本部

【甘想】連動シナリオ

【甘想】毒条院麗佳が行くのです!

電気石八生

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
7人 / 4~8人
英雄
7人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/01/21 13:12

掲示板

オープニング

●爆誕! 非愛の恋断姫
 残念女子だって、泣く権利はあるんだよ。
 泣いて許される資格はねーけどな。

 それ悟るのにちょー時間かかったわ。
 気づいたときにはもう、残念だったね。てか、彼氏どころか友だちひとりもいなくて気づかなかっただけで、生まれてからず~っと残念さ。ちょーウケる。
 そんな真実に気づいて4日。
 あたし、非不眠非不休で呪ってます――うっかり祝っちまったりもするけどな。呪と祝、字面似てんじゃねーよ。「じゅ」と「しゅく」で語感も似てんだよ。
 と、こんなこと考えてる場合じゃなかったわ。集中集中。
 リア充爆散しろ!
 リア友圧壊しろ!
 いっそリアルなニンゲン全部滅亡しろ! 呪呪呪呪呪祝呪呪――
『……その願い、妾がかなえてくれようかえ?』
 おう。なんか機械の体もらいに行きたい気分にさせられる、ツヤっと色っぽいアルトボイスが来ましたよ。
 孤独死ルート一直線な独り暮らしルームで声が聞こえんの、おかしくね? しかも耳元でさ。
 実はあたし、もう死にそう? 句点の向こうに連れてかれちまう? やばいね。トシがバレちまうね。「残念」とか「バレる」とか、最近の女子も言うのかね?
『ええい、妾を見やれ!』
 耳引っぱられた感じがして、あたしは顔を上げた。
 あたしに触ってるのは、もやもやした人型の、オンナっぽいなにか。
 ついにニンゲン超えてユウレイ見えるとこまで来ちまったかあたし。
 あー、ユウレイでもオトコだったらなー。いや、この際オンナでも、歌劇スター系だったらイケたのにな。相手はオンナで、歌劇なんか絶対ムリな感じ……。
『おおう、そなた。なんとも、こ、個性的じゃな』
「あんたがゆーな! そもそもあんた妾って顔かい!」
 まあ、あたしと同レベルのね、残念なお顔立ちでしたわ。あたしが動物系なら向こうは魚介系って感じ。
『なんじゃとぅ!? 妾は妾なんじゃから妾じゃろうが! 顔のこともそれ以外もよう憶えておらんが心が痛むから顔のことは言うな! 妾とて個性的と言うとろうが!!』
「そりゃすまんかった! ――そもそもあんた、妾って個性かい!」
 きーっ!
 あたしとユウレイは激しく言い合ったよ。言い合って言い合って言い合って、
「リア充殲滅!」
『リア友壊滅!』
 個性を認め合って。
 よくわからんけど「誓約」っての、したんだ。
「もうすぐバレンタインシーズンです! どうしましょう!?」
『本命チョコも友チョコも義理チョコも、けして渡させぬぞえ!!』
 あたしたちが誓い合ったのは、「世界にはびこる恋愛、完全撲滅」!!
 で。
 あたしは完全非モテの女子やめて、ヴィランになった。
 いや、もう「あたし」じゃない。
「あたくし」のヴィランネームは毒条院麗佳(ぶすじょういん れいか)。
 他人の幸せを根絶やしにするその日まで戦いぬくと誓いし「非愛の恋断姫」。
『麗佳よ、憎きチョコの原料はカカオマメとやらじゃの?』
「そうですわよ『宮様』。……どこの誰にも、手作りチョコなんざ作らせませんことよぉーっ!!」

●いざアフリカへ――行かせません!!
 朝5時。いきなり出動を要請されたライヴスリンカーたちは、詰め込まれた輸送ヘリの中で任務を伝えられていた。
「強力なライヴスの歪みが国際空港内に発生しました。発生源はヴィランを名乗る毒条院麗佳――HOPEのデータベースには見当たらないんで、多分新人ヴィランだと思います」
 緊急のわりにはなんだか気の抜けた口調で説明する、新人女子職員。
「今、チケットセンターで自分を貨物扱いで運べってもめてるらしいんですけど……カカオのヤローを根絶やしデスワーって、叫んでるそうで。なんかアフリカ、行きたいみたいですね」
 アフリカへカカオを根絶やしに行くヴィラン。
 バレンタインが憎いのか? それともカカオに大事な人が殺された? 世界中に輸出ずみのカカオやチョコレートはどうする気なんだろう?
「そのへんなんとも言えないんですけどね。相手がヴィランで、強いってのは確実です。意外に話は通じそうですから説得はありでしょうか。ただ、目的が達成できないってわかれば暴れるでしょうし……。まずは被害を最小限に抑えられそうなところにおびきだしたいですね。なんとかひとつ、うまいことお願いします」

