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星集う夜の夢
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夢を叶える為の相談所
最終発言2016/01/15 00:38:39 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/01/14 21:18:47
オープニング
●夢見た場所へ
その日、さる財閥のご令嬢が執事を連れお忍びでHOPE本部へとやってきていた。彼女は生まれついての病により身体が弱く外出もままならないほどであったが、世界蝕によって得られた技術の発達により奇跡的に回復したことで、予てよりの『夢』の為にHOPEへと赴いたのだという。
それは、何てことない夢だ。小さな頃に読んだ、実際の風景を元に描かれた一冊の絵本。『満天の星を見に行く』という内容の、その鮮やかな景色に憧れた。
そうして前述の通り体調も良く体力も人並みとなった彼女は、さっそくその夢を叶えようと基となった場所を探しだして――だが、ここで新たな問題に直面した。
何もないが故に人のあまり踏み入れることのない、なだらかな草原の先にある小高い丘が今回の目的地なのだが、どうもここ最近になってその草原に従魔が群れを成していたことが分かったそうだ。
これではどうしようもない。だが幼い頃から温めてきた夢を諦めることも出来ない。そもそも発見した従魔を野放しにするのは如何なものか。……と、そんな経緯でもって、依頼しに彼女らは訪れていたのだった。
件の目的地を下見に行き運悪く従魔を発見した者が撮影した何枚か写真によれば、発見が遅れたことで群れを成すようになっていたとはいえ、未だデクリオ級になって日が浅い程度の従魔のようだった。それも、元となった生物――恐らくは『野ネズミ』だろう姿を大きくしたような、例えるならカピバラほどの体躯で地を這うだけである。
聞くところによれば大きさが増した分素早さが下がったようで、従魔に見つかってもどうにか逃げきれる程度の速さだそうで。
ただ、特筆すべきはその従魔の数だ。三十は超える数らしく、纏まって追いたてられるのは恐怖以外の何者でもなかった、とは逃げ遂せた目撃者の弁である。
「――一つ、宜しいでしょうか?」
職員の説明が途切れたその瞬間に、響く声があった。場を静かに見守っていたご令嬢の横で影のように付き従っていた執事、その人である。
「出来ればお嬢様の護衛も頼みたいのです」
当の護衛させるお嬢様はどこか困ったように執事を見ており、その姿で彼の、もしくは『家』の独断によるものだろうと察しがついた。
「勿論、目的地までで構いません。万が一無いとは重々承知しておりますが、もし、討ち洩らした従魔と鉢合わせてしまった時、お嬢様を護る術が私共にはございません」
ですからどうか――と、執事は静かに頭を垂れ『お願い』する。ご令嬢の身を案じる真摯な気持ちが見て取れるその仕草に、一同もまた頷いて応えた。
「では、今回は従魔の掃討に加え、『目的地までの護衛』も含めての任務。ということで、よろしくお願いしますね」
HOPE職員の確認めいた言葉に、勿論否定の言葉は出ない。
かくて、任務が始まった。
解説
●目標
『少なくとも三十体ほどのデクリオ級従魔の掃討』及び『目的地までお嬢様の護衛』
●状況
従魔の出現地である昼間の『草原』からスタートします。草原は可もなく不可もなくという塩梅のなだらかな斜面となっており、生えている草は従魔に食い荒らされたのか従魔の体躯よりも短くなっている為、奇襲の心配はありません。
従魔はカピバラサイズの『野ネズミ』の姿をしており、大きさが増した分あまり素早くはありません。
前歯がとても鋭いので『噛みつき』等の口撃にさえ注意すれば恐るるに足らない相手といえるでしょう。……とはいえ、数が数ですので油断大敵なのは変わりませんが。
集団で襲われない、囲まれないようにすることが攻略を容易にするカギとなりそうです。
尚、護衛対象は戦闘中、邪魔にならないよう別の場所で待機していますので、地形が変わらない程度に思う存分暴れてください。
リプレイ
●日は天辺を越え
