本部

ゆめなりし

藤たくみ

形態
ショート
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
無し
相談期間
5日
完成日
2015/12/21 18:54

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界さけ
愁仁

掲示板

オープニング

●何の為に
 彼女が居れば、それで良かった。
 巷で言われている英雄としての使命などより彼女の方が遥かに大切だったし、自分の力は彼女を守る為にこそ振るうと心に決めていた。
 なのに、誓いが果たされる日は永久に来なかった。
 生駒山より押し寄せた化け物の群れは瞬く間に破壊と殺戮で街を満たし、どうやら彼女はそれに巻き込まれたらしい。ちょうど働きに出ていて、俺が留守を守っている最中に。
 その後、何がどうなったのか詳しくは知らないが、H.O.P.E.と呼ばれる組織の連中が化け物どもに対抗している事だけは、辛うじて把握できた。
 だが、そんな事はどうだっていい。
 彼女さえ居れば、俺はそれで良かったんだ。

 大鳥居をくぐると、山間で急激に気温が上下している為だろうか、境内の方々で夜露に濡れた宝石や変わった意匠の貴金属類が月明かりに煌く様を望む事ができた。冬も間近だと言うのに鬱蒼と茂る木々に半ば覆われ、さながら洞穴に光が差し込んで、隠された財宝を示している様を想起させる。
 その最奥、春日造と呼ばれる佇まいの本殿の前、その中心に、やはり月光に照らされて、彼女は横たわっていた。二度と目覚めぬ眠りについた彼女の周囲に、また俺は、拾い集めた宝石を散りばめて賑やかす。
 街中や山中に果てている骸から取り上げて持ち帰ったそれらからは、時折何かの弾みで光る胡蝶が羽を瞬かせ、飛んでは儚く消え失せた。どことなく生命の残滓のように思えて、遠からず俺もそうなるような気がして、だから集めている。
 彼女を沢山の光で包みたくて。
 俺もその中に加わりたくて。
「そういえば」
 ここは火の神を祀る社だと、いつか彼女が言っていた。
 ならば俺が消える時は、彼女と――。


●せめて、と
「戦没者の遺留品から幻想蝶(ライヴスメモリー)だけが失われている!」 
 生駒山攻略の折、戦友の形見を持ち帰ろうとして果たせなかった、あるエージェントの訴えは、当初、アンゼルム率いる異形の軍勢との熾烈を極めた戦いの喧騒にかき消された。
 程なく戦線の拡大に伴って同様の証言が相次いだものの、やはり状況は変わらなかった。H.O.P.E.としてもアンゼルム打倒は悲願であると同時に、許可を出した各国のお歴々が目を光らせている以上成果をあげなくてはならない側面があり、まして最前線ともなれば指揮系統が他の事に意識を向けるゆとりがないというのが、実情だった。

「あの……ちょっといい?」
 大規模作戦本営のレストスペースに足音を忍ばせて踏み込むなり、テレサ・バートレット(az0030)がくつろいでいるエージェントの幾人かを小声で呼び集めた。
「さっき本部の人から連絡を貰ってね、『プリセンサーが不思議なものを視た』んだって」
 曰く、生駒山麓の神社を中心に、所属不明の英雄が徘徊しているとの事だ。
 普段ならば珍しくもない話だが、今の生駒山近辺で見かけたとなると、不審に思わぬ方が無理と言うものだろう。
「その英雄の行動範囲が、どうも例の幻想蝶消失の報告があった戦闘区域と重なるらしいのよ。それで……ここからは内緒の相談なんだけど」
 テレサはきょろきょろと周りを気にしてから、上目遣いに皆を見る。
「『今から神社まで付き合って』って言ったら来てくれる人、居る?」

解説

【目的】
 幻想蝶消失と所属不明英雄との関連を調査し、幻想蝶発見時はその回収をする事
(テレサの個人的な頼みとなる為、無報酬です)

【舞台】
 生駒山麓(奈良側)の大きな神社。深夜の到着となります。
 戦闘に巻き込まれた為か至る所に破壊の痕が窺え、半ば廃墟と化しています。
 今のところ従魔など敵の気配はありませんが、あまり騒がしくするとどうなるか判りません(普通にしている分には大丈夫です)。