 ――かくして現場に到着したライヴスリンカーたちは見た。
「アフリカ行きの飛行機にあたくしを積みやがれですわー! なんですのその作り笑い!? ま、まさか、おぬしにも手作りチョコなんざ渡す相手がいるんですのかよ!? やらせはせぬ! やらせはせぬぞよおおおおおおお呪呪呪呪呪祝呪呪!!」
 空港職員の女性に詰め寄る白銀の鎧の――実にまあ残念な、お姉さんとはそろそろ呼びづらい感じの、女ヴィランの号泣面を。

解説

●依頼
 毒条院麗佳を撃破もしくは退散させてください。

●状況
・ロビーのチケットセンター前から描写が開始されます。
・被害は最小限に抑えるよう務めてください(程度に応じて結果に反映されます)。
・事前に空港職員(パイロット、キャビンアテンダント、整備員、一般職員等)の制服を貸してもらうことができます。
・飛行機の発着場や駐車場、倉庫を含む、空港内ならどこでも戦場にできるものとします。
・飛行機も本物は無理ですが、キャビンアテンダントの訓練用機体は使用することができます。
・どこを戦場に選んでも、活動を妨げるような地形要素はないものとします。
・使用できる備品は制服以外、原則存在しないものとします。

●毒条院麗佳(&宮様)
・バレンタインデーにやり取りされる手作りチョコを撲滅するため、カカオの産地アフリカを目ざしています(アフリカのどこでカカオがとれるのかは知りません)。
・見た感じ、非常に残念です。
・プラス方向にもマイナス方向にもエキサイトしやすい性格です。
・彼氏彼女、夫妻というような存在を仇敵にしています。
・残念女子としての孤独な過去こそ彼女の原動力。そのトラウマをあなたがどう扱うかにより、彼女の闘志も上下します。

●麗佳の能力
・殲滅パンチ=近接単体物理攻撃(ビンタ)です。「気絶」のBSが付与されています。
・壊滅キック=呪いの光線を足の小指から放つ遠距離単体魔法攻撃です。「翻弄」のBSが付与されています。
・呪いソング=呪いの言葉を垂れ流して「狼狽」のBSを与える範囲魔法攻撃です。
・絶縁ガード=目と耳をふさいで丸まることで肉体的、精神的な防御力をアップします。ただしガード中はなにも見えず、なにも聞こえません。

