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年を忘れて過ごす時 混ぜるな危険編
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決戦の時きたる!
最終発言2015/12/18 23:03:46 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2015/12/17 20:18:32
オープニング
『あなた』達は、そこに集っていた。
皆、決戦に赴く戦士の顔をしている。
そう……これは、ある種の決戦。
決戦の名を、YAMI鍋という。
本日、エージェント有志主催で忘年会が開かれているのは知っている。
だが……誰かが、そう誰かが言ったのだ。
普通に忘年会してもつまらない、YAMI鍋をしよう、と。
YAMI鍋。
それは、任意で持ち寄ったものを鍋に放り込んで煮る。
そして、その鍋の具を、食べる簡単なお仕事。
……だといいね。
YAMI鍋会場は、都内某所としておこう。
そこで地獄の宴は行われる。
自認であるが、YAMI鍋奉行エージェント、神月雪夢嬢の話によると、YAMI鍋とは、清く正しく自分の精神を破壊し、楽しく皆で逝くのがルールだそうだ。
何だよそのルール。
……が、『あなた』達は、その地獄の宴に臨む戦士なのだ。覚悟完了、問題ない。
持ち寄った鍋の具は、YAMI鍋指導で来てくれた雪夢嬢に集められ、互いの具を知らないまま、鍋に入れられる。
そうして煮込まれ、『あなた』達の前に出される。
もうすぐ、鍋がやってくる。
『あなた』は、生還するだろうか。それとも──
それは、『あなた』の運次第。
解説
●持ち寄る鍋の具ルール
・『食べられる物』にしてください。(石鹸や入浴剤、スポンジといった食べられない物はNG)
・『煮込んで溶けない物』にしてください(チョコや飴は溶ける可能性があるのでNG)
・『固形物』にしてください(カレーソースやお酒類はスープと一体になってしまうのでNG)
・『メインの具』になるものにしてください(香辛料等は具ではないのでNG)
・『鍋に入りきる大きさ』にしてください(鍋は多人数用のものですが、牛丸ごとといったことは無理なのでNG)
上記を踏まえ、能力者3個・英雄2個、計5個の具を持ってきたとして、プレイングに記載してください。
雪夢より下記の具の提供を受けています。
・ジャガイモ
・大根
・卵
・ハギス
・キビヤック
・ガトーショコラ
・バウムクーヘン
・パネットーネ
・苺
・林檎
●具の決定方法、食事方法
・プレイングに、1~50までの数字を能力者と英雄合わせて3つまで書いてください。
ダイスを振って具に番号を割り振りますので、その番号に一致した番号を食べていただくことになります。
・どちらかが全部食べてもいいですし、分担してもいいですし、全ての具を半分こして食べるといったものでもいいです。各参加者ごとお任せです。
●NPC情報
神月雪夢
YAMI鍋指導のエージェント。20代女性能力者。
英雄は火陽 曲破。ソフィスビショップ。
ごく普通に雪夢だけ食べます(具は彼女もダイス判定)
プレイングで触れられていなければ、最低限描写です。
●注意・補足事項
・お残し厳禁。食べてから逝きましょう。
・〆は雑炊です。生還した人も最後まで油断しないでください。
・豆乳ベースのおつゆです。
・カレー粉等の調味料で味を調えるのはNGです。
・飲み物は、お茶類のみです。
・この鍋を食べても精神的に死ぬだけで物理的には異常は発生しませんので安心して散ってください。
・プレイングには生還成功・失敗双方の反応を書かれることをお勧めします。
リプレイ
●
「今日は楽しくいっちゃいましょーね」
「ふふ、YAMI鍋の基本だよ」
会場入りした北条 ゆら(aa0651)から食材を受け取り(大鍋に入れる都合上幹事が纏めて入れるらしい)、YAMI鍋奉行エージェント(自称)の神月雪夢は微笑んだ。