【無所属の英雄】
 名前は『陸奥(むつ)』。バトルメディック。神社に居ます。
 プリセンサーからの情報によると十代後半の男性で、ぼさぼさに伸ばし放題の黒髪、地味でつぎはぎだらけの着物と袴を着用。
 一応剣客か何かだったのか、大小の打刀を腰に差しています。
※以下PL情報※
 H.O.P.E.が大規模作戦を展開する直前、最愛のパートナーに先立たれており、次の朝日が差し込む頃には消え逝く運命です。夜明け前にはその兆候が顕れる事でしょう。
 他の能力者と誓約を結ぶ意思は皆無で、むしろ消える事を望んですらいます。
 よって延命目的の説得は無意味ですが、それでも言いたい事、聞きたい事などございましたら、どうかご随意に。

【テレサ】
 陸奥の死期を知った場合は最期まで見届けようとするでしょう。
 マイリンは食べ物に釣られて「しょうがないアルな」と協力しています。
 何かありましたらお気軽にどうぞ。
 ちなみに、今回の事は誰にも、パ……会長にすら報せていません。

リプレイ

●出立前
『幻想蝶は能力者と英雄を繋ぐ証そのもの! それを、よりにもよって亡くなられた方から奪うなどと……無礼千万甚だしい!』
 いきなり口を挟んだルーシャ・ウォースパイト(aa0163hero001)に、テレサは少し圧される。
「ま、まだそうと決まったわけじゃ」
『ならば不届き者はわたくしが直々にぶっ飛ばして差し上げましょう! よろしくって? ニア』
「んー? まぁ付き合ってもいいけど……」
 パートナーの意気をものともせずニア・ハルベルト(aa0163)が応じかけた、その刹那。
「話は聞かせて貰ったぜ」
「誰!?」
「俺だぜ!」
 颯爽とした声にテレサが振り向けば――いつから居たのか、開けっ放しの入り口に背をもたれる、若者の姿があった。
「俺に任せな!」
 レヴィン(aa0049)が親指で力強く己を誇示し、そして。
「ぜーんぶ俺が! まるっと解決してやっからよ!!」
 どす。
「ウっ!?」
 レヴィンの鳩尾目掛け肘を穿つ薄紅の影が飛び込んで。うずくまるパートナーを隠すように彼の前へ、ちょこんと兎のように立って愛らしい笑みを見せた。
「またよろしくね、マリナさん」
『バートレットさん、こちらこそ』
 マリナ・ユースティス(aa0049hero001)とテレサは、いたって和やかに挨拶を交わす。
「あと“俺”……じゃなくて、レヴィンくんも」
 彼は脂汗を垂らしつつも、マリナの影から「任せろ!」と言わんばかりハンドサインで主張するのを忘れない。
『ばか……』