周りに木々も無い相当に見晴らしの良い長閑な、けれど今は物騒となった草原。陽気が注ぐそこを進む影が、多数――今任務を受けたリンカーたちと、護衛対象である令嬢一人である。
依頼時に会った執事他、令嬢の従者と呼べる者たちはいない。大人数で歩けば発見されるリスクが高まると、双方共に全会一致で纏まったのだ。とはいえ、目的地へと着いた以降は令嬢を警護するのはリンカーではなく彼らである為、一行より後方、相当に遠くから着いて来ているようだった。
令嬢もまた弱音も吐かず一行の進みについて来ていて、夢の為とはいえその好感を持てる姿勢に、任務を成功させようと気運も高まる。
従魔のせいか動物の気配すらないそこをひた歩く一行は、これまでの道中に入念な打ち合わせを重ね、そうして決めた作戦通りに、護衛対象である令嬢を中心に据えた菱形状の陣形にて、決して従魔に気取られぬようゆっくりと、だが確実に目的地へと進んでいた。
●風吹く先にて
「……確かに。これでは、奇襲は出来ませんね……」
『どうやら本当に奇襲の心配はなさそうですねぇ、サキ』
進む陣形の後方にて、遊撃役という都合上、全員を見通せる位置に陣取った花邑 咲(aa2346)とブラッドリー クォーツ(aa2346hero001)は、進めば進むほどに報告通りに食い荒らされた度合いを増していく草原を視界に入れ、そんな会話を交わしていた。咲はいつでも動けるように用意してきた道具の準備を、ブラッドリーはその身長を生かし索敵を行っている。
そんな咲たちから少し先を行く古節 練磨(aa3033)とナナリー クロスフォード(aa3033hero001)は、来たる戦闘に備えいつでも安全域へ誘導できるよう、退避経路の確認などに努めていた。
「令嬢ちゃんって身体が弱かったんだよね? なら、ゆっくり退避させないと体力が底を尽いちゃわないかなっ?」
『……では、気持ちゆっくりと、けれど迅速に誘導しましょうか』
先に従魔に見つかってしまった場合にもっとも忌避すべきは初動の遅れだ。今回の場合は護衛対象の速やかな退避――つまり自分たちの仕事であるが、その後の戦闘にも響くことなので出来る範囲で慎重を重ねていく。
一方。陣形の最後尾を行く浜地 賢介(aa3036)は、眉間に皺を寄せ目つき悪く前方警戒に励んでいた。隣を歩く江島 皐月(aa3036hero001 )が特に気にかけていないところを見るに、どうやらそれが彼のデフォルトらしい。それでも彼の普段より一層険しいところをみるに、敵をいち早く発見しようと気張ったそれが顔に出ているといったところか。
「流石っちゅうんか、鼠じゃわなぁ。尻尾も出しゃあせん」
『そうですね……まあ、気長に探しましょう』
そんな賢介たちから左斜め前方にて、鬼灯 佐千子(aa2526)は警戒する傍ら、時折令嬢に話しかけては彼女が萎縮せずリラックスできるよう励んでいた。佐千子が話す間はリタ(aa2526hero001)が警戒を強めることでバランスを取っているようだ。
「大丈夫? 疲れてない?」
問いかけにどこか申し訳なさそうに答えた令嬢に、優しく、けれど分かってもらえるよう言い含めるように佐千子が続ける。
「良いのよ。怪我するのは私たちの仕事、依頼人の仕事は胸を張って守られること。間違えないでちょうだいね」
遠慮するなという、その言葉にホッとしたようにほんのりと笑みを浮かべ答えた令嬢をさらに安心させるように、周辺の物、事を頭に入れながら一行の先頭を歩いていた齶田 米衛門(aa1482)とスノー ヴェイツ(aa1482hero001)が、ちらと振り向いて声をかけてきた。いつの間に取り出したのか、スノーは手に防寒具を持っている。
「星空ってキレイッスよな!どんな星座が好きなんスか?」
『寒くねェか?良かったらこれ使えよ』
ほぼ同時にかけられた自身を気遣う優しい声に、令嬢ははにかみながらオリオン座の名を口にし、また防寒具の申し出はありがたくも断って感謝を述べた。
そんな令嬢の右横を静かに歩く黒と赤の、まるで合わせ鏡のように姿形が瓜二つなアリス(aa1651)とAlice(aa1651hero001)は、手を繋ぎながら互いとは別方向に目を向け索敵していた。繋いだ手の反応で共に発見できていない事を確認し合う彼女たちが、ふと、草を揺らす風の音に混じる細かな音に気付き気配を鋭く変える。