既にクレア=エンフィールド(aa0380)とアルフレッド=K=リデルハート(aa0380hero001)は会場入りしているらしい。
悩みに悩んで食材を持って来れなかったそうで、急遽曲破が彼らが持ってくる分だった食材を用意したそうだが、詳細は不明だ。
「心配でチェックしましたので、一応、食べ物であることは保証しますよ」
(いっちゃう、は、逝っちゃう、か)
填島 真次(aa0047)が食材を渡しているのを見ながら、シド (aa0651hero001)がゆらの言葉を思い返す。
真次の隣のエコー(aa0047hero001)は「ん、エコーが自分で拾って来たのは、大体却下された」と残念そうに言っているが、食べ物ではなかったのだろう。
「YAMI鍋かぁ。折角だし、俺も気合い入れて変わった食べ物入れて驚かしてぇわー……そう思ったことを今後悔しました」
何故か敬語の柏崎 灰司(aa0255)は、テレビで紹介されていたある食材をネットでお取り寄せしたらしい。
後は口に入れて違和感あるもの……ということで、それも準備した。
ティアは甘味茶屋に置いてあるものを選ぶと聞いて、何を入れる気かは判らないが、変なものもないだろうと思い、食べ終わった後で食材の正体をスマートフォンに保存した画像を皆に見せよう。
灰司は、あの時の自分を制止したい。
「お前、固形物大丈夫なのか?」
「大丈夫。闇と言ってもそう酷くならないでしょう」
マティアス(aa1042hero001)が気遣うのは、楠元 千里(aa1042)だ。
灰司は千里を誘ったのだが、この直前、大規模作戦において千里は仲間を庇って重い傷を負っており、まだ癒えていない。
「無理しなくても……」
「そこまで酷くない……筈です」
灰司が千里を案じるが、千里は控えめに微笑んだ。
皆で鍋を囲むというのもいい機会なのだから、緊急欠席はしたくなかった。
「食材は内緒なんです?」
「そうだよ。面白くないからね」
「それなら、もう少しネタに走ってみるべきでしたか……」
「大丈夫、闇は全てを塗り潰す」
千里の食材を見た雪夢が微笑む。
何が大丈夫なのかは不明だ。
「……ん。闇鍋は食べたことない」
「ボクも初めて食べるから、楽しみだな♪」
食材を渡す佐藤 咲雪(aa0040)の横では、アンジェリカ・カノーヴァ(aa0121)が期待に胸を躍らせている。
「酒が進むとも聞いたぞ」
「楽しみにしてね」
マルコ・マカーリオ(aa0121hero001)の様子に雪夢が微笑む。
「日本では馴染みがないものだから、取り寄せちゃった。イタリアではよく食べられるんだよね。この日の為に揃えたから、当たった人は是非堪能してね」
「俺は酒のつまみ」
アンジェリカはそれを聞いてすんごい嫌な予感がした。
「鍋は大人数でやってこその部分がありますからね……」
YAMI鍋をしない理由をそのように述べたアリス(aa0040hero001)は、面倒くさがりの咲雪の世話焼きポジション。
今回も2人して興味本位の参加だ。
一体何を食べられるのだろう。
そう思った時だ。
「待たせたな! 鍋の材料調達してきたぞ!」
「遅くなってごめんなさい!」
カイ アルブレヒツベルガー(aa0339hero001)と御童 紗希(aa0339)がやっと会場入りした。
「マリは学校もあったし、俺がマリの分までと調達の旅に出て、やっと帰ってこれた!」
「旅……それは期待出来るのだよー!」
カイの言葉にティア・ドロップ(aa0255hero001)が無垢な瞳を輝かせる。
紗希はカイが未知の食べ物と言ったら沖縄だとH.O.P.E.の職員の出張に便乗して沖縄に行って、ドサクサに紛れて沖縄の水族館でジンベエザメの前で満面笑顔のピースした件でカイを自分だけズルイと地味に許していないのだが、黙っておいてあげた。
●
会場内は暗い。
雪夢がスープを準備してくれており、豆乳系のスープの香りがする。