 * * *

 線路伝いに荒廃した市街地から外れるにつれ、闇の深い山林で視界はいっぱいになる。物音と言えば一同の足音と、風にざわつく木々くらいなもので。
『どうした理夢琉。怖いのか?』
「こっ、コワくなんか……」
 こともなげなアリューテュス(aa0783hero001)に、斉加 理夢琉(aa0783)は不安も露なままの声で否定しようとする。が。
「……! そこっ、なんかいる!?」
 不意に何かが動いた。
 明かりの余波の隅の方で風に流れる、蒼白い半不定形のそれは――。
『……ただのビニール袋だ。ほら』
「えっ?」
 理夢琉に、手袋で覆われた手が差し出される。
「あ、……ありがと」
 素直に握ると、その人の手は暖かくて。次第に恐怖は薄れ、やがて消えた。
 一方で、恐怖どころかそもそも緊張感すらない者も。
「……うぅ、確かに付き合うって言ったけどさあ……こんなに遅くなるなんて聞いてないよぉ……。ふぁ、ねむ……」
 だらりと前方をライトで照らすニアに今あるのは、睡魔のみ。
 だが、人並みには気を引き締めている者もまた。
『その英雄がもし敵だったら、この明かりは恰好の標的になるな』
「敵とは限らないでしょ!」
『常に最悪のケースを想定しろ、という事だ』
「はいはい、ニックは心配性なんだから」
『朝霞が不用心なんだ』
 ニクノイーサ(aa0476hero001)の警告を、大宮 朝霞(aa0476)は呆れつつも受け入れる。
 ニクノイーサとしても、朝霞の、人を好意的に見る姿勢には感じるものがある。だが、世を渡る上で無防備だし、パートナーとしては危なっかしいのだ。
「マイリンさん、クッキー食べます? けっこうイケますよ」
 このように。
『今夜はクッキー祭りアルな、もちろんちょうだいアル』
 朝霞の手荷物からいでし美容の敵の登場に無論マイリン・アイゼラ(az0030hero001)は――その時点でブラックウィンド 黎焔(aa1195hero001)やリィェン・ユー(aa0208)から預かった紅茶クッキーやら弁当やらを食べつくしておきながら――嬉々と手を伸ばす。
『こんな時間にそんなモノを食べて……。太るぞ』
「あーあー! きこえなーい」
 耳を塞ぎつつ、朝霞も一緒になってぱくつく。
「あれだけ持って来たのにもうなくなるとは……ってまだ食う気か」
『一種の餌付け気分なのじゃ』
 リィェンとイン・シェン(aa0208hero001)が、呆れ混じりに『噂の英雄』の底なしぶりを眺める。
『なかなかうまかったアルヨ』
『結構結構。英雄のお嬢ちゃんも息災で何よりじゃよ』
『マイリンは食べてれば大体元気アル』
「どこに行くんだその栄養」
 問われればマイリンは迷わずテレサを指差した。
「ちょっと――!」
「しっ……文句は後に回そうや」
 百目木 亮(aa1195)が皆を制し明かりを消す。全員がそれに倣うと、すぐに一同に特殊なライヴスを施し、その視界を光への依存から一時的に解放する。

 遠く、暗がりで、大鳥居をくぐる人影が認められた。


●深夜
「お前さんがこの辺りを徘徊してるっていう英雄かい?」
「……? 貴方がたは?」
 本殿の前へ横たえられた女性の傍にじっとしていた若者が、亮に声をかけられ鷹揚に首を傾げる。
「幻想蝶を見なかったか? 探している」
 亮は自身と黎焔を結ぶ石をチラ見せする。もっとも、境内の方々にも既に認めており、この問いは穏便な事実確認が目的、なのだが。
「ああ、もしやこれらの、」
「そこら中に動かぬ証拠とっ散らかしといて、随分白々しいじゃねーか」
 合点がいった顔の彼に、更に早合点したレヴィンが、マリナを宿す紅眼と剣とを向けていた。
(待ってくださいレヴィン! なんだか様子が変ですよ)
「ヘンだろーがなんだろーがこの野郎の仕業に違いねぇ!」
「…………」
 黙って切っ先を見据える英雄とレヴィンの視線が交差する中、ルーシャが間に割り込んだ。
『剣をお引きなさい!』
「お前……」
『悪い方ではありませんわ。そちらの女性を大切に想ってらっしゃる事、一目で判りますもの』
「……」
 確か事前にはレヴィンと似たような事を言っていたのだが――ともあれ事切れている女性と、その周囲を飾る宝石群、抜刀どころか戦意さえ見せぬ若者を確かめ、レヴィンは一旦共鳴を解く。
『きっと何か……事情があるんですよね』
「ンだよ気になんのか? マリナ」
「害意はなさそうだし、放っておいても大丈夫そうじゃない?」
 ニアが暢気に口を挟む。
「……って、そしたら俺の出る幕ねぇじゃねーか!」
「じゃ、お仕事完了だねえ」
 ニアに止めを刺され、ただでさえ愕然としていたレヴィンは失意に打ちひしがれてがっくりと座り込んでしまった。
「わたし隅の方で寝てるよー」
『ニ・ア』
「やっぱりダメ? ……だよねえ」
『よろしい』
『ほら、レヴィン』
「興味ねぇ、勝手にやってくれ……」
『もう』
 パートナーとは著しくやる気の反比例した二人を他所に、ルーシャが訊ねた。
『さてお兄さん、あなたはそちらでお休みになられている方と、どのようなご関係なのかしら』
『よかったら話して貰えませんか?』