注:BSをくらうと、あなたのキャラクターはトラウマを呼び起こされます(内容指定がない場合、設定を元にしたトラウマっぽいなにかが見えます)。

リプレイ

●騒ぐ人々
「呪呪呪呪呪祝呪呪!!」
 アルトボイスを轟かせる、白銀の鎧をまといしオバ――毒条院麗佳の姿に、雪ノ下・正太郎(aa0297)がツッコんだ。
「途中で祝うなよ」
「見た目も残念だけどよ……なんだかこう、かわいそうに見えてきたぜ」
 コメントした契約英雄の悪食丸(aa0297hero001)に、正太郎は厳しい表情で。
「世のため人のため、殺さない程度に仕置きするしかないだろ」
「待ってください!」
 正太郎の肩を、石井 菊次郎(aa0866)が強くつかんで引き留めた。
「あの方は……似ている? しかし、ありえないいや彼女に似ているむしろ彼女です」
 豊満を超えた頬に憎悪の涙を垂れ流す麗佳。その様を見つめる菊次郎の、恋人を殺した仇敵に十字の印を刻まれた眼は、いい感じでぐるぐるしていた。
「はああ?」
 彼の契約英雄テミス(aa0866hero001)が、いつもの冷静さはどこへやら、音階を高く外した声をあげた。
「あれのどこが貴公の想い人に似ているというのだ!? ディフォルメ激しすぎだろう! というか、人間で女という以外、類似点皆無だ!」
「彼女ですよあの眉の生え方も頤の色艶も生き写しの生まれ変わりで生き別れ」
 前日に菊次郎があやまって吸い込んだ怪しい魔界のスパイス。その副作用が今、表面化したらしい。彼はぐるぐるしたままテミスに向かい。
「お義母さん! 私がきっとあなたを誤解です!」
「お義母さん!? 貴様は我のいくつ上だぁっ!?」
 菊次郎の肝臓にタイキックをねじこむテミス。その隙に菊次郎を清掃員姿の防人 正護(aa2336)が羽交い締めにし、契約英雄のアイリス・サキモリ(aa2336hero001)に指示を飛ばした。
「水だ! 水を飲ませて毒を吐かせる!」
「自動販売機は税込みで、免税店で買うと免税じゃから……すべてがカネしだいとは世知辛いのう」
「社会システムを嘆いているときか!」
 その様子を目の当たりにした朔耶・F・月臣(aa3037)がつぶやく。
「あれがヤーパン(日本)式オワライ。あそこまでやらなければならないのですか……Wahlich」
 ドイツ人の父を持つ月臣だが、日本生まれの日本育ちである。
「大将、こってこての日本人じゃねーかーい!」
 すかさず契約英雄の藤原 厚(aa3037hero001)が月臣の頭をどつき倒した。すごくいい音がした。
 ――その騒ぎの横で黙々と作業に勤しんでいた宇津木 明珠(aa0086)が、完成したスケッチブックを手に駆け出した。目ざすは麗佳ならず、職員に押さえられ、不満の声をあげている飛行機待ちのお客さんたちだ。
 スケッチブックに書いた『収録中です。お静かに』を掲げつつ、
「春から放送開始予定のバラエティ番組の収録中です。ご協力をお願いいたします」
 空港の一般職員の制服を着た彼女だが、その過ぎるほどのていねいさに目立たない風貌が加わって、童顔の新人ADに見える。
「そーですね!」
 人々に混じり、うきうきのお昼休みに聞いたようなセリフを返すのは、自由すぎる金髪が印象的な彼女の契約英雄・金獅(aa0086hero001)である。
 一般人になりすまして明珠のサポートをしようという彼に、明珠はスケッチブックを1枚めくってみせた。
『そうですね』
 予想外の返しに、金獅がつんのめる。
「おいガキ、客のセリフとんなよ! そーですねーっ!」
 対する明珠がもう1枚ぺらり。
『そうですね!!』
「俺がなに言うかなんざお見通しかよ……。そぉーっ、ですーっ、ねぇーっ!!!」
『そうですか』
 明珠がスカしたところで終ー了ー。
「じゃー行くか」
 空港職員の制服を着た旧 式(aa0545)が契約英雄のドナ・ドナ(aa0545hero001)を促した。その後に、キャビンアテンダントの制服姿の志賀谷 京子(aa0150)、その契約英雄アリッサ ラウティオラ(aa0150hero001)が続く。
「毒条院の気持ちはわかるよなあ……俺もこの背ーだしよ」
 立派に成人しているはずの式の身長、実に135センチ。
 そんな彼に、身長120センチのドナがニヤニヤ。
「旧式はどう考えても子どもかマスコットって感じだもんなあ」
「安心シテクダサイ入ってマセンヨ!? せめて子どもで止めとけ。つーかドナが言うな」
「いっしょにすんな! あたしがどんだけ内角低め好きな紳士に需要アリか知らねぇの!?」
「低めしか打たねー紳士はカウントすんな!」
 ちびっこのかけあいを生暖かく見守っていた京子が、号泣中の麗佳に視線を移して。
「孤独だった彼女にもパートナーができたんだよね。ああやってギャン泣きしてる今って実は幸せなのかも。あんまり憎めないなぁ。ねぇ、アリッサ?」
 アリッサは相方のウインクをしかめっ面で受け流し。
「だからといって迷惑をかけていいわけではありません」
 すると京子は、がばっとアリッサへ抱きついた。
「わー、この堅物っ! 愛してるよ! チュ~」
「んなっ!? なにを言ってるんですか京子! そんなチュ、キ、キスなどでわたしがっ」
「愛の臭いがするですわよ宮様……恨めしい!」
『涙が出そうじゃわえ……妬ましい!』
 配水管に詰まった脂汚れさながらの怨念が、でろでろと押し寄せてきた。