「処理や準備が出来ていない食材はこっちでやっておくよー、楽しく逝けなくなっちゃうからね」
台所から雪夢の声が飛んでくる。
まぁ、楽しく逝くかどうかは別にして、処理や準備はして貰った方がいいだろう。
やがて、豆乳系の鍋が運ばれ、それから目の前のガスコンロにどんと置かれると、火が点けられた。
「さーて、中々楽しそうな食材が集まってたよ」
「皆さん個性的なものを持ってきた……」
闇の中、言い掛けた千里の顔が凍りついた。
いや、殆どのエージェントの顔が凍りついている。
「ちょ、誰、何持ってきたの!」
「俺の臭豆腐……以外にもあるな」
アンジェリカの抗議にマルコがぽそりと呟く。
鍋に食材がどんどん投げ込まれている音だけ聞こえるが、臭いのきつさも相当なものだ。
「そろそろ煮えてきたかな。誰か味見する?」
「あ、それなら私が。クレア、面白そうだから食べてみよう!」
「誰が食……」
「スープだけでも、ほら! あーん」
アルフレッドが強引に食べさせたのか何かあったのか……直後、音もなく誰かが倒れた音が響いた。
多分クレアだろうな、と思っていると、「クレアはスープで逝ってしまったから、私が責任を持って味見するよ!」とアルフレッドの声が響き、咀嚼音が聞こえる。
「こ、れ、は……トーフ? え、でも、こんな臭い……」
「俺の臭豆腐か」
マルコが独特の風味があるだろうと解説をするが、アルフレッドが元々臭豆腐に馴染みがなかった上、他の食材と一緒に煮た豆乳スープを吸い込み、ただの臭豆腐ではなかった。
「ど、う、し、て」
最後に聞いた声は、理解不能の響き。
クレアに続き、アルフレッドも倒れた。
「あ、大丈夫、気絶だけだよ」
雪夢の英雄火陽 曲破が穏やかに告げ──
「さて、皆どんどん逝こう!」
闇の中、雪夢の声が響いた。
宴を始めよう。
●
アンジェリカとマルコの取り皿は大きめのものがひとつ。
これで3つの具を半分こにし合って、食べ合うのだ。
そう、死なば諸共の精神である。
「もうカオスは証明されているからね……」
アンジェリカは、ごくりと生唾を飲んだ。
このプレッシャー、鍋界のレガトゥス級(比喩表現)
正に決戦、浮かれている場合じゃない。
「食べるか」
マルコに頷き、アンジェリカはまず白葱をマルコと共に口に含んだ。
「!!!!!!」
アンジェリカの目がカッと開かれる。
暑くもないのにぶわっと汗が出てきた。
ぶるぶる震えているのが判る。
(ヤバい天国にいるパパとママの所に召されちゃうかも)
今、周囲がどういう状況に陥っているのか、アンジェリカは判らない。
だって、スープが染み込んだ葱は一撃でアンジェリカの意識を天国への階段に連行したから。
けれど、まだ、階段を登りきってない。
葱を咀嚼したアンジェリカは震える手で、大根を口に運ぶ。
美味しいお鍋だったら、味が染み込んで、とってもほっこりする大根──今は絶望が染み込んで、とっても死にそうな大根。
涙で前が見えない……残りは、(クレア達が持ってこなかった分追加された)エーブレスキーバの筈!!
「葱と大根はともかく、エーブレスキーバは流石に酒に合わんな」
マルコは酒の方が大事だったのか、あんまり気にしないで食べていた。
が、やっぱりエーブレスキーバは酒に合うものではないらしく、顔を顰めている。
(基準、そこ……)
痺れないし憧れない……あ、ダメ、落ちる。
「ボクの屍を超えていけ……」
アンジェリカ、自分でそう言った声を聞き届けることなく逝く。
「あ」
マルコが倒れたアンジェリカに気づき、ぴくぴくしている彼女をクレアとアルフレッドが寝かされている隣の生還失敗部屋へ運んであげた。
「酒が呑めるから気にしなかったが……、確かに臭いはきついかもしれん」
「でも、空輸禁止の某缶詰を入れなかっただけ、優しいと思わない?」
「あれ、確か販売元も締め切った室内で食べるなって書いてあっただろ」
マルコは雪夢にそう応じながら、エーブレスキーバを食べ終わる。
さて、他に誰が逝くだろう?