 マリナからも促され、他の者達も集う中、英雄は語り始めた。
 自身と横たわる女性に降りかかった災難。
 弔う目的で、幻想蝶を集めていた事を、訥々と。

「あー……そりゃなんつーか……邪魔して悪かった」
 レヴィンは先の非礼を詫びた。気のない事を言いつつも結局聞き入り、ばつが悪くなったのだ。
「そのねぇちゃんを大切に想って行動したっつー心意気は嫌いじゃねぇ。……けどな、お前が拾い集めたモンは他の奴らにとって大事なモンなんだよ。思い出の品ってやつだったり、形見だったりな」
「形見……ですか」
『左様。持ち主は皆死んでおるでな』
 レヴィンに続き、黎焔もまた、その替え難い価値を説く。
『即ち生きた証であり、縁を結んだ証でもある』
「あの誓約の時の……」
「なら判るよな。無闇に持ってっていいモンじゃねーんだ」
『要はな、返してあげたいんじゃよ』
 事態を飲み込むと、彼は「申し訳ない」と一同に頭を下げた。
『で、お前は彼女とどんな誓約を交わしていたんだ?』
「ちょっとニック! 失礼じゃない!」
 立ち入った事を平然と訊ねるパートナーに、朝霞は何度も肘打ちを見舞った。
 だが――。
『もうすぐ消える奴に、どう思われようが構わないさ』
 物ともせず続いた一声に、朝霞のみならず、誰もが俄かに言葉を失った。
『奴をよく見ろ。能力者が死んでこの世界とのリンクを失ったんだ』
「……そんな」
 彼の英雄の節々からライヴスと思しき微粒子が、さらさらと風に流れている。
 まるで粉雪か、燐粉だった。


●夜明け前
『お主、今少し生きる気はないかのう』
 老体の問いに、若者は沈黙を以って、拒んだ。
「……そうか。それが君の選択ならとやかくは言わない」
『ならばゆっくりと休むと良い。休まなければ疲れてしまうじゃろうて』
 リィェンも黎焔も何かを強いる事はしない。
 それでも。
『あの』
 マリナが胸に手を当て、言った。
『私達にできる事はありませんか? お二人の為に何かしたいんです』
 いつも心をがんじがらめにする様々な観念から抜け出した純粋な想い。だから、それは自然と声に、言葉になった。
「叶うなら。俺が消える時、彼女も――この場所に、火の神に因んだ方法で、一緒に」
(荼毘に付すのではなく、共に……か)
 それまで黙って耳を傾けていた木霊・C・リュカ(aa0068)が、オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)の肩に手を置いて、ぎゅっと掴む。意を汲んだ金木犀の少年はしかし傍らのパートナーではなく、紫 征四郎(aa0076)を守るように立つガルー・A・A(aa0076hero001)に視線を向けた。
『ガルー』
『あん? ……ああ。ならリュカ、悪ぃけど征四郎の事頼むわ』
「うん、そっちもよろしくねー」
「どこへ……?」
『何、散歩がてら燃やせそうなものでも見繕うってだけだ』
 状況が掴めずにいる征四郎の頭を撫でて、ガルーは輪を離れた。オリヴィエもそれに続き、一同へ背を向ける。
『すぐに戻る』
「あ、ふ、ふたりとも気をつけるのですよ……!」
 今度は征四郎の肩に優しく手を置いてから、リュカはきょとんとしていた英雄に話しかけた。
「質問いいかな。えと、気分悪かったら答えなくていいからね?」
「なんですか?」
「もし彼女が生前に『自分がいなくなったら別の人と契約してほしい』なんて言っていたら――それを受け止めていた?」
「……そんな器用じゃない、ですね」
「……そう。ごめんね変な事訊いちゃって」
 愛と同じ深さの亀裂を埋め合わせるなど、他の誰にできようか。判っては居たけれど――リュカは安堵と、絶望を同時に味わった。
『しかし、そこまで相手の事を愛せるのは羨ましいのじゃ』
 インはリィェンを愛しているが、それは男女の関係ではない。喪失の無念さえ今はまだ憧憬。ゆえに一途な想いを、ただ感心する。
「どんな方だったのですか?」
 問うたのは征四郎。多くは理解できないかも知れない、それでも知りたかった。
『どのように過ごしていたのかも』
「何が好きだったのかも」
 マリナが、理夢琉が、穏やかに、でも少しだけ急かすように、後に続く。
「皆さん」
「みんな聞きたいみたいだ。もちろん、俺もね」
 語られる最愛の――内容だけでなく。語る姿も、その声も。
『この目と耳で、しっかりと記憶させていただきます。さあ』
 リュカが微笑んで、ルーシャが先を促した。
 皆、彼がどんな風景を見ているのかを心に落とし込んで、反芻して、幻想蝶と共に持ち帰りたかった。
 思い出を語って貰い、心を暖かくできたなら――そう願って。
 ここにあった確かな物まで朝日と共に消えてしまわないように。
 そして彼女へ想いを馳せるこの時間が、せめて楽しいものであるように。


