本部

チープ・エンヴィー

若草幸路

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/01/04 13:49

掲示板

オープニング

●寂しさの押し詰まる日
 一年も押し詰まり、やって来た来たクリスマス。大事な人と過ごす夜。

 孤独を持て余す者達が、怒りと哀しみに踊る夜。

●暖かったショッピングモール
「クリスマスなんて消し飛ばせー!」
「ヒャッハー!」
「リア充は死ねー!」
 聖なる夜に向けていよいよ賑わうショッピングモールのそこかしこで、怪しげな集団が怪気炎を上げていた。皆がフルフェイスメットを着け、エアガンやスタンガンで武装し、罪のない親子連れや恋人たちを威嚇して回っている。彼らにとって、その存在そのものが罪だと言わんばかりだ。中には、テナントの売り上げや商品を盗んで回る者もいる。
「ちょ、ちょっと、やりすぎじゃないか? さっき誰か警察呼んでたしさぁ……」
「今日の分を少しもらって、気が済んだら逃げるだけさ。寂しい俺たちにはそれぐらいのプレゼント、当然だろ?」
 良心が麻痺しているのか、メットの奥の平凡な顔がにいっ、と笑った。瞳に宿る妄執。――だが、その狂気は生来のものではなく、何かに植え付けられたような浮ついた雰囲気も持っていた。

●凍てつく外に現れる
 緋色と藍色が交差する夕暮れの終わりに、大通りを駆ける音がある。
 交通規制で渋滞する中で車を飛ばし、野次馬をかきわけ、その寒々しい光景に現れた一団に、歓声があがる。リンカーだ、エージェントだと囃し立てる中で、やれ、やっちまえ! という野次も聞こえる。
「一般人相手です。やっちまわないように。 ……忌々しい愚神一匹を除いては」
 そう淡々と告げるオペレーターは、従業員専用口にエージェント達を誘導した。ここから入れば、素人集団である暴徒たちに気づかれず、モールの各所に散ることができる。
「愚神は小心で、狡猾です。できれば人に紛れて逃げ出す前に見つけて討伐を。……ご武運をお祈りいたします。」

 ヘッドセットに響くその祈りに、隠れ潜む愚神はびくり、と身をこわばらせた。

解説

●何をすればいいか
 ショッピングモールを占拠している暴徒たちを鎮圧してください。また、紛れている愚神も討伐できれば最上です。
 (客の保護・誘導はモールの警備員が行います)

●ショッピングモールについて
 駅にほど近い、繁華街の中型ショッピングモールです。5階建てで、映画館などの巨大施設はありません。
 エージェントたちは最初、従業員用の通路を使って好きな階に移動できます。(初期配置にのみ使用可)

●暴徒について
 総勢3~40名程度、男女半々ぐらい。エアガンで武装してモール内を何人かで巡回し、現金強奪や窃盗などの犯罪、そして怯える客を脅したり、嘲笑したりしています。
 一般人なので、相手が先に仕掛けてこない限り、武力行使は厳禁です。動機が浅薄なので、説得や脅しでおとなしくさせるのは楽でしょう。半分ほどに数が減ると、残りは形勢不利を悟って投降してきます。
 ただし、騒ぎを扇動した愚神が1人、その中に紛れています。他が投降を始めた時点でこっそり逃げてしまうので、捕まえるためには鎮圧をしている間に見つけ出して討伐してください。

●愚神について
 識別名《チープ・シン》。
 デクリオ級。混乱を起こして、客や暴徒たちのライヴスを気づかれない(重度の疲労)程度にかすめ取るのが常套手段。
 特徴の無い男性の姿で、戦闘能力は皆無ですが、幻覚・変身・扇動など、目くらましやごまかしの能力に特化しています。H.O.P.E.も討伐に手を焼いていますが、「逃走時に人格者と名高いエージェントと会話し、その際苦しむ様子を見せた」という報告があります。