●
(この忘年会に参加したのは、失敗なのかもしれません)
真次は目の前で繰り広げられている阿鼻叫喚を見、率直な感想を抱いた。
エコーが有志主催の忘年会だと、とても参加したそうに申込書を持ってきた為、真次はよく確認しなかったのだ。
(ま、まぁ、エコーが楽しそうですし、結構何でも食べる子ですから、ここはエコーに……)
真次がエコーの前にだけある取り皿へ目を移した。
見た所、鶏肉、レバー、あと見たことがないものだ。
「エコー、どうしても食べられない物は私が食べますので……」
「ん、解った」
完全に保護者モードの真次、楽しみにしていたエコーが食べていいと言うが、見慣れぬ食材に不安が募る。
エコーが理解しているのかしていないのか不明だが、まず鶏肉からいった。
「食べたこと、ない味。これ、珍味?」
「単にスープの味が染みているのではないでしょうか」
真次がそう声を掛けると、エコーは納得して咀嚼している。
楽しみにしていたエコーはいつも色々な物を食べてみたいと思っている為、寧ろ今日はいい機会……食べ慣れている食べ物も調味料が違えば印象が違うというのがよく分かる。
真次も許可してくれたから遠慮せず、とエコーはレバーを口に運ぶ。
見ている真次の方が青ざめていくレベルで実はこのレバーも狂気レベルが高い。
「どう、なんですか……?」
「ちょっと個性的。でも、全部食べる」
見た目とか常識とかには囚われないエコー、それでもこの鍋を美味しいという定義では食べていないらしい。
「食べ物限定だというのに、何と言う破壊力……これがYAMI鍋の魔力とでも言うのでしょうか」
「これは……よく判らない」
真次がそう言う中、エコーが最後の食材を食べている。
「濃厚……ちょっとねっとり?」
真次はエコーが食べている物が何か自分の馴染みがない物と判断した。
よく見ると……動物の、脳?
「あ、羊の脳じゃないか?」
マルコが逝ったアンジェリカ提供と教えると、真次の血の気が引いた。
「エコー、無理していませんか? お腹……」
「ん、大丈夫。初めて食べる食材で、大満足」
でも、真次の精神がちょっと逝きかけたので、生還はしたけどしてないかもしれない。
●
咲雪とアリスは主に咲雪の面倒くさがりの性格もあり、雪夢にお任せしてしまった。
自分が持ってきた食材が誰に当たるのか。
自分達はどの食材に当たるのか。
YAMI鍋では全てが不明である。
「……ん、ダシを取らないと、おいしく……ない」
咲雪は食材をそういう基準で選んで渡していた。
どの食材も鍋のスープをよく吸い、そして、出汁を出す。
持ち寄られたあらゆる食材の味が溶けた豆乳ベースのお汁こそ、最強の敵になるのではないか。
悪乗りも過ぎれば、狂気の凶器を生む。
「……ん、まずい」
咲雪が最初口にしたのはジャガイモだった。
その最強疑惑のお汁が染みたジャガイモの異様な味覚に顔を顰めつつ、咀嚼、飲み込もうとし……気づく。
飲み込めない(不味過ぎて喉が拒否した)
「お腹の……中に、入れば……どれも、同じ」
自身に言い聞かせる咲雪、けれど、身体は拒否している。
機械化された神経に怖気が走る……!