●いつかきみが居なくなったら
『今までに人の死ぬところなんか沢山見てきたけどよ』
 枯れ枝の束を小脇に抱えながら、ガルーは友人に、何気なく切り出した。
『あんな綺麗な死に方はとんと知らねぇ。あれは少し、希望が持てるな』
『……かも知れない、な』
 友人――オリヴィエは、今摘んだばかりの山茶花を物憂げに見遣る。桃色のそれに、この世界の人間は永遠の愛という哀しい意味を付与した。
『ま、征四郎には内緒だけどよ』
『リュカにもだ』
『言わねぇよ』
 ガルーは高所の寒椿をそっと摘んで、オリヴィエに差し出す。
『……言えるわけがねぇ』
 あの二人もまた、幾つも死を目の当たりにしてきた。そのたびに泣いて、落ち込んで、寝込んで、慣れる兆しさえ見られないのだから。
『けれど』
『ん?』
 受け取ったオリヴィエは、もしも――とつい思う。
『あれが、リュカや征四郎だったら、それは本当に……希望になるのか?』
 オリヴィエは、リュカの手を握ってしまった。それは喪失の可能性を内包していて、でもまだそのものを知らなくて。ゆえに何より恐怖する。心臓が酷く痛むと錯覚するほどに。
『判んねぇな』
 しばし動きを止めていたガルーは、作業の再開と同時に応える。
『俺様はあいつに手を伸ばした時に、その覚悟は決めた……つもりだよ』
『そう、か』
『でもきっと、もし彼女が征四郎なら』
『……』

 そんなもの、何度も抱えていける筈はない。


●白み始め
 英雄は沢山話した。
 彼女を襲った従魔を退けた事が切欠で惹かれ合った事。
 彼女を守り、慈しみ、愛すると誓った事。
 花を好む彼女に野草を踏むのさえ叱られた事。
 危険な仕事に就こうとすると「独りにする気か」と泣いて怒られた事。
 黎焔が皆に飴を配り、それが溶けてなくなっても語らいは続いた。

『なぜ落ち着いている』
 おもむろにアリューテュスが訊ねた。押し殺した声で。
『あんたにも大切なものを失い、後悔し、恨み、慟哭する想いがある筈だ』
 なのに彼には激情の端緒すら見られない。その事がずっと――気に入らなかった。
「アリュー……」
 発生起源に纏わる辛い記憶を目の前の英雄と重ねるパートナーを、理夢琉は見守る事しかできなかった。
『なぜ冷静でいられる!? 俺みたいな負の存在を生まない為か? なら、俺は――』
「“何の為に生まれた”んでしょうね」
『……!?』
 叩きつけられた激情さえもそよ風の吹き抜ける如く、若者は平静なままだ。
「俺もそればかり考える。でもね、誰に何を言われたって、自分で決めるしかないんです。三千世界、森羅万象の一切に意味などないんだから」
『……』
「アリュー?」
 独りで考えたいのか、拒むように輪を離れるパートナーの背中を見ながら、今度は理夢琉が語った。
「……あの人に会った時」
 二人の出会いを。
「暖かさで、前世で仲間だった人を思い出したの。名前が欲しいって言われて、彼女がお腹に語りかけていた名前が自然に口から出ていて」
 理夢琉の信じている、輪廻に纏わる出来事を。
「彼女と共に逝った子の、使われる事のなかった名前……それが私達の誓約の証」
「なら、自ら意味を持ってる。最初から」
 たとえ昏く苛烈な負の情念であっても、そこに光は射したのだ。

