本部

戦闘

ジキルとハイドにご用心

和倉眞吹

形態
ショート
難易度
やや難しい
参加費
1,000
参加人数
能力者
6人 / 6~8人
英雄
0人 / 0~0人
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2016/01/11 15:00
完成予定
2016/01/20 15:00

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オープニング

 目を上げると、薄暗い中に、天蓋付きベッドの天井が見えた。今、何時頃だろうと、思うともなしに思いながら視線を彷徨わせる。左手に置いたやや大きめの椅子で、妻のニコルがうたた寝をしていた。
 ヤン=バレスは、そっと溜息を吐いて目を閉じる。
 こうして病みついて、もうどのくらい経っただろう。原因も病名もはっきりしない為、治療方針を立て兼ねた医師達には、既に匙を投げられている。「二十一世紀にもなって、対症療法も取らずに患者を見放す医者がいるのね!」と妻は憤っていた。
 だが実は、原因には何となく心当たりがない訳ではない。現在、バレス夫妻が住んでいるこの邸は、有名な幽霊邸だった。
 ヨーロッパの好事家の中には、こういった幽霊邸に住むことを趣味としている者も多く、夫妻もそうした人種だった。
 二人が出会ったのも、所謂オカルト同好会の場でのことで、結婚したらいつか幽霊邸に住みたいね、などと話し合っていた。
 その夢が叶ったのは、つい先日のことだったのだが、この邸に住み始めて半月で、ヤンは病に倒れたのだった。幽霊に出会うことは終ぞなかったもので、この邸に棲み着いているのは実は悪魔で、病はその仕業かも知れない、などと密かに思い始めていた。
 妻の方ではそう思っていないのか、それとも、病の夫を無闇に移動させるのを躊躇ったのか、家を売って引っ越そうと言い出したことはない。
 病は快方に向かう気配を見せず、日に日に体が衰えていくのが自分でも分かる。
『きっと治るから』
 ヤンの傍にいる時は、そう言って笑顔を絶やさない妻が、陰で泣いているのも知っている。
 もう治らないのなら、妻をこれ以上悲しませるなら、いっそ早く死んでしまいたい。そう思いながら、ふと瞼を上げると、目の前に見知らぬ少年の顔があった。
「ッ……!」
 ヤンは思わず息を詰めた。元気な時分なら、思い切り悲鳴を上げていただろう。もうその余力さえないヤンに、少年は「シィッ!」と言って唇に人差し指を当てた。
「奥さんが起きちゃうよ」
 少年は、ニコルの方へチラリと目を向ける。釣られて彼女の方を見るが、ニコルは気付いた様子もない。終わりの見えない看病の日々に、疲れが溜まっているのだろう。
「君は……一体」
「ねえ。治りたい?」
 ベストとズボン、蝶結びにした紐ネクタイという、戦中時代のような衣服に身を包んだ少年は、前置きなど一切抜きに、本題へ入った。
「えっ?」
 目を瞬くと、少年は慈しむように柔らかく微笑して言葉を継ぐ。
「元気になりたい……正確に言えば、まだ死にたくない。でしょう?」
「それは……」
「僕が治してあげるよ、って言ったらどうする?」
「どうって……」
 治せる訳がない。こんな幼い――見た目、十二、三歳の少年に、何ができようか。突拍子もない提案を受けて、ヤンは今更ながら少年の存在自体を訝しんだ。
「君は……一体」
「黙って」
 穏やかに、だが有無を言わせぬ口調で言うと、少年はヤンの額にそっと手を乗せた。視界に近付いた腕が、月明かりに透けていることに初めて気付く。
「君は……幽霊なのか」
 すると、やはり自分は間もなく死ぬのかも知れない。そう思うと、正直なところ落胆が先に立つが、この邸を購入した目的である幽霊に会えたのは嬉しかった。
 妻にも会わせたい、と体を起こそうとすると、少年はそれを遮るようにヤンの額を押し戻した。実体がない筈の少年に押さえ付けられて、ヤンは戸惑う。
「落ち着いて。僕が必ず治してあげるから、奥さんには僕のコトは言わないで。これが『誓約』だよ」
「誓約?」
 眉根を寄せるヤンに、少年は頷いた。
「そう。それさえ守ってくれれば、きっと君を元気にしてあげるから」
「じゃあ、君は」
 誓約、という単語から導かれた答えに、ヤンは尚のこと首を捻る思いがした。
「……君は、何か勘違いをしていないか」
「勘違い?」
 今度は、少年の方が首を傾げる。
「そうだ。僕は見ての通り、ただの死に損ないだよ。能力者でも、H.O.P.E.のエージェントでもない」
 リンカーとも呼ばれる能力者達と『誓約』を結ぶ者の存在は、これまでごく平凡に生きていたヤンでも知っている。だが、所謂『英雄』が、こんな病人と誓約を結んだという話は聞いたことがなかった。
「解ってるよ」
 少年は、あっさり頷いた。
「でも、僕も切羽詰まってるんだよね。早く依代を見つけないと、僕達はこの世界では長く生きられない。この場じゃ、選択の余地はないって訳」
 肩を竦めた少年は、悪戯っぽい表情でヤンを見つめる。
「君はどう? もう明日をも知れない命でしょ。それを、ごく簡単な誓約で治してあげるって言ってるんだ。悪くない取引だと思うけど?」
 その口調に、僅かな含みを感じたものの、冷静にそれを咀嚼できる程にはヤンにも余裕がないのは確かだ。
 死にたくない。まだ、生きていたい。
 思いがそちらに傾くのを見透かしたように、少年が空いた掌を差し出す。もう力の入らない腕を持ち上げ、ヤンは少年の手を取った。