●馳せる思い
「お客さん、落ち着いとくれよ」
「どうどう」
 駆けつけた警備員姿の正太郎と悪食丸にとりなされる麗佳。
「あたくしは馬じゃねーですわ! そんなもので落ち着きますわ~」
 ベタなやりとりをお送りしましたが、さておき。
「あー、お客サマ。なんで貨物なんスかネー? チケット買って席に座っときゃ、こんな風に止めらんなかったんじゃねーデスか?」
 ギザギザの歯を笑みの形にむき出し、慣れないていねい語を綴る式。元ニートという過去を置いておいても、社会性が足りなさすぎ。
「入らねーんですのよ鎧と肉が!」
 麗佳の体格は平均的なヒグマをしのぐのだ。
「旧式はデリカシーが足んねーわ。見た瞬間わかれよ。あの腹、ファーストクラスでも入んねーし」
 とはドナの言。テンポよく正太郎が口を挟む。
「足りてたはずのデリカシーはどこいった!?」
「つーか、あらためて訊くぜ。毒条院、なにしにアフリカ行くのよ?」
 素に戻った式の質問に、麗佳はキーと憤り。
「カカオのヤローを殲滅壊滅撲滅ぅっ! すべてのカレカノに物足りないキモチをアゲる! 恋する女子に告白だってさせるまじ!!」
「カカオを殲滅どころか壊滅撲滅……あの美しい方があれほど激昂するとは。まさかっ、カカオに愚神を召還する作用が――!?」
 羽交い締められた菊次郎が、またもやなにかを言い出した。
「あのヴィラン、理由を全部述べておるだろうが。そもそも貴様の妄想が本当なら、今ごろチョコレート屋はみなドロップゾーンだ」
 ビターチョコよりも苦い顔で、テミスが菊次郎に言って聞かせる。対する菊次郎は紳士な顔で。
「大変ですよお義母さん、今すぐHOPEに連絡を!」
「我に貴様を生んだ憶えはない!」
「そうですね。お義母さんは義理の母ですから」
 テミスは絶句した。
「そんなお客様に朗報です! 限定ふたりでおひとり様に、アフリカ便に貨物扱いでお乗りいただけるよう手配いたしましたー!」
 麗佳と式の間に割り込んだ京子を「怪しい通信販売ですか!」と諫め、アリッサがあわてて取り繕った。
「ただ、用意できました便が貨物便でして。駐機場所まで徒歩で移動していただく必要がございますが」
 不穏な視線をライヴスリンカーたちへ向けていた麗佳は、その目をふと、北へ向けて。
「待ってらっしゃいカカオ豆。毒条院麗佳が行くのです!」
 チケットセンターでひとりがんばっていた女子職員にかるく手を振り、麗佳は推定400キロの巨体をかろやかに翻した。
「のうのう、おぬし。カカオ豆殲滅ってどうやるんじゃ?」
 と、横から現われたアイリスが、麗佳の白銀の篭手をつつきながら訊いた。
「胸が自慢のJKギャルがあたくしにご質問!? ぬぅぅ」
 アイリスの胸、銀髪、金眼を順に見て、麗佳がエキサイト――と思いきや。
「がんばる!」
 そんな彼女を愛しげに見つめていた菊次郎がひと言。
「一途にがんばる麗佳さんに、エールを」
「やめろ。同じ階の住人全員に聞こえそうな応援は」
 青筋の立ったこめかみをもみもみ押し黙るテミスの代わり、正護がツッコんだ。
 その瞬間、明珠がすばやくスケッチブックをめくった。
『笑』
 お客さんたち、律儀に大爆笑。
「あれはまさか、サポートのつもりなのか?」
 正護にテミスが渋面のまま返した。
「番組収録という体を守っているのだろうがな」
「そーですねーっ!」
 金獅の楽しげな声が響き渡り、人々がさらに盛り上がる。
『拍手!』
 お客さんたちの拍手に見送られ、一行はは滑走路を目ざすのだった。