「……独特な味ね」
アリスの感想は食べればそうしたものになるだろう。
ただし、咲雪の全身ががくがく震えているのが視界に入り、一緒に食べる次元の話ではなくなった。
「……流し、込む……」
何とかお汁の勢いでジャガイモを流し込む。
けれど、そのお汁の破壊力は半端ない。
ぱっと見感情の揺らぎは分からないが、全身ががくがく震え、唇が細かく震えているので、本人の感覚は別としても人間としての肉体部分に異常が出ているようだ。
「ま、ず……」
咲雪の言葉が震え出す。
言葉を発するのが面倒というのではなく、言葉を発したらアカン方向に向かっているらしい。
「量が、多い……」
咲雪が引き当てたのは、やたらでかい、そして外見ちょっとグロテスクな塊。
カイが沖縄で入手してきた豚の頭の燻製……チラガーさん(方言で顔の皮という意味らしい)である。
それが丸ごと……意味はお察しください。
噛み締める度にお汁が口の中に広がっていく。
「……無理……」
最終的にアリスが何を言っているかも判らなくなった咲雪の身体が大きく揺らぎ、そのまま後方に倒れた。
残る食材は、蜂の子と蜂の巾着纏めだったので、倒れて幸せだったかもしれない。
●
「基本好き嫌いはない。俺にもそう思っていた時があった」
シド、ばたばた倒れ出すエージェントを見ながらそう語り出す。
「えーと、豆腐となめこは担当するね。でも、危なさそうだし、羊の脳みそはよろしく。お腹の弱い子はめったなものは口にしないのだ」
「こんな時だけ弱い子アピールか……」
ゆらの分担決めにシドが重々しく溜め息。
「ふ……ここまで英雄を貶める所業も珍しい……」
「いただきます!」
遠い目のシドを促し、ゆらが豆腐をぱくり。
続く羊の脳みそもシドぱくり。
ぶわっ
「あ、あれ、寒くもないのに、指が震え……」
ゆらの知る豆腐は、鍋の定番である。
美味しそうにぐつぐつと煮える豆腐は美味しい。
湯豆腐も美味しい。
……一般的な食べ物であっても、お汁が常軌を逸している為、ゆらの知る豆腐とは異なる狂気を秘めていたのだ。
「がんばれ、シド……」
豆腐一口でいいとゆらは残る豆腐となめこまでシドに回した。
そのシドも羊の脳みそから滲み出る食材そのものの濃厚さとお汁のハーモニーの形容し難い味で顔を引き攣らせている。
これは肉体にダメージを与えられるようなものではない。
だが、不味いという精神的なダメージの方が半端ない。
けれど、シドはゆらの代わりにと残るお豆腐となめこも口に運んでいった。
「……」
精神的なショックを受け過ぎたのか、シドの周囲から音が消え去っていく。
(ここは、どこだ……?)
尚、シドの表情はいつも以上に閉ざされ、異世界と交信しているかのように姿勢が正されているので、控えめに言ってもやばそうなのが解っちゃう状態だが、シド自身は気づかない。
「もしもーし、だいじょぶー?」
お茶(まっとう)を飲んで立て直したゆらが手をひらひら振るが、シドの焦点が合ってない。
「元にいた世界に……戻ってきたのか……」
「あら?」
シド、ショックの余り幻覚を見ているらしい。
「って、おい、近づき過ぎだ……」
(元の世界と今が混じっちゃってるのかなー)
ゆらが大変そうと思いながらも、シドの肩をとんと押してみた。
予想通りだったが、食べたショックで気絶していたシドはそのまま後方に倒れていく。
英雄の犠牲者(?)が出た瞬間だった。
●
「俺はディープな食材を得られなかったが……負けたぜ」
カイが取り皿を見て、敗北宣言。
「次回は俺もこの位の食材を……」
「そこ!?」
紗希がツッコミを入れるが、その切れ味はいつものものではない。
2人で分け合って食べる……それが取り決めたこと。
取り皿には、ハギス、車麩、ホビロン。
全参加者の中で抜群の引きを見せた紗希、どう見ても明るい未来が見えない。
「鍋ですから出汁を吸うものも必要と思いまして……」
普通の食材でありながら、今は凄まじい破壊力を持つ車麩は千里提供。
紗希が嫌な予感巡らせている筆頭でもある。
いや、ホビロンの見た目の破壊力も中々だ。
ベトナムのソウルフード、味は美味しいという者もいるが、ビジュアルはよろしくない呼び声高いこの食べ物……孵りかけのアヒルの卵を茹でたもの、勿論中身は胎児で、見慣れぬ人にはグロテスク。