「次の日、目が覚めたら本当に体調が良くなっててすっきりしていて、英雄と誓約したのは夢じゃなかったんだと思いました」
 公園のベンチにうなだれて座った男性は、視線を落としたまま、後を続ける。
「妻はしきりに不思議がっていましたが、誓約でしたから、その少年……後でヴィンスと名乗った彼のコトは、妻には一切話していません。私が健康を取り戻したコトもあり、数日は以前の日常が戻ったと思っていたのですが……」
「その数日が過ぎたら、その……」
 男性にとって辛いであろう事実を、ありのまま確認するのは気が引けたのだろう。男性と並んでベンチに腰掛けている女性は、言い淀む。けれども、結局うまい言い回しが思い付かず、
「奥様が……姿を消した、と?」
 とストレートに口に乗せた。
 力なく頷く男性が、道端に倒れていたのを少し前に見つけた女性は、近くにあるH.O.P.E.支部で来客の受付事務業務を勤めていた。この日は午後からの出勤で、いつも通りの通勤の途中だったのだ。
 救急車を呼ぼうとした刹那、正気付いた男性は女性にしがみつき、「妻が行方不明なんですっ」と喚いた。そんな彼を宥め賺し、どうにか話を聞き終えたのが、ほんの五分前のことだ。
「ええっと、それでヤン=バレスさん……でしたっけ。そのヴィンス君は今どこに?」
「判りません」
「判らないって」
 幻想蝶は? と訊きたげな女性を無視して、ヤンは頭を抱える。
「妻のことを訊いても笑ってるだけで答えないし……私も、今では時々記憶が飛ぶようになって……」
 恐ろしくなり、意識が戻った時を逃さず、自宅を飛び出したと言う。途中で行き倒れたのは、最近また体調が優れなくなった為らしい。
「……解りました。とにかく、支部まで行きましょう」
「え?」
 涙で濡れた顔を上げた彼に、女性は柔らかく微笑して頷いた。

解説

英雄を騙ったデクリオ級の愚神が、一般人のヤンに『誓約』を結ぶという口実の下憑依し、彼の体を乗っ取りつつあります。
恐怖に駆られて逃げ出した彼の保護と、彼の妻の行方の調査をお願いします。

●目標
ヤンに憑依した愚神を倒し、ニコルの消息を突き止める事。

●登場
・ヤン=バレス:幽霊邸と噂されていた邸宅を買い取り、たまたまそこに棲み付いていた愚神に憑依されてしまっている。

・ニコル=バレス:ヤンの妻。現在行方不明。
〔※PL情報:彼女は既に、愚神ヴィンスに捕食されてしまっています〕

・デクリオ級愚神:名前はヴィンス。本体の見た目は、十代前半の普通の少年。従える従魔は、今のところいない模様。
知能は、今のところはちょっと悪賢い十代の子供程度。戦闘能力的には、一般的なリンカーと同じくらい。

●留意事項
ヤンは、いつまた愚神の人格に取って代わるか分かりません。また、愚神は、ヤンの身体を乗っ取った後で、彼の自宅を拠点にドロップ・ゾーンの形成を目論んでいます。
その前に、どうにかしてヤンが完全に乗っ取られるのを阻止する必要があります。愚神だけを倒すというのは非常に困難ですが、被害の拡大を防ぐことを念頭に行動して下さい。
ヤンごと殺してしまうか、どうにかして彼を救うのかは、現場の判断に任せます。

●住居の間取り
短い階段を上がって玄関を入ると、中廊下があり、すぐ右手に書斎。少し進むと、左手に二階への階段、向かいに応接室、奥が食堂。書斎と応接室、食堂のどこからでも、庭に面したベランダへ出られる。
二階は、中廊下で各部屋が繋がっており、寝室が二間と居間、ベランダと、小さな展望台へ通じる階段がある。
全体的な敷地面積は、約二百平方メートル。

マスターより

初めてのオープニングになります。ドキドキです。
タイトル通り、『ジキルとハイド』をモチーフに考えたオープニングですが、踏襲できているかは甚だ疑問が残ります。
私個人としてはハッピーエンドが好きなのですが、どうなりますか……健闘を祈ります!

リプレイ公開中 納品日時 2016/01/15 21:41

参加者

  • Loose cannon
    灰川 斗輝aa0016
    人間|23才|?|防御
  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • Sound Holic
    レイaa0632
    人間|20才|男性|回避
  • もふもふは正義
    泉興京 桜子aa0936
    人間|7才|女性|攻撃
  • 真仮のリンカー
    都呂々 俊介aa1364
    人間|16才|男性|攻撃

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