●愛を語ろう
 空港側の対応によって完璧に飛行機がよけられており、滑走路はガラガラだ。
『もっと賑々しく、ヒコウキとやらが飛んだり降りたりしておるものと思うたが……』
「そう言われてみれば」
 頭脳派ならぬ麗佳と宮様も、少々おかしいと感じ始めたらしい。このままでは真相に気づかれるかもしれない。
 あと、後ろのほうをぞろぞろ追いかけてくるお客さんもどうするべきか。
「カメラどこカメラ?」などと訊かれるたび、空港の各所に取りつけられた監視カメラを指して「そのような映像作り」であることを示し、「お静かに」のゼスチャーで締める明珠。その都度、金獅が監視カメラに手を振ったりして「らしさ」を演出しているが、なにも事件やハプニングが起こらないことに、お客さんは退屈し始めている。
 そんな中、ついに麗佳が尖った疑問を投げ込んだ。
「百合姉妹! あたくしをどこに連れていく気ですの?」
「誰が百合姉妹ですか!」
 顔を真っ赤にして叫ぶアリッサに、京子がしれっとからみつく。
「姉の座は渡さないよ?」
「歳はわたしのほうが上です――京子!?」
「まさか。このあたくしを次女に採用し、おぬしらのドラマをさらに盛り上げようと――」
「アリッサさんのほうがずーっと歳下だろ」
「正ちゃん、もっと声張らねぇと参加できねぇよ?」
 悪食丸の言うとおり、正太郎の冷静なツッコミは、エキサイトするアリッサと麗佳にあっさり無視された。
「愛はな。いろんなカタチがあるもの。しょうがないんじゃよ。の?」
「なぜわたしに言うんですかアイリスサン!?」
「な。からみが弱ぇから乗り遅れんだ」
「俺、おまえの立ち位置がわかんねぇや……」
 達観した悪食丸に頭を抱える正太郎である。
「――わかりましたよお義母さん」
 ふと。未だ拘束中の菊次郎がテミスに語りかけた。
「もう怒る気力もないわ。なにがわかったのだ?」
「この神のいない世界で、彼女は次女ですわ。そして俺は――俺が菊次郎だ!!」
 人型機動兵器の中で覚醒しそうな勢いの菊次郎を、テミスがラジエルの書の角でぶん殴った。
「そういうのアリかよ。じゃあ俺も! おい、俺が金獅――」
 騒ぎにつられてやってきていた金獅の後頭部にも角がめり込んだ。
「そのツッコミは死ぬぞ」
 足元へ転がるふたつの屍に目を落とした正護。飛んできたお客さんたちの声が加勢した。
「そーですね」
 ぐだぐだに崩れかけた場へ、さらなる爆弾が投下。
「こふっ。……失礼しました。あなたもアフリカに?」
 未来ビジョン(妄想)におののく麗佳へ話しかけたのは、外の冷たい空気に咳き込み、恥じらいの笑みを浮かべる月臣だった。
「おぬしもアフリカに?」
 悲愛とはいえ、恋断姫も生物学上は女。口の端をぴっとぬぐった彼女はことさらに艶めかしい声を作った。
「ええ。少し、体が弱くて。アフリカで静養してドイツに帰ろうかと」
「ドイツって日本よか寒くね?」
「体弱ぇヤツが休めんのかよアフリカ」
 ドナと式がツッコむが、月臣の笑顔は崩せない。
「お嬢さん。少し早いですが、これを受け取ってはいただけませんか? あなたとともに在る方には、こちらを」
 差し出したのは、ほころびかけた紅と白の梅だ。実に可憐で、麗佳の表情も思わず和んでしまう。
「もうじきバレンタインですが、西洋ではチョコレートを贈るのではなく、女性に花を贈る日なのです。――ああ、先走ったわけではないのです。その花、ちょうど見頃になりますから……2月14日に」
「あーあ。まーた大将の天然タラシの被害者が出んのか……」
 厚が苦い顔で目を反らした。
 月臣はいつもああなのだ。恋愛感情ゼロのくせに、ああいうことをいろいろな場所でやらかしてしまう。ある意味天然なのだろう。
「思ったとおり。白銀の鎧に梅の紅がよく映えています。白もまた銀を際立たせる」
 月臣の天然タラシ回路が自動生成する甘いセリフにとまどう麗佳。しかし。
「花とは、どうしてくれるべきものなのですわ?」
『置いておくのは失礼じゃから……喰らう、か?』
 2月14日を待つことなく、おいしくいただきました。
「ほろ苦い……この味まさに、チョコレイツ!!」
 さらに、花の苦さでチョコの苦さを思い出した麗佳が再燃した。