 ※PL情報:自分の能力を使っている範囲内で起きる「徳の高い行動・言動」に悶え苦しみます。また、苦しむほどに人の形を保てなくなり、スライム状になっていきます。

リプレイ

●皆の心に燃えるは灯火
 ショッピングモールの内部を密かに移動するエージェント達の表情は様々だ。
「この年の瀬に暇な人達だなぁ。そのエネルギーをもっと別な事に使えばいいのに」
「使えないからこんな事してるんだろう?」
 アンジェリカ・カノーヴァ(aa0121)とマルコ・マカーリオ(aa0121hero001)は呆れている。
「警察の応援と護送車は間もなく来るそうです。鎮圧……うっかり手を出して怪我でもさせたら訴えられますから……面倒な事案ですね」
「愚神に惑わされているとはいえ、一般の方々ですものね。難しいですが、頑張りましょう」
 晴海 嘉久也(aa0780)とエスティア ヘレスティス(aa0780hero001)は、己の職分を越えぬ最大限の働きをするべく思案する。
「逃走時におかしな挙動を見せたそうですから、確認しておくべきですわ」
「人格者との会話で苦しんだってヤツか」
 そして、赤城 龍哉(aa0090)とヴァルトラウテ(aa0090hero001)は疑問に思う。龍哉は、インカムでの通信でオペレーターへとその疑問を投げかけた。
「その愚神、何かの呪いでも喰らったのか?」
『いえ、愚神《チープ・エンヴィー》が逃走中に罵倒した通行人を、エージェントが気遣って声を掛けたんです。その後彼が人を害することの愚かしさを愚神に説きましたが、どちらにも苦しんでいたとの記録があります』
「どっちにも苦痛を感じていたようだと?」
『はい。どちらかと言えば通行人を気遣っていた時のほうが、より顔が苦痛に歪んでいたとのことです』
「そうか、ありがとう」
会話を終えた龍哉とともに駆けるヴァルトラウテは、なるほど、と頷いた。
「その愚神には、美しい心を感じることが毒なのですね」
「たぶんな。……みんなも、できるだけ説得には言葉を選んでくれ」
 龍哉は一般人に紛れて鎮圧を行う仲間のため、インカムではなくスマートフォンの一斉通話で全員に通知を行う。志賀谷 京子(aa0150)とアリッサ ラウティオラ(aa0150hero001)の声が、電話口から返ってきた。
「特性もやり口も、趣味の悪い愚神だねぇ。いかにも程度の低い小物かな」
「本当にそうですが、厄介なのは事実。確実に捕まえて滅するとしましょう」
「逃すとまた似た事件を起こしそうだものね」
 そのためにも上下から挟み撃ちにし、愚神をかならずあぶり出す。それがエージェント、ひいては能力者としての皆の総意だった。

●罪を暴き立てよ
 煤原 燃衣(aa2271)は1階のエントランスを駆けていた。警備員や店員たちと連携し、出入り口の扉を封鎖して回る。
「……世の中、もっと寂しい人が居ると思うんだけど、なぁ……ちょっと、許せない……です……」
 その気弱な語調とは裏腹に、燃衣の瞳には力が満ちていた。はじけてしまえば人をおののかせるであろう激情を、控えめな表現でひとりごちていたとき、怒声が聞こえた。愚神が逃げ出した際に即座に行動できるよう、周囲を警戒していたネイ=カースド(aa2271hero001)が、巡回していた暴徒の一団に絡まれ始めたのだ。
「ジロジロ……など……見ていない」
「見てたろうが! モテない男の被害妄想(笑)とか言うクチかお前も!? ああ?」
 ネイの無感情な対応が、暴徒たちの怒りに油を注ぐ。幸いホールの客たちからは距離があるものの、
その怒声はわんわんと広い空間に響く。
「や、止めて下さい!」
 燃衣は慌てて、ネイと暴徒の間に割って入り、仲裁と説得を始める。
「他人のクリスマスを台無しにしても……惨めなだけですよ! そ、それに前科が付けば、自分の人生も台無しに……!」
 できる限り決然としてみせたのだろうが、おどおどとした態度が抜けきらないその態度に、暴徒の苛立ちが頂点に達した。
「ああ!? だぁってろよ!」
 暴徒の一人が、持っていたエアガンで燃衣を小突いた。次いで、胸ぐらを掴む。顔を近づけ――そして凍り付いた。
「……あんたは…………敵、でいいんだな?」
 敵意を感じ取って即座にリンクした燃衣の全身から、チリチリと焦げ付くような気配が溢れ出ている。その黒白が逆転した灼熱の瞳と視線を完全に合わせてしまった瞬間、足から力が抜け、暴徒は力なく床にへたり込む。それを見て、燃衣はリンクを解いた。
「……あ、け……ケガは無い……ですか?」
 何もされていない暴徒は、しかし必死でない、ない! と叫ぶ。返答を間違えれば、命も危うい。その確信が、首筋にべったりと張り付いていた。
「すみません、でも……みんなにとって、来年には来ないかもしれない……貴重なひと時、なんです。貴方がただって……ひょっとしたら来年家族や仕事……手足を失うかもしれない……」
 手足のくだりで、ひっ、と誰かが息を詰める。
「人肌寂しいだけなら……人に当たって誤魔化すんじゃなくて……例えば……親を亡くした子達に、接してみませんか? 可愛い子も一杯ですよ……!」
「わ、わかったわかった!」
「! ……よかった……!」
 殺意を剥き出しにした直後に、再び気弱な笑みを見せるちぐはぐな男に、暴徒たちはただただ頷くしかない。その手応えに、燃衣は噛み合わぬ会話を気にも留めず、我が意を得たりと微笑んだ。
「……見当たらないな……」
 その騒ぎを余所に、リンクを解かれたネイは再び人々の中に愚神の影を探し始めた。