二人のそんな気配に他のリンカーたちも察したようで、不思議な顔をする令嬢をやんわりと停め、ついに一行は歩みを止めた。
「……Alice、どう思う?」
『当たりだと思うわ、アリス』
幾重にも聞こえる音は不規則に止まり、かと思えば間隔を開けずまた鳴り始める。恐らくは従魔が草を食む音ではないだろうか。音から距離を推測して、聞こえてくる方向をなおも探る。
リンカーが気付ける程度の遠方、他よりもやや背丈の長い草むらが、風でない動きで揺れていた。揺れる範囲に差はあるが、そこから後方に向かって同様の動きを見せる草むらがあり、元となった野ネズミの様に幾つかの群れに分かれて行動しているのだと推測できた。
「――見つけた。敵はまだ気付いてないみたいね、暢気に食事中よ」
確信を得て伝達されたそれに一行が頷く傍ら、ようやく状況を理解した令嬢が小さく息を呑んだ。
「君のことは僕が守ってあげるねっ!」
『……私がしっかり守ります。ので、ご安心ください』
「な、ナナリー? 意味が違って聞こえるよ?!」
緊張で固まった彼女に戦闘中の護衛役を任された練磨とナナリーが近付き、先に決めていた退路で一行から距離を取り始める。道中と変わらぬ態度を崩さない彼らの姿に、緊張も解れたのか足取りは穏やかさを取り戻していた。
ところ変わって。護衛組が退避している間に従魔までの距離、位置等の情報共有を終えた一行は、相手に発見されない際を見極めるようにゆっくりと前進していた。
戦闘間近とあって、咲とブラッドリー以外全員が共鳴済みだ。
賢介が護衛役を引き受けた親友へと視線をやって、距離を測る。噛み付きなど近接攻撃しか持たないという触れ込みが確かならば、充分な距離ではないだろうか。
「……ふむ。どうやら練磨たちは退避できたようじゃのぉ」
『では、香爆弾を試してみましょうか』
その言葉に、投擲を得意とするブラッドリーは、一般的にネズミが嫌うとされる強い匂いで作った手製の『香爆弾』を持ち笑みを浮かべた。正直なところ従魔に効くかは分からないが、物は試しというやつである。効けば儲けもの、効かずとも少なからず混乱しているだろう最中で動き出せばいい。
全員の同意を待って、それから無駄のない動きで香爆弾を振りかぶる。
『そぉれっと』
緩い掛け声とは裏腹な剛速球が、細々と揺れる草むらへと投下された。瞬間、ハッカやミントの爽やかな匂いが風に運ばれふわりと香ったかと思えば、数瞬遅れで従魔たちの慌てふためき怒ったような鳴き声が届いた。
その様子を冷静に観察していた一行は、どうやら効くらしいことを確認し一考する。
「……怯んだのと怒ったの、半々ってところかしらね?」
「いや、恐らくは激昂した方が僅かに多いスなぁ。これじゃあ隙が生じても一網打尽は無理ッスね」
「なら、各個撃破に切り替えて構わないのね」
佐千子の疑問に米衛門が答え、アリスが一応の同意をとる。元よりそういう作戦だったので誰も否定する事はなく、咲たちの共鳴を待って一行は走り出した。
草を踏む音でようやくこちらに気付いたらしい従魔の群れは、香爆弾によって当初に見つけきれなかった潜んでいた群れまで激昂させていたようで、鳴き声は倍近くにまで増えていた。なだらかな斜面を登るにつれ短いとはいえ生い茂る草と高低差で見えなかった姿がはっきりとしだし、成る程確かに、三十以上の従魔がそこに居た。
激昂した事で動きが単調なそれ目掛けて、各々の武器を手に、リンカーたちは掃討へと乗り出した。
●喧騒深まる草原
従魔ひしめくその後方にて、前衛に中てぬよう気をつけつつ射程を活かし一体ずつ確実に仕留める佐千子の胸中では一つの感情が渦巻いていた。
「あー……ホントにうじゃうじゃいる。……き、気持ち悪っ」
ぽつりと呟いたそれ、即ちだった。カピパラサイズの、とはいえ外見は見紛う事ないネズミであり、出来ることなら見ていたくない光景ではあるが倒すべき従魔である以上はそうも言っていられない。
(『とは言ってもな……――と、こちらへ来るぞ。気をつけてくれ』)
冷静なリタの言葉に瞬時にオートマチックを構え、皆の動きに注意しながら後退しつつ一発を撃った。その後方に二体従魔を目視して、自身よりも遅いそれにさらに後退し撃ち込んでいく。