「早くゆかねばアフリカへ! あたくしの翼は何処!? アポロンの北ウイングは梅の香りに抱かれて!」
 花の作用か、女性歌劇と30年前のアイドルソングのタイトルみたいなセリフを吐いた。
「ちょーっと待ったぁ」
 手を挙げて突っ込んできたのは、驚異的な速度で復活してきた金獅だ。
 彼は彼でうかがっていたのだ。いつでも飛び出せるよう、場の空気を。
「なぁ、鎧のお嬢さん。貨物室とか寒ぃだろ? 俺ならチョコレート売り場とかで買い占めちまうほうが楽かなって思っちまうぜ。根性あるよな」
 金獅が獰猛に笑んで金の髪をかきあげた。月臣とはベクトルのちがう、ワイルドな魅力全開。これで石油王の王子だったりした日には、まさに女性向けハッピーエンド確約恋愛ロマンのヒーローだ。
「持たざる者はがんばるしかねーのですわ! あたくしは今までがんばってなかった! ゆえにこれから超がんばるんですわー!」
「んー、がんばるのはいいけどさ。カカオに罪はないんじゃないかな?」
 差し込まれた京子の疑問に、麗佳はわなわな。
「ならばチョコに狂った人々を滅せよとでも!? この、人非人!」
「自称ヴィランが真っ当な!?」
 正護は、菊次郎から離れたその手で思わず腰に巻いた変身ベルトをつかむ。俺が守りたい正義とはなんだ? そもそも正義とわ……?
 極端な自問自答へダイブしてしまった正護を置き去りに、京子が「いやいや」と言葉を継いで。
「たとえばね、伝説のショコラティエになるの! 想像してみて。あなたのチョコに群がるリア充の群れ。売るも売らないも毒条院さんの気分しだい。リア充どもは泣き土下座でお慈悲を請う! ステキじゃない――あれ?」
 いや、京子はトラウマをバネにがんばれ的なことが言いたかっただけなのだ。
「人の心を弄ぶなんて……それだけは、やっちゃならねーことなんですわ。それにあたくし、キャベツの千切り試験でざく切りを提出したオンナ」
 胸の奥に染み出すトラウマを噛み締め、麗佳はかぶりを振った。
 またもやヴィランが真っ当なことを! 俺が信じてきた正義は正しいのか? 俺は――俺わ――。正護の苦悩も絶好調だ。
「京子? 少し、話をしましょうか」
「目が怖いよ目が」
 アリッサに引きずられ、京子が退場。代わりに入場したのは式とドナだ。
「まあよぉ、気持ちはわかるぜ? 俺もドナもこんな見てくれだしよ」
「いっしょにすんな元ニート! あたしゃ内角低めスキーな紳士諸兄に」
「そのハナシはマジやめとけ! ジョーレーさんに連れてかれちまうぜ」
 式は最強呪文でドナを黙らせ、麗佳に向きなおった。
「……あんた、チョコ渡すほうじゃねーか。だったら獲物、選び放題だろ。俺なんて毎年、ドアの外にオカンが置いた1コだけだぜ? 生き地獄、だぜ?」
「ぬぅ、ですわ」
「ニートで母チョコは……辛ぇな」
「メッセージカードなんか添えられてた日にゃ、おっ死にたくなるぜ――」
 切ない顔を突き合わせる悪食丸と正太郎。
 あっはっはっ。向こうでお客さんたちが大笑い。もちろん明珠のせいだ。
「……なんか、話長くなっちまったな。ノドかわかねぇ? 俺、どっかで水くんできてやるよ」
 気を利かせる金獅だったが、この時点で石油王の王子じゃないのが確定した。
「自動販売機は税込みじゃし、免税店で買ってもたかが免税じゃぞ? 水とてタダではないのじゃよ」
 なぜか混じっていたアイリスがうんうんとうなずいた。
「あたくしは水など飲まぬっ! おぬしら誰にもチョコは食べさせぬぅ!」
「いやー、それは困るのう」
 アイリスはさらっと。
「彼氏にチョコをちょこっと食わしてやるって約束したからのう。にしし♪」
 我に返った正護が「ああ」という顔をしたが、もう遅い。
『かぁぁれぇぇしぃぃ!?』
「呪呪呪呪呪呪祝呪呪呪!!」
「待ってくれ毒条院。おまえはいい奴だ。俺はおまえの言葉を聞いてきて、本当に思った。だから毒条院にも絶対にいい奴が見つかる。俺はそう信じる」
 必死で麗佳の気持ちをなだめようと、必死で言葉を紡ぐ正護だったが。
「見つかったことも見つけていただいたこともねーですわーっ!」
 猛り狂う麗佳がその呪い(時々祝い)の力を解放し、アイリスへ襲いかかる!