 赤谷 鴇(aa1578)と、アイザック ベルシュタイン(aa1578hero001)は、混乱と焦燥を見て取ってすぐに、上階へ向かう階段のあるモール内の奥へ駆けていた。
「早く何とかしないと、さらに酷くなりそう」
「ああ、ヤナ感じだな。急ぐぜ」
 行く手にある、小さな屋内庭園が設えられたカフェには多数の客がいる。そこを包囲するように、立ちふさがった暴徒たちがエアガンを思い思いの方向に構えていた。
「みなさん、やめてください!」
鴇とアイザックは足を止め、暴徒に呼びかける。
「ここの人に辛い思いをさせても、楽しいのは今だけです……みなさんのご家族やご友人が知ったら、きっと悲しみます!」
 その言葉はしかし、暴徒たちに届かない。年端もいかない少年の大人ぶった説得、と取られてしまったのか、暴徒たちは口々に悪口雑言をわめき立て、そのうちの何人かはエアガンを二人に撃ち込んできた。
「いい加減にしろ! 餓鬼かお前らは!」
 二人は素早く集中した射線から外れ、アイザックが横から、撃った暴徒を気絶で済むよう細心の注意を払って床に倒した。その身のこなしに危険を感じ、残りの暴徒はまだ勝ちの目がありそうな見た目の鴇に飛びかかろうとする。
「やめてください!」
 鴇はなんとか身を躱しながら、諦めてなるものかと説得を続ける。
「年下に言われるのは嫌かもしれませんけど……お願いです!」
「言うこと聞かねえんなら一人ずつ気絶させるぞ!」
 アイザックの脅しに、暴徒たちの動きがにぶる。そこに燃衣と連携して入り口を封鎖して回っていた警備員が走り寄ってくる。応援を頼む! とアイザックは警備員に声を掛け、暴徒たちを倒して武器を取り上げるべく、体勢を整えた。
「――大丈夫ですか?」
 鎮圧の合間に、鴇は包囲されて憔悴している客たちへ振り向いて語りかけ、同時に周囲の状態を確認する。弱っている人間はいるものの、暴徒を説得している際に苦しんでいた者は、見る限り居ないようだった。
「……どこにいるんでしょうか……早く、見つけないと」