 だが、死んだ先に明日はない。

「ねぇ」
 リュカの纏う外套の中にすっぽりと包まる征四郎が、俯いて訊く。
「死ぬのはこわく、ないですか?」
「……判らない」
「征四郎には生きるよりたいせつなものがまだありません」
自分と、自分の大切な人と、そのまた大切な人と、そのまた――全ては生きてこそ。
「俺もそう、でした。でも、今は」
 英雄は優しく、けれど無情に言葉を濁して。
『しかし、そちは、想い人との末期をそんな姿で迎える気かぇ?』
「身支度なんて、それこそ、」
『無意味なればこそ、少しくらい身なりを整えても構わぬと思うのじゃ。……彼女の方も』
 提案を固辞しようとする英雄を、インもまた優しく諭す。去るならば、せめて美しくあれと。
「……彼女を頼みます」


●明けて尚
 女性はインとテレサが身嗜みを整えてやり、胸にはオリヴィエとガルーが摘んできた桃色の山茶花を抱いて。
 枯れ木と、残りの山茶花に寒椿、数多の宝石類と、火打石を持った若者が囲む。
「これだけおおくの人が、死んだというのですか」
 改めて壊れた幻想蝶を見て、征四郎は戦慄した。
 死の象徴。それが沢山あり、更に境内にも散りばめられているとなると――。
『悪しき存在を野放しにしてはならないのだと、改めて思い知らされました』
「だから俺が居んだろ」
『……その通りです』
 レヴィンと居る限り大丈夫ではと、つい先日言われたのを思い出して。それさえ叶わなかった不遇の英雄を、マリナはよく見ておかなくてはならなかった。

『最後にお訊きしてもよろしくて? あなたと、あなたの愛した方のお名前を』
 ルーシャに乞われた若者は、初めて自己紹介する。
「俺は陸奥。彼女は三雲早苗と言います」
『なら、ムツ』
 早速名を呼んだのは、オリヴィエだ。少し離れた場所に居るリュカを気にしてから、「はい?」と瞬く陸奥に、声を潜めて訊ねた。
『英雄(俺達)の消滅が死ではなかったら。元いた場所に戻る事だったとしたら、その先をどうする』
「その、先……?」
『終わりが痛くても、心に誓約を交わした事――手をとった事を後悔はしないのか』
「オリヴィエくん……」
 インと共に花を整えていたテレサが、その会話に手を止める。
 それは自問に等しいのではないか。
「俺は……」
 陸奥は、この空のように複雑な顔をしている。

『こんな時ヒーローはどうするんだ? 朝霞』
「ニック……」
 目の前の現実を皆へ、朝霞へ突きつけたのは他ならぬニクノイーサだ。
『心残りを叶えてやるのがヒーローなんじゃないのか?』
 そして今は、あれ以来何も言えずに居た朝霞に、手を差し伸べている。
『そういえば、もうすぐクリスマスだったな』
「……私のカレンダーじゃ今日がクリスマスよ!」
『そうか。奇跡にはもってこいってわけだ!』

 そうよ、ヒーローは決して諦めない!

 朝霞の元から蝶が飛翔し、二人を包んで散る頃。
 そこから一人の聖霊紫帝闘士が出でて、早苗の元へふわりと舞い降りた。
「なにを……?」
 諸手をかざすとライヴスを集積して、亡骸目掛け――放つ。
 無論、早苗に変化はない。光が包んでも周囲へ流れ、境内に霧と果てるのみ。
「もう一度!」
 ありったけの心と、魂を込めて。
 英雄や愚神の居る世に死人との逢瀬があったとて不思議はないとばかり。
「どう、陸奥さん! 早苗さんの事、視えない?」
「……あ、いや」
「じゃあもう一回!」

 どこまでを偶然で、どこから奇跡と定義するのか。
 山域に充ちるライヴス、低温、湿度、壊れた幻想蝶、癒しのライヴスと――他にも要因があるのかも知れないが、誰に判ろう筈もなく。
 あるいは朝霞の、ケレン味たっぷりな行動力のなせる業だったのか。