●ちょこっと戦闘~悲愛の恋断姫の旅立ち~
 正護が、すかさずアイリスを麗佳の前からかっさらった。そして腰のベルトに手を当てて、
「変身っ!」
 リンク――変身ヒーローの姿を映す『アヤメフォーム』となった。
「毒条院の怒りを鎮めるぞ! 誰か蟲笛を!」
 アイリスと意識を重ねているせいか、余計なことを言う正護である。麗佳=腐った森のでかい蟲。
「俺らもぼさっとしてらんねぇ! 行くぜ!」
「よしきた正ちゃん!」
 正太郎と悪食丸が続いてリンク。粋で華やかな歌舞伎調の外骨格をまとった。
「この世の悪に暫くと、我が名はカブキリンカーっ!! あ、参上っ!!」
 正太郎の切った大見得に、お客さん、わーっと拍手。明珠は『3歩お下がりください』のカンペでその安全を確保した。
「あたくしは悲愛の恋断姫、毒条院麗佳ですわ! あたくしの前に立ちふさがるおぬしども、ちょこっとお仕置きですわーっ!!」
『あれパクリじゃね?』
「ござるな。しかもチョコとお仕置きがかかっておらぬ。なっちゃいねぇでござるよ」
 ダメ出しする正太郎たちに、麗佳が右手を振りかぶる。
「殲滅パンチですわ!」
「やめろって!」
 ドナとリンクした式が麗佳を止めに入ったが。
 すかっ。麗佳のビンタは式の頭上を通り過ぎ、正太郎にクリーンヒットした。
「ございましゅ! ごじゃりましゅ! ぎょじゃりみゃしゅ!」
 昔、子ども歌舞伎教室の練習で噛みまくった過去をディフォルメでお届けされ、正太郎が悶絶。
「殲滅パンチですわ!!」
「だからやめろよ!」
 今度は左手で月臣を張り飛ばしにかかる麗佳に、再び式が飛びかかったが。やっぱりその頭上を通り過ぎる、ビンタ。月臣、絶体絶命かと思いきや。
「死にますよ?」
「なんですわ!?」
 思わず手を止めた麗佳に、月臣はやわらかな笑みを向けた。
「私は駆け出しのエージェント。あなたの一撃は致命的です。ふふふ。さあ、死にますか、私が?」
 なぜにそんな上から目線なのか不明だが、麗佳はちょっと考えて。
「殲滅パンチ手加減派ですわー」
 月臣の頬に、ぺちん。
「マイファーター。ドイツ人ではなくイタリア人だったとは。ミーはショック……」
 ねつ造されたトラウマに苦しむ月臣。ちなみにリンク中の厚は、月臣が咳き込んだ拍子に血を吐いた過去を再体験していた。なんだこの差は。
「――彼女の危機。行かなければ」
 よりによって今、復活の菊次郎が立ち上がった。
「お義母さん、俺といっしょに逝きましょう」
 ゆらり。ゆらり。状況をげんなりと見つめていたテミスへ迫る。
「ちょ、ま、貴様、『行』が『逝』に!」
「俺とひとつになるんです。それはとてもひとつで気持ちのいい冴えたやりかたなんですよ」
「やめろ、我は――あああああなにか入って――障子の桟にホコリがたまっておるではないかあああああああ」
 テミスの意識が菊次郎の内に飲み込まれ、消えた。
 一方、2度も殲滅パンチを止められなかった式とドナは。
『旧式がチビだから届かねーじゃんよ!』
「チビはおめーもだろ!」
『こーなりゃアレだ。アレしかねー』
「アレ……ドナ、耐えられんのか?」
 式の内で、ドナは強くうなずいた。果たして。
「毒条院サン、俺にも当たるように殲滅パンチ低めでお願いしまっす!」
 式の、プライドを捨てきったお願いにびくりと反応したのは、麗佳じゃなかった。
「彼女の御手には触れさせません! 代わりに俺が」
 そして菊次郎が式をべたべた触りまくる。
「な、なんだよキモチワリィ!」
「麗佳さん、それは俺が見た光! あたたかな白銀の綿菓子なのです!」
 どこかで聞いたようなことを口走る菊次郎。その背中を「壊滅キックですわー!」と、無慈悲な光線が打ち据えた。
「愚神が麗佳さんの顔に……愛と憎しみは表裏一体……麗佳さん、どうか、ご自分をお大事に……」
 ガクっ。菊次郎は息絶えた。いや、死んでないけども。
「なんだかなー」
 仲間の大半がアレなせいで初手にフラッシュバンを使えなかった京子が、クロスボウを準備しながらあきれた声で言う。
 アリッサもまた切れのない声で。
『まあ、あれはあれで幸せな最期なのでは……?』
 倒れた仲間たちをてきぱき回収した明珠が、お客さんに合図。
「そーですね」
 ついに遠隔操作までやってのけるのだった。
 ――その後も、不毛で泥臭い、間延びした攻防が続いたが。
 状況を覆したのは、ひとり場を収めようと悪戦苦闘していた金獅だった。
「もうどっちもやめろって。殴り合うよか、手ぇつないだり抱きしめるほうがいいじゃんか」
 金獅は麗佳の両手をとった。
「毒条院もよ、傷が残ったりしたら大変だろ? 綺麗な肌してんだし、もったいねー」
 そして彼女の目をまっすぐ見据え。
「女は見た目じゃねーだろ。見かけ倒しなんざすぐ飽きちまう。俺はおまえらみてぇな根性ある女のほうが好きだぜ」
 愛じゃない。恋でもない。しかしそれは、感情の激しい変化とブレイクスルーをなにより尊び、愛しむ金獅の本心からの言葉。
 明珠の指示で、お客さんが「ヒュー」。
 それをバックに、麗佳もまた真剣な顔を金獅に向けて。
「壊滅キック手加減派ですわ」
 彼のスネに光線を照射した。
「知恵の輪……パズル……軍人将棋!?」
 考えるのが苦手な金獅には、知的なねつ造トラウマが与えられたらしい。
「その心だけ、おいしくいただいておきますわ」
 いい女のような顔をして言い終えた麗佳が、猛烈な勢いで走り出した。
 滑走路の向こうには青い海。麗佳はためらうことなく跳び込んだ。そして。
「あたくしはアフリカで本懐を遂げ、かならずや帰って来るんですわ! すべてのリア充の愛を壊し、恋を断つたべぶびぼぼ」
 ゆっくり、沈んでいった。
「まあ、あの格好ではな」
 正護の言葉に、うなずくほかないライヴスリンカーたち。
「毒条院、逆チョコだ。いつかお返ししてくれよな」
 式がコンビニで買ってきた板チョコを、麗佳が沈んだあたりに投げ込んだ。
 と。ごぼぶべぼび。海面が激しく泡立ち、その泡が超スピードで沖へ。
「そっちはアフリカじゃなくてアメリカだぜ」
 正太郎のツッコミに、明珠がお客さんへハンドサイン。
「そーですね」
 ――アフリカはともかく、麗佳はきっと帰ってくる。おそらくは2月の上旬に!