 2階では、京子とアリッサが、従業員通路からテナントの居並ぶ通りへ出るべく、タイミングを伺っていた。
「よし、じゃあやろうか。今回は客のふりをしていくから、キレちゃダメだよ、アリッサ」
「わたし、京子の中でどれだけ暴走キャラなんですか……」
「ふふふ」
 雰囲気を和らげるためか、それともそれが信頼関係ゆえの日常なのか。そんな軽い会話と共に、二人は身に纏うフェミニンな普段着に似つかわしい、色とりどりのファンシーグッズの居並ぶ通路へと進み出る。
 おびえたふりをする京子を、アリッサが手を引いて進む先には、暴徒たちと客たちの追いかけっこが繰り広げられていた。その逃げる客の一団に巻き込まれながら逃げる形を装い、二人は暴徒の姿を確認する。数は5人、メットから覗く顔と交わされる会話の声からみて、まだ年若い。彼らがエアガンをこちらに向けて構えた。
「やめなさい、エアガンであれ人を撃っていいわけがないでしょう」
 アリッサが立ち止まり、振り返って言い放った。あくまで、逃げていた客が勇気を振り絞ったという態度を取るために、少し腰の引けた姿勢を取る。
「こんな刹那的な行為はやめなさい。貴方たちの人生は、これからも続いていくんです」
 意外な反撃だったのか、暴徒たちはエアガンを構えたまま動かない。その隙に、逃げる客をそれとなく店員と警備員の集まっていた休憩所へ誘導し終えた京子が戻り、物陰から暴徒を一人ずつ観察する。苦しんでいる様子は見せていない。少なくとも、この中にはいないようだった。
「何してるの、逃げるよ!」
 わざと怯えた声を出し、京子はアリッサと共にその場を離れる。暴徒たちが追ってくるが、やがて息が切れてしまったのか、あるいは本気で追うつもりがなかったのか、2・3分で追走は止んだ。
「この階にはいないみたいですね」
「どうかな? やせ我慢してるだけかも……待って、向こうのグループが上に登っていったわ。追って様子を見てみましょう」
 手に手を取って、二人は尾行と探索を再開する。登っていった3階で降りてきた龍哉とすれ違ったが、挨拶を交わすことはしない。今の役は、か弱い一般市民なのだから。

 その3階はおそらく暴徒たちにとって最も憎い場所であろう、ヤングファッションエリアだ。憂さ晴らしのためか荒らされたテナントが多く、その暴力的な雰囲気に客たちは広い通路のところどころに固まり、息を殺して座り込んでしまっている。警備員も、彼らを守るので手一杯のようだ。
「そもそもクリスマスが嫌いならこんな所に出て来なきゃ良いのに……家で友達と飲み会してる方が情報入って来ないよね」
「そう言えば御園もクリスマスには興味が無いようだな」
「そういう訳じゃないけど忙しくて……マダムのお食事会に行かなきゃなんないし……あ! クルーザーでの打ち上げと、この間知り合ったミスターからのお誘いがバッテイングしてたんだった……どうしよう……」
「……多分彼らとは一生理解し合えないだろうな」
 暴徒たちが聞けば真っ先に怒りの矛先が向くであろう会話を交わしながら、穂村 御園(aa1362)とST-00342(aa1362hero001)は京子達とは反対側の通路を回っていた。
 上階からここまで降りつつ、暴徒たちの鎮圧と愚神の捜索を行っている少女の制服は、恐怖に凍り付いていた客たちの心に安堵を呼び起こす。その期待に違わず、御園HOPEの制服と身分証でもって、的確に巡回する暴徒の抵抗心を削いでいった。
「はい、武器は没収。お巡りさんと一晩語り合って下さいね」
「ってえ! わかったから足踏むなよ!」
「ああ、ごめんなさい」
 ハズレか、と内心で呟き、御園はライヴスを纏わないヒールを暴徒の足から外す。
「ところで、こん中で一番煽ってた人誰? いっせーのせ、で指差して」
 問いに、暴徒たちは顔を見合わせる。
「ぴったり決まったら、残りの人は見逃してあげるけど」
 御園の補足に、誰だっけ、ほらあいつだよ、誰だよ、と焦りを含んだ会話をとらえ、ST-00342はその数多くのスコープがついた頭部をかしげる。
「……わからないのか?」
「変なんだよ。武器をくれた奴が煽ってたのは確かなんだけど、誰も顔を覚えてねえんだ」
「俺たち、集合して、そいつの号令で暴れ始めて……?」
 御園は少し考え込み、警備員に拘束した暴徒たちを引き渡した後に移動を再開しながら、スマートフォンを手に取った。
「もしもし? 愚神は自分の顔も術か何かでごまかしてるみたいよ。武器は全員そいつからもらってて――」