(『足が遅いか、幸運だな。側に寄らず戦える』)
「っ、そうね。そう思った方が建設的だわ」
答えながら、退いた分の距離を計算しつつ前進を始めた。
「わらわらど、よぐも出て来るもんだなぁ」
(『従魔だからなぁ』)
一方、前衛を任された米衛門は、攻撃は最大の防御だと言わんばかりに、淡く金に光る機械化部分と雷撃の残光を散らし留まる事なく最前線を縦横に駆け猛攻を続けていた。
「へば、盾するべさ!」
(『お前の取り柄だもんな、不屈の盾って奴だな』)
「スノーは不屈の闘志だべな」
スノーと会話しつつ突っ込んできた従魔を殴る傍ら、護衛対象に近付けさせぬよう自身に従魔の注意を向けさせようと、従魔の群れを引っ掻き回すように腕に巻き付けた雷神ノ書で適時攻撃していく。
「――来たッスな!」
(『派手に暴れっか!』)
思惑通り反撃しようと寄る従魔に笑みを浮かべて、さらに注意を引くよう雷撃を放ち一層速く戦場を駆け抜けていく。
再び後方。血のように紅い髪を風に遊ばせるアリスは、努めて視野を広く持ち冷静に戦況を観察、把握していた。
(『――あそこ、丁度良く纏まっている』)
「そうだね、燃やそうか」
言うが早いかブルームフレアの火炎を炸裂させ効果範囲を諸共に灰に変えたアリスは、間髪入れずに端をうろついていた少数の従魔を雷上動で放った紫電の矢で撃ち抜きながら、撃ち洩らした従魔に再び矢を放った。
どうやら、元気に暴れまわる前衛を避けるように少数の従魔が端へ端へと逃げていっているようで、少数故に今は逃げるだけだが放っておけば包囲し反攻されかねないそれを見す見す逃す理由はなく。
「……鬱陶しい……」
(『そうだね。でも、気を付けて。あっちも足が遅いらしいけど、私達も遅い』)
ええ分かってる、と答えアリスは、万一にも近づかれないよう注視しながら紅い瞳を瞬かせ三度紫電を放った。
「おお! やっちょるやっちょる。ワシも負けちゃあいられんのぉ」
唐突に視界を染めた派手な火炎に感心した声を上げ、賢介もまたオートマチックを従魔に構え引き金を引いていく。とはいえ、味方の足を引っ張るのは本意でないので、深追いはせず自身の力量に見合った距離、タイミングを見定めながらの攻撃である。
相手の出方と味方の布陣に注意して、刻々と変わる戦況に応じた攻撃を心がけていく。……とはいったものの、経験が伴わない故そこまで高度なことは考えていない。そもそも、考えすぎても緊張するだけだというのは想像に難くないのだ。
そこまで高度なことはしなくていい。とにかく潰れないように。それがまず戦場においては第一である。
自身が下手を打てば味方に、ひいては依頼解決に響いていく。
(『――! 右から一体、来ます』)
「おどりゃあ、そこのけや!」
従魔の接近を知らせてくれた皐月の声で距離を見定め、近距離が妥当と踏んだ賢介はグラディウスに持ち替えて、そうして一歩、気合と共に切り込んだ。
「あぁ……ここまで数が多いと、骨が折れますねぇ……」
味方の援護等も鑑みて最も射程の長い死者の書を手に持った咲は、のんびりとした口調とは裏腹な素早い狙撃を続けていた。赤と金のオッドアイに映る従魔へと書から放たれた白い羽のようなものが一直線に伸び、粛々とその数を減らしていく。
戦況はまずまずといったところで、前衛が上手く多数の従魔を引き付けているお陰で後衛への突撃が少なく、初めは三十以上であった従魔もだいぶ数を減らしているようだった。
(『もうひと頑張りですね。サキ、疲れていませんか?』)
「大丈夫よ、ブラッド――っと」
いつの間に下がってきていたのか、こそこそと護衛組の方へと逃げようとする動きを見せた従魔を撃ち抜いて、続け様に白い羽を飛ばし追従しようとしていた従魔の進路に撃ち込んだ。が、従魔もさることながら、直線の動きしか取れぬ羽に掠りながらも曲線を描くようにして避けてみせた。
走り続ける従魔。だが、間の悪いことに別の従魔が咲の側へと近づいており、一瞬の逡巡の末、ふと、視界の端に見えた鈍色の煌めきに咲は安堵し、自身へ寄る従魔を迎撃した。
その、ほんの少し前。
前衛、後衛共の活躍によって従魔の被害もなく令嬢の護衛を続けていた練磨は、従魔を貫通する際に弾の角度がズレる事で時折こちらまで届く流れ弾を処理しつつ、共鳴によって銀に染まった目を光らせて奇襲等の警戒にあたっていた。