「……マリ、一緒に逝こう」
カイが死地に赴く戦士の顔でそう言った。
表情に出易いカイ、ここで自分が散ることを予感しているのだろう。
「尤もらしく言ってるけど、食べるだけだからね?」
紗希はそう言うものの、身体の震えが止まらない。
きっと、カイの所為だ。
ハブクラゲやアバサー(ハリセンボン)を未処理(雪夢が処理した)で持ってきてくれたり、ヤシガニや生イラブーなんてマニアックなものを出したり、チラガーで咲雪潰したり。
だから、カイの所為なんだ。星の巡り合わせとでも考えなかったら、死にそうだ。
「どれからにしよう」
紗雪は散々迷ったが、ハギスを選択。
元々好みが分かれるハギスなら、普通の食べ物の化学変化と思うこともなく受け入れられる気がしたのだ。
ただし、ハギスの破壊力は高い。
「……噛み、切れ……」
車麩を口にしたカイもやっぱりショックで倒れた。
その全身は脂汗をかいていると明らかに判るレベルで汗まみれだ。
残るはホビロン。
ご丁寧に食べ易いようにされていたこの食材、真次認可のエコー持ち寄りだ。
「……わ、たし……」
ホビロンを食べ終えたものの、紗希は落ちた。
私だったら、もっと美味しく作ったのに。
けれど、そう思った自分を認識する前にその意識は閉ざされた。
●
「皆順調に逝ってるよね。そろそろこちらも逝かないと。あとは任せたよ」
雪夢がそんな言葉と共に取り皿に取ったハブクラゲを口に入れた。
奉行を名乗るだけありハブクラゲをクリアした彼女、干し椎茸を食べ、そして、パネットーネで散る。
「あとは、お願い……」
雑炊を忘れるなとだけ言って倒れた雪夢、隣の部屋へ運ばれていく。
周囲が粛々と食べ、散っていく。
会話もなく、食べるのはシュールだ。
会話する余裕なんてある訳なかった。
「メールであっさり了承の返事来た時も思ったけど、やっぱり肝が据わってて只者じゃねぇわ……」
灰司がこの状況において尚、退かない千里を見る。
「う、うん……大丈夫なのかな……これは」
「来ておいて何を」
マティアスの何を言っているんだこいつという視線が突き刺さるが、ティアが元気良く笑う。
「センリとマティアスも一緒だし、美味しいお鍋食べて元気になろうーなのさ♪」
明らかにYAMI鍋の恐ろしさを解っていないティア。
生還失敗部屋がある時点で、恐ろしい料理であることは明白なのに!
「センリ、怪我の方は大丈夫? 無理はしないでほしーのさ♪」
「ティア、現実をやろう」
灰司が取り分けた具をティアの前に置いた。
自身が持ってきた葛切り(雪夢が食べ易く整えてくれていた)、クリスマスプディング(クレア達のピンチヒッター分)である。
「ふふー、今日の為にお腹空かせて来たから、主に食べるティアへのお気遣い感謝なのさ♪」
噂に聞いたYAMI鍋面白い、お腹空かせて来たティアはいただきますと食べ始める。
「具のルールの意味が、解ったの、さ……」
食材持ち込みルールを思い出したティアはその理由を知った。
準備万端で整えた食材も、組み合わせで恐ろしくなるということも知った。
「よーっし、決戦の時は来たー! 残さず食うぞーっ」
「…とりあえず様子見ということで俺から食べてみるよ」
灰司の決意に後押しされ、千里も決意を固める。
「大丈夫なのか?」
「いや、大丈夫だよ。大丈夫だって」
案じるマティアスへ千里は笑ってみせる。
が、卵と向き合う灰司の顔は心なしか青い。
ティアはよく食べるが、灰司のようなことになっていないだろうか。
千里とマティアスがティアを見る。
「ティアハダイジョウブナノデスヨ」
片言の丁寧語になったティアが目を白黒させ、テーブルに突っ伏す形で逝った。
「大丈夫。いただきます」
マティアスの制止をやんわり拒んだ千里、豆腐をまずは口の中へ。
豆腐ってこんな味じゃ、ない……。
重い傷を負ったこの身には強過ぎる刺激だ。
「む、無理はしないでね……マティアス……」
自分の声をちゃんと聞いたかどうか判らないが、千里は一撃で落ちた。
「無茶しやがって……」