 年齢層が高めのレディス服と宝飾店がメインに据えられた4Fを、蜘蛛の巣をモチーフに取った刺繍の服を身に纏った女性と、眠たそうな目の少年が手を繋ぎ、所在なげにふらふらと移動する。そうして、道に迷った姉弟を装ってカグヤ・アトラクア(aa0535)は、隣の弟こと、クー・ナンナ(aa0535hero001)の手をきゅ、と握った。恐れではない。向かう先に暴徒がいるのだ。道を塞ぐように横並びになった暴徒の女が三人、職場や男の愚痴を垂れ流しながら歩いている。
「あの、こんなことはやめてください」
 カグヤの言葉に対して三つの視線が向き、そして僅かに空気が緩む。年の離れた姉弟だろうか、麗しく長い髪の女性に連れられた、まだいとけない白くふわふわした雰囲気の少年。その滲み出る美しさが、彼女たちの心を緩めているようだった。
「今ならまだ悪ふざけで済みます。ここは皆が楽しめるショッピングモールなんですから、怖いことはもうしないでください……あと、通して下さい」
 その反応を見るための、しかし心からの懇願に三人はしばし固まり、って言われてもねえ、あたし楽しくないわよ、悪ふざけで済むのかしら、と口々にしゃべり出す。やかましくはあるが、誰も苦しむ様子はなかった。
「あなたたち、迷子?」
「……うん」
「お恥ずかしながら……弟だけでも、帰したいんです」
「じゃ、一緒にお店の人のところに行きましょ。これは捨てていくから」
 三人はエアガンから弾を抜き、本体を床に置いてカグヤとクーに提案する。二人は目を見合わせてから頷き、先を行く彼女達について歩き出した。愚神が現れて再び彼女達が凶行に走ったときのために、互いの手はまだ繋いだままだ。歩く間にも、かしましい会話が眼前で繰り広げられ始め、カグヤは密かに聞き耳を立てる。
「憂さ晴らししませんか、って集められたのよね。メガネかけた人に」
「メガネ? さっき上で具合悪そうにしてたのは見たけど、ヒゲ面よね?」
「違うわよすっごい生え際後退してたじゃない!」
 先ほどは5階に居たという件の人物は、やはり顔の証言が不確かだ。御園が伝えてきたとおり、やはり愚神は自らの姿が記憶されないような術を用いていると、カグヤは確信する。そして、エージェント達の行動によって、ダメージを受けていることは確かなようだった。

 飲食店のテナントが多く集まる5階で、嘉久也とエスティアはレジの金を奪って回っていた暴徒と対峙していた。男一人、女一人。その視線は剣呑だ。
「既に警官隊も外に詰めています。今ならまだ事情聴取程度で済むかもしれません」
「済むわきゃねえだろが!」
「いちゃつきながら仕事してる奴らの言うことなんて聞かないわよ!」
 2人をカップルだと誤認したらしい暴徒は、説得を切り捨ててエアガンを構える。穏やかでない心持ちで、嘉久也は相手が撃つより先に動いた。
「逮捕権のない身、できうる限り説得で済ませたかったんですが」
 ぼやきながらもその身は軽い。たんっ、と踏み込み、まずは男の懐に入り込む。むなしく弾を撃ち出していたエアガンを弾き飛ばし、次いで腕をねじり上げた。そのまま床へ押しつけられた男は、痛い痛いと弱音混じりの悲鳴を上げる。
「……続けますか?」
 エスティアは弾き飛ばされたエアガンをすかさず確保し、女に投降を促す。リンクしていないとはいえ、その反応速度は常人とは比べものにならない。女はゆるく首を横に振り、エアガンを地面に置いた。
「お二人とも、手を頭の後ろへ。警備員立ち会いの下で拘束させていただきます。エスティア、念のためボディチェックを」
 男を立ち上がらせながら、嘉久也は淡々と告げた。

 一方、マルコとアンジェリカは説得という名の籠絡を行っていた。
「君みたいな魅力的な女性がこんな事をしてはいけないな。せっかくの魅力も陰ってしまう」
 ぽん、とマルコが暴徒の女へと距離を一歩で詰める。
「俺では君には不釣り合いかもしれないが、君と出会えた事は我が神が俺に与えてくれた奇跡だ。魅力的な君を、もっと見ていたい……こんな無粋なものを挟まずに、ね」
 さらに距離が詰まり、すっ、と女のメットを挟み込むように、マルコは両手を添えた。
「……よければ今夜、食事に行こう」
 今晩、この台詞をマルコが言うのはこれで5回目である。しかし、至近距離で女を見つめ、心からの親愛を謳うその行動に嘘はない。他の4人に見えないところで口説いていて、しかも予定がバッティングしないよう時間が巧みにずらされていても、嘘はないのである。
「な……なんだあいつ……」
「偉いよね、お兄さんたち」
 事態を飲み込めない暴徒の男が予期せぬ賞賛に振り返ると、フリルの溢れるワンピースを着た少女が、柔らかい笑みを浮かべながら佇んでいた。
「ここのクリスマスってボクの国とは全然違う。こんな商業主義に凝り固まったクリスマスなんて見た事ないよ……それに騙されず乗っからないお兄さんたちみたいな人、憧れるな」
 けど、と眉根を寄せて、アンジェリカはしゅんとしょげた顔をしてみせた。 
「憧れのお兄さんたちが他の人を虐めてるのは……悲しい」
 状況からしてこの少女は十中八九、エージェントだろう。それは分かっている。だが、10歳になるかならないかという年頃の少女が悲しげにしているのを見て心が動かないほど、男の憎しみも決心も強いものではない。憧れていると嘘でも告げられていれば、なおのことだ。
「……どうしたらお嬢ちゃん、悲しくなくなるかな?」
 その言に、アンジェリカはにんまり、と無邪気に笑ってみせた。

