男性|命中
  • 守護の決意
    Ebony Knightaa0026hero001
    英雄|8才|?|ドレ
  • エージェント
    藤手 匡aa0445
    人間|20才|男性|回避



  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • 撃ち貫くは二槍
    今宮 真琴aa0573
    人間|15才|女性|回避
  • あなたを守る一矢に
    奈良 ハルaa0573hero001
    英雄|23才|女性|ジャ
  • 乱狼
    加賀谷 ゆらaa0651
    人間|24才|女性|命中
  • 切れ者
    シド aa0651hero001
    英雄|25才|男性|ソフィ
  • 天啓の医療者
    六鬼 硲aa1148
    人間|18才|男性|生命
  • 羊狩り
    ラウラ スミスaa1148hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 死すべき命など認めない
    宿輪 永aa2214
    人間|25才|男性|防御
  • 死すべき命など認めない
    宿輪 遥aa2214hero001
    英雄|18才|男性|バト
  • 初心者彼女
    天都 娑己aa2459
    人間|16才|女性|攻撃
  • 弄する漆黒の策士
    龍ノ紫刀aa2459hero001
    英雄|16才|女性|ドレ
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