 いずれ、それは起こったのだ。


●夢なりし
 最初は遺体の胸の山茶花の元で瞬く、薄紅色のもの。
「……早苗」
 あるいは、己自身か。
 彼女がペンダントに頂いていた二人の絆の証より出でし一羽の蝶。
 次いで、早苗を囲っていた色とりどりの石からも。
 ひび割れ、砕けたそれは蛹のよう。
 ひとつ、またひとつ染み出して、抜けては畳んだ羽を広げて翔び上がる、光。
 境内の至るところからもライヴスを儚く散らし、空へ浮揚する。

『……刻限、かしら』
 ルーシャがふと陸奥を見れば、彼の身からも蝶達と同じ光粒が多く散り、その存在を危ぶめている。
『忘れませんわ陸奥さん。早苗さんの事も、決して』
「ありがとう」
 彼は妙にすっきりした面持ちで、不器用に火打石をこすった。
「代わるかね」
 ライターを携えた亮が近づく。
「すいません、締まらなくて。――そうだ」
 若者はふと、オリヴィエの方を見た。
「さっきの質問。ただ良いだけの事などない。裏を返せば失くして苦しい分、失くす前は良かったんだ。だから……傍に居てやれなかった、それ以外の後悔はありませんよ」
『そう、か』
 オリヴィエは、僅か目を細める。リュカが「何を訊いたの?」とすぐ後ろに来たのを、わざと知らんぷりして。
「早苗にとってもそうなら、ね」
「死んだ奴の気持ちは分からねえ。……だが、これからの時期寒いだろ」
 亮の着けた火が、じわじわと巡り、取り巻く蝶の粉は煙を伴って。でも、それは暖かだ。
『お主とお主の愛する者の魂に幸あれ』
「ありがとうございます」
 黎焔が言祝ぐ頃、火は早苗を焼き始めていた。陸奥は火中へ一歩、足を踏み入れる。その身から溶け出したライヴスが陽炎に舞い、火の粉と踊る。
「ちゃんと笑っていかなければ、彼女におこられてしまいますよ」
 振り向けば、征四郎が少し固い笑顔を見せる。
「貴方がたのお陰で、そうならずに済みそうだ。本当にありがとう」
「さようなら!」
 力んで挨拶する征四郎に、彼も口元を緩めて。皆を見る。
 ふと、その視線が朝霞に合い。

「さよなら」

 にこりと笑って火中へ飛び込んだ。
「……!」
 即座に、朝霞は後を追った。
(朝霞、何をっ)
 駆け寄ろうとした征四郎はガルーに抱きとめられ、やや遅れて共鳴中のテレサとルーシャが同時に、更に脇目も振らず飛び込んだレヴィンにマリナが宿り、その背中に手を伸ばす。

 誰かが叫んだけれど、今はそれどころではない。
 でも、目いっぱい広げた両手に、着物や、下駄や、刀が落ちただけ。
 ただの火が共鳴者を焼く事はないけど、それはとても熱くて。

 彼は、もう居なくて。

 すぐに仲間達の手で半ば引きずられるように出された“ヒーロー”を、亮が上着でばたばたと払う。
「――……っ」
 朝霞は、遺品を握り締めて、うずくまっていた。

(……あばよ反面教師。俺はお前のようにはならない)
 ニクノイーサは想い、誓う。
(朝霞は俺が死なせない)
 朝霞にも聞こえぬように、密やかに。


●それでもいつか朝は来る
『自分で選べるなら、そうしとくのは悪くねぇ事なんだろうよ』
「でもっ、ムヅにもっちがう明日があっだがもじれないのに……!」
 ガルーは二人と居ない少女の頭を『それで良い』と優しく撫でる。
『征四郎は明日を諦めるな。……それで良いよ』
「……ガルー」
『ん?』
「もし征四郎がさきにいくことがあったら、おわないでください」
『約束は、』
「やくそく。……してください」
 有無を言わさぬ少女へ、お人好しの男は、まだ、何も答えなかった。

「ああいった想い、絆というのが、力になったりするんだろうか……」
 リィェンは一部始終を見守りながら、そこに根ざすものに想いを馳せる。
『妾にも判らぬ』
「なります!」
 インが胡乱に応じた直後、理夢琉が断言した。
「生まれ変わっても、二人の絆があればきっと出会える。それが平和な世界であるように。……祈ろう?」
『そう、だな……』
 アリューテュスも小さく首肯し、陸奥の消えた炎を直視した。
 絆の織り成す不思議なやり取りを横目に、リィェンは一旦考えるのを止す。
「ま、その時になったら判る事だな」
 今は絆ゆえに果てた者を、彼らと共に散る蝶達を、悼み、見送ろう。