 刻一刻と、暴徒は数を減らしていく。順調ではあるが、愚神の決定的な炙り出しには至っていない。
「扇動の中心にいたらしき人物の証言はあるんですが……」
「誰も顔を覚えていない、か」
「5階にいる確率は高いのですが、決め手が欲しいところです」
 嘉久也からの連絡を受け、暴徒を鎮圧しながら1Fまで降りていた龍哉は、上を見上げ、次いでヴァルトラウテを見た。その表情には、
「ヴァル、任せるぜ」
「任されましたわ」
 微笑んだヴァルトラウテは決然と歩み出すと、モールの中央、各階を貫く吹き抜けの広場に立つ。すう、と息を吸い込み、上に顔を上げた。
「もう、そこまでになさい。今している事は、本当に自ら望んでいる事ですか?」
 ぴいん、と、戦乙女の声がそれぞれのフロアに響いた。
「日々の生活の中で何か鬱屈があったとしても、それを理由に他者へ理不尽に振る舞えば、後で罪の意識に苛まれるのは他ならぬ自分自身ですわ」
 無視するにはあまりにも優美で、それでいて力強い言葉が暴徒たちの動きを止め、逡巡を呼び起こす。
「その掌は、無暗に何かを奪ったり傷付けたりするための物ではなかったはず。――さぁ、ここまでにしましょう。あなた方は悪い夢を見せられていたのです」
 その託宣とも呼べそうな語りが終えられる。ややあって、困惑や不平の声に混じって、納得や後悔の呟きが、さざなみのように増えていった。がしゃん、と、武器を放り捨てる音も聞こえてくる。

 ――穏やかになっていく空気を、響く絶叫が破った。

 5階の奥で様子を伺っていたらしき暴徒の一団から、頭蓋と四肢が溶けるように崩れ、苦しみ悶える"何か"が転げ出る。それはなんとか人の形を整えようとしながらも、不定形の体に似合わぬ素早さで駆けていった。絶叫した暴徒たちは腰を抜かして、へたりこんでしまっている。
「あれか……! エスティア!」
「はい!」
 一番近くにいた嘉久也が、即座にリンクを行う。現れ出でた紅蓮の偉丈夫は、一足飛びに愚神との距離を詰めた。仲間と合流するまで、相手の移動を抑えねばならない。愚神は客や暴徒を人質に取る程度の戦闘能力も持ち合わせていないのか、あるいはそれをするだけの勇気もないのか、嘉久也に追い立てられるまま、ひたすら下階に向けて逃走する。
「そちらに追い込みました! 挟み撃ちを頼みます!」
「了解した。識別して収穫の時じゃな」
 先ほどの三人と別れて密かに移動していたカグヤとクーは、連絡を受けて即座に共鳴を行い、4階からエスカレーターを滑り降りてくる愚神をパニッシュメントで撃つ。愚神は吹き飛ばされながらもカグヤの横を抜けて逃走を続けるが、上階から追ってくる嘉久也とアンジェリカ、さらに下階からはリンクを終えた御園と京子がそれぞれ  とファストショットで足を狙い、更に愚神がその体積を減らしていく。最終的に愚神はダメージよりも迅速な逃走を優先したのか、吹き抜けに張られた柵を跳び越え、1階に向けてそのスライム状の体を落下させた。