マティアスが思わず敬礼すると、生き残った他のエージェント達もこの身で戦いに挑んだ、現世の勇者を敬礼で生還失敗部屋へ送り出してくれた。
「ティアの本番で分かるだろうお楽しみに、と伏せた具がまだ出ていない……」
灰司はそう言いながらも、卵を口に運んだ。
この卵もお汁のお陰で狂気の食べ物である。(ただし、本当の意味での毒物ではない)
「マティアス……俺達も頼む……」
灰司も卵を全て食べ終えたものの、真っ青な顔で後事を託して言ってしまった。
「皆逝った……残された者として、食事を残さない」
マティアスは自分へ言い聞かせるように呟き、糸こんにゃくを食べる。
こちらは危なげなくクリア。
食事を残してはいけなうというマティアスへの手本の意味もあるだろう。
豆腐と糸こんにゃく……けれど、最後にアバサー(ハリセンボン)という。
馴染みがない食材の、お汁浸透はマティアスの脳髄を焼くかのようなハーモニー。
「あ、ありえないです……何だこれ……」
マティアスも力を失い、千里の隣に倒れていく。
大規模作戦は終了し、現状大きな戦いはない。
だが、運命は大きな戦いの後の試練を皆へ与えた。
特に千里は重い傷を負っていた。
千里の傷がYAMI鍋で悪化するということはないだろうが、傷は痛むだろうことは予想されるし、良い方向へは行かないだろう。
けれど、それでも、灰司に誘われたから千里は来た。
それは、彼らが友達同士だからだろう。
友達って、いいよね。
まさに、死なば諸共。
●
まだ落ちていないエージェント達は鍋を見つめていた。
残っている食材は少なくない。
キビヤック
ガトーショコラ
バウムクーヘン
苺
林檎
ポルチーニ茸
鶏のトサカ
イカの燻製
棒アナゴ(クロヌタウナギ)
干し柿
みたらし団子
生イラブー
ヤシガニ
白菜
毛ガニ
バナナ
蜂の子
葱
餅巾着
蟹
豚の鼻
山椒魚の黒焼き
食用芋虫
パンドーロ
ベイグリ
ヨウルトルットゥ
上記が生き残り食材だ。
「公表されるとカオスだな」
マルコが残りの発表に軽く肩を竦める。
「エコー、お腹痛いと言ってください。あれは無理です」
「ん。挑戦する」
真次が言うものの、エコーは〆のお雑炊も食べると一言。
「今までのを見ると、雑炊も恐ろしいよねー」
「想像を絶している可能性がありますね」
ゆらへアリスが可能性を提示する。
「絶していても、皆で逝こう。彼女がまだ目覚めないから、僕が代わりに逝くし」
曲破が微笑み、雑炊をよそる。
「でも、エコーさんが凄いよね。この具は中々お目に掛かれない。アンジェリカさんも千里さんも凄かったけど。きっとこうしたエキスが皆雑炊に凝縮されて、不味いから、逝こう」
楽しく逝く、それが宴のルール。
〆の雑炊の結末を知る者は誰もいない。
ただし、失敗部屋から戻ってきたエージェント達に黙して語らないので、何かがあったのは間違いないだろう。
●
「……中には当たりもあった方が良いわよねと思ったんだけど」
アリスが毛蟹を持ってきた理由はそうしたものだった。
準備の手間が掛かる食材でも、豪華さは必要だろうと。
それはマティアスも同じだったらしく、こちらはタラバガニを持ってきていた。
「……興味は、満たされた、から……」
咲雪がぽつりと呟く。
「でも、次は普通の鍋の方がいいよー」
アンジェリカがそう主張した。
さっきまで、
「脳みそは衣をつけてフライにすることが多いね。日本の食べ物だと白子に似てるってよく聞くよ。白子って何か知らないけど。トサカは日本でも出す所あるみたいだけどボク大好きなんだ♪」
と語っていても、それとこれとは別次元であるようだ。
まだ完全完治ではないので、帰りはマルコが彼女を背負いそうだ。
「面白がってたよな」
「そんなことないよ☆」
シドがゆらへジト目を向けたのは言うまでもない。
「暫く俺はYAMI鍋はいいです」
「気が合いますね。同じことを思いました」
千里へ真次は微笑む。
あれを食べた後、また逝きたいと思うのは愛好家の域だろう。
「蟹は蟹として食べたいです」
呟くマティアスは、だから蟹を持ってきていたのに。
灰司と紗希からペーパーナプキン代わりにティッシュを配る。
エージェント達はその残滓を口で拭い、カオスにこの一言を手向けた。
「ご馳走様」