『令嬢を害する』事に関してならば、何も警戒すべきは従魔だけでない。道中に動物の気配がなかったとはいえ万が一という事もあるし、陸から来なくとも空から何か降ってくるという可能性だって有り得る。杞憂に終われば御の字だ。と、
(『……あの鼠、こちらへ来そうですね』)
視線をやると、確かに何体かが不穏な動きを見せていた。迎撃した白い羽を一体が回避し、速度を落とし来た。迫る従魔に息を呑む音が聞こえ、――だが。
「大丈夫。君を守る、そう言ったでしょ?」
まるで言葉に答えるように西日に鈍く光ったフラメアの穂先が、従魔の胴体を強く穿った。
それから、少しの時間を経て従魔の掃討は完了した。
各々が倒した数を合わせると三十七体。残党を想定し周辺の警戒を再開して進む一行は、目視の傍ら、念の為にと残り四つの香爆弾を一定間隔で投げ反応を探ってみたが、あの鳴き声は一度たりとも聞こえる事はなかった。全て倒したと断定しても良さそうだ。
目的地に着く頃には太陽と交代するかのように空が陰り、数多の光が覆っていた。
――長く夢見た星の世界が、そこにあった。
●幾億を越えた夢の中で
最初、彼女は自身の目を疑いでもするように何度も何度も瞬かせていた。やがて夢ではないのだと実感が湧いたのか、瞬きを止め、夜空の宝石を一心に、食い入る様に見つめ続ける。
立ち尽くし心を震わせる令嬢を邪魔しないよう、リンカーたちは細心を払い静かに側を離れていく。
そうして、一行から遅れて到着した従者たちは大荷物を背負い現れた。その中には、どうも「お嬢様の恩人をこの暗闇の中帰すのは忍びない」という理由からリンカーたちの分の野営道具、弁当等も入っているらしい。
長い帰路と戦闘の疲れ、そしてこの満天の星を思えばせっかくの申し出を断る理由などあるはずもなく。ご厚意に甘えさせてもらう事にした一行は、明日の出発まで、束の間の時間を各々過ごす事にしたのだった。
夕食も終え腹ごなしに散歩がてら、静寂に寄り添うような小さな声で米衛門とスノーは会話していた。
『飯、旨かったな』
「お嬢さんとこのお抱えシェフらしいッスからなぁ」
『まったく、冷めても旨いなんて反則だぜ』
余韻で満足げに笑うスノーに、米衛門もまた同様の笑みを浮かべる。料理は味も見た目も重要だ、というのは有名な話だが、正しくその通りに味付けの塩梅もさる事ながら、意匠の凝らされた盛り付けも見事だった。一流、その言葉が手放しに似合う弁当と言っても過言ではなかったのだから、ちょっとばかし飯にうるさいスノーにはこれ以上の褒美もなかっただろう。
「……こっちゃさ来て久々の星空だなぁ」
『都会は明かりが眩しいからな、落ち着くぜ』
都会が居心地悪いという訳ではないのだが、二人共に落ち着くのはやはりこちらの自然の中だ。
疲れも吹き飛ぶ壮大な景色に、二人は心和ませ歩いていく。
自分たちに割り当てられたテントの側で、アリスとAliceは空を眺めていた。
本に出す程だから相当なものだろうとは思っていたが、遮蔽物もなくまた丘の上という事もあり文字通りに目の前で広がる星空に、確かにこれは誰かへ伝えたくもなると納得した。だからどう、という訳ではなかったが、アリスは隣をちらと窺う。
いつも通りの冷えた瞳を空へ向けるAlice。だけれど、黒いそれが星の光を反射し瞬いていて、そのせいかほんの少しだけ和らいで見えた。
星はどう? 問いかけてみる。といっても、考えただけだ。Aliceにならばそれだけで伝わると理解する故の、遊びのような声なき問いかけ。
『……悪くはないかな』
そう、上々なんだね。――遅れて届いた言葉に隠れた本意に満足して、そうして再び空へと視線をやった。
満天。遮る雲もなく、暗がりのない星ばかりの空。照らす月がいつもより近く感じるのは、他に対比物がないからか。
街中じゃそうそう見れない景色を、黒と赤は見つめ続ける。
持参したレジャーシートに寝転がりながら、足の付け根まで伸びる濡れ羽色の髪を踏まぬよう緩く纏めた咲は星空を満喫していた。出来ればみんなと鑑賞したいなと思っていたのだが、テント設営等であれよという間に夜も深まり、断念せざるを得なかった。
優しく頬を撫でる風に、香る土と草の匂い。寝転がった事で空から遠ざかったからか、どこを向いても溢れんばかりの星空が視界を染め上げる。――と、
『サキ、その格好では寒いでしょう?』
借り受けた野営道具の中から毛布を取ってきたブラッドリーが、そう言いながらふわりと掛けてくれた。ありがとうと微笑む咲に笑いかけると、自身もまた毛布を被り咲同様に横になる。
「綺麗ですねぇ……」
『えぇ。……それにしても、ゆっくりと星を見るのは久しぶりですね……』
咲に返事を返しながらもどこか懐かしそうに目を細めたブラッドリーの様子に、悲しそうでないと当たりを付けてほっと胸を撫で下ろした。良かった、この共に見た星空の記憶が悲しみに縁取られるという事態は避けれたようだ。
のんびりと二人、星空を鑑賞しながら静かな夜は更けていく。
「凄い……星ってこんなに沢山あったんだ」
見渡す限りの星にそんな歓喜を洩らしながら、佐千子は天体観測を楽しんでいた。といっても星座に詳しいという訳ではないし、見える量が尋常でない。都会のそれとは勿論違うし、なにより自然豊かで空気が澄んでいるためか、遠い星々の微かな光さえ空を彩ってしまっている。輝きの濁流、そう言い切れる目の前の光景に、感動しない訳がなかった。
『……星もいいが、そろそろ明日の事も考えてくれないか?』
真横のテントからリタが顔を出し、そうして時間を忘れたかのように観測を続ける佐千子に声をかけた。放っておけばいつまでも見ていそうだと、心を鬼にした結果だ。
この星空にリタとて思わない事もないのだが、明日の起床を考えればもう寝た方がいい。無事帰るまでが任務であり、帰りは下りのみと楽ではあるが、寝不足で行くのは得策でない。
「分かったわよ。でも、もう少しだけ見させて? こんなに綺麗な星空、いつ見られるか分からないんだし」
程々にしてくれ、と折衷案を呑んでくれたリタに笑みを返して、暫しの時を星に染めた。
一角にて、静寂を破る喧騒が草原をにわかに華やかせた。
「な、ナナリー?! どうしてそんな怖い顔してるのかな?!」
『……あなたの胸に聞いたら如何です?』
令嬢に対する先ほどまでの言い寄るような言動について、諸々の我慢を止めたナナリーはジト目であるそれをさらに細めて、少ない自由時間を相棒である練磨を絞めることに費やしていた。
任務中は、思う事があれど全員の命が危険に晒される危険性に自制できた。けれど、もう任務外だ。倒すべき従魔はおらず、また皆より離れた事で誰の邪魔をするでもなく怒る事が出来る。
「と、とにかく落ち着こうよっ」
『……充分落ち着いています』
無愛想ながらも身の内を焦がす怒りを知らせるナナリーに、練磨は涙目になりながらも原因を探ろうと奮闘していた。そんな様子を眺めながら、ナナリーは内心、小さなため息を吐いた。美人なお姉さんが好きと知っている。が、どうしてこうもわたしを見てはくれないのか。
もう暫く水平線を辿るだろう二人の問答は続いていく。
空は星を置いてゆっくりと動き、時間の流れを知らせてくる。辺りの気配も少しずつ眠りに付いているようで、静けさがどんどんと深まっていた。
「いい風じゃなぁ。気持ちええ空気を運んできよる」
『そうですね……』
揃いの黒髪を揺らすそれに呟きながら、賢介と皐月は穏やかな夜を満喫していた。
なんとなくで所属したHOPEではあるが、請け負った以上はきちんとやり遂げるつもりで今日の任務に臨んだ。終わってみたそれは決してスマートではなかったかもしれないし、自身でも思う事は多々あった。少なからず援護されたし、生意気ながらも援護して。でも、それがきっと共に戦うという事だと分かっている。
迷惑をかけたとはいわない。それは戦った仲間たちへの失礼に当たる行為だ。
今日の大事な『借り』は、大手を振って強くなったと誇れるようになったいつかに、今の自分のような未熟な誰かに返せばいい。
「……さぁて、と。皐月、明日は早いっちゅうとったかの?」
『言っていたと思いますよ』
「じゃあそろそろ潮時っちゅうやつじゃな」
立ち上がり明日へ向けて動き出した二人の後には、優しい静寂が響いていた。
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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