しかしそこには既に、

「……裁きだ」
赤銅の竜の如き肌に変じ、全身から殺気を溢れさせた燃衣。
「逃がしません!」
武器を構え、体重を乗せた一気呵成の体勢を取る鴇。そして、
「成敗、ってな」
甲冑を纏い、オーガドライブ込みのアッパーをする準備を済ませた龍哉が、落ちてくる塊を待ち構えていた。

 たとえ落下の衝撃に耐えられても、その落下地点を狙われてはひとたまりもない。リンクした三人の一撃が愚神を貫き、愚神は音もなく焼き尽くされる。ライヴスの奔流は、一陣の風と光をエントランスにもたらした。
「おぉ……」
 その光景を目の当たりにした人々のどよめきとも喝采ともつかない声は、しかしエージェントたちへの賞賛を多分に含んでいることは間違いなかった。

●夜があれば朝がある
「指示に従って、一列に並んで下さいね」
「怪我をしている方は、申告をお願いします」
 愚神に惑わされていたとはいえ、個別に犯した犯罪は裁かれなければいけない。連絡を受けて現場に駆けつけていた警官、そしてリンクを終えた嘉久也とエスティアが忙しく立ち働き、護送車に暴徒たちを乗せてゆく。
 連行されていく彼らの表情は沈痛な者、どこか晴れやかな者、様々だ。それを眺めながら、クーはひとつ大きく伸びをする。
「あー、普段と違うカグヤが気持ち悪かった」
「演技も技術の一つじゃ。自分の心から欺き、目的の為には手段は選ばぬのじゃ」
 誇らしげに語るカグヤに、クーはふうん、と気のない返事を返す。それよりは、家でごろごろするための帰り支度が気になっているようだった。

 やっと終わった、とでも言いたげな御園は、何気なく時刻を確認して飛び上がる。
「うわ、もうこんな時間! 今日約束してたあの人に電話しなきゃ……エスティあとお願い!」
「御園!」
 ST-00342が制するが、その視線の先に御園はいない。
「……消えてしまった」
 語っていた忙しない予定を考えると、彼女は目的地へ移動しながら電話をかけているのだろうか。虚空を見つめるST-00342の金属で構成されたボディが、外のイルミネーションを反射しきらきらと光った。

 負けず劣らずのやりとりをしているのが、もう一組。
「マルコさん、スマホ返して」
「いや、まだしばらく貸しておいてくれ。連絡に使わせてもらう」
 差し出された手を、マルコはそっと制する。その応酬を何度か繰り返した後、アンジェリカは訊ねた。
「連絡って、誰にさ?」
「彼女たち、だ。今夜は警察で絞られるかもしれんが、その後は約束通りデートだからな」
 マルコの言葉にアンジェリカは首をかしげたまま瞠目し、そして苦笑いをしてみせた。
「何人と約束したんだか……ほんと、とんだ聖職者だよ」

 安手の羨望と悪意は去り、夜が更けてゆく。
 光点をちりばめたその深い藍の帳は、やがて来たるべき朝のために、静かに広がっていた。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 希望を胸に
    アンジェリカ・カノーヴァaa0121
    人間|11才|女性|命中
  • コンメディア・デラルテ
    マルコ・マカーリオaa0121hero001
    英雄|38才|男性|ドレ
  • 双頭の鶇
    志賀谷 京子aa0150
    人間|18才|女性|命中
  • アストレア
    アリッサ ラウティオラaa0150hero001
    英雄|21才|女性|ジャ
  • 果てなき欲望
    カグヤ・アトラクアaa0535
    機械|24才|女性|生命
  • おうちかえる
    クー・ナンナaa0535hero001
    英雄|12才|男性|バト
  • リベレーター
    晴海 嘉久也aa0780
    機械|25才|男性|命中
  • リベレーター
    エスティア ヘレスティスaa0780hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 真実を見抜く者
    穂村 御園aa1362
    機械|23才|女性|命中
  • スナイパー
    ST-00342aa1362hero001
    英雄|18才|?|ジャ
  • 馬車泣かせ
    赤谷 鴇aa1578
    人間|13才|男性|攻撃
  • 馬車泣かせ
    アイザック ベルシュタインaa1578hero001
    英雄|18才|男性|ドレ
  • 紅蓮の兵長
    煤原 燃衣aa2271
    人間|20才|男性|命中
  • エクス・マキナ
    ネイ=カースドaa2271hero001
    英雄|22才|女性|ドレ
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