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 愚神を追う者
    石井 菊次郎aa0866

重体一覧

参加者

  • Analyst
    宇津木 明珠aa0086
    機械|20才|女性|防御
  • ワイルドファイター
    金獅aa0086hero001
    英雄|19才|男性|ドレ
  • 双頭の鶇
    志賀谷 京子aa0150
    人間|18才|女性|命中
  • アストレア
    アリッサ ラウティオラaa0150hero001
    英雄|21才|女性|ジャ
  • 敏腕スカウトマン
    雪ノ下・正太郎aa0297
    人間|16才|男性|攻撃
  • チーム『従魔イーター』
    悪食丸aa0297hero001
    英雄|15才|男性|ブレ
  • 堕落せし者
    旧 式aa0545
    人間|24才|男性|防御
  • エージェント
    ドナ・ドナaa0545hero001
    英雄|22才|女性|ブレ
  • 愚神を追う者
    石井 菊次郎aa0866
    人間|25才|男性|命中
  • パスファインダー
    テミスaa0866hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • グロリア社名誉社員
    防人 正護aa2336
    人間|20才|男性|回避
  • 家を護る狐
    古賀 菖蒲(旧姓:サキモリaa2336hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • エージェント
    朔耶・F・月臣aa3037
    人間|27才|男性|命中
  • エージェント
    藤原 厚aa3037hero001
    英雄|22才|男性|ジャ
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