 哀しきは絆。

 火と、蝶と――山際より顔を覗かせた曙光が、リュカの泣き濡れた頬を照らす。
「光も煙も目に凄い痛いんだから」
『鼻水垂れてるぞ』
「……寒いからね」
 オリヴィエの入れた茶々は顔を背ける口実になり、リュカはもっと泣いた。
『…………』
 何もかも本当の事で誤魔化す、頼りない相棒。
 でも、その存在に依存している自らをこそ頼りなく思えて。
 だからオリヴィエは、帰り道、しっかりと手を繋ぐと決めた。
 リュカが転ばないように。リュカを見失わないように。

 * * *

『ニア。そろそろ起きなさい』
「んー……」
 ルーシャに揺り起こされ、ニアは境内を見回す。皆が幻想蝶の回収に勤しんでいる様子が見られた。それに、すぐ傍で大きな火が熾された跡と。
 あの英雄の姿だけは、どこにもない。
『……自分が見たくないものから目を背けるのは、悪い癖ね。もう少しオトナにならないと。いつか大変な思いをする事になるわよ』
「……うん、ごめん」
『――ま、今日のところは勘弁して差し上げますわ』
 素直な謝罪にルーシャは柔和な笑みを返し、妹のような相棒に手を差し伸べた。

「大変な……か」
 焼け跡で妙な鉱物を見つけた亮が、それを日に透かしてみたりしながら、小耳に挟んだ娘達の会話を受けて黎焔へ訊ねた。
「爺さんは死んだ後、どうしたい? 埋葬方法とか――」
『縁起でもない事を』
「――いっで!?」
 黎焔は背中に蹴りを刺してから、顎に手を当てる。
『そうさのお、仮に亮が先に死んだ時は状況次第じゃな』
「縁起でもねえ事を。なんで俺よ」
 師は語る。弟子が伸びていなければ他へ移るのも悪くないと。
 見事成長していれば心置きなく逝けると。
「……なら、そん時考えるかねえ。今はまともな人間になる方法考えた方が得だろ。手始めにこいつの事聞いてくるわ」
 鉱石を黎焔へチラ見せして、亮はテレサの元へ向かった。

『……おぬし以外と誓約を結ぶ気なぞ、ちぃっともないがの』
 その声は、今は届かぬように、いつか伝わるように紡がれた。

 亮が見つけたのと同種の鉱石は八つ発見されたものの、テレサは本部に差し出せとも戻せとも言わなかった。
「駐在さんに届けたっていいけど……どうする?」
  “正義の味方”諸君。

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界さけ
愁仁

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • コスプレイヤー
    大宮 朝霞aa0476

重体一覧

参加者

  • 世界蝕の寵児
    レヴィンaa0049
    人間|23才|男性|攻撃
  • 物騒な一角兎
    マリナ・ユースティスaa0049hero001
    英雄|19才|女性|ドレ
  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • 守護者の誉
    ニア・ハルベルトaa0163
    機械|20才|女性|生命
  • 愛を説く者
    ルーシャ・ウォースパイトaa0163hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 義の拳客
    リィェン・ユーaa0208
    人間|22才|男性|攻撃
  • 義の拳姫
    イン・シェンaa0208hero001
    英雄|26才|女性|ドレ
  • コスプレイヤー
    大宮 朝霞aa0476
    人間|22才|女性|防御
  • 聖霊紫帝闘士
    ニクノイーサaa0476hero001
    英雄|26才|男性|バト
  • 希望を歌うアイドル
    斉加 理夢琉aa0783
    人間|14才|女性|生命
  • 分かち合う幸せ
    アリューテュスaa0783hero001
    英雄|20才|男性|ソフィ
  • HOPE情報部所属
    百目木 亮aa1195
    機械|50才|男性|防御
  • 生命の護り手
    ブラックウィンド 黎焔aa1195hero001
    英雄|81才|男